⑳
「魔王がいなくなってからの一年、人々の暮らしは急速に進化した。この街のように、人工物が増え、特定の人間にしか扱えない魔法よりも、誰でも扱える科学が注目され始めている。空中に映像を映し出しているのも、科学の進歩、ということらしい。まあ、私はあまり頭が良くないのでどういう原理なのか知らないのだがな」
「なんだか、別世界に来たみたいだよ。僕の村とこの街が同じ世界に存在しているなんて、実感が湧かない。しかも、歩いて来れる距離にあるんだもの」
「ふふ。ならばアラム。君はこの先、たくさんの世界に行くことが出来るな」
歩く度、コツコツと音が鳴る。靴の底と鉄の地面がぶつかり合って、心地良いリズムを刻んでいた。テンポは僕の胸の中でどんどん加速して、オーバーヒート寸前だった。それを察したのか、ユーリカが穏やかな声で「落ち着け」と言った。僕は思わず「無理だよ」と叫んだ。ユーリカは軽快に笑って、僕の頭を撫でた。胸の鼓動は、更にギアが上がったようだった。
僕は一度深呼吸をした。このままでは、興奮し過ぎて卒倒しかねない。なんとか意識的に落ち着きを取り戻して、呼吸を整えていく。鉄の地面を見る。無機質な銀色は、さっきまでは気付かなかったけれど、どこか寂しい色に見えた。僕は街の入り口に目を向ける。街の外を一歩出れば、緑と茶色に覆われた地面が続いている。鉄と自然の地面。その境目は、人間の敷いた境界線であって、まるで自然を拒絶しているかのように思えた。
不意に寂しくなって、僕は隣を歩くユーリカを見た。ユーリカは僕の視線には気が付かず、小動物のように震えていた。声をかけようとしたけれど、彼女が震えている理由がすぐに分かって、止めた。
行き交う人々の視線は、僕らに向けられている。僕のようなゴブリンのように痩せ細った少年が珍しいのかと思っていたのだけれど、どうやら彼らが見ているのは僕ではなく、傷跡だらけのユーリカだったようだ。ひそひそと話し声が飛ぶ。虫の羽音のような声はひどく不快で、払っても拭えない。僕は驚愕した。この街は、村とは比べ物にならないほどに発展している。けれど、そこに存在する人間は所詮人間であって、それ以上でもそれ以下でもなかった。人間は、やはり人間なのだ。
「行こう、ユーリカ。早く宿で休みたい」
僕はユーリカの右腕を取って走った。彼女は少し抵抗しようとしたけれど、僕の真意を読み取ったのか、僕に引っ張られるまま、一緒に走ってくれた。コツコツと、靴の底と鉄の地面ががぶつかる音が響く。人々は、稀有な視線を向けながら、聞き取れない声量で必死に話し合っている。
向かい風が吹く。僕は、構わず走った。どこからか運ばれて来た砂が、目に入った。異物を取り除こうとあふれる涙をひたすら拭いながら、僕は走り続けた。




