⑲
一時間ほど歩くと、僕は体力の限界を感じた。普段動くことすらほとんどしないし、それに、栄養も足りていない。僕はその場にへたり込んでユーリカに謝った。ユーリカは怒ることも呆れることもなく、むしろ配慮が行き届いていなかったと謝罪した。僕は自分が情けなくなって、何度か両足を殴りつけた。
ユーリカはかがんで、背中を向けてくる。「負ぶってやろう」そう言われたけれど、僕も一応男子なわけで、さすがに恥ずかしさが溢れる。元勇者のユーリカにとって、痩せ細った少年を背負いながら歩くのは苦ではないのかもしれない。でも、僕は精神的に苦だ。
僕は、嫌だ、と駄々をこねた。しかし、力尽くで背負われて、僕の身体の正面とユーリカの背中が密着した。金属の鎧の部分はごつごつとして少し痛いけれど、鎧のない部分は肉の感触がしっかりとあった。ユーリカの身体を意識してしまう度、慌てて別のことを考えようとする。でも僕には、何度も思考を巡らせるための経験と知識がなかった。
ユーリカに背負われたまま道を進んで行くと、どこからともなく獣が現れた。近くの森からやって来たのだろう。突然の出現にユーリカは瞬時に身構えた。腰を落とし、右手を腰間に向ける。剣の柄を掴もうとして、剣を失っていることを思い出したユーリカは、空っぽの右手を前方に突き出した。それが何を意味する構えなのか僕には分からなかったけれど、ユーリカは高速で動いたにも関わらず、背中にいた僕には振動すら伝わってこなかった。
ユーリカは相手が魔物でないと分かると、突き出していた右手を下ろした。鋭い牙を持った、全長一メートルほどの四足歩行の獣。それは僕らのような常人からしてみれば十分に脅威ではある。けれど、魔物と死闘を繰り返してきたユーリカにとっては、警戒する必要もない相手のようだった。獣は、ユーリカの眼光に怯え、臀部を向けてすぐさま退散した。怯え逃げていく獣の後姿を見ていると、脳裏に村人たちの姿が描かれた。
しばらくすると、街が見えた。その街は遠目でも多種多様な建物が密集しているのが分かる。空に向かって伸びる複数の煙突から煙が噴出され、街の上部はうっすらと灰色に変色していた。
僕はユーリカの背から降りて、二人並んで街の中へと入って行く。どうやらこの街は、自然なものよりも人工的なもので造られているものが多いようだった。地面は鉄の板で覆われていて、街の中に木々は一本たりとも生えていない。木の代わりに白い筒状のものが道の脇には設置されていて、筒の先端からぼんやりと緑色だったり赤色だったり、様々な色を浮かびあがらせている。浮かぶ色は時間経過で形を変え、人の顔になったり文字の羅列になったりしていた。




