⑰
ユーリカは、僕に村を出る準備をするようにと言って、小屋を出て行った。準備をしろと言われても、特に何もなく、僕はユーリカが帰って来るのをただ待った。
太陽が頂点に達した頃、ユーリカは小屋へと戻って来た。彼女は出入り口の布をくぐるのに手間取っているようで、僕は中から布をめくり彼女を招き入れる。彼女の手には、袋に入った大量の食糧があって、その上には無造作に衣類が置かれていた。
「どうしたの、これ?」
「買って来た。まず君は、お腹一杯食べる必要がある」
僕の胸が冷たくなった。昨日、あんなことがあったのに、ユーリカは村に出かけていた。僕はユーリカを責めるような勢いで何もなかったか尋ねた。
「大丈夫だ。露店に売っていた金額の倍以上でこれらを購入した。彼らは何もしてこなかったよ。むしろ、次々と別の商品を持って来たぐらいだ」
「現金な人たちだ……」
「私にはそちらの方が助かるけどね。勇者という称号はひどく忌避してやまないけれど、その称号のおかげでお金は好きなだけ使えるんだ。だから、お金で解決出来ることは、私にとってはありがたいことだよ」
「前に見せてくれた、紙束がお金になるんだよね」
「ああ、そうだね。直筆で私の名前を書いて、そこに金額を記しておけば、専門の組織にそれを提出することで記されてあるお金と交換することが出来る。名前によって金額の上限が決まっているようだが、勇者である私は無制限なんだ。まさしく、望むだけ、だ」
ユーリカは食料が入った袋を僕の前に置いて、その上にある衣服を手に取った。広げて見せて、僕に差し出す。僕は怪訝そうにそれを見つめた。
「さすがにその格好で歩くのは大変だろう。別の街や村に行ったら、追い出される可能性だってある。さあ、君の服だ」
僕はユーリカから衣類一式を受け取る。彼女は後ろを向いて、僕は着替えを始めた。脛の辺りまでの長さの緑色のズボンと、ゆったりめの白いシャツ。そして、そのシャツの上から茶色いベストを身に着ける。寒波や砂塵対策として、灰色の外套も用意されてあった。
身体が温かった。僕は座って床の布を捲り、わざと膝を砂利に擦らせた。全く痛みがなかった。体温を保持し、おまけに外界からの痛みを防いでくれる。僕は服というものの存在意義を、初めて実感した。
「うん、丁度いいな。よく似合っているよ。さあ、次は食事だ。思う存分食べるといい」
「ありがとう」
僕は袋に入った果物を手に取った。赤い皮に包まれていて、ナイフで切ると中から果汁が飛び出し溢れ出す。あまりの多さに、床の布に水溜まりが出来るほどだった。頬張る。目が見開いて、脳が衝撃によって一瞬停止した気がした。
僕は袋に入っている様々な果物や肉、魚を次々と口に運んだ。どれも村の中で見たことはあるけれど、一度もその断片すら食べたことのない物ばかりだった。温かく柔らかい物、冷たく甘い物、弾力があって噛めば噛むほど味がしみだしてくる物。食事がこんなにも楽しく至福に包まれるものであることを、僕は知らなかった。




