⑯
ユーリカが湯浴みをしたいと言うので、僕は憮然とした態度で近くの川へと案内した。僕の家にはお湯を出せるような上等な機能は備わっていなかったので、冷たい川の水で我慢してもらった。ユーリカは「ありがとう」とお礼を言った。僕はお礼の代わりに剣の扱い方を教えてくれ、と言った。軽く小突かれて、ユーリカは樹々の陰に隠れて服を脱ぎ始めた。
僕は村人たちが襲ってくることを危惧して、ユーリカの水浴びが終わるまで、周囲を見張った。結果として、誰の姿も見えなかった。水が滴るユーリカが僕の側に戻って来て、「君も浴びるといい」と言った。僕は断った。けれど、「悪いが、ひどく匂うぞ」と言われて恥ずかしくなった僕は、慌てて川の中に飛び込んだ。冷たい川の水が、僕の火照った身体を冷やしてくれた。
「アラム、考えたのだが、君さえよければ一緒に行かないか?」
ユーリカは唐突にそう言った。僕は当惑して、持っていた石のようなパンを床に落とした。想像したこともなかった。僕がこの村を出て行くことを。
「君は死ぬことを望んでいる。そして、この世界から人は滅ぶべきだと思っている。そういった思想は恐らく、君の世界がこの村の中にしかないからなのだと思う。世界は、広い。君の知らないモノがたくさん溢れている。無理強いはしない。それに、私と一緒にいると苦労がたくさんあるだろう。ただ、私はアラムをこのままにしていてはいけないと思った。健康的な身体と、前向きな思考を、アラムには宿していてほしいんだ」
ボロ小屋の中、ユーリカは真っすぐ僕の目を見ている。僕は彼女の瞳の中に吸い込まれていくような錯覚を覚えた。
右手の甲に、冷たい何かが当たった。僕は驚いて、手の甲を見る。濡れている。次に、左手の甲が冷たくなる。そちらも、濡れていた。不思議に思っていると、頬の辺りが濡れている感触があった。僕はそれを指先で辿って行く。行きつく果ては、双眸。僕はいつの間にか、涙を流していた。赤子の頃振りに、流したような気がした。
身体が引っ張られる磁石のように突発的に動いた。何かを追い求めるようにして、僕はユーリカの身体に抱き着いた。ユーリカは驚いたようだったけれど、すぐに受け入れてくれて、優しく抱き締めてくれた。
しばらく抱き締め合った後、僕は不意に顔を上げた。ユーリカの胸の辺りの微かなふくらみの向こうに、彼女の顔が見える。人との顔の距離がここまで近くなるのも初めての経験だった。顔に熱が帯びたのを感じる。
僕は慌ててユーリカの身体から離れようとした。けれど、僕よりも先にユーリカの動きの方が早く、僕は半ば突き飛ばされるようにして彼女の身体から離れた。
「す、すまない……」
彼女は顔を真っ赤にしながら、そう呟いた。僕は適当な返しも分からず「こちらこそ」と、彼女同様、おそらく顔を真っ赤にしながら言った。




