⑮
ユーリカは寝返りを打った。彼女がこちらを向いているのか、それとも背を向けているのか。漆黒の夜闇の中では、分かりようがなかった。
「お喋りはここまでにしよう。少し、喋り過ぎたみたいだ。アラム、私は明日目を覚ませばこの村を出て行くよ。君の幸せを祈ってね」
おやすみ。そう言うと、すぐに寝息が聞こえた。身体に受けたダメージは回復していても、治癒魔法を使ったことで疲労は増えていたようだ。
僕は天上を見上げる。風が外から入り込んできて、ゆらゆらと、天井のランプが揺れている気がした。
ユーリカは、他者を傷つけることをひどく恐れている。自分が傷つく方が数倍良いと、彼女は言うのだろう。
僕には、魔王や魔物が現れた理由も、ユーリカが勇者となった経緯も分からない。はっきりしているのは、人々のために傷を受け、平和をもたらしたユーリカが、更に傷を増やしているということだ。理不尽な、現実だ。
僕は、無性に腹が立った。業腹、と言っても良い。
集団の意思を、あたかも自分の意思のようにして、流されるままに彼女を傷つける人々。そして、そんな仕打ちを受けながらも、甘受しようと心の中で涙を流すユーリカ。
極めつけは、理不尽をただ見守るだけの非力な自分。
僕は替えの服(ボロ布)を掛布団代わりにして、頭まで被った。何も感じないように、深く深く、被った。闇の深い所へ行けば、そこにいる自分と向き合える。黒い海の中に佇む僕は、殺せ殺せと、剣を振り上げている。
僕は頭に被ったボロ布を払いのけた。ボロ布は音もたてずに床に落ちる。いつもと変わらない天井が見えた。天井なんてなくなればいいのに、と強く思う。
僕はユーリカの方へと身体を向ける。そこには、一つの命がしっかりと息づいていた。美しく尊い命だ。ここの村人たちとは似ても似つかない、思わず抱きしめたくなるほどの綺麗な色。
明日、目が覚めたらユーリカに頼み込んでみることにする。僕に、魔法や剣技を教えてもらえないだろうか、と。
ユーリカがやれないのであれば、僕がやる。僕は、拳を強く握った。
魔王や勇者などという称号は、どうでもいい。僕は僕のために、そしてユーリカと世界のために――人間を滅ぼす。
そうして、翌日。僕の昨夜の決意は、ユーリカの拒否によって雲散霧消した。いや、完全に消え去ったと言うには早いけれど、とにかくユーリカは僕に魔法も技も教えるつもりはなかった。彼女には、僕がどうしてそれらを習得しようとしているのか、分かっているらしかった。




