⑭
ユーリカは微笑んだだけで、僕の質問には答えなかった。僕もそれ以上追求することはなかった。お守りである剣を失っているユーリカに、心の負担を増やしてほしくはなかった。
僕は剣の代わりにと、食物を斬る用のナイフをユーリカに渡した。子供だましだとも思ったけれど、ユーリカはありがたそうにそれを受け取った。心許ないが、ないよりかはマシらしい。
僕は天上に吊るされたランプの灯を消して、床に敷かれた布の上で仰向けになった。ユーリカはゴザの上で、僕と同様仰向けになる。出入り口の布から差し込んでいた月光が、闇の中にひっそりと消えていく。僕の視界には、黒以外の色は映らなくなった。
「ユーリカは魔王を倒して人々を守った。そうだよね」
「そうだね。それが私の、勇者の使命だった」
「でも、今の貴方は人々から石を投げられている。盗賊紛いの両親を持つ僕のようにだ。それは、ありえないことだよ。貴方は傷だらけになりながら守った人々から、傷をつけられているんだ。ユーリカの技量なら、自分の身を守れるはずだし、攻撃してくる者たちを殺すことだって出来る。どうして貴方は、そうしないんだい?」
闇の中に沈黙が舞う。埃混じりの沈黙は、充分に時をかけて、床に背を着ける僕の上に降り落ちる。
「アラム、君は私に『何故、人を殺さない?』と聞いているの?」
「そうだよ。ここの村人たちを見ただろう? 人も魔物も、大差ない。他の人たちはどうなのか分からないけれど、恨まれていることに慣れていると言った。それはきっと、変わりない扱いを受けてきたからだろう。僕はね、魔物が滅んだように、人も滅ぶべきじゃないかと思うんだ。もちろん、僕も含めて」
「私に、新しい魔王になれとでも言うのかい?」
「魔王じゃないよ。滅ぶべきモノを滅ぼす。ユーリカは、世界の救世主さ」
カチャカチャ、と音が聞こえる。暗闇の中で見えないけれど、ユーリカの動く気配から察するに、渡したナイフを手で弄んでいるようだった。
「確かに私は、君が想像している以上の扱いを受けた。もてはやされたのは、魔王を倒してから二カ月ぐらいものだった。それでもね、私は人を傷つけたくはないんだよ。ましてや、殺したくなんてない」
「これから先も、ずっと辛い思いをすることになってもかい?」
「そうだね。私はね、アラム。本当は、魔物だって傷つけたくはなかったんだ。人を守るための、防衛手段、だったんだよ」
「けれど、魔王は世界を征服しようとしていたんだろう? なら、ユーリカの行いは必要不可欠なことだよ」
「魔王が世界を征服しようとしている、という話は、魔王本人から聞いた?」
「ううん。そんなわけない。僕と魔王には、何のかかわりもないんだからね」
「そうでしょ? 誰だって知らないんだよ、本当のことは。勝手な憶測が飛び交って、誰も彼もが納得出来る位置に収める。たとえそれが、事実とは異なっていたとしてもね」
「魔王は、世界征服を企んでいなかったってこと?」




