⑫
一時間ほどが経って、打ち据えることに疲れ果てた村人たちはその場にへたりこんだ。僕は這いずりユーリカの下から出て、彼女の身体を支えた。彼女は大量の血を流していたけれど、顔色は僕よりも良いように見えた。僕が声をかけると、彼女は平然と返事をする。
血だらけになった身体のまま、ユーリカは何事もなかったかのように立ちあがった。よく見ると、時間が経って固まった血液は多いが、新しく流れているものはない。僕が不思議そうに見つめていると、ユーリカは「治癒魔法だよ」と教えてくれた。どうやら彼女は、既に魔法によって自身を癒していたようだった。
ユーリカは村人たちの側まで歩いて行くと、腰間の鞘に手をかけた。村人たちは息を呑み、中には悲鳴を上げて這いずり回る者もいた。
彼等は恐怖から逃れようと意識を失い始めた。伝播して、次々と村人たちが意識を失い倒れ始める。意識を保っていては逃れない現実から、彼等は必死に逃げ始めた。
僕には分かる。ユーリカは、剣を抜くつもりなどない。彼女は、あれだけの仕打ちを受けてなお、誰も傷つけようとはしていない。
僕はそんな彼女を、優しい、とは思えなかった。
ユーリカは腰の留め具を外して、剣を鞘に入れたまま放り投げる。投げられた剣は苦渋の色を漂わせながら地に落ちて、意識を保っていた数人の村人の前に差し出された。村人たちは困惑して、互いに顔を見合わせた。誰もユーリカの意図を理解できない。けれど、僕は出来た。
「その剣は、私に敵意がないことの証明です。これで、私にはなんの武器もありません。どうか、私を理由にアラムを傷つけるのをやめていただけませんか」
村人たちは一斉に、転がった剣に飛びついた。手に持った村人が全速力で走り出し、脇道に入る。どこか、見えない所で家の扉が開く音がした。
ユーリカは僕の方を向いて、笑顔を見せた。その笑顔は、無理矢理形作られた、人形よりも不自然極まりなかった。彼女の身体は震えだして、口角が歪む。僕は起き上がり、彼女を抱き締めたいと思った。けれど、身体は動かなかった。痛みが鮮明に、身体中を駆け巡る。
村人たちは解散して、場には僕とユーリカだけが残った。ユーリカは僕に治癒魔法をかけてくれて、僕は身体の自由を取り戻した。意識も、はっきりとしている。
「ユーリカ、まだどこか痛むのかい?」
ユーリカの震えは止まらない。むしろ、ひどくなっているようだった。顔は青ざめて、歯は上下がぶつかりかたかたと音を立てている。さっき見た村人の中に、同じようにしている者がいた。
「何に、怯えているの?」
ユーリカは深呼吸した後、ゆっくりと言葉を発する。
「随分と長い間、凄惨な戦いの場で生きてきたんだ。だから、剣がないとすごく不安になってしまうんだよ。剣は、私にとってお守りみたいなものなんだ」




