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外に出ると、既に陽は沈んでいた。どうやら僕は、気付かない内に長い間、ユーリカを眺め続けていたらしい。僕は一度小屋の中を覗いてユーリカが眠っているのを確認してから、男に従って後をついて歩いた。
僕の小屋から百メートルほど離れた広場には、十数人の男がいた。全て、知っている顔だ。僕は彼らが何かを発する前に、理解した。彼らは昼間の恐怖に未だ侵されている。眉間に皺を寄せる者、額から汗を流して何度も瞬きをしている者、口を大きく開けて震えている者、色んな人がいたけれど、共通していることは、その手に剣や銃があることだった。
彼等は昼間、ユーリカにしたように、僕を円状に囲んだ。剣の切っ先と銃口が、鋭い牙と爪を持った魔物に見える。僕は、魔物の群れに捉われてしまったのかもしれない。
「アラム、どういうつもりだ! お前は、あの女を使って俺達に復讐するのか!?」
そんなつもりはない。僕は立ったまま言った。何が琴線に触れたのか、銃を手にしている男が、銃身で僕の頭を叩きつけた。痛みと衝撃で脳が揺れ、視界が歪む。僕は為す術なく、その場に倒れ込んだ。
「白状しないと、撃つぞ!」
上空に、三つの銃口が見える。それらは僕の身体にかぶりつこうとしていた。僕は身をよじらせる力もなく、呆然と銃口の先の男たちを見ていた。今にも涙を落としそうなほどに必死な顔だった。
「どうして、すぐに撃たないの?」
男たちの震えが増した。身体の揺れは銃に伝わり、銃口は僕の身体から離れた位置に向けられる。男たちはそれに気づいて、慌てて銃口を向け直す。剣を持った者たちも、ゆっくりと僕との距離を縮めてきているようだった。
「撃っていいよ。斬っていいよ。それで、貴方たちは恐怖から解放される。僕も、同じだ。僕も、解放される」
願わくば、ユーリカに斬ってもらいたかったけれど、致し方ない。それは、あまりにも贅沢というものだ。生から解放されることを思えば、その過程には目を瞑る他はない。見なければ救われるのだ。
しかし、待てど暮らせど彼等は、撃つことも斬ることもしなかった。呻き声を漏らしながら震え続けているだけで、誰もその手に持った命を刈り取る鎌を振るってはくれない。
僕は責めた。何故、殺さない。
彼らの内の誰かが、銃身で僕の身体を打った。一度、二度。倣うようにして、別の者が打つ。一度、二度。
剣を持った者もやって来て、剣身の平らな部分で僕を打つ。一度、二度、三度。
僕はのたうち回り、血反吐を吐いた。痛い、苦しい。彼らは僕に苦痛を与えるだけで、誰も僕を解放させてはくれない。
身に纏っていたボロ布は既に機能を失い、裸同然となった身体は砂で擦れ、僕の身体からはおびただしいほどの血が流れていた。遠のく意識。
「人を殺すなんてこと、出来るわけないだろ」
誰かが言った。なんて身勝手な言葉なのだろうと思った。痛めつけ弄び、恐れを払拭するために打ち据える。彼らは誰一人そのことに責任をもつつもりなどなく、それは当然であることなのだと言うように、傲慢さを押し出している。
僕は、笑みが零れた。諦観の境地か、絶望か。魔物と人間の違いは、見た目以外何があるのか、まるで分からなかった。




