文字のない本
花束の物語を贈ろうと思ったのだ。
空がこんなにも青く透き通って見えるこの原っぱに咲く蒲公英。
僕と君はこの場所を訪れるたびに笑い合い、助け合い、時には喧嘩もしたね。
君は感じていたかな、この原っぱにかけられた秘密の魔法を。
柔らかい風に誘われ唄う蒲公英には、僕と君が紡いできた幾千という恋の物語が描かれているのだ。
いつか、この場所一面が僕と君の物語で紡がれた蒲公英で優しく包まれた時、僕は君にこの花束の物語を贈るつもりだったのだ。
この場所に咲く蒲公英、その一輪一輪に描かれた優しさや温もり、強さが織りなす色とりどりの僕と君の恋が綴られた物語を語り明かす、そんなこれからの日々を僕は思い描いていたのだ。
だけれど、ここ数年は違ったみたいだ。
秘密の魔法がかけられたこの場所で僕は君を想い、涙を流すだけになってしまった。
しかし、感じたのだ。
秘密の魔法がかけられたこの原っぱに咲く蒲公英が雨に打たれながらも、静かに空を見上げ続けている姿を見たときに。
ありきたりの表現かもしれないが君が怒っている、と。
僕は忘れていた。
この場所で風とともに艶やかに唄う蒲公英には、描かれていたのだ。
僕と君が描き続けてきた物語が消えることなく、その一輪一輪に文字のない本となって。
だから、僕はこれからも描き続けるよ。
いつか君に贈る花束の物語を、悲しい物語にはしたくないから。
だって、この場所に寝転んで見渡せば君が笑っている、ほら、君が唄っている。
青く透き通る空を見上げれば、君がいる場所にまで届きそうな冠毛たちが風と共に舞い踊っている。
いつか君に、もう一度会いにいくよ。
僕と君の秘密の魔法がかけられた、両手では抱えきれない程の花束の物語を持って。