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アウターチルドレン  作者: 片瀬麻衣
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信頼性皆無

 それでも俺は整形手術の線を疑いきれなかった。身長179㎝を上回るこの巨体は、彼らとの同一を固く拒否して元の容姿。姿かたちの残り香を漂わせていた。

 あの講義があって以来、俺は自分を見失わぬ決心さえつけていた。にもかからず、寸分違わぬ顔たちにつき動揺を招くのは避けられない事案で、俺は彼らを見下し、あるいは見上げられ、自分のみならず彼らにまで嫌悪が立ち込めていたのには驚いた。これは他者を自分と誤認する夢遊病的な発作の兆候なのだろう。

 理屈では考えられない、自分の力ではどうしようもない無力感に、人は初めて怒りを覚える。その怒りの矛先が他の誰でもない自分に向けられるとは……俺も頭が大変参ってきた。怒りとはなんだ。無駄な労力なのだ。日ごとを重ねるごとに俺は他人の相貌を認めない、通常運転に戻っていく。幸いにしてこの相貌失認はこれ以上の混乱を阻んでくれた。


 「アハハ。でもよかったね。性転換までされたわけじゃないんだからそこんとこ良心的だよ。もし全員が全員女になってたら私は殺してたね」


 穏やかではない文言を軽はずみにする彼女は、12番。いの一番で恐れなくてはならない懸念材料と今こうして談笑するのも奇妙な話である。彼女は別に男性嫌悪をかます輩ではなかったらしい。四方を鏡面貼りにされた仮眠室で――この日より鏡が導入された。煙草を持ち合い、吸いまわして憩う。


 「そっちはどうなの。女同士で取っ組み合いとか、致傷沙汰はないのか」


 「そりゃ喧嘩くらいするよ。でも殴る相手は自分の顔なんだもんね。前みたいに派手にやらかすわけにはいかない」


 俺と似たような考えを吐露する彼女。そうか。女同士でもやることはやるんだ。足元に鎮座されたバケツに吸殻を落とし、吸い口を回す。まるでマリファナの扱いだった。


 「私もちと頭が回ってなかったみたいで、あの女、教官に目を潰された奴のことを考えれば全く不自然だったんだよ」


 視神経に直撃する激痛は死に直結する。当たり前のようで、特に取り沙汰しなかった自分らがまるでバカだったと言わんばかりに自嘲して、反省。彼女は一時的に仮死状態へ追い込まれ、そこから本当の死を設けた。そして肉体が蘇生して眼球も復元されたとなると、もはや人間業ではない。教官の言っていた異世界技術もあながち嘘ではないのか。


 「君は、12番は怯えないんだな。えらく肝が据わってるよ。男以上に」


 「いつかは死ぬ。それが分かってたから私は遠慮しない。他人の家にも土足で踏み込むし、平気で暴力もする。男以上に鍛えられたからな私は」


 「教官の言っていた殺人犯って君か」


 俺は臆面もなく尋ねていた。彼女の佇まいからしてそれも嘘ではなく、生半可美談にして持ち上げられる話じゃないよと、言葉を濁らせながら言った。


 「初めて殺した相手は妹だった」


 うなだれる。


 「身内に少年課の人間がいたからさ、事実は有耶無耶にできたけど娑婆らしいところには戻ってこれなかった。つまり学校にはろくに行ってない。他に聞いてみたとこで皆似たようなもんじゃない?不登校、登校拒否。異口同音にそろえてたけど似たようなもんでしょ。私以上のクズがここにはごまんといる。それだけで安心」


 「同じ殺人者がいるってことも?」


 ほぼ揚げ足取りのそれに、彼女は舌打ちを絡めて語を継ぐ。


 「実のところそこが気に食わない。私以外にもやった経験があるってだけで虫唾が走る。何が特別だ。何が絶対的な強者だよ。選りすぐりの犯罪者をかき集めてたんじゃここはほんまもんの豚箱。私の独壇場じゃない。経験こそ命なんだ。何を目指したとかじゃなくて、どこにいたかが問題でそれがわからない内にはいづれ足元をすくわれる」


 「だから暴力にも抵抗がない?」


 「私を責めてるの?」先の短くなった煙草を睨みつけながら「確かに褒められたもんじゃないけどここでは認められてる。そのうち私じゃない誰かが人を殺すよ。簡単にね。」


 彼女には殺人の規定がある。それが分かっただけでも御の字だ。そしてその矛先は俺へ向けられることもない。こうして話し合う仲だ。何、彼女の癇癪に触りさえしなければ。ひょっとすると俺の用心棒にだってなってくれるかもしれない。その点において有用さを垣間見えてきたというわけだ。話す場を設けたのも自分を知ってもらうという動機から生まれたのかもしれないし……。


 「あまり期待しないでね」


 「は?」


 「顔の判別もつかないんだから、殺す相手も間違えるかもしれない」


 ニヘヘと、悪っぽい笑みを浮かべながら12番はバケツ底へ掌を返した。


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