表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アウターチルドレン  作者: 片瀬麻衣
5/8

プログラム実施

  更衣室から出るなり指示を受けるわけでもなく、出入り口の狭さから自然と縦列をなしていき一同は()()()()に向かった。


 皆、シャワー上がりで香りが良いと、口にした女は声色的に12番をはっ倒したアイツで間違いないらしい。あの女は危険だ。本能的に訴えかけてくるものがある。しいて言うなら俺にはない何かを持っている。嗅覚における過敏性がそうとも取れるが、実際喧嘩慣れした手つき、蹴り具合に委縮したに過ぎない。同胞の女にも暴力的で、異性に宥和がのさばるなど到底思えなかったからだ。絶対あの女はキンタマをどつくぞ。何なら噛みついてくる狂犬だ。


 そんなわけで背後にしのぶ魔の手に怯え腐りながら視聴覚室へ入室したとき、一目散に飛びのいて行った。どうやら俺と同じ考えを持った同胞がいたらしく、目の届く距離で3、4人、認めた。視聴覚室は16人を収容するにはだだっ広く、空席が目立つ。そんな端っこに男連中が退いていくのだから平成の性教育は限界に達した、俺はそう思う。


 登壇場がナイターほどの光源で照らされた。思わず顔をしかめようよう見る先にもその相貌は認められなかった。が、声音でわかる。彼女だ。教官と俺が呼称したあの大人で間違いない。

教官はマイクのハウリングもろくすっぽに確かめず、キンと張りつめた声量で言った。


 「諸君、君たちは特別だ」


 「大人の我々から見ても優れた才能を持っているからここに選ばれたのだ。能のある人間はいつだって時代に選ばれて世界を動かす。君たちには強大な力がある。それを制御できないのは社会の問題なのだ」


 はみ出し者の俺たちが?前席の男が呟いた。


 「無論、個人的な問題がなかったわけでもないだろう。それにぶち当たってつらい目に逢った連中も数多くいる。だがしかし、諸君の規範とは何だ。いつも何にしたがって行動している?それは君たち自身がようく知っていることで、君たちに決断力の強さがあったからだ。学校にもろくに行けず毎日を後悔の肥やしに生きてきた連中とは違う。絶対的に選ばれる権利を持っていたからそれを待っていたにすぎない。我々は君たちにそのチャンスをやろう。権利を行使する機会だ。この権利は生半可、娑婆に生きていて巡り合う偶然とは違う。運命の垣根を越えて必然にまで至った君たちを選抜する最後の機会なのだ。逃せばどうなるか……貧乏人の送る死にざまを見たいか?報われなかった人間の最期をその目で見たいか!否、見る必要がないのだ。何故なら君たちは絶対的強者であり、無敵そのものに変わりない。時代の先駆者になる夢などと、現代は既に偉人たちが名を馳せ、余りがない。君たちの空席は物のほとんど残っていないわけだが、そこに空席が新しく設けられた」


 つんざくスピーカーが2分間の沈黙をもって我々を困惑至らしめた。


 「それが異世界だ」


 おうおうおう。流石に聞いている側も黙っていない。なにせ大の大人が夢物語、ラノベまがいのことを言い出した。異世界転生or転移とはただの都市伝説であり、耳の肥えた我々にとってはアニメの世界でしかない。現実ははるかに下降してその実、ルッキズムの需要と治外法権的な日本の体たらくさに誘拐が集中しただけだ。人身売買の売女側のセミナーか。罵倒の声が絶えない。しかし彼女は一層語調を低めて言う。


 「諸君は人を殺したことがあるか」


 「大人の我々にだってない。いや、君たちの何人かは人を殺した前科があるらしいな。番号で呼び出してやろうか」


 彼女はこれ見よがしに控えた台本に目を移し、出し惜しみした一言を唱える際だった。人心の皆無性を研ぎ澄ませるほどの沈黙に至らしめ我々に屈服を促した。その思惑に裏付けて誰だって見ず知らずの人間と人狼ゲームを交わしたくない。あまつさえ殺人者のいるこの場で名指しされようものなら、今後の行く末が危ぶまれる。生命に危機が到達する。


 教官は含み笑いに演説を続けた。「何を怖がる?一度死んだ君たちだ。次だって生き返れるさ。殺されることに怯える必要はない」


 沈黙が続いた。で、教官は人差し指で指示を送ったのち、各席に物が配布される。皆、目にしたがらなかったがその内容として目に痛いほどの光が乱反射していた。それは手鏡だ。自分の姿を露見させる冷酷無比な神器だった。


 「そこに映る自分の顔をようく見てみろ。お前の見知った顔か?それとも他人の顔か」


 俺は洗面時に自分の顔もろくに見ない主義だ。最低限見てやるのはニキビの有無か、産毛の濃さか。それぐらいだったにも関わらず目鼻の形は整えられ、まつ毛ピンと反り返り、瞳孔の黒々しささえ完璧にあつらえていた。果たして、網膜の色素沈着にまで着手する無免許医がこの短期間のうちにどれだけ量産できるのか。疑問甚だしかったが、失神する女子も少なからずいた。隣り合わせにお互いの顔を見比べると寸分の疑いの余地なく同じ顔が羅列している。同胞は席を立ちあがり前席に集まった。手鏡を持参して、奥歯の噛みしめ具合や、親知らずの有無までもを確かめ合いこの世のものではない人間が同じ数だけ溢れていることに狂喜した。


 「クローンだ。お前は俺の遺伝子をパクったクローン人間だ」


 「馬鹿を言うな。お前の方がクローンだ。俺を模してこの日のために作られたに違いない」


 「世界には自分と全く似た顔たちの人間が3人ほどいるといわれてる。そのうちの3人、余りが俺なのか」


 同胞は小言を言いつのり、やがて自らが人間ではないことを肯んじついには頭を垂れた。そんな偶然はありえない。ヤムチャが天下一武道会で一回戦を突破した時くらいありえないよと俺が告げた時点で相違点に合点がいく。こんなオタクにはなりたくないというのだ。


 「納得はできないだろうな。何故ならこの技術は流用パクリだからだ。どこの国からとまでは言うまいね。そして生き返った理由もこれがそうだ。君たちが()()()()あちらの世界へ行かなかった理由がこれなのだ。我々は技術を確立し、管理している」


 一同の視線は遥か彼方彼女の方へ、諦めもし、希望の催促をねだっている。


 「本題に移ろう。どこの誰でも亡くなった君たちには使命が託されている。誰でもない君たちにだからこそ託せる重要な使命だ。2014年現在、異世界による行方不明事件は既に公とされた。政府がすでに動いている。公務員総出でその有用性、資源発掘、主権主張に至るまでをも精査しているわけなのだが、残念なことにあちらの世界の恩寵を受けたのは君たちが初めてではない。名も知れぬ有象無象が行方不明本人として飛び去ってしまった。彼らは列記とした被害者であり救済の余地を残す哀れな捕虜だ。その捕虜を――可能な限り生きて連れ帰ってほしい。プレイスタイルは諸君らに任せよう。何かと思う多感な時期だ。その内容に異論は唱えないが……」


 「プレイスタイルには基礎がつきものだ。その基礎をこれから半年、諸君らにみっちり教え込んでやる」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ