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アウターチルドレン  作者: 片瀬麻衣
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教育教育教育教育

 この感じ、前にもあった気がするな。頭痛と吐き気にてんてこ舞いのところ失礼と言わんばかりに体は拘束されていた。幅の広い帯と、いくらもがいたって解けないほどのバックル。自分でも嫌気が刺すほど体を動かすのが億劫になっていた。いや、現に今揺すぶられている。

 

 眼前に立ち並ぶのは、まるで写し鏡であるかのように、俺と同じく拘束帯を巻かれた連中だった。対面に様子がうかがえる。そしてチャイルドシートをもっと高く設定した座位はこのうえなく担ぎ込まれていることの証左だった。俺も彼らと同じく捕虜。捕虜は連行されしかるべき場所に移送される。ここは車の中だ。大人数の移送を勘定に入れていないのか、お互いの肩がぶつかり合い、時々軋む。こんな最低な環境ならいつ目を覚ましてもおかしくないわけだ。左隣、ずっと奥の方から抗議の声が聞こえた。


 「おい!アタシは無実だろ。無罪放免にしてくれるっていうからサインしたんだ!」


 サイン?何のことやら。知らぬ間に人権放棄書に調印しちゃったおバカさんか。声もあんまし可愛くないから無視を貫く。直視するべきはやはり対面で、対面の股間付近から何かが臭う。

 車両の運転は荒く、滴るそれはこちらにまで迫ってきた。座高の高いシートで助かったぜ。ま、アンモニア臭のそれとは逸して完全に消化不良の有機物は大便で違いないわけなので、ウンコ漏らしの痴呆を向かい風に受ける俺は完全な負け組。はやく輸送終わってくれ~~~。とにかく願った。


 「ねぇ」


 隣からまた聞こえる。


 「ねぇったら」


 まぁ女だ。今度のは可愛い声してるからいいけど、おあいにく様、女は間に合ってる。とくにこんなイカれた場面でおしゃべりかます輩はろくでもないやつ9割なのでまたしても無視をかますが、らしくねぇ。耳当たりの良い言葉を並べ立てる。


 「どこかで逢ったことない?うんと前に」


 横目にそいつの顔を見た。どっからどう見ても初対面だ。なにせ前髪が片目に隠れてて人相の確かめようがない。


 「気のせいだろ。ところでタバコ持ってないか」


 「あるよ。ちょっと待ってね」


 期待はしてなかった。あまつさえ冗談交じりで言った言葉を真に受ける奴がこの世にいるとは思えなかった。可愛らしく踏ん張る嬌声が聴こえて、それから放屁。水便でもあったか。ビチチチブリッ。大便の多発テロだ。言葉を失した。


 「銘柄は?いってもキャスターしか持ってないんだけどね」


 「お宅、相当なヘビースモーカーだな。いや俺も薬中なんだけど。ウンコの付着したフィルターを咥える気にはなんね」


 「失礼な!私だって好き好んでウンコ舐めないよ!ちゃんとビニールにくるんで肛門にいれてんの!いざっていうときのために」


 「そのいざって?」


 一拍間を設けた際、車両が停止したのが分かった。薄くスモークがかかった窓越しからライトの光が差し込む。目をしかめるほどのルーメン。どこぞの諜報組織じゃないと手に入らない代物だろそれ。あらかた下見は済んだのか、出し抜けにバックドアが開かれる。そこからまた閃光が差し込む。


 こういう時はだんまりを決め込むのが得策だ。あんまりおしゃべりが過ぎると。


 「なぁ!なんかの手違いだろ。解放してくれよ!」


 がなりたてる女の方にフォーカスが向かう。で、やかましきは罰すだ。マグライトの柄を逆手に奴の額にドゴンと、車内が揺れた。


 続々と黒づくめのつなぎをまとった大人連中が入り乱れる。俺も十分大人な背丈なわけだが、チャイルドシートの宙ぶらりんだ。謎の屈辱感を味わいながらつなぎ達の魔の手がかかる。

 といっても乱暴が働かれたわけじゃない。二人一組のペアがリストを携え、無線式バーコードリーダーを照合する。遺漏のなかったことの確認を済ませ、印字されたシールを……。


 あろうことが印字するのは額だった。こめかみの血管が委縮する。顎が震え、歯がガチガチ鳴る。全身の毛が逆立った。甚だショックを受ける。俺までもが電撃による筋弛緩で失禁するなどとは。


 「今から拘束を解く。変な気は起こすなよ。起こしたらこうだ」


 マグライトの殴打が度重なる。さすがにかわいそうに思えてくるが、ま、勉強させてもらったと思えばいい。ブサボの女はそれっきり口を開かなくなった。


 とんとん拍子で今度は各々の自立が促される。つまりは自分の足で外に出ろとのこと。大便の汁を踏みしだいてようよう出てみると、地下搬入口なのか正方形のぶっとい支柱が奥行き数十メートルにわたって並んでいる。非常灯の明かりも気がかりだった。緑ではなく、赤。まるで廃棄施設を思わせる風景に辟易とする。


 「なぁ、俺達って凶悪犯罪者だったりしないか?」


 つい先ほど話した相手に交わすはずの言葉が別の人間から返ってくる。


 「心当たりはいくらでもあるから不思議じゃないよ。それより歩いて。後ろがつかえてる」


 言われるがまま。といってもどこへほっつき歩けばいいのかわからないもので、先導するつなぎの所作に気を配って、搬入口のそれもシャッターの前で四列横隊。おおよそ16人はいる目安だ。


 「お前ら屑には!これっぽちの期待もしてない。だが言われたことは愚直にこなせ。いつまでも出来ないやつは殴って修正するし、口答えは許さん」


 高圧的な指図。まるで軍隊だ。


 「先ほど印字された番号に着眼しろ。これからそれがお前たちの名前になる」


 「あの~」


 「早速口答えか?」


 「いえ、私は斑鳩瑠衣っていうんですけど、この名前気に入ってて……名家の姓でもあるんです。それを捨てろっていうのはなんとも~」


 間の抜けた調子にほんの少しだけ場が和む。この場をまとめる教官もうそういうしかあるまいがそいつの前に仁王立ちしたのち、側頭部を鷲掴み。大人の筋力だ。子供が敵うはずもなく、ブルタブ栓をぶち抜く音が聞こえた。ワオ。説明の余地はないが、そんな軽い音が響く頭部の個所と言ったらもうそこしかないわけで、メクラの完成。真の闇の世界に閉ざされたであろう、悲鳴がけたましい。


 「ほかに異議のあるものは?」


 あるはずない。そして額に印字された番号を見通す方法などありもしないわけで、一同は大混乱に見舞われた。おでこをやたらめったら引っ掻き回す奴とか。眼球をあらぬ方向へ向けて血眼で探す奴とか。この点に関して俺は極めて冷静だった。誰も今すぐに自分の名前を呼称しろとは言ってない。俺たちを管理する相手が初めて口にする番号を控えてしまえばいい。つまるところ自分の名を知るタイミングなどこの先いくらでもあるのだ。


 冷静に徹し、冷静に極めた上で、隣の奴に自分の番号を聞いた。なんて書いてある?8だ。じゃあお前は14だね。これでよし。こんな風にお互いの関係を調整する一方、悪意のあるやつは出てきてしまう。


 「13番!お腹が痛いです!トイレに行ってもいいですか」


 「馬鹿野郎!貴様はどっからどうみても7番だろうが」


 マグライトの殴打がきっかりぶち当たった。

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