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アウターチルドレン  作者: 片瀬麻衣
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クソッタレDICE

 不登校児童が持つ共感覚として色覚異常が挙げられる。身体成熟期に伴い網膜の発達やあるいはゲーム、携帯などでの劣化が当たるのやもしれないが、統計データ300を上回る児童数でみな口々に灰色の世界が見える、とは精神的分類に該当する事由ではないか。不登校児童が登校拒否をする季節は極めて分かりやすい夏と冬明けにある。夏は夏季休校中の長い休みにあって体がなまってしまうないし、心が登校に及ぶまでの精神力を担わない。冬に関しては大人にもいえるように冬季うつ。季節の変わり目が文字通り体力を削る、そのことにあるのだと判断する。

 本稿ではいじめ、学校内暴力は省く。不登校児童自身が登校拒否を決断したその点について着眼するものであって、些末にかかわらず複数のトラブルを加味すれば膨大なデータが彼らの共感力、センスを顧みないからだ。本稿はあくまでも個人に対する評価と、配慮すべき事案について解明努力するものである。社会的構成員の有無を問う本稿ではまさに社会のあぶれもの。孤立無援な子供について重きを置きたい。彼らの共通点は家庭内不和にある。父子家庭。母子家庭。所謂片親世帯の子供たちはセーフハウスの概念を持たない。生れ落ち、物心つく頃には親を肉親とも思わない、疎ましい認識が興味深い。彼らには家がない。親もいない。となるとかくまわれるべき場所とは学校に帰するはずなのだが、上記にある通り彼らは断固拒否している。このことから彼ら登校拒否を意思表明する不登校児童は、帰属しない、与しない、助け合わない非相互関係にあるとし、本稿の主題であるアウターチルドレンとして育成プログラムの施行を目標とする。



 アウターチルドレン計画は16歳未満、中卒以下に限定する。


 


 ――2014年 9月10日 調布第三中学校 保健室。


 約束の時間はとうに過ぎていた。室内据付の時計の針と、自前の腕時計とに目配せするユースソーシャルワーカー(以下YSW)は都庁からはるばる西東京まで出張って二人がかりで待ち合わせていた。当該人物とは電話で話を取り付けてあり、なんなら手帳にも記したはずが2時間経った今、一向に来ない。主任YSWと保健医の他愛ない話が、少なく見積もっても15分続くとなると堪忍袋の緒がはち切れそうになる。「少し席を外しますから」おもむろに除菌ティッシュを取り出して目配せする矢先、室内を飛び出していった男性YSWの思惑は主任の彼女にもようくわかっていた。あの男怒鳴ると酷いんだから。


 世間話のゲインを一段まくり上げようとした矢先、低声が廊下に響き渡る。その調子からいって、一方的な暴言の数々はやはり留守電メッセージに吹き込むもので相違なくって、当該人物は起床しているかも定かではなかった。


 「滝君は言葉数が少ないだけで悪い子ではないんです。柄にもなく不良染みてるだけで、不登校じゃなかったらそれこそ委員長に抜擢されるくらいのリーダーシップがあった」


 学校から逃げ、約束からもトンズラこくガキに責任感などと。主任YSWは顔にこそ出さなかったが、外の怒鳴り声に負けない甲高い声で語をつなぐ。


 「最後に登校したのは7月の13日。夏休み前。その時の顔色は私どもも、ようく見ておりますから彼が体調不良なんてことは考えられませんね。きっと大事があって」


 「やはりお家ぐるみのことなんでしょうか。お父様が酷く暴君でいらっしゃるから」


 「学生紛争の名残が平成へ……今の子じゃ考えられないことですよね。あの時代は大変だった。私も今年で61になりますが、いやはや。今の心地よさを感じちゃうと」


 甘ったれたガキになる。ついつい口に出しそうになったが公私混同は避けねばならないと自問自答。実際、当該人物の有用性とはYSWにしても有望な人材であった。学業に馴染めない癖して御託は並べられる極めつけのゴミ。痴呆患者よろしくトロンとした目つきは薬遊びに嵌っている生粋の薬中なのだ。ついこの間逢った時には端正な顔たちも台無しにして、涎を垂らしながら言いつのった。


 ――それでも俺がいるべき場所はここじゃない。


 もったいぶった痛い中学生の言動だ。だがそれでいい。なまじトチ狂ってないと我々の生業が成り立たない。YSWとは表の顔で、彼らはリクルート要員だ。不良生徒を取っ捕まえては談判を繰り返し、その最中に適性があるかを精査する。滝不園というガキは抜き打ちのプログラム適性試験を2度も通っている。都庁とも合意はとれていた。彼を本格的なプログラム実施に参加させ、一人前のアウターチルドレンにさせる気でいる。そのために早急の対策を講じなくてはならなかった。どこの国もやはり時間は有限であり、この国にあっては全国就学児童行方不明事件が多発して、教師もその例外ではないことに留意すべきだ。


 異世界送りはごめんだ。


 一拍間の内、廊下の声が止んだ。訝しんだ二人は主任の方から保険医を制して戸を開けようとした途端、目的のガキが男性YSWと同じく入室。


 「あら、あらあら。滝君」


 名を呼ばれるがままに虚空へ歩みよりあわや転倒するところを3人がかりで囲って抱擁した。かなりラリッてしまっていたらしい。青白い肌と無数の脂汗が目に毒である。


 「太陽が、俺の後頭部にあるんだ。花が咲いてる。照らされてる。なのに明日の朝は拝めない。そうだろ?わかるんだ。俺に明日はない」


 保険医は出し抜けに生理的食塩水を取り出して、経口投与用のホースを喉奥にテープで張り付けた。注水することしばらく誤嚥が生じ、いつか見たハナタレのガキを演じている。この男こそ滝だ。


 「まーたお薬でちゃんぽんやったの!いくつ飲んだ?何飲んだ!」


 「サイレースにスニッフして。ブロン、メジコンも。家にあるのは全部飲んだ」


 それだけにとどまらず口臭にはジンが漂った。一瞬青ざめた男性YSWは、荒療治的に胃の中の滞留物をすべて吐き出させようと手を突っ込もうとしたが、無駄だと諭される。ほぼすべてが代謝されてしまった。薬を抜くには大量の水と、小便が適切だ。そういうもんですかと食い下がる彼を横目に主任は都合がいいと思い始めていた。


 「滝君、字は書ける?この書類にサインして」


 「かけるはずがない。手元がブレて……」


 「それなら丸だけでもいいわよ。テキトーに大きく丸って、ほら、ここに書きなさい!」


 滝の視界にはすべてが歪んで見えていた。故に丸などという高等図形を描画する力は一切ない。床にへたり込んで、その上体を保険医に担がれて、主任の彼女にはペンを掴まされている。一瞬YSWの彼と視線が合いそうな気がしたが、その実彼は虚空を目でなぞったに過ぎない。丸は大きく逸れていった。

 

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