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水戸黄門漫遊記

作者: 福笑双六

「ご家老、ご家老、大変でございます 。」

龍野藩の屋敷に若侍が血相を変えて駆け込んで来た。

「どうしたんじゃ。騒々しい。何事じゃ。」

「実は備前藩から連絡がございまして、水戸の御老公様がこちらに向かわれるとの事でございます 。」

「なんと。水戸の御老公様が我藩にお越しになると言うのか。」

城代家老の木下善之助は 頭を抱えてしまった 。

「左馬之助。以前、御老公が来られたのはつい5年前のことじゃったな。」

「左様でございます。」

先ほど血相を変えて駆け込んできた山村左馬介は答えた。

「前回のご訪問の際に不手際でもあったのだろうか? あまりににも早いお越しじゃ。ともかく 早急に支度に入らねばなるまい。 左馬之助。急いでお迎えする段取りを整えようぞ。」

「かしこまりました。」

それから姫路藩では藩をあげての大騒ぎとなって行った。


家老の木下は家臣を集めてお迎えの準備を進めていた。

「前回、ご老公一行がお越しになられたのは5年前じゃ。我藩も前回にお迎えした時とは顔ぶれも変わっておる。今一度、大事なことを伝えておく。ただし決して他言無用じゃ。」

「かしこまいりました。」

城内に招集された数十人の侍たちは一斉にうなずいた。

「よいか。まず 藩内の腕自慢を早急に集めよ。」

「腕の立つ侍を集めるのですか?」

「御老公は 侍達が日々の鍛錬をきちんとされているかをご判断される。 それを渥美格之進に調べさせておる。 ここで軟弱な侍をお見せすると鍛錬がなってないとお叱りをいただくことになる。」

「承知いたしました。早急に手配いたします。」

「次に 、美しい娘どもを集めよ。女性がきちんと身なりを整えられるということは、領民が貧しさに苦しんでいないとの証じゃ。 それは佐々木助三郎が評価をすることになっておる。」

侍たちは再度、大きく頷いた。

木下は話を続けた。

「それから 本来の名物料理を用意せよ。 前回は、素麺をお出ししたのだが、それが質素でお気に召さなかったのかもしれん。他のものを早急に調べよ。」

「名物料理ですか?」

一人の侍が不思議そうに声を出した。

「名物料理があると言うことは他藩との交易がうまく進んでいる事じゃ。他藩から龍野であれを食べたいと人が集まってくる事は大事なことじゃ。」

「なるほど。仰せの通りにございます。」

疑問をつぶやいた若者は頷いた。

「それから、八兵衛という男が食について評価するのじゃが、見た目に騙されてはいかんぞ。なかなかの食通じゃ。御老公に気に入られおる侮れん男じゃ。」

「かしこまいりました。」一同は一斉に頭を下げた。

木下は皆を見渡し話を続けた。

「湯へのご案内を怠るではないぞ。お銀という忍びの娘がおるのじゃが、湯に入らないとすこぶる機嫌が悪くなるとの事じゃ。」

「ご家老。我藩には温泉などございませんが?」

「構わぬ。温泉でなくとも大浴場など、何かを早急に取り繕え。」

「承知いたしました。でも大丈夫でしょうか?不届きでお咎めなどないでしょうか?」

「案ずるではない。あまりにも手際が悪い場合は、弥七と言う忍びがアドバイスをくれるようじゃ。しかしそれなりのものを支払わねばならんが。」

木下善之助は話を続けた。

「ところで、今回の 筋書きじゃがどのように考えておるんじゃ 。」

「今、目下、我々で知恵を絞っているところでございます。」

「なんと手ぬるい。めぼしい物書きに声をかけて筋書きを完成させよ。」

「して、前回は どのような筋書きになっておったんじゃ?」

「 はい 。前回は 娘が敵討ちをするのを御老公がお助けになるという話でございました。」

「そうか。それなら今回は藩内の悪徳奉行を若侍が暴く。それをご老公がお助けになる話が 良いかもしれんのう。 まず他藩でどのような 筋書きを書いたのか 早急に調べるようにいたせ。 決して 重複するではないぞ 我が藩の情報収集力がないと評価されてしまうでのう。」

「かしこまりました。 早急に筋書きを整えるように致します。」

「 御老公ご到着まではどれくらいの猶予があるんじゃ。」

「 ひと月程度ではないかと聞いております。」

「 あまり時間がないの 急いで進めるようにのう。」

家老はそう言い渡して部屋を出た。


龍野藩名うての物書きが呼び出され,若侍の オーディションが始まった。また悪役になる奉行には誰が良いかということで侃々諤々議論の上一人の人相の悪い侍が奉行として採用されることになった。

ストーリーを見た家老は少し満足げであった。

「なかなかよくできとるのう。 これなら御老公も ご満悦であろう。」

「 ご家老様。ここで殺陣のシーンがあるんですが ここはいかがいたしましょうか?」

「わかってはいると思うが、決してこのシーンで勝ってはならんぞ。 助さん格さんに嫌われでもしたら、 陰で何を言われるか分かったものではない 。上手に、適度に手を抜いてきちんと負けてしまうように。」

「 それから格さんが胸に手をやりそうな時点で静粛にするようにな。大事な一言が響き渡らんでのう。」

「かしこまりました 皆できちんと練習をしておきます。」

「あの…恐れながら。」

奉行役に命じられた人相の悪い侍が声を出した。

「なんじゃ申してみよ。」

「私の悪行のせいでお手打ちになったり、藩にお咎めがあったりは本当にないのでしょうか?」

「まだ分からんのか これは ある種の査察じゃ。 幕府内においてこんなに各藩で頻繁に悪事が起こっては幕府は転覆してしまう。そんなことは御老公は百も承知じゃ。漫遊の名において各藩を見渡し、どのような藩政敷いておるのかを見ておられるのじゃろう。幕府に忠誠心をもっていかに企画を練り漫遊を成功させる実力があるかを調べておられるのじゃ。もっとも我々からすると非常に迷惑な話じゃがな。」

そして木下は小さな声で付け加えた。

「それから、ご老公のご一行は決して人を切ったりはされない事になっておる。」

「そういうことでございますか。」

奉行役の若侍は小さく答えた。どうやら人相に似合わず気が小さいらしい。


こうして龍野藩は 一連のストーリーを整え、そしてそれを無事こなし御老公から満面の笑みをいただくことができた。今回は、名言「わしは旅の隠居じゃ。ちょっと酔狂がすぎるがのう!」のお言葉を賜り、今回の漫遊が無事に終了したことが知らしめられた。

木下は大きく安堵し、家臣の侍に小声でささやいた。

「早く、明石藩に使いをだせ。御老公様がお向かいになると。」


木下は、早くこのようなセレモニーがなくなることを強く祈っていた。

それがかなうのは御老公ご逝去による十数年ののちのことになるのだが、しかし、この時は誰も気づいていなかった。

しばらく後に、八代将軍徳川吉宗がこの手法を真似て暴れん坊将軍となっていくことを…


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