異世界の歩き方
「お~~い・・・」
薄暗い路地裏にアルレスの声が響く。
「そろそろ総合ギルドに向かいたいのだが・・・」
監視役と合流して腹を満たし、これからの目標の当てもできた俺は———
「もうヤだよぉ…。お家帰してよぉ・・・こんなはずじゃなかったんだよぉ・・・」
———めちゃくちゃ拗ねていた。
「いい加減機嫌を直してほしいんだが・・・」
「直らねえよ! てかお前誰だよ⁉」
「先ほど名乗ったであろうが・・・」
「ボコられたショックで覚えてねえよ!」
先ほどまで俺は、この女に飯を奢ってもらっていたのだが、喧嘩に負けたショックで会話の内容は疎か、食事の味すら覚えていなかった。
「はぁ、まったく、しょうがない奴だなお前は。ではもう一度だけ名乗るぞ?」
一瞬呆れた目を俺に向けた女は、もう一度名乗り始めた。
「私の名はアルレス・パーシヴァルだ。主神セレナーテ様の命により、女神の騎士の護衛を務めることになった。よろしく」
「女神の騎士? なんだそれ」
ここにきて初めてのワードだ。
「ん? セレナーテ様のお告げでは、お前のことは女神の騎士と記載されていたぞ?」
「ダッセェ! なんだそれ⁉」
あいつネーミングセンス死んでるのか?
「まあ、それは私も思っていたが・・・。それより、先ほどから何故拗ねているのだ?」
「だから、さっきの奴らに負けたからだよ!」
「何故それで拗ねるのだ? 傍から見れば、戦力差は明白だったと思うが?」
いや明らかにかませ犬っぽい雰囲気を醸し出していただろうが。もう詐欺だよ。
「オレはなぁ、自慢じゃないが元の世界だったら完璧だったんだ! 顔もよければ勉強もできる。運動神経も抜群で、喧嘩も負け知らずだったんだぞ!」
「すごく自慢じゃないか? それ」
もう本当に帰りたい…。この世界に来てから、良いことが起きてない気がする。
「ふむ、それにしても頭の中身は知らんが、顔が良いと来たか・・・ふむ」
アルレスは顎に手を当て考えるそぶりを見せる。
「なんだよ・・・?」
「いや、冗談で言っているのなら悪いのだが、お前は別にいい男ではないと思うぞ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何?」
「だから、お前は自分で言うほどいい男ではないと思うぞ。あくまで私の感想だが」
何を言っているんだ、こいつは? 顔ならさっき確認したぞ・・・?
「この顔だよ・・・?」
俺は自分の顔を指さす。
「ああ、その顔だが」
「この切れ長の目を見ても本当にそう言えんの?」
「いや切れ長というより、ただ単純に目つきが悪いだけだろうソレ」
そういえば、さっきからナンパが一度も成功しなかったな・・・。
前にも言ったが、顔の良さは時代や国などで美に対する評価が違うと聞いたことがある。昔の美人を現代の人が見れば微妙だと感じたり、日本のモデルが海外では不評だったりという事が実際にある。
このケースに当てはめると、つまり——
「・・・・オレはイケメンではないッ⁉」
「うむ、別に不細工と言うわけではないが、自分でイケメンと言えば角が立つレベルだ」
「そんなっ・・・・まさか・・・・・嘘だろ・・・・・⁉」
「お、おいそんなに落ち込むことか? そうだな眼球が抉れた状態ならイケメンに見えるかもだぞ?」
「それってほとんど見えてねぇじゃねーかッ‼ フォローへッタクソだな!」
とてつもない絶望が俺を襲う。
ちくしょうッ! 俺の三大武器の内二つがダメになった・・・もうダメじゃん・・・。
「もうヤだよぉ・・・お家帰してよぉ・・・こんなはずじゃなかったんだよぉ・・・」
「また振出しに戻るのか・・・」
アルレスは溜息をつき、俺に憐みの視線を向けてきた。
「まったく面倒だな。そんなだから貴様は万年ボッチ飯なのだ」
「なっ———⁉ なんでお前それを⁉」
確かに俺は人とご飯を食べたことないけど‼ こいつが何故それを知っている⁉
「フッ、ただの勘だ」
「勘かよ‼ 勘で人の図星をピンポイントでつくの止めてくんない? 心臓に悪いから!」
「その様子だとあながち間違いではなかったようだな・・・・それより、早く帰りたいのならお前はやるべきことをやれ。そうすれば元の場所に帰還できるのであろう?」
確かにアルレスの言うとおりである。実際自分でもわかっていたことだ。
愚痴も十分吐いたし、ここらで頭を切り替えるとしようか。
・・・心は抉られたけど。
俺は歩き出したアルレスの後に続き、門の正面の道を歩き始めた。
「わかったよ。で、俺はこれからどうすればいいんだ?」
「聞いていなかったのか? 『総合ギルド』に行くと言っているであろうが・・・」
ギルド? ゲームとかでよく聞くアレだろうか。
「何しに行くんだ?」
「とりあえず、お前の『聖書』を発行しに行く」
「聖書?」
宗教で配られていたという、あの聖書か?
「その聖書って何に使うんだ?」
「そうだな・・・主に信仰する主神のお言葉をいただいたり、所属している宗派の最近起きた出来事を知ることができる。後は、身分の証明所代わりにもなるな」
要はニュースが見られる掲示板付きの、身分証的なものか。
「ちなみに、俺が信仰する神って——」
「無論、女神セレナーテ様だ」
ですよねぇ・・・どうやら俺には宗教の自由はないらしい。
よりにもよってあのアホの金髪を信仰しなければいけないとは・・・
「はぁ~~・・・」
「なんだ? 不服そうだな・・・」
実際不服なのだが、ここはあえて言わないでおこう。
「そういえば、あんたのことはなんて呼べばいいんだ? アルレス? パーシヴァル?」
「アルでいい。これから長い付き合いになりそうだしな。特別に愛称で呼ぶことを許可しよう」
なんで上からなんだコイツ・・・
「では私はお前のことをケイと呼ぶが、いいか?」
「・・・いや——」
下の名前で言われるのは少し抵抗がある。別に照れているわけではなく、単に慣れていないだけだ。いつも桐谷か、愉快なあだ名でしか呼ばれてなかったから。
・・・そういえば、最後に下の名前で呼ばれたのはいつだっけ?
「キリヤの方で頼む」
「・・・そうか、わかった」
少し残念そうにアルは頷く。
「ところで聞きそびれたけど、総合ギルドってのはどんな場所なんだ?」
「さっき言ったみたいに、聖書の発から始まり、住民登録、クエストなんかを受けたりすることができる場所だぞ」
クエストっていうのは、おそらくゲームと同じヤツかな?
総合ギルドと言うのは、言わば市役所みたいなところなのだろう。
「ほら、見えてきたぞ」
アルが指さす先には、大きな建物がある。五階建ての建物で、金持ちが住んでいる屋敷みたいな造形だ。外壁は白で統一されており、神聖かつ厳格な雰囲気を漂わせている。
門の正面の道から約二キロ位進んだところにある、中央広場的な場所に佇んでいる。
「雰囲気あんなぁ」
これまたファンタジー感あふれる建物に感動を覚えていた俺だったが、アルに急かされ建物の中に足を踏み入れた。
「すまんが、私もここで用事があってな。一人で大丈夫か?」
玄関に入るとアルが急にそんなことを言いだした。
「子供扱いすんな」
「そうか。聖書の受付は、この先の広間の受付でやっている。入って反対側の窓口だぞ」
「わかった」
俺たちは、入り口の前で落ち合うことを決め、別れた。
そして十数分後、俺は入り口に戻りアルのことを待っていた。片手には聖書を持っている。
想像したより小さく、手帳サイズのものだ。皮で出来た表紙には、俺の肩にある紋章とまったく同じものが入っている。
手続き自体は意外とすぐに終わった。と言うか、欲しい聖書を言ったらすぐくれた。
途中受付のお姉さんが、俺がセレス教の教本が欲しいと言ったら微妙な顔をしたのと、周りから『破壊神』と言うワードが聞こえたが、いまさら気にしたところで負けだろう。
「お、意外と早く終わったのだな」
「手続き自体簡単だったからな」
「そうか、それではさっそく・・・・・あッ‼」
「なんだよ」
突然話していたアルが、青い顔でフリーズした。
「これからのことを私が泊っている宿屋で話そうと思たのだが・・・」
「だったら行こうぜ」
「だがな、宿泊期間が今日の夕方までだったのだ」
「延長すればいいだろ?」
「無理だ」
「なんで?」
「お金が無いからだ!」
アルはなぜか胸を張って言った。
「は?」
「昨日クエストの報酬をもらったのだがな、食事代を除いて全額セレス教の教会に寄付してしまったのだ」
「もう一回言うよ。は?」
「いや~失念していた。まさか宿屋の期限が今日までだったとは。ハハハッ‼」
「バカじゃねぇかッ!」
稼ぎをほとんど寄付するとか募金ガチ勢か⁉ 何故後のことを考えない⁉
「明日の食事代はまたクエストで稼げばいいと思っていたのだ。しかしまいったな、この時間だと新たにクエストを受けることはできないぞ・・・」
「じゃあその無駄に高そうな鎧でも売ってこいよ」
「馬鹿を言うな、この鎧はあるお方から賜った数少ない私の宝物なのだ。おいそれと手放せるわけないだろうが」
「じゃあどうすんだよ・・・」
さすがに、独房の次は野宿だなんて俺は嫌だぞ・・・。
「仕方あるまい、ここは教会にお世話になろう。実はシスター・ネールと言うお方に、困ったら尋ねるよう言っていただいているのだ」
「シスター・ネールっていうと、あの婆さんか・・・」
そういえば、俺にもそんなことを言ってたな。
「知っているのか? なら話は早いな、では早速——どうした、不服そうな顔をして?」
「いや、ここで世話になるということは、借りができることになるだろ?」
「うむ、確かにそうだな」
「それは『俺ルール』に反するというか、なんというか・・・」
今回は俺ルールの内の『極力人に借りを作らない』というのに抵触するから、あまり乗り気になれないのだが・・・借りた借りは返さないといけないし・・・。
「なんだその面倒くさいルールは・・・それにその点に関してはもう遅いぞ?」
「ほう、その心は?」
「お前は私に助けられた時点で私に対し、借りが発生していることになるはずだ。ならば、借りが一つくらい増えたところで今更変わらんだろう?」
「ハッ、甘いな。お前の場合は仕事みたいなもんだろ? なら借りにはならないな。逆にお前は、職務を全うさせている俺に感謝をするべきだとすら思うね」
「・・・お前は・・・・・・・・・なんというか・・・・クズだな」
「ほっとけ」
自覚はある。
「だが、それではどうするのだ? このままだと野宿一択だぞ?」
む、そういわれると弱ってしまう。
「・・・・・・しょうがない。背に腹は代えられねーか」
「そういうことだ。では早速と教会へ向かうとしよう」
「今回はお前がどうしてもと言うからついていくだけだからな? 別に俺がルールを破ったわけじゃないぜ?」
「分かった分かった。めんどくさい奴め・・・」
こうして俺たちは、シスター・ネールのいる教会を目指すのであった。
♢
「まあ、キリヤ様。それにアルレス様ではないですか! 一体どうなさったのですか?」
パッと笑顔を咲かせるシスター・ネールに、出迎えられる。
俺はアルの案内の下、セレス教の教会へと訪れた。ちなみに教会は門の近所だった。
俺たちは事情を説明し、しばらく教会で厄介になることになった。
今朝招待を断ったことで、若干の気まずさは残るが我慢しよう。
「子供たちも喜ぶと思います。それに、今日はごちそうだったのですよ」
終始楽しそうなシスター・ネールに教会内へと案内される。思っていたよりも教会の土地は広かった。
建物は小さく、ボロかったが・・・。
「シスター・ネール、どうしたのー」
小さな足音とともに、六、七歳くらいの男女が三人と、少し遅れてほかの子より年上の女の子がやってきた。子供たちは、俺を見るなりシスター・ネールの後ろに隠れた。
「皆さん。こちらは今日からここで暮らすことになったキリヤ様とアルレス様です。皆さんキリヤ様に自己紹介を」
シスター・ネールはやさしく子供たちの背を押し、俺の前へ立たせた。子供たちの中には、アルへ手を振っている子がいる。きっと前に知り合っていたのだろう。
「マールでーす」
「ネリアでーす」
「ぼくケイン!」
緑の髪の女の子がマール。紫の髪の子がネリア。悪ガキそうな男の子がケインだ。
各々自己紹介するとまたシスター・ネールの後ろに隠れてしまった。
「初めまして。私はシルカ・フィネールです。よろしくお願いします」
最後に、一番年上の子が、水色の短い髪を揺らしながら頭を下げた。ほかの子とは違い、この子にはラストネームが存在するみたいだ。
「桐谷慧だ。なんというか、しばらくここで世話になることになった。よろしく?」
自己紹介とか、久しぶりすぎる。こんな感じでよかったっけ?
自信はなかったが、子供たちがよろしくと返事をしてくれたので、良かったのだろう。
「自己紹介も終わったところで、早速夕食といたしましょう。先ほど言った通り今日はご馳走ですよ」
シスター・ネールはパンッと手を叩くと、台所の方へ向かった。子供たちもそれに続き、各々食卓へ向かう。
そして何を思ったのかケインが俺の元まで来て、笑顔で手を引いてきた。
勘弁してくれよ。子供は苦手なんだけど・・・。
そんな、俺の内心を知るわけのないケインは、怒涛の勢いで俺に話しかけてきた。
俺はテキトーに返事をしているだけなのに、何故か楽しそうだ。
「皆さんお待たせしました」
シスター・ネールの声とともに、食事が運ばれてきた。大皿に盛られた肉やら、サラダ、スープ、パンなどがテーブルに並べられる。ご馳走とか言ってた割には普通だ。だが子供たちの表情を見る限り、とてもうれしそうに見える。
「それでは皆さんお祈りの時間です」
そういうと、みんな目を閉じ手を合わせ、祈りだす。アルの方を見ると同じように祈りを捧げていたので、一応俺も形だけ真似ておく。
「それでは、いただきましょう」
その声とともに、みんな夕食に手を付けはじめた。だが俺は、子供たちの必死の様子に気が引けてしまう。やはり俺から見れば質素な夕食もこの子たちにとってはご馳走なのだろう。
ふと、アルの方へ眼を向けると頬をパンパンに膨らませているた。
「・・・お前、ガキの分まで食うなよ・・・?」
「ハッ! 確かに・・・私としたことが、うっかりしていた」
しまったという顔をしたアルだったが、シスター・ネールがやさしい声をかける。
「気にすることはありませんよ。そもそもこのご馳走をいただけるのも、アルレス様のおかげですから。キリヤ様も遠慮なさらずどうぞ」
そういえば今朝、アルはここに持ち金全部寄付したって言ってたっけ?
まあ、そういうことなら遠慮なくいただこう。
「・・・うん。美味いな」
そういえばまともに飯を味わったのは、この世界に来てから初めてだな。酒場の飯はあの三人組に負けたことがショックすぎて、味が分かんなかったし・・・。
その後きれいに夕食を平らげた俺たちは、部屋に案内をしてもらった。部屋は二階で俺とアルで一部屋みたいだ。狭いことこの上ないが、贅沢は言ってられない。
部屋に上がる際に男用の服を数着シスター・ネールにもらった。古着らしいが今の格好よりは大分マシだ。ちなみにシスター・ネールと子供たちは、下の大部屋で寝るらしい。
「では、キリヤよ。寝る前にお告げを果たそうか」
部屋に入るなり、アルは開口一番にそう言う。
「もう眠いんだけど・・・」
「私の聖書に指令が届いてな。お前が聖書を入手したら、やることがあるのだ」
完全に俺の主張を無視するつもりらしい・・・まあ、いいけどさ・・・。
「何をすればいいんだ?」
「私もよくわからないのだが、とりあえず手を出してくれ」
ごねてもしょうがないので、しぶしぶ俺は手を差し出した。すると——
「てい」
「あイテェ!」
何を思ったのか、アルは針のようなもので俺の人差し指に針のようなものを刺した。指先には見る見るうちに、血の雫が出来上がる。
「急に何しやがんだ!」
「うるさい、子供たちが起きてしまうだろう。それよりも、ほら」
アルは自分の聖書を開くと、俺の前に突き出す。開かれたページには、魔法陣のようなものが書かれている。
「この、模様を裏表紙に写せというお告げだ。お前の血でな」
「なんでだよ・・・」
「私も知らんと言っているであろうが。さぁ、早くしろ」
舌打ちをしながらも、俺は言われたとおりに模写をし始める。傷口がすれて地味に痛かったが、手本と変わらないクオリティで仕上げることができた。
「ほう、上手いものだな。この先役に立つかはわからんが」
「ほっとけ・・・・で?」
「ん?」
「この後は何をするんだよ?」
「いや、お告げはここまでだ。後は好きにしていいんじゃないか?」
「なんだよそれ・・・」
結果的に俺が傷を負っただけな気がするが、まあいいだろう。それよりも今日は疲れた。早く休ませてもらおう。
「ん?」
寝る準備をしようとした時だった。聖書に描かれている表紙の紋章が光りだした。
「なんだこれ?」
「ああ、それはお告げが更新されたサインだ」
スマホみたいだな。
「ちなみに、白く光った時が信者全体へのお告げで、青く光った時が個人へのお告げだ。もっとも後者の場合は中々ないがな」
俺の聖書が発している光は、青色だ。一定のリズムで点滅している。
「いや、めっちゃ点滅してんだけど・・・」
「点滅? そんなわけは———・・・しているな」
アルは俺の聖書を見ると目を丸くした。この反応からすると初めてのケースのようだ。
一応聖書の中身を確認しては見るが、特に変わった様子はない。
「そうすればいいんだ?」
いまだ聖書は点滅を続けている。
「わからん」
役に立たねえな、コイツ。
俺は半ば自棄になり、指で光る紋章をついてみた。
「お、止まったぞ」
「本当だな」
「これでようやく眠れる」
俺はため息を一つ吐き、寝る準備を再開しようとした。
『ちょっとぉ~! 寝るなぁ!』
「ん? なんか言ったか?」
その時何か声のようなものが聞こえた気がして、アルに声をかける。
「何も言ってないが」
・・・気のせいか。気を取りなおして、再び準備を再開する。
『ちょっとぉ! 聞いてんのぉ!』
「ん?」
今度は、はっきり聞こえた。どこから聞こえてくるのか分からないが、いまだに何かわめいているようだ。俺はあたりを見渡し、声の発生源を探す。
「これか?」
床に放り出しておいた聖書に目が留まる。どうやら声はそこから聞こえてくるようだ。
俺は恐る恐る聖書を手に取り、携帯電話のように耳に当ててみた。すると・・・
『馬鹿キリヤ! 』
「うおッ!」
耳元で突然大きな罵声を浴びせられ、俺は飛び跳ねた。
「どうした⁉」
「いや、聖書から声が」
「声?」
俺の悲鳴を聞き駆けつけてきたアルが、俺の聖書を耳に当てた。
「何も聞こえないが」
「え?」
アルが耳に当てている聖書からは、いまだに声が漏れている。なのにアルには聞こえてないみたいだ。
もしかして俺にしか聞こえないのか?
俺はアルから聖書を受け取ると、再び耳に当ててみた。
『そろそろ、本当に怒るわよぉ!』
なんか妙に聞き覚えのある声だな。この謎にムカつく声は——
「お前、セ・・・セレ・・・セナレーテか?」
「・・・誰っ⁉ セレナ―テよ! その、冗談でも微妙に間違えるの止めてくれない? マジで間違えた感があるから・・・・・・・・・・えっ、冗談よね?」
どうやら聖書から聞こえてくる声の正体は、セレナーテだったようだ。
そして声の正体が分かった瞬間、俺の中にあるドス黒い感情が爆発する。
「てめぇッ‼ この糞野郎がッ‼ よくも俺をこんな目に合わせてくれたな⁉ 話が違うじゃねえかッ!」
「ひっ‼ 急に何よぉ」
「何もクソもあるかッ! こっちに来てから散々な目に遭いまくりだわッ! なんでこっちの世界では俺がイケメン扱いされないんだよッ! そしてなんでこっちの世界の住人はあんなに強いんだよ⁉ 早速ボコられたぞ! 俺の描いていたイメージとは全然違うんだがッ‼」
「ちょっと落ち着きなさいよぉ。その点を説明居ようとしたときに、部長が来たやったから説明できなかったのよぉ~」
半泣きで、セレナーテが弁明をする。
まあ、確かにそういう意味ではしょうがな・・・・・・くないな。やっぱコイツが一番の元凶だわ。
だが今それを言ってもしょうがないか。気持ちを切り替えよう。
「ふぅ~~わかったその件についての仕返しは、すべてが終わってからにしよう。ところで話は変わるが、なんで金色の落ちこぼれの声が聖書から聞こえんだ?」
「金色の落ちこぼれって私の事⁉ なんでちょっとカッコよくなってんのよ!」
相変わらずやかましい奴だ。
「ったく、なんとか連絡手段を探して、アルレスちゃんに伝えたのよ。あなたが描いたのは、連絡の魔法陣。私たち神から連絡することで初めて効果を発揮する。神にしか使えない魔法よ」
つまりはこっちからはセレナーテに連絡できない一方通行の魔法ってことか?
「なんでそんなまどろっこしい事してんだよ」
神ならもっと簡単な連絡方法がありそうだと思うんだが・・・
「いや、その土地は私の支配領域じゃないから、勝手に覗いたり干渉したりしたら問題になるのよ。だからこうしてばれないように、魔法陣を使って連絡をしているの」
そういや、今は問題を起こすわけにはいかないとか言ってたなコイツ。魔法陣を使えば神にはバレないのだろうか?
「で、何の用だよ。俺これから寝るんだけど?」
「アホなの? あんた本来の役目を忘れてるんじゃないでしょうね? あなたは私の代わりに、信者の願いを叶えに行っているのよ?」
・・・・・・・普通に忘れてた・・・。
「いろいろありすぎて忘れてたわ・・・主にお前のせいで」
「グッ・・・、確かに多少は、転移先をミスった私のせいではあるけど」
「いや10対0でお前の所為だろ。出るとこ出るぞコラ」
「・・・ゴホンッ! それじゃあ早速、最初の願いの方を読み上げるわよ!」
ごまかしたなコイツ・・・。
「ええーと、レナ・クライネさんからのお便り。お姉ちゃんの悩みが———ですっ!」
「おい、肝心なところが 抜けてんぞ」
「それが、わたしにもよくわからないのよね。このレナって子の願いがフワッとしてるせいもあるのか、内容が不鮮明なのよ」
「なんでそんな願いが当選するんだよ・・・」
「それはガチャガチャ・・・じゃなく厳選なる抽選の結果よ!」
・・・こいつの頭がガチャガチャしていることはわかった・・・。
というか、願いの選定方法がそんなテキトーでいいのかよ。
「つまりなんだ、俺はそのレナって奴の願いを聞きただして、叶えればいいんだな?」
「そうゆうことね」
面倒くさい事この上ないが、文句を言ってもしょうがない。
「はぁ、わかったよ。じゃあそいつの居場所を教えてくれ」
「知らないわよ?」
「は?」
「私の支配領域じゃないんだから、私が知るわけないじゃない」
つ、使えねぇー。なんだこいつ。
「えっ、つまり俺はそいつを探す事から始めなきゃいけないの?」
「そういうことね」
どんだけ時間かかんだよ・・・。
「まあいい、さっさとこの願いを叶えて俺は元の世界に帰ってやる」
「何言ってんの? この願いで終わりな訳ないじゃない。後百個は叶えてもらうわよ?」
「は⁉」
百個⁉ イカれてんのか⁉
「無理に決まってんだろうが! 何年かかんだよ! 元の世界に帰れても浦島状態になるわッ!」
帰れたとしても、普通に生活ができないのなら意味がない。
これじゃあどの道、普通の生活が送れなくなってしまう。
「その点に関しては大丈夫よ。異世界と地球では、時間の進み具合が違うから。そうね~、大体こっちでの十年が、地球では一年ぐらいの計算かしら」
だったら、向こうの時間で一年以内には帰れるか? だが冬に俺は大学受験を控えている。何とかその前には帰らねば!
「くそが・・・つまり、早く帰りたければさっさと願いを叶えて行けってことか」
「そゆこと。物分かりがいい子は好・き・よっ!」
「しばくぞ」
くそ、また面倒くさいことになってきたな。
「とりあえずは分かった。もう連絡事項はないか? ないなら切るぞ」
頭を整理するために、今は早く寝たい。
「そうね、あまり長話をしていたら、ここの土地神に勘づかれるかもしれないしね。———ああ、そうだ一つアドバイス」
「ん、なんだ?」
「これから異世界で生活するにおいて、ギルドに所属していた方がいいわよ。後レベルも上げたほうがいいわね」
「ギルド?」
「そのあたりは、アルレスちゃんあたりに詳しく聞いて。それじゃあ切るわよ」
大事な部分は丸投げかよコイツ・・・。
「わかった。それじゃまたな———『破壊神』」
「うん、またねぇ・・・ってちょっと‼ なんであなたがそのあだ名を——」
何か言っている様子だが、俺は魔法陣に触れ、通話を切った。
適当に総合ギルドで聞いたワードを言っただけなんだが、あいつマジで破壊神って言われてたのか。
再び寝る準備を整えようと振り返ると、アルが変なものを見る目で俺を見ていた。
「・・・なんだよ?」
「いや、急に一人でしゃべったり叫んだりしていたから・・・」
そういえばアルには、セレナーテの声が聞こえないんだっけ?
そんなアルから見れば、確かに俺はヤバい奴に見えるのかもしれない・・・。
「あんま気にすんな。俺は生まれつきこんなことがある——痛って!」
「お、おお、そうか」
「それじゃあ寝ようぜ」
俺はベットの準備を整えると、寝っ転がろうとした。
だがしかし、なぜかアルがそれに待ったをかける。
「おい、一つしかないベッドをなぜおまえが使おうとしている?」
「あん?」
そういわれてみれば、この部屋には一つしかベッドが無い。てっきりアルが床に布団を敷いていたもんだから、そのまんま布団で寝るのかと思ってた。
「ここは普通、公平にゲームなどで決めるべきだろう?」
「わかったよ。何で決めんだ?」
ジャンケンかな?
「ここは・・・・正々堂々殴り合いで勝負で決めよう」
「君、公平って意味を理解して無いネ」
さすがにコイツにはどう頑張っても、勝てるビジョンが見えないのだが。
「どうする? やる?」
「俺が床で寝ます」
「そうか。それじゃあ私は水浴びにでも行ってこようかな」
そういうとアルは満足そうにうなずき、部屋を後にした。
「・・・ったくご機嫌そうに鼻歌なんて歌いやがって」
そういや若干だが口調も柔らかくなっていたような・・・?
まあ、寝床でくらい気を抜きたくもなるか。常時気を抜くなというほど俺も鬼じゃない。
とりあえず水浴びは明日にすることにして、俺は深い眠りについた。
♢
「キリヤ様のステータスはこちらになります」
キリヤ・ケイ LV・0
力 F140
速 F158
防 F102
智 F278
魔 F50
アビリティ 《虚言》・・・言葉や行動に関する信憑性を上昇させる。
教会に泊まった翌日。俺はセレナーテに言われたとおり、ギルドに所属したいとアルに相談した。すると、ちょうどアルも俺をギルドに加入させる気だったらしく、朝食を終えた俺たちは、すぐに身支度をして出掛けた。
そして連れてこられたのが総合ギルドだ。何でも、ギルドに所属するためにはステータス表というものが必要らしく、それを発行してもらうためらしい。
バイトを始める為に、住民票を発行してもらう感覚に近いかもしれない。知らんけど。
「ステータス表の見方がわからんのだが、どんな感じだ?」
受付嬢から渡された、ステータス表をアルに渡す。
ちなみにステータス表の発行は受付のテーブルにある、丸い石に手を乗せるだけで終わった。
「ふむ、すべてFランクか・・・。レベルも0と・・・・。うむ、神の騎士は雑魚だな」
「雑魚なのは昨日自覚しましたぁ! 俺が聞きたいのはそれの見方ですぅ!」
「なんだ、そういうことか」
そういうとアルは、ステータスの見方を説明してくれた。
まず『レベル』と言うのは、生きていく中で経験したあらゆることから影響を受ける。勉強、運動、家事、料理など、どれからでも経験値をもらうことができるらしいが、一番経験値をもらえるのはやはり戦闘なのだそうだ。こうした経験を積み続けるとレベルが上昇する。
レベルが上昇するとその恩恵は凄まじく、すべてのステータスが上昇するのだそうだ。ちなみにこの『レベル』と言うのは、生まれつき持っている人と、いない人が存在するのだとか。もっとも、レベルを持っていない人間は少ないらしいが。
次にステータスの見方だが、ステータスにはそれぞれランクがある。数値の上限が999で、それを満たすと次のランクへと至るらしい。
例えばD999になれば、次はC1になれるということだ。
ちなみに数値が1になったからと言って、決して弱くなるわけではない。逆にランクアップすると、そのステータスの格が違うみたいだ。例えどんなに数値が高かろうと、ランクが相手より低かったら、ボロ負けするらしい。ちなみに最低ランクはFだそうだ。
ステータスについてはレベルの上昇に関わらず、その時の状態や経験によって、多少上下するみたいだが、大抵の人間はレベルの高さとステータスの高さが比例する。
アビリティはセレナーテから大体聞いたからいいだろう。とりあえず持っている人間は数少ないらしい。
「それにしてもキリヤよ。お前の歳はいくつだ?」
「十七だ。冬には十八になるけどな」
「そうか、人間生きているだけでいろんな経験を積むと思うのだが、その歳で未だLV・0とは、どんな人生を送ってきたのだ? 普通の人でも最低Lv・1くらいにはなっていると思うが・・・」
「ほっとけよ。そういうお前のステータスはどうなんだよ?」
「私か? 私はな・・・」
そこまで言うとアルは考えるそぶりを見せる。そして
「ヒミツだ」
最終的には誤魔化した。
「なんだよそれ」
「私の強さを疑っているのなら心配ない。大抵の者には負けはしないだろう。アビリティも持っているしな」
「そうなのか?」
金髪め、貴重とか言っておいてすぐ近くにアビリティを持っている奴がいるじゃねえか。
アビリティの内容は気になるが、ステータスの件から見るのに、聞いても誤魔化されそうだ。
「だから、安心して護衛を任せるがいい」
別にそういう意味でステータスを聞いたわけじゃないんだけどな。
そうして、アルと話しながら歩いていると、総合ギルドの出口まで来てしまった。
「ちょっと待て、アル。ギルドに登録するんじゃないのかよ?」
「ああ、そうだが。どうしたのだ?」
「どうしたじゃなくて、登録をするなら受付に戻った方がいいだろ」
「あー、説明していなかったな。ギルドに所属するというのは、職業ギルドに所属するということだ」
「職業ギルド?」
「ああ。総合ギルドはあくまで、聖書の発行や住民登録などの生活に必要な手続きをする所だ。職業ギルドとは専門的な分野を生業とした者たちの集団のことを言う。大まかに分けると商売を目的にした商人ギルドと、戦闘で生計を立てる戦闘ギルドに分けられるぞ」
つまり、自分と同じ商売をしている者たちで、形成された組合みたいなものか。
「具体的には、どんなギルドがあるんだ?」
「正直に言って、商人ギルドの方は数が無数にあって、私も把握しきれていない。だが、戦闘ギルドの方は数えるほどしか無いな。ちなみに、これからいろんな土地に赴くであろうキリヤは、戦闘ギルドに所属した方がいいぞ」
確かに森で遭遇したコボルドの時のことを考えると、ある程度先頭の技術を身につけておいた方がいいだろう。
「それで、この町に存在する戦闘ギルドだが、戦士ギルド、騎士ギルド、魔導士ギルド、神官ギルド、狩人ギルドがあるな。一応、旅芸人ギルドと言うものも存在しているみたいだが、これは事務所の場所も、加入方法も分からない眉唾物のギルドだ」
「・・・芸人って戦うもんなのか? どうでも良いけど」
「もちろんギルドに所属するメリットは存在する。保障や情報などもあるが、何よりクエストが受けられるようになるぞ」
「クエストって、ギルドに入ってなきゃ受けられないのか?」
「ああ、そうだ。ちなみに商人ギルドに寄せられたクエストは、戦闘ギルドの者は受けられない。その逆もしかりだ」
いろいろと面倒くさい決まりがあるみたいだ。
「それでお前は、どのギルドにする気なんだ? ちなみに私のおすすめは騎士ギルドだ」
「なんで?」
「何を隠そう私が騎士系のギルドに所属していたからだ!」
「アホか。二人組で両方とも騎士とか、バランス悪すぎだろ」
「むっ、では貴様は何ギルドにするつもりなのだ?」
そんなのは決まっている。俺は昔からゲームではこの職業しか選ばないと決めているのだ。
「戦士ギルドに決まってるだろう?」
「両方とも前衛ではないか! お前も人のことは言えないぞ」
「後衛の方でコソコソしてんのは俺の性分じゃねえんだよ。悪いが譲るつもりは無い!」
「どういう宣言なのだ、まったく・・・」
呆れた表情を俺に向けるアルだったが、意外なことに——
「では、戦士ギルドに向かうとしよう」
俺が戦士ギルドに行くことに反対しなかった。
「いいのかよ?」
「本音を言えば神官ギルドか魔導士ギルドの方が好ましいがな。だがそれも、前に出たおお前を守ればいいだけの話だ」
「お、おう」
なんてことのないようにアルは言った。
誰かに守るなんて言われた経験はあまりないために、なんかむず痒い。
そんな恥ずかしさを誤魔化すために、俺は戦士ギルドへの案内を急がせた。
♢
「お前さんかい? 戦士ギルドに入会したいって奴は」
戦士ギルドの事務所で手続きを済ませた俺を、スキンヘッドに眼帯と言ういかにも、荒くれ者っぽい男が出迎える。
「オレはこの戦士ギルドの元締め、ゾンドだ。お前さんの名は?」
「桐谷慧だ」
「そうか、よろしくなキリヤ。そんで後ろのお嬢さんも、入会希望かい?」
「いや、残念ながら私は他のギルドに所属していてな。今回は付き添いだ」
「そうかい。じゃあ試験を受けるのはキリヤだけか」
「試験?」
「おう、受付で聞かなかったのか? 戦士ギルドはステータスや、レベルの制限はない。だがその代わり、加入するには試験を受けてもらう必要があるんだよ」
初耳だな。まったく、どうなってんだここの受付は・・・だが試験なら問題ない。なぜなら今まで試験と名のつくもので、俺は落ちたことが無いからな。
「そうか。ならさっそく始めようぜ」
「ほう。気合十分じゃねえか。いいぜ、話が早いのは助かる。なんせ俺も忙しい身だからな。じゃあさっそく始めるか!」
そういうとゾンドは、俺をギルド内にある部屋へ案内した。部屋の内部には、あらゆる武器が飾られている。
「ここに有る武器から好きなのを選びな。そしたらこの先にある訓練所に集合だ」
そういうとゾンドは、部屋を後にした。部屋には俺とアルだけだ。
「好きな奴を選べって言われてもなぁ・・・」
部屋にある武器は大きく分けて二種類しかない。どう見ても両手用の大剣と、これまたどう見ても両手用の戦斧だけだ。
「これなんかいいんじゃないか?」
アルが持っているのは、どこぞの山賊が持っていそうな、禍々しい戦斧だ。
「ない。それだけは・・・・ない」
「・・・・・・・そうか・・・・」
どこか寂し気な様子でアルは、部屋の隅に行ってしまった。
「おっ、これいいな」
俺の目についたのは、シンプルながら均整の取れた両刃の大剣だ。
やっぱ異世界と言ったら、剣だよな。
「いや、それよりもこっちの方が・・・」
「黙ってろ。誰が使うんだよそんなダッッせぇ斧」
「・・・・・・・そうか・・・・」
俺はその剣に近づくと、グリップを握った。
・・・しかし。
「・・・ん?」
剣を持とうとしたのだが動かない。
「フンッ・・・・! ア、アレっ?」
壁に固定でもされているのだろうか?
「何をやっているのだ。貸してみろ」
先ほどまでいじけていたアルが、いつの間にか俺の隣にいた。
「いや、この剣が固定されて——」
「ん、なんか言ったか?」
「へっ?」
俺の口から間抜けな声が出たのも無理はない。何せ俺がいくら頑張っても動かせなかった剣を、アルは軽々と持ち上げているのだから。
「その剣壁に固定されてたんじゃ・・・?」
「いや、固定などされていなかったぞ。ほれ」
そういうとアルは俺に剣を渡してきた。その瞬間——
「重ッッッ‼」
俺は剣を落とした。ゴトンと部屋中に音が響き渡る。
「・・・キリヤ、お前もしかして・・・・?」
「い、いや、そんなはずはないッ!」
まさか剣が重くて触れないなんて、そんなのあるわけが——
「べ、別にこの剣が特別重いだけだ!」
俺は受け入れがたい現実から逃れるため、部屋中の剣のグリップを片っ端から握る。
——それでも剣は動きません。
「クソっ!」
ついに俺は、使うつもりのなかった戦斧にまで手をかける。だが、どれも動かなった。
「キリヤよ。お前アレだな・・・・非力だな」
「・・・・・・・・・・・何故だ」
俺は決して非力と言うわけではない。俺を妬み喧嘩を仕掛けてくる奴の相手をするためと、肉体美のために日々鍛えていたからだ。
「ていうか、ここにある剣どれも、分厚くてデカいんだよ!」
この部屋にある剣はどれも一メートル以上の刀身があり、厚さも大きさも相当な物だ。
マジでどれもドラゴンが殺せそうな物ばかりなのだが・・・。
「そうか? 大体4、50キロくらいだと思うが・・・」
4、50キロの剣を、軽々持ち上げている時点でお前は普通じゃねえんだよッ!
「おい! いつまで油売ってんだ!」
待ちきれなくなったのか、ゾンドが怒鳴り込んできた。
「いや、それが——」
「どうやらキリヤは、剣を持ち上げられないみたいだ・・・非力で」
「何ぃ・・・?」
ゾンドが俺に変な視線を向けてくる。
「お目のステータスはどれくらいだ?」
俺は、ゾンドにステータス表を渡す。
「こいつぁ・・・・確かに厳しいな」
俺のステータス表を見たゾンドは、額に手を当てて呟く。
「ほかに剣は無いのか?」
「試験で使える剣はここに物だけだ。試験の内容には、ここにある剣か斧を振るという項目もあるしな」
「それじゃあ・・・」
ゾンドは少し考えるそぶりを見せる。そして——
「うん、お前、不合格」
♢
「お~~い・・・もうそろそろ着くぞ~~・・・いい加減、機嫌を直したらどうだ?」
戦士ギルドの試験に落ちた俺は————またもやめちゃくちゃ拗ねていた。
「・・・俺が・・・落ちた・・・? ・・・この俺が・・・ ? ハハッ、ありえないよ姉ちゃん・・・」
戦士ギルドに入会できなかった俺は、消去法で魔導士ギルドを目指していた。
騎士は論外だし、神官は性に合わない。狩人なんてのは不明点が多い。よって今俺が目指しているのは、後衛でありながら攻撃役に回れる魔導士ギルドだ。
「ふんッ!」
「イテェ! 何すんだ!」
突然アルが俺の頭を叩く。
「着いたと言ってるであろうが」
言われて気づいたが、俺たちは魔導士ギルドの前についていた。
そのまま俺はアルに案内され、受付を終える。
そしてロビーで待たされること数分——
「大変お待たせしました。この魔導士ギルドの指南役の一人、ゼフと申します。本日は魔導士ギルドに入会をしたいとのことでしたが、お間違いありませんか?」
俺たちの前に現れたのは、長く白い髭を蓄えた如何にも魔導士っぽい老人だった。
その後、俺達は軽い自己紹介を交わした後、ゼフにギルド内の訓練所へと案内された。
「魔導士ギルドに入会するには、軽い入会試験が必要です」
「また試験かよ・・・」
先ほどのトラウマがぶり返し、途端に俺は不機嫌になる。
「試験と言ってもそれほど難しいものではありません。ところでキリヤ君は『ファイアーボール』の魔法スキルは覚えていますか」
「覚えてないけど・・・もしかして覚えてなきゃ試験すら受けられない系?」
さっきの戦士ギルドみたいに・・・。
「いえ、そんなことありませんよ。覚えていらっしゃらないなら、こちらをどうぞ」
そういうとゼフは俺に、一冊の本を手渡した。
「これは?」
「存じませんか? これは『魔導書』と言われるものです。魔導書は中身を見た者に魔法系スキルを与えるマジックアイテムですよ」
すごい代物だな。でもそういうのって大体——
「それって、お高いんじゃないの?」
「いや、ファイアーボールのような下級の魔導書は、量産できるからそれほど高いってわけではないぞ。どのギルドでも手に入れられる代物のはずだ」
なぜか得意げにアルが答えた。そういえばアルは魔法を使えるのだろうか。
「そういや、お前って魔法使えんの?」
「む、む~~・・・そうだな。使えんことはないが・・・どうも『詠唱』が苦手でな・・・」
詠唱ってのはお決まりの、魔法を唱える為のものだろうか。
「この世界には魔法を発生させる『魔法スキル』、体術系のスキルを発動させる『体術スキル』なるものがあります。そしてあとは『アビリティスキル』というものもありますが、これは説明しなくていいでしょう」
すかさずゼフの爺さんが説明してくれた。
なるほど、スキルは大きく分けて3つあるという事か。アビリティスキルというのはの説明を省いたのは、アビリティ持ち事態が稀有な存在だからなのだろう。
ただのアビリティの効果とアビリティスキルは別物なのだろうか。今度アルに聞いてみよう。
「そして魔導士ギルドの入会試験は魔法スキルの詠唱を成功させ、実際にファイアーボールを放つことが内容となります」
「その詠唱ってのはどう唱えるんだ?」
「そうですね。では今から一通りの手順を見せましょう」
ゼフはそう言うと俺達から距離を取り、訓練所に備え付けられた的に向かい呟き始めた。
「オーダー。矢のごとく空を裂き、秘めたる力を呼び起こし、彼のものを貫け・・・」
ゼフが一節、一節口にするたびに、手のひらの前に小さな魔法陣が現れ、最終的には三重もの魔法陣が現れた。
「『ファイアーボール』」
そして最後に魔法名を唱えた瞬間手から火の玉が現れ、魔法陣を通過して放たれる。火の球は吸い込まれるように的へ直撃した。
「これが一通り魔法を放つ手順です・・・そうですね、キリヤ君は魔法に関しての知識が無いようなので、せっかくですから私が一からお教えしますよ」
そういうとゼフによる授業が始まった。
そもそも魔法と言うのは、体内に蓄えられた魔力を、大気中にも存在する魔素に反応させて引き起こす現象らしい。要するに、『自分の中の魔素』×『大気中の魔素』によって威力の高い技を繰り出せるというわけだ。
また、大気に含まれる魔素が濃い場所で放つ魔法も、威力が上がるらしい。
そして、その作り出した魔法を放つのに必要なのが、『詠唱』なのだそうだ。
詠唱にはそれぞれ役割がある。例えば、ゼフが唱えた中にあった『矢のごとく空を裂き』と言うのには、魔法の速度を上げる効果があるように。
そして詠唱は必ず『オーダー』と言う言葉で始まるようだ。
わかりやすく言うと、『詠唱』は作り出した魔法と言う弾を、放つための砲身と言ったところか。
詠唱をせずに魔法を放つと、コントロールが皆無で、飛距離もない、威力も詠唱をしたものに比べると低くなる。
だから常人では、無詠唱で魔法は放てないと言われている。
——そう、常人では。
「それでは、説明は長くなりましたがキリヤ君、早速魔導書に目を通してみてください」
目を通せと言われても、めちゃくちゃ分厚いんだけど・・・。
内心でぼやきながら俺は魔導書の表紙をめくる。瞬間———
——本が光りだした。
「なっ!」
幻覚か分からないが、魔導書の文字が飛び出した。その文字は俺の中に吸い込まれて行く、そして———寒気と共に俺の頭の中には次のような文字が浮かんだ。
『魔法スキル『ファイアーボール』を獲得した』
「ゲームかよ・・・でもなんか・・・わかる・・・」
そう、なんとなくだがハッキリと俺は魔法の放ち方を理解した。
体の中心にある力を腕に移動させ、大気中の魔素に反応させる。そしてトリガーとなる魔法名を唱えるだけでいい。
「そう、そのように魔導書や秘伝書を読んだものは、おのずと技や魔法の使い方を知識として身に着け、発動を可能とするのです」
知識としては身につくが、実戦で使えるようにするには経験を積むしかないってことか。
ちなみにスキルの発生方法は、魔導書などのアイテムに限らず、特定の行動を繰り返し行うことで発生することもあるそうだ。
「詠唱には様々な種類がありますが、それは後程図書館などで勉強しましょう。それではキリヤ君、実際に魔法を放ってみてください。詠唱は先ほど私が使ったやつで構いません。それが成功すれば、晴れてキリヤ君は魔導士ギルドの一員です」
そういわれて俺は、一歩前に出た。狙うは先ほどゼフが魔法を命中させた的。その的に向けて俺は右手を突き出す。
実際に放てるか分からないが、ステータスにも魔力の欄が記載されていたから、俺にも魔素は存在するのだろう。だとしたらもう実践あるのみである。
「行くぜ?」
「はい。いいですか? 詠唱の始まりは『オーダー』で———」
「『ファイアーボールゥゥッ‼』」
「なっ——」
「お、本当に出た」
俺が魔法名を唱えると、確かに掌から火の玉が出現した。
だがゼフの助言を完全に無視して放ったためか、火の玉は明後日の方向に飛んでいく。
そして、訓練所の端に何故か置かれていた花壇に直撃した。
「ギャアアア! 私の大切に育てていたアロエがアァァァッ! キリヤ君ッ、何故詠唱ぉしないのですっ!」
「いや、無詠唱魔法が使えるかと思って。転生した人は大体使える決まりだし」
「なにを訳のわからないことを言っているのです! いいですか? 無詠唱魔法なんてものを使いこなせるのは、一握りの実力者だけです! 魔法には必ず詠唱が——」
「ちょっと待ってくれ。なんかコツがつかめた気がする」
「えっ、ちょっとキリヤ君、ちょっと——」
『もう一回行くぞ。『ファイアーボールゥゥ‼』』
またもやゼフの助言を無視した俺の魔法は、またもや明後日の方向へ飛んでいく。
「うおっ、危ないではないかキリヤ。私に直撃するところだったぞ。まったくお前というヤツは、少しはゼフ殿の助言を聞いて、詠唱をだな——」
「いや、だって絶妙に厨二臭くて恥ずかしいじゃん。それに今度こそはイケそうな気がするわ。今ので完全にコツをつかんだわ。それじゃあもう一回行くぞ」
「キリヤ君! 本当にちょっと待って——」
『ファイアーボールッ!』
三度目の正直で放った俺の魔法は、最初のとは別の花壇へ直撃した。
「・・・・・・・」
「ちっ、コントロールが難しいな・・・じいさん、やっぱコツみたいな———」
ゼフに助言を求めるべく俺は振り返った。
だが、そこにいたゼフの顔は、最初の頃の温和そうな顔ではなく、人を取って食いそうな、鬼みたいな形相だった。
そして、ゼフは老人とは思えないスピードで俺に駆け寄ると、両足で地面を蹴る。
「アチョオオオオォォォ~~~!」
「グフッッ!」
——ドロップキックだった。
想像の5倍の威力はあったゼフの蹴りに、俺は地面に倒れこみ、もがき苦しむ。
「こぉんのクソガキがああ! もう許さん! 即刻出て行けェ! 私の目が黒いうちは貴様を魔導士ギルドの敷居を跨がせん!」
そして、老人のものとは思えないような怒鳴り声が訓練場に響き渡ったのだった。
♢
「いってェ・・・あのジジイ、マジ蹴りしやがって・・・」
俺は胸部をさすりながら軽くせき込んだ。
魔導士ギルドを追い出された俺たちは、残りの神官ギルドへ向かっていた。
「いや、今回は完全にお前が悪いと思うぞ。と言うかお前のせいで私まで魔導士ギルドに立ち入れなくなったんだが・・・」
「ああ、メンゴメンゴ。それにしても、もう少しで無詠唱魔法が放てる気がしたんだがな」
「いったい何処からその自信がわいてくるのだ、お前は・・・」
「まあ、ただでファイアーボールを覚えられただけでも儲けもんか」
それだけでも魔導士ギルドに行ってよかったと思おう。
「おい、次こそはしっかりと入会してくれよ。でないといつまで経っても、クエストが受けられない。そうなれば資金は疎か、経験値まで手に入らないのだぞ?」
「別に経験値ぐらい、そこら辺の魔物を倒せばいいんじゃねえの?」
「戦闘系のギルドに所属してない者の、魔物との戦闘は原則禁止だ。どうしようもない場合は別だが、処罰されてしまうぞ」
これまた面倒くさい決まりだな。
「まあいい。要は戦闘ギルドにさえ入っていれば問題ないんだろ? 次こそはサクッと決めてくるよ」
「本当に頼むぞ・・・?」
魔導士ギルドでは少しふざけすぎたが、今回は問題ないはずだ。
そうこうしているうちに、神官ギルドの前に到着した。
心配そうなアルを横目に俺は、神官ギルドの扉を勢いよく開き、受付へ向かう。
そして——
「あなたからは神への信仰心を感じません。そのような者にこのギルドはふさわしくないので、お引き取りを」
——過去最速で追い出された。
「信仰心っていわれても、俺アレに信仰心は一生抱けないと思うんだが・・・」
脳裏に一瞬ウザい金髪が浮かんだ。
「・・・・・・・・・・・・・キリヤよ」
「う、うるさい。切り替えだ。次行くぞ、次!」
アルの顔をまっすぐ見れなかった俺は、勢いで誤魔化した。
だが、その後のギルドも狩人ギルドでも——
「すみません。狩人ギルドは全ステータスがF以下の方はお断りしてるんですよ~」
最終手段の騎士ギルドでも——
「タワーシールドを持ち上げられないとなると、騎士ギルドは厳しいと思います」
・・・全滅だった。そして俺は——
「アッパラパーノピッピコピ~~~~! あひゃはひゃひゃ~~!」
——齢十七歳にして初めて味わう挫折に、メンタルが限界を迎えていた。
「キリヤよ。流石に気持ち悪いし、周りの目が気になるから立ち直ってほしいのだが」
「オロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ~~~~~」
「仕方がない・・・フンッ」
「オボエェェェ!」
突如アルが、掌底を俺の腹に放ってきた。
「ゴボォ! 突然何しやがんだコノヤロォ・・・!」
「おっ、正気に戻ったな」
俺をせき込みながら、あたりを見渡す。どうやら知らぬ間に噴水のある街の広間に来ていたようだ。
「正気に戻ったはいいが、これからどうしたものか」
それを言いたいのはこちらのセリフだ。どのギルドにも所属できなかった俺は、金策もレベル上げもできない。人々の願いを叶える以前の問題だ。
初っ端からお先真っ暗である。
「とりあえず、今日は教会へ帰るとするか。もうじき夜になる」
そういわれて俺はあたりを見渡す。一日中飯も食わず、色んなギルドを渡り歩いたため、空は赤く染まっている。
「そうだな・・・おっ、そうだ」
「どうした?」
そういえば、行きたい場所があったのだ。
「図書館って近くにないか?」
「ここから少し、東に進んだところにあるが、一体どうしたのだ?」
「いや、この世界の文字の勉強したくてな。あとあのジジイが言ってた詠唱の本とか」
とりあえず今できる事と言ったら、文字を覚える事ぐらいだろう。文字なら覚えておいて損はないだろうし、そろそろ読めない文字にもストレスを感じていた頃だ。
「ほう、感心だな。ただのアホだと思っていたが、学ぼうという気はあったのだな」
「どこをどう見て俺がアホだと思ったのは知らんが、場所を知ってんなら案内してくれ」
アルは頷くと、早速図書館へと案内してくれた。
図書館は想像よりも大きく、総合ギルドと同じくらいの大きさだ。
図書館にしては大げさだと思えるような、豪奢な扉に近づくと俺はその扉を開いた。
「すっ・・・げぇなオイ・・・」
そして、俺の目に飛び込んできたのは無数の本だった。
見渡す限りの本、本、本、本! 本棚だけでも数えるのが大変そうだ。吹き抜けで円状の建物の壁に設置された本棚や、スタンダードな本棚も無数に存在している。一階の中心部には、読書スペースのような机が並んでいる。
「こんな図書館、俺の世界にもあんま無ぇぞ」
本好きなら間違いなく興奮する場所に違いない。現に俺は内心で大興奮だ。
「早速目当ての本を探すとしよう。私はあっち側から探すから、お前はこっちから探せ」
「いや、アホか。こんな本の山の中から探すとなったらいくら日があっても足らんわ。司書に聞くぞ」
「・・・うむ、確かに」
薄々思っていたが、アルは少々ポンコツなのかもしれない・・・。
その後司書さんに話をして、詠唱の入門所と、幼児向けの語学書を探してくれるよう頼んだ。その間俺たちは読書スペースで時間をつぶすことにした。
この図書館では、聖書さえ持っていれば貸し出しが可能のようだ。レンタル料などは無いが、貸出期限を過ぎた場合は罰金が生じるらしい。
「ふう、それにしても、図書館と言うところはどうにも落ち着かんな。文字が多すぎて頭がおかしくなりそうだ」
アホ発言をし、頬杖をつくアル。そんなアルを、俺は何気なしに見つめる。
今まで気にする余裕がなかったから気づかなかったが、こうしてみるとアルは、目が覚めるほどの美人だ。少なくとも、俺の周りにはこんな美人はいなかったと断言できる。
もし俺が女だったら、絶対に合コンには誘わないな。獲物がとられるから。
「ん、どうした?」
俺の視線に気づいたのかアルは、俺に問いかけた。
いい機会だ、アルのことを少しは知っておくか。これから長い付き合いになりそうだし。
「そういやアル。お前歳はいくつだ?」
「なんだ突然、まあ今年で一九になるが・・・」
アルは訝しみながらも、答えてくれた。
十九ってことは、俺よりも年上なのか。なんとなくそんな気はしていたけど。
その後俺は暇つぶしを兼ねて、アルに質問をしまくった。食の好みはもちろん、休日の過ごし方まで、とにかくいろいろだ。最初は、急に質問し始めた俺を怪しんでいたが、俺の絶妙な合いの手と話術もあり、次第にそれもなくなった。
———意外と話好きなのかもな。
そして、十分場も和んだところで、俺は切り込んだ質問をしてみることにした。もともと暇つぶしのつもりだったが、ついでに情報をもらえた儲けものみたいな感じで。
「ずっと気になっていたんだが、アルは俺のことをどこまで知っているんだ?」
「どこまでと言うと?」
「ほら、お告げで俺が来ることは知ってたんだろ? そのお告げで俺のことは、どこまで書かれていたんだ?」
「ふむ、そういうことか。別に、お告げにはキリヤのことはあまり詳しく書かれていなかったぞ。情報と言えば、お前はこの世界の住人ではないという事と、女神セレナーテに代わり、人々の願いを叶えるために使わされた者という事くらいだ。名前についても結構直前で知らされたしな」
つまりは、俺個人の情報はあまり知らされていないってことか。
「なるほど、良くわかった」
あの金髪の計画性の無さとかがな。
「あーでも、昨日あたりお前についてのお告げが追加されたぞ」
「ほう、それはどんな?」
「性格がクズということと、虚言癖ということだ。あとナルシストと、イキり野郎」
「それは嘘だから忘れていいぞ・・・ってぇな‼」
そう言ったとたん、俺の股間に鋭い痛みが走る。
オイッ! 本人が自覚して無いんだから、別にいいだろうが!
「嘘を吐くな。私にはお見通しだぞ。短い間だが、お前にはそういった傾向があることはわかる——それにそんなお前だから、私が護衛に選ばれたのだろうからな」
何か意味ありげにアルは言う。
俺だからアルが選ばれた? それは一体どういうことだ?
「それって——」
『ご案内いたします』
アルの発言に疑問を覚えた俺は、聞き返そうとしたが、司書のアナウンスに遮られた。
もしかして、俺の探していた本が見つかったのだろうか。
『レナ・クライネ様。お求めの本が見つかりましたので、カウンターまでお越しください』
どうやら、俺たちの呼び出しではなかったらしい。でも——
「レナ? レナ・クライネってどっかで聞いたような・・・・あっ‼」
「うおっ、急にどうした? デカい声を出して。ここ図書館だぞ・・・」
そうだ。レナ・クライネと言えば、願いを叶える対象の一人だった!
そう理解すると同時に俺は立ち上がり、レナ・クライネを探すため、あたりを見渡した。
するとカウンターの前に、赤い髪を持つ少し釣り目の少女がいた。歳は俺よりも、少し下だろうか。彼女がレナ・クライネに違いないだろう。
とっさに彼女の元へ向かおうとした俺だったが、アルが俺の腕をつかみ、それを阻止した。
「おいっ! なんだよ」
「やめておけ。お前がやっても傷つくだけだぞ? ナンパなんて・・・」
「ちっげえよッ! てか、それに関してはもう手遅れだから。俺のメンタル昨日のナンパでズタズタだから——って、今はそんな場合じゃねえんだよ! あいつだよ! あいつが今回のターゲットだ!」
「ターゲット? 一体何を言っているんだお前は・・・?」
「だからぁ——!」
そこまで言って思い出した。そういえば昨日、アルはセレナーテの声が聞こえていなかった。それに、会話の内容もアルには話していなかったし、レナ・クライネのことを知らなくても無理はない。願いを叶える活動は、ギルドに所属して、食い扶持を見つけてから と考えていたから。すっかりアルに報告をしていなかった。これは完全に俺の落ち度だ。
自分の非を認め、俺は簡潔に昨日の出来事を伝えた。
「——ってことだ。お分かり?」
「うむ、分かったようで分からなかったが、つまりあれだろう? あの赤髪の子を追いかなければならないんだろう?」
「そういうことだ。じゃ」
「おい、本はどうするのだ?」
「それは、お前が受け取っといてくれ!」
「待て、私も一緒に——」
「そんな時間ねえよ! 追いつけたらでいい! 見つけらんなかったら先に教会へ帰ってくれ。俺も用事が終わったら帰る! 本、頼んだぞ!」
「おい——!」
そう言い終わると同時に、俺は走り出した。レナ・クライネの姿はすでに図書館にはない。ぶつかる勢いで図書館の扉を開き、道に飛び出した俺はあたりを見渡す。日はもう沈みかけ、街灯の光が頼りになる時間だ。
帰宅する者が多いからか、先ほどまでとは違い道を行き交う人が多い。
必死に首を振りレナ・クライネの姿を探す。
すると人ごみの向こうに、赤い髪が見えた。レナ・クライネに違いない。彼女は急ぎ足で、路地裏へと消えていった。
「逃がしてたまるか」
今回彼女を見失ってしまえば、もう一度見つけるのは骨が折れるだろう。
なんせこの町は広い。
俺は器用に人ごみを避け、彼女が消えた方向へ急ぐ。裏路地に入ると、遠くの突き当りで曲がるレナの姿が見えた。大声で呼びかけることは可能だろうが、いきなり見ず知らずの男に名前を呼ばれたら、逃げる可能性が高い。最悪彼女が住んでいる家が分かればいいだろう。
・・・・少々ストーカーチックだが気にしたら負けだ。
そして、俺はレナの追跡を続ける。
時々、本当は俺の追跡に気づいていて、撒こうとしているのではないかと疑いたくなるほど複雑な悪路をレナは歩く。意外足が速く、ついていくのも大変だ。
それに時折、図書館で借りたと思わしき本に視線を向けることがある。
帰りながら読書だろうか。そんな子たまにいたけどさ。
所々不審に思うところがあるが、それでも俺は追跡をつづけた。
そしてついには、橋の下の水路にまで足を踏み入れる。
カビ臭い臭いに顔をしかめながらも、追跡していた俺だったが、その時ついにレナが足を止めた。
と言っても家についたというわけではない。彼女が足を止めたのは、水路にかかる橋の下の、壁の前である。
「何をしてんだ・・・」
レナは、壁に手を当てると、目を閉じ、何か呟いているようにも見える。
「どうしたもんかね・・・」
流石に俺も疲れてきた。このまま追跡してもレナが素直に帰宅するとは思えない。なんか変な事をしだしているし。だったら、ここまで来て言うのもなんだが、声をかけてもいいのではないだろうか。一応同じ信者なわけだし、困ったらお告げの話をすればいいだろう。
「それに、飽きたしな・・・」
そんな本音をこぼしながら、俺はレナとの距離を詰める。もちろん足音を立てないようにだ。そしてついに、十メートルも無いところまで距離を詰めた。
どう声をかけるべきか迷うな。急に話しかけたらびっくりするだろうし・・・。やっぱ驚かせないように、できるだけ静かに話しかけるしかないか。
——そう心の中で決め、声をかけようとした時だった。
突如『ゴゴゴゴゴゴ』と腹に響く音があたりに響く。音の発生源は、レナが手を当てていた壁からだ。壁はひとりでに動き出し、中央に人が通れるほどの穴をあけた。
「よしっ! やっぱここにもあったわね」
言葉を失った俺に気づく素ぶりも無く、レナは穴の中へと姿を消した。
「・・・どうしよう・・・」
レナが通った後に、穴は徐々に閉じようとしている。
ここは追うべきなのか? だが、正直言って怪しすぎる。でも、ここまで来て諦めるのもなんか悔しいな。最低でも自宅の場所は押さえておきたい。
「ええい、儘よ!」
俺の中で負けず嫌いと好奇心が勝り、閉じかけた穴の中へと飛び込んだ。
それと同時に、後ろの穴が完全に閉じた音がした。
穴の中は白い石の壁で舗装されており、一本道が続いている。
以外にも穴の中は明るかった。壁に明かりがはめ込まれているからだ。
少し先には、レナの後ろ姿が見える。そのままの距離を保ち、レナの後を歩く俺だったが、レナはいまだ俺の存在に気づいていないみたいだ。
いくら気配を消しているとはいえ、隠れる場所もない一本道で俺の存在に気づかないとは、こいつの感覚鈍過ぎだな・・・。
その後少し歩くと、道の終わりが見えてくる。一見行き止まりのようにも見えるが、白い石の壁に同化して、白いドアが見えた。レナはそのドアを開くと中へ消えていく。
俺も少し遅れてそのドアの前に立つ。
もしかして、ここが自宅ってことはないよな・・・?
少しの間ドアを開けるか迷ったが、いまさら戻る気も、道もない。深呼吸を一つした後に、一応ノックをして俺は、ドアを開いく。
「失礼しま——」
ドアを開いた先には、広い空間が広がっていた。先ほどの一本道の壁とは打って変わって、暗め色をした石の壁が怪しい雰囲気を生み出している。
だが、センスが無いわけではない。雰囲気で言えば、男の隠れ家的な感じだ。
天井の中央には古いシャンデリア。そして、それに合わせたかのようなアンティーク物の家具一式。そして———
一斉に俺のことを見つめた、どっからどう見ても悪人としか思えない風貌の男女が数人・・・。中にはレナもいた。驚いたような顔で俺を見ている。
「———したぁ・・・」
俺はできるだけ静かに、そして存在感を消してドアを閉めた。そして脱兎の如く、その場を後にする。
もちろん頭では逃げ道が無いことは分かっているが、逃げ出さずにいられなかったのだ。
——アカン! こらぁ、あきまへんわ! どう見ても堅気の人のは見えなかったもの! なんか犯罪系の集団っぽかったもの! てか、レナは不良だったの⁉ 俺より年下っぽかったのに! なんて末恐ろしい子なんだ!
「待てっ!」
レナのものと思わしき声に、一瞬振り返る。扉の近くでレナは止まれと手で合図をしていた。だがこのまま捕まるわけにはいかない。捕まったら多分殺される!
「待てって言ってんでしょうが! こんのぉ! 『爆速』っ!」
「ヘブゥゥゥゥウッ!」
瞬間俺の腰に凄まじい衝撃が走った。衝撃で吹き飛ばされる中、俺はレナに後ろからタックルされたのだと理解した。おそらくだが、スキルと思わしきもので加速でもしたのだろう。結構離れていた距離を一瞬で詰めてきた。
・・・絶対腰イッたわぁ・・・。
その後、無事捕まった俺は、レナに引きずられ、再びごろつき集団がいた空間に戻された。その空間にいた六人全員が、俺のことを取り囲む。そして、その中のリーダーらしき、ボサボサ頭に眼帯という、一番ヤバそうな男が俺の前に立つ。
ほぼ自動的に正座していた俺は、悟った。殺されると。
だが、男は俺の顔を無言で見た後に、二ッと笑った。そして——
「合格だ。歓迎するぜぃ。ようこそ俺たちのギルドに」
訳のわからない言葉を口にした。
「へあ?」
想像の斜めを行くセリフに理解が追い付かない俺は、愛想笑いを浮かべるだけだった。