出会い
「・・・はあ~~~、もう出してくれぇ~~~~・・・・」
薄暗く、冷たい空間に俺の声が弱々しく響く。
俺は、山の麓の町の独房に放り込まれていた。
———遡ること一日前。甲冑集団——いや、道中で聞いた話だとここらへんの領主お抱えの騎士団らしい。これはその騎士団に捕縛され、街へ連行されるまでの道中のお話。
手足を荒縄で拘束された俺は、乱暴に馬に乗せられ、町までの道のりを進んだ。
「はぁ、さっきまではキレイに思えてたんだけどな・・・」
ゆっくりと流れる、今は灰色に染まった景色を見ながら俺はつぶやいた。
「おい! 何をぶつくさ言っているッ!」
リーダーからの怒声が届く。どうやら俺には、独り言すら話す自由は無いらしい。
「別に話すくらいはいいだろ?」
「いやだめだ。変態の話す事なんてどうせ、ひ、卑猥なことに違いが無いからな! この隊には女性隊員が多いんだ。卑猥なことを言うのは控えてもらおう」
「おい、決めつけがひどすぎるぞ! 変態だって別に常日頃から卑猥なことを・・・って違う! そもそも俺は変態じゃねぇんだよ! あの格好には、その、あれだ、いろいろ事情があるんだよ!」
「公道で裸体を晒す事情など私は知らん!」
俺の弁明に全く聞く耳を持たないリーダー騎士。
まったく、話を聞かないやつはこれだから面倒だ。そっちがその気なら、こっちも無理やり言い訳を聞かせてやる。
「俺が裸だった理由は」
「だからしゃべるなと言っているで——」
「コボルドに‼」
リーダー騎士の制止を無理やり遮り、話を進めようとする俺。
「襲われて身ぐるみをはがされたからだ——」
どうだ、この理由なら全裸であっても、納得できるいいわけだろう?
「アウチッッッ‼‼」
瞬間俺の股間に、鈍い痛みが走った。
そういえば、嘘を吐けばペナルティを与えられるんだった。でもさ、今回の裸の件については、あの金髪が悪いんだからさぁ、融通を利かせてくれてもよくね?
「な、なんだ、急に奇声を上げたりして・・・気持ちの悪い奴だ。やはり変態だったのだな⁉」
「いや違——」
「黙れッ! もうお前の言葉には耳を貸さん! 次しゃべってみろ、一発きついのを見舞いしてやるからな!」
どうやら移動中の弁明は諦めたほうがいいみたいだ。
しょうがないので、俺は黙って景色を眺めることにした。
公道はしばらく森をそって続いていたが、徐々に森から離れていった。
そのまましばらく進むと、森の全容が明らかとなった。
俺がいた森はどうやら広大な平原の中心部にポツンと存在していたようで、最初木に登って見えた山の麓から半円状に広がっているようだ。
てっきり山を囲んでいるものとばかり思っていたが、開拓でもされたのだろうか?
ともかく、森は麓から半円状に広がっていた。となると、気になるのが山の反対側だが、その全容もしばらく進むと小高い丘に出て、明らかになった。
「へぇー大したもんだ・・・」
気になっていた山の反対側だが、なんと森と同じように、麓から半円状に灰色の壁がそびえ立ち囲っていた。
「でっけぇ街だな」
あれは城壁だろうか。高さは二,三十メートルはありそうだ。おそらく外敵から町を守るために違いないだろう。城壁の堀には、川から引いてきたであろう水が満たされており、城壁へ行くために、巨大な橋がかけられている。更に、山の斜面が削られており、上等な建物がいくつか建てられている。
「フッ、そうだろう。あれこそが城塞都市アミュロット。アイティーア王国の中でも屈指の守りを誇る都市だ」
余程あの都市が自慢なのか、リーダーは俺が口を開いた事を咎めるのを忘れ、自慢げに胸を張る。
確かにあの都市を落とすには生半可な攻撃や、戦略は通じないだろう。
城壁の頑丈さはもちろんそこに至るまでの堀の幅が広い。遠目で詳しい距離は分からないが、十数メートルはありそうだ。そこにかかる橋も数が限られている。これなら敵の侵入ルートが絞られるし、最終的には橋を上げるなり壊すなりすれば、侵入ルートは潰せるだろう。後方から攻めようにも、険しい山を越えなければならないし、その前にはあの深い森を突破する必要がある。
確かに、これほど攻めにくい都市はそうそうないだろうな。
「俺たちはあそこに向かっているのか?」
「ああ。私たちはあの町の独房に向かっているぞ」
リーダー騎士は独房と言うワードを、強調して言った。
マジで牢屋に入れられんの、俺?
どこか現実感のない俺は、口を閉じ、再び景色に目を向けた。
だが、城塞都市の反対側を見渡そうにも、あたり一面に広がる広大な草原が見えるだけで、結局は飽きて城塞都市の方に視線が戻ってしまう。
暇を持て余す俺だったが、しばらくすると目の前に十字路らしきものが見えてきた。
山の周りを大きく旋回するように続いていた公道は、城塞都市に行く道と、さっき見ていた草原へと行く道に分かれている。残りの一つは、残念ながらわからない。
騎士団が選んだ道は当然、城塞都市へと続く道だ。十字路を右に曲がった騎士団は、正面に見えた城塞都市の正面入口へと馬を急がせた。
そこからはあっという間だった。意外と遠くに見えた城塞都市も、馬で五分くらいでたどり着くことができた。
「ほおー、間近で見るとやっぱすげぇな」
城塞都市の壁は、圧巻と言う他なかった。
高さはもちろんだが、何よりキレイだ。遠くで見ていた時から気にはなっていたが、純白と言っていいほど、まぶしい色をしている。
「フッ、誰しもこの壁を見たときは同じような反応をするぞ。何を隠そうこの壁はな、魔石を混ぜたもので作られているのだ」
またもやリーダー騎士が自慢げに話してくる。
「へぇ」
「その薄い反応は何だ! まったく、人が親切で話してやっているというのに・・・」
どうやらリーダー騎士を拗ねさせてしまったようだ。
でも、魔石の価値なんて知らないもん。
そんな会話をしているうちに、城塞へと架かる橋の上に差し掛かった。
やはりというべきか、この橋は跳ね橋のようだ。木材と石材を用いて作られているのか、なかなか頑丈そうである。
橋を渡り終えると、目の前にはドデカい門がある。所々に細かい細工が施されており、上等なものだと一目でわかる作りだ。
リーダー騎士は馬を降りて門に近づくと、力の限り声を張り上げた。
「おおーーーーいッ! 第四騎士団団長のソレス・ファンベールだーーーー! 巡回が終わったので門を開けてもらいたーーーーい!」
リーダー騎士もといソレス嬢の高い声があたりに響き渡った後、しばらくすると轟音とともに門が動き出した。
内開きの門が開き切ると、そこには目を見張る光景が広がっていた。
石畳の敷き詰められた道に、無数に並ぶ建物。レンガ、木製、石製、あらゆるタイプの住居が、規則正しく建てられている。正面の道を辿ってゆくと、山の斜面に建てられた建物に続いているのがわかる。
目の良い俺がギリギリ見えるくらいだから、目の悪いものは見えないだろうな。
ただ一つ気になるのは、門のすぐ近くにある建物が、倒壊していることだ。
何かあったのだろうか?
行き交う人々の服装は、現代のような化学繊維ではなく、布製の物がほとんどだ。よくゲームで見かけるような服装だと言えば伝わりやすいだろうか。
文明のレベルは、ファンタジーお約束の中世ヨーロッパあたりだろう。
それより、俺の目を引くものは他にある。行き交う人たちの髪の色だ。金髪、茶髪はもちろん、赤、青、緑などの色がある。見ているだけで目がチカチカしそうだ。以外にも黒髪の者が少ないみたいだ。それに動物のような耳が生えている者もいる。獣人だろうか?
壁の中は、意外と窮屈そうというイメージがあったがそんなことはなかった。反対側の壁を見ようにも、建物のせいと言うのもあるだろうが、途中で見えなくなってしまう。有体に言ってバカ広い。
それもそうか、周りの公道を走るだけでも随分と時間がかかったんだもんな。
この城塞都市の領土は約五平方キロメートルにも及ぶだろう。
「すげぇ・・・」
ここ最近すげぇしか言ってない気がするな・・・。
だが、こうなってしまうのも仕方がない事だろう。だって、漫画やアニメでしか見れなかった景色が、目の前に広がっているのだから。
しばらくすると、門番らしき男が近づいてきた。
「お疲れ様です、ソレス様・・・そちらの者は?」
門番は、拘束されている俺に視線を向けてくる。拘束されている状態で馬に乗せられていれば、気になるのも当然か。
「お疲れ様だ。この者は、なんというか・・・その・・・・変質者だ。公道で裸体を晒しているところを発見して確保した」
「それは、なんと・・・」
門番が絶句して、俺を見つめる。
・・・やめろ、そんな目で見るんじゃない・・・。
「それでは牢屋の方へ連行するのですね。罪状の方はわいせつ罪あたりでしょうか?」
「いや、確かにわいせつ罪の現行犯だが、隣国からの間者と言う可能性も捨てきれん。最近では、妙な動きがみられると報告もあるしな」
やれやれ、変態の次はスパイ扱いか。どんどん話がデカくなっていくな・・・。
「それに、こいつはコボルドに襲われたと主張している。虚偽の可能性は高いが、仮に本当だった場合、わいせつ罪には問えないだろう」
意外にもソレスは、俺の主張を覚えていたようだ。
話を聞かないタイプだと思っていたが、意外とそうではないのか?
「とりあえず罪状については保留でいい。とりあえずは独房に収監して、後日『判定スキル』持ちの神官にでも、真偽のほどを確かめてもらえばいいさ」
「とりあえずは収監されんのかよ・・・」
仕方がない事とは言え、収監される身にもなってほしい。
だが逃げるにしても土地勘はないし、後々面倒なことにもなりそうだし、何よりこの拘束を解ける気がしない。大人しく捕まっておくほかなさそうだ。
「では、私が収容所まで連行しておきますね」
「いや、いい。この者の連行は私がしておこう」
仕事を引き継ごうとした、門番だったがソレスはそれを拒んだ。
「しかし——」
「もうすぐ門番も交代の時間だろう。仕事を増やすのは些か心が痛む」
「いえ、そんなことはありません」
「それに、ここのところ君の姿をよく見る。しばらく家に帰っていないんだろう? 最近子供も生まれたと聞くし、早く帰った方が家族も喜ぶだろう」
「それは・・・そうですね。では、お言葉に甘えてもよろしいでしょうか?」
「うむ、任せろ」
・・・なんだろう。この頼れる上司感。きっと部下とか町の人に慕われてるんだろうな。
証拠に、ソレスはたびたび通行人から手を振られたりしている。
「ついでに俺も開放してくれないかね・・・」
「何を馬鹿なことを言っているんだ。さっさと行くぞ———皆の者、巡回ご苦労だった。私はこの者を連行するから、皆は先に戻ってくれ」
ソレスはそう言うと、近くの者に自分の馬を任せた。そして拘束された俺の縄を持つと、隊の進む方向とは別の方向へ進みだした。
意外にも収容所は近くにあったようだ。門番のいるところから五分くらいで、石で作られた冷たい印象を与える建物が見えてきた。
そこからはあっという間だった。セレスが見張りの者と看守に話をつけて、俺は地下にある独房に入れられた。
「後に審問に来るからな。大人しくしておくんだぞ」
そう言い残すとソレスは、収容所を後にした。
♢
———そして現在に至る。
「後にとか言っといて、もう夜が明けてるんですけど・・・」
収監されたときの日の長さから計算しても、十二時間はここに入れられえているはず。
住み心地は当然快適なわけが無い。床も硬ければ、布団もない、トイレもツボにするしかない、とどめに狭い。現代社会に慣れた俺にとっては地獄のような場所だ。
暇を持て余した俺は、最終的に壁のヒビを眺めることで時間をつぶした。
「ん?」
水の滴る音しかしなかった独房に、二つの足音が響く。
俺の独房の前に立ったのはソレスと、修道服を着た温和そうな老年の女性だ。
ソレスに関しては甲冑姿ではなく、長い翡翠色の髪を後ろに纏めた普段着だったので一瞬誰か分からなかった。
「ずいぶん遅かったな。こんなに待たされるとは思ってなかったわ」
「うるさい、私も色々と忙しいんだ・・・そういえばお前の名前を聞いていなかったな」
「桐谷慧だ」
「変わった名前だな。ではキリヤよ、審問の時間だ。担当するのはこちらシスター・ネールだ」
ソレスに紹介された、隣の老女。シスター・ネールが深くお辞儀をする。一瞬俺の肩に視線が止まった気がしたが。気のせいだろう。
「初めましてキリヤ様。今回審問を務めさせていただくシスター・ネールと申します」
「ああ、どうも」
「では、早速審問に移ろう」
顔合わせもそこそこに、どうやら審問に移るようだ。
「と言っても形だけになりそうだがな」
「どういうことだ?」
「先ほどな、森から帰ってきたお方からの窺ったのだ。全裸の男がコボルドに追われていたとな。にわかに信じられなかったが、目撃証言がある限り、お前の証言にも信憑性が出てきたというわけだ」
聞き込みをしてくれたというわけか。やはりというべきかソレスは真面目な性格のようだ。それとも、俺のアビリティが密かに効果を表したのか。
・・・と言うか他にも俺の裸を見た奴がいるのか。馬鹿ハズいんだけど・・・。
「それではシスター・ネール、『判定』のスキルをお願いします」
「はい」
シスター・ネールは、俺に手のひらを向け目を閉じた。そしていくつかの質問を投げかけてきた。内容は何気ない事や、隣国のスパイなのかとか言った幅広いものだった。俺が受け答えをするたびに、シスター・ネールの手のひらが光る。そのたびに俺の発言が真実かどうか判定した。どうやら彼女には、人の嘘を見抜く力があるみたいだ。
そういえば、『判定』のスキルがどうとか言っていたな。その能力か?
「それでは最後の質問です。あなたは・・・・コボルドに襲われましたか?」
「・・・ああ」
「・・・どうやら真実のようです」
「そうか。ならお前が裸でいた件は不問とする。襲われていたとなると、不可抗力だろうしな」
「じゃあ、俺は自由の身ってことか?」
「そういうことになるな。どれ、さっそく看守に話をつけてこよう。看守の指示に従い釈放さえたら好きにしていいぞ。さてと、私はこのまま仕事に戻るとしよう。シスター・ネール殿、協力の方感謝します。このお礼はまたの機会に」
そういうと、ソレスはその場を後にした。シスター・ネールも一緒に帰ると思っていたのだが、どうやらこの場にとどまるようだ。
「キリヤ様。もし行く当てがないのなら私たちの教会に来ませんか?」
そして柔らかな笑顔を浮かべると、俺にそう提案してきた。
「ん?」
「失礼ですが、見たところ手持ちの物が何もないように見えます。もし、住む場所や、食べ物に困っているようであれば、ぜひ私たちの教会へ」
「心遣いはうれしいが、何故だ?」
初対面の奴に、こんな厚意は怪しい。何か思惑でもあるのか?
「何故って、同じ神を信仰する者同士ですもの! 助け合うのは当然の事かと」
「同じ神?」
この人は何を言ってるんだ?
はてなマークを浮かべる俺だったが、シスター・ネールは俺の肩を指さした。
「その肩の紋章は、女神セレナーテ様を信仰するセレナ教のシンボルですよね。実は私たちの教会もセレナ教の信徒なのですよ」
すっかり忘れていたが、俺の肩にはあのクソ金髪のシンボルマークが刻まれているんだった。
それにしても、温和そうで常識人に見えたこのシスター・ネールも、あの落ちこぼれを信仰しているとは、見る目が無いというかなんというか・・・。なんだか信仰している神がヤバイだけあってこの人もヤバく見えてきた・・・。
「そういうことね。でも今のところは大丈夫だ。本当に困った時には頼らせてもらうよ」
ただの偏見でしかないが、社交辞令を口にして断ることにした。
「そうですか、それは残念ですね。でも、いつでも訪ねてくださいね。子供たちも喜ぶと思うので。では、私もこの辺で失礼します」
シスター・ネールは深いお辞儀をするとその場を後にした。
少し悪い事をしたか? ・・・まあいい。
そして、しばらくもしないうちに看守がやってきて、俺は晴れて自由な身となった。
一日しかたっていないが、見上げた太陽は懐かしさを覚えるほどの眩しさだった。
♢
「さてと、自由の身になったわけだし、まずは腹ごしらえと行きますか」
考えることは他にもあるんだろうが、腹が減っては何とやらだ。監獄では硬い石のようなパンしか出なかったからな。今はいい感じに腹が減ってる。
「さてと、身なりのいいお姉さんでも探しますか!」
現在俺は一文無しだ。当たり前のことだが、金が無ければ食事には有り付けない。
そんな俺が、どうやって飯に有り付くかと言うと——ナンパである。
今更ながら俺は、自他ともに認める超絶イケメンだ。そんな俺にナンパをされたとなれば、飯の一つや二つ奢ってくれるに違いない。なんせイケメンなのだから!
ナンパの経験はないが、まあ何とかなるだろう。
街に出てから気づいたのだが、この世界の文字は全く読めなかった。だが、不便と言えば不便だが、読み書きできなくてもそんなに困らないだろう。
——どうせすぐ元の世界に帰るしな。
「それにしても、あの金髪からの連絡が一切ない」
転移が失敗している時点で不測の事態なのは分かるが、それにしてもだ。おそらく監視役に細かいことを説明させようとしてたんだろうけど、それができないとわかった時点で、なんかしらのアクションを起こしていいはずだ。例えばテレパシー的な。
「それが無いとなると、連絡ができない状況にあるってことか・・・」
そうこう考えているうちに、最初に入ってきた門の正面の道に出た。昨日見た時より人が多く、とても賑わっている。
ここなら、ナンパする相手に困らないだろう。
「さてと・・・」
とりあえずターゲットにできそうな女の子を探す。最初に目に移ったのは、宝石の露店を物色しているマダムだ。宝石を見ているということは、それなりのお金を持っていることだろう。
俺はそのマダムに近づくと声をかけた。
「ちょっとぉ、そこの彼女ぉ! 俺とお茶しない?」
ハイ、落とさせていただきやした。
イケメンスマイルに、まるで手本のような完璧な口説き文句。これで落ちない女など——
「お断りします。その程度で私に話しかけてくるなんて、身の程知らずにも程があるわ」
そう吐き捨てたマダムは鼻を鳴らし、その場を後にする。
・・・まさか失敗した? 俺が? この俺が? この超絶イケメンの俺が?
「はっ! そうかこの格好か! これがいけなかったんだな! そうに違いない!」
お世辞にも今の俺の格好は、キレイとは言えない。薄汚れた半袖の白シャツに、同じく薄汚れた黒い半ズボン。貰い物だから文句は言えないのだが。それが今のマダムは気に入らなかったのだろう。
まったく、焦ったぞ・・・。
「まあ、最初から金持ちは欲張りすぎたか。ここは無難に行くとしよう」
次に目についたのは、掲示板を眺めている女だ。身なりも普通だし、これなりいけるだろう。
「ねえ、そこの彼女。俺とお茶でも——」
「いやです」
そう言うと女は俺を無視し、再び掲示板を眺めだした。
・・・嘘だろ。この俺を無視するとは、なんと見る目のない奴だ! もうキレた! こうなったら本気を出してやる!
自棄になった俺は、片っ端から女の子に声をかけまくった。しかし——
「はあ? お断りですけど」
「無理でーす」
「用事があるので・・・」
——結果は振るわなった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・何故だ?」
いくらみすぼらしい格好をしているからと言っても、イケメンだよ・・・? 国宝級だよ? 普通断らなくない?
意気消沈しかけた俺だったが、その時一人の女が目の前を横切る。俺は最後の望みをかけ、その女に声をかける。
「そこの彼女おおおぉ⁉ 俺とお茶しないぃぃぃ?」
「はぁ? 何言ってんの。てか、テンションキモいし。しかもその顔で私に声をかけてくるとか、ありえないんですけど」
女はそのまま通り過ぎて行ってしまう。
その顔? 何言ってんだ、どっからどう見てもイケメンだろうが。最近鏡見てないけど。
・・・ん? アレ、そういえば最後に鏡を見たのはいつだっけ・・・?
「・・・まさか、あの金髪っ!」
その瞬間、俺の背筋にいやな汗が浮かんだ。
もしかしてあの金髪は、転移をミスったように、俺のスペアの肉体づくりも失敗しやがったんじゃないか? 背丈や肉付きが変わった様子はないが、顔面は別人的な。
思えば新しい肉体を手に入れてから俺は、一度も鏡を見ていない。
「もしかして、今の俺はイケメンではないのか・・・?」
そうでなければこれほどナンパが失敗するわけが無い。
俺は急いで近くの橋に近づき、下に流れる水に自分の顔を映し出す。
果たしてそこに映っていたのは————普段と変わらない俺の顔だった。
「なんだよ。いつも通りじゃねぇか・・・」
安堵する俺だったが、だとしたら一つ疑問が残る。
「・・・じゃあなんでナンパが成功しねぇんだ?」
顔が変わっていないなら、間違いなく成功するはずなんだが・・・。
しばらく考え込む俺だったが、腹から情けない音が鳴ったところで思考を中断する。
「ああ~~・・・腹減ったぁ・・・」
仕方がないので、俺は趣向を変えることにした。飯屋に連れてってもらうのではなく、飯屋にいる人のテーブルにご一緒するのだ。最悪店員さんに色目でも使って、奢ってもらおう。
そう決めた俺は、飯屋を探した。あまり高級そうなところはダメだ。まずドレスコードを突破できそうにない。だとしたら庶民が集まるところ、酒場あたりがいいだろう。この服装でも浮かないだろうし、何より情報が収集できそうだから。情報収集は居酒屋ですると古来から決まっているのだ・・・主にゲームや漫画とかで。
酒場を探し、門の正面の道を歩く。しばらくするとウェスタンドアのついた、如何にも酒場というような店が見えた。
近くにより、中を覗いてみると、騒がしい声が聞こえてきた。意外と中は広いようだ
「これぞファンタジーって感じだよな・・・」
この世界に来て、初めてファンタジーらしさを覚えた俺は、胸が熱くなるのを感じる。
意を決して酒場のドアを開き、酒場へと足を踏み入れる。
「さてと、まずはターゲットを探すとしますか」
怒号が飛び交う中を歩く。狙うは女の子のいる席だ。男がいたら反感を抱かれ、飯に有り付けない可能性がある。
「おっ、あそこがいいかな?」
俺が目を付けたのは、奥のカウンター席に座っている一人の女だ。高そうな白と黒の鎧を着ているところを見ると、ソレスと同じ騎士か、冒険者と言ったところだろう。金も持ってるだろうし、何より見えるのは後ろ姿だけだが、きっと美人に違いない。
「よし!」
ターゲットを決めた俺は、その女の席に向かった——その時だった。
「俺の酒が飲めねえってのかッッ‼」
ただでさえ騒がしかった店内に、ひときわ大きな怒鳴り声が響き渡る。流石に周りもただ事ではないと感じたのか、店内がシンと静まり返った。
目を向けるとそこには、三人組の男と店員らしき女性が一人。
「ですから、私は勤務中ですので——」
「うるせぇ! 俺が誰だかわかってんのかッ⁉ 『山犬の爪』のゾルド様だぞぉ! その俺の酒を、お前は断るってのかぁっ‼」
赤い短髪で額に大きな傷がある男、ゾルドは大声を上げ、テーブルを殴りつける。
まったく、現代だったらアルコールハラスメントで訴えられてんぞ・・・。
取り巻きの禿頭の男と、目つきの悪い男も、ゾルドを止めようとしない。それどころか下卑た笑みを浮かべ、店員の女性を見ている。
周りの客たちは、我関せずといった感じで、ゾルドたちの方を見ようとはしない。
——そこで俺は考えた。これはチャンスだと。
このゾルド達から店員を救うことによって、俺の注目度は上がる。その状態で、カウンターにいる鎧を着た女の子に話しかければ、奢ってもらえるに違いない。イケメンで強い男がモテないはずがないからだ。それに、最悪断られたとしても、次は店員に声をかければいい話だ。流石に恩人を邪険に扱ったりはしないだろう。
よし、決まりだな。
「おいおい、その辺にしとけよ」
「あん?」
俺は店員を背中にかばい、男たちの前に歩み出た。
「セクハラは顔だけにしときな。俺の世界だったら炎上してるぜ?」
俺の言葉に、リーダーらしき額に傷を持つ男が、ギロリと横目を向けてきた。
「何わけわかんねぇ事言ってんだぁ? まさかとは思うが俺たちとやろうってのか?」
「まさかも何もその通りだよ。理解力が無いと大変そうだな」
俺の挑発が効いたのか、ゾルドは俺に詰め寄ってきた。
「見ねぇ顔だ。俺達「山犬の爪」を知らねぇみたいだな」
「野良犬だか糞犬だか知らないが、恥をかく前に消えるんだな」
ちょっと格好をつけて俺はそう言った。もちろん店員さんへの目線も忘れずに。
「面白れぇよお前。こういう馬鹿は久しぶりだ。いいぜ、相手をしてやろうじゃねえか」
よし、釣れたな。これでこいつらを倒せば、俺は飯に有り付けるわけだ。
だが。構えを取ろうとするゾルドに、取り巻きの男が待ったをかける。
「いやいやそんな雑魚、ゾルドさんが相手にする必要はないですよ。ここは俺に任せてください」
「あん?」
「俺も最近暴れたりないんすよ。だからこういう時ぐらい俺に譲ってくださいって」
「ふん、まぁそうだな。好きにしろよ」
つまらなそうにゾルドは吐き捨てると席に戻った。代わりに禿頭の取り巻きが俺の前に出る。
「別に、俺は三人でもいいんだぜ?」
「雑魚が、調子に乗るなよ!」
まったく、三人どころか一人で俺に勝てるなど、何故そんな考えに至るのだろうか。
なんか、あの坊主集団のことを思い出すなぁ・・・あいつら元気にしてんのかな?
どうでも良いことを考えていると、禿頭が構えをとる。どうやら始まるみたいだ。
対する俺はというと、構えを取らずただ突っ立っているだけ。
「とっととかかって来いよ」
こんな奴ら、構えも本気を出す必要もない。ちゃっちゃと片づけて、ランチタイムと洒落込もうじゃないか。これからのことも、そのあとに考えればいい。
・・・そう俺が、皮算用をしているときだった。
「—————————は?」
この間抜けな声が、俺の口から発せられたのだと理解するのに時間を要した。
———俺は、地面に横たわっていた。
周りで起きた悲鳴や笑い声で、俺は現実に引きも出される。
何が起こった⁉ まさか、殴られたのか?
咄嗟に体を起こそうとするが、左腕に鈍い痛みとしびれを感じた。おそらく無意識のうちにガードをしたのだろう。それでも、相当なダメージを受けたのは確かだ。頭がふらつくのはもちろん、何よりガードした左腕の感覚が無い。
折れては・・・ないか。
「どうしたぁ、もうオネンネかぁ?」
「うるさい!」
下卑た笑みで挑発する禿頭を横目に、俺はようやく体を起こす。
「よーし、いい子だ。それじゃあ行くぜッ!」
俺が立ち上がると、待ってましたと言わんばかりに、禿頭はラッシュを仕掛けてきた。
完全に動揺した俺は、集中ができずに相手のペースを許してしまう。今のところ避けられてはいるが、これは反応できているわけではない。完全に反射神経に頼り切ったまずいものだ。
「どうしたぁ、避けるだけかぁ⁉ やっぱ雑魚だなぁ!」
雑魚? 俺が? ・・・いや違う———こいつが強すぎるんだ。
・・・取り巻きでこの強さなら、ゾルドはどれくらいの化け物なんだ?
この時、俺の頭にはセレナーテの言葉が思い出されていた。
『ぶっちゃけ異世界の方はあんたの世界より過酷だから』
過酷な環境ならその分、それを生き抜く力が必要となる。
もしかしてこの世界の住人は、このレベルの強さなのか?
・・・天才の俺が雑魚扱いされる程の?
——もしかしてこの世界の住人全員、俺より強い?
「『連打』」
「——ッっ‼」
禿頭が謎の言葉を発した途端、嘘のように殴る動きが向上する。
もはや俺にできることは、ひたすら亀のようにガードを固めることだけだった。
「——っらぁ!」
ひたすらな猛攻の末、ガードが弾かれた俺に禿頭の拳が迫る。
これは・・・避けられない!
ガードしてこのダメージなのだ。これが何の構えを取らずに受けたら、俺はどうなってしまうのか、想像に難くない。
——ああ、多分死んだな俺。
迫りくる現実に耐えられず、俺は目を閉じることしかできなかった。
——だが、その時はいつまでたっても訪れない。代わりに届いたのは『パシッ』と乾いた音だけだった。
「———そこまでにしてもらおうか」
とてもこんな場所には、相応しくないと思えるような美しい声が響く。
その声を聴き俺はようやく瞼を開けた。俺の身に飛び込んできた光景は、目を疑うようなものだった。
白と黒の鎧を着た女が、鈍器の如き禿頭の拳を、片手で受け止めていた。
——コイツ、カウンターにいた奴だよな・・・まさか俺を助けたのか・・・?
「な、なんだテメェ!」
本気の拳を軽々受け止められたことに動揺したのか、禿頭は狼狽えた声をこぼす。
「どうやらそこの男は私の客みたいでな。私に免じてこの場は引いてもらえないだろうか?」
恐ろしいくらい整った顔から放たれる視線が俺のことを捉える。
その瞳は俺の顔を見た後に、肩へと視線を落とした。
俺がこいつの客? 何言ってんだこいつは・・・?
「何わけわかんねぇこと言ってやがる! そこをどかねえとブッ飛ばすぞッ!」
微妙に俺と感想が被った禿頭が、激昂する。だが女は余裕な態度、ある意味マイペースとも言える雰囲気で、ただ呟くだけだった。
「そうか、引く気はないか・・・なら仕方が無いな」
瞬間、禿頭が膝をつく。顔は苦痛に歪み、女が握ったままである自分の拳を抑えようとしている。しかし、上手くいかないようだ。
「グッ・・・・アアアッっ‼」
「引いてくれるか?」
女は依然、余裕な態度で禿頭に問いかけた。
女がしたことは、ほんの少しの力で禿頭の拳を握り締めただけだ。
ただ女にとって少しの力が、他の者にとっては壮絶な力だったというだけの話である。
「てめぇ!」
さすがに異常だと気づいたのか、残りの取り巻きがいきり立つ。だが女に一睨みされると、途端にすくんで動けなった。
「てめぇは・・・、まさかっ・・・!」
ゾルドはそう呟くと女の胸元を見た。正確には女の首から下げられている首飾りをだ。
「お前がボスか? 力の差が分からないわけではあるまい。ここは引く方が賢明な判断だと思うぞ」
女がそういうと、ゾルドは舌打ちを一つ漏らした。そして——
「おい、テメェら。帰るぞ」
「ですがゾルドの兄貴ぃ——」
「うるせェ! いいから行くぞ!」
ゾルドはその場を後にした。取り巻きも遅れてゾルドについていく。それを確認した女は禿頭の拳を離した。
「ヒッ、ヒイィィィィィッ!」
禿頭は拳を離されるが否や、逃げ出すようにこの場を後にする。
すると、あたりから歓声や拍手が上がった。俺が助けようと思っていた店員も、頬を赤らめ女を見ている。
「大丈夫か?」
「あ、ああ」
女は俺に手を差し出すと起き上がらせた。
「ケイ・キリヤだな? 私はセレス教所属、アルレス・パーシヴァルだ。主神セレナーテ様の命により、お前の護衛兼、補佐を務めることになった」
無事合流できたことを喜ぶべきか、恥ずかしいところを見せたところを恥じるべきなのか・・・。
「よろしくだ」
アルレスは、軽く笑みを浮かべる。
ともかくこれが俺とアルレスの出会いとなった。