素晴らしき冒険の始まり
高く上った太陽が、俺の瞼の裏側を赤く染める。
今まで生きてきた中で聞いたことのない鳥類の声と、少し懐かしさを覚える緑のにおいが俺の意識を覚醒へと導く。
「う~~、気持わりぃ・・・」
転移の魔法が荒かったのか転移、ひどい酔いを感じた俺は気を失っていたようだ。
倦怠感を覚えながらもなんとか体を起こし、周りを見渡す。
「はあ~~~~っ。マジでどこだよここ・・・」
いや、おそらく異世界ってことは間違いないんだろうけどさぁ・・・。
溜息をつく俺を取り囲む景色は、一言で表すと・・・森。
俺は深そうな森の中にある、少し開けた原っぱのド真ん中に横たわっていた。
直径二百メートルくらいだろうか。小学生の遠足のイメージに使われそうな原っぱだ。
辺りは360度高い木が囲っていて。一目見ただけで深そうな森だということがわかる。
後で木にでも登って、自力で脱出できそうか確認してみようかな・・・。
———そう考えを巡らせる俺だったが、ふと体に違和感を覚えた。
別に体が痛いだとか体調が悪いといったものではない。倦怠感も今じゃなくなっている。
俺が感じている違和感は感触だ。今俺は全身で芝生の感触を味わっている。
手の平で感じる芝生のダイレクトな感触を、尻や太ももにも感じているのだ。
本来ならこんな感触はないはず———なぜなら服を着ているから。
そう言えば、さっきから肌寒い気もする・・・。
イヤな予感がしたが、思い切って自分の体に視線を向ける。
「おいおい、勘弁してくれよ・・・」
・・・・・・・・・・・・・全裸だった。
青空の下に均整の取れた俺の肉体と、ジュニアがむき出しの状態で佇んでいる。
何度目を擦り何度頬を叩こうと、目に映る俺の裸体が布に包まれることはない。
認めたくはないが、これが現実のようだ。
この酷い現実を何とか飲み込むことに成功した俺は、大きく息を吸い込み肺を限界まで膨らませる。そして——
「このクソ金髪野郎があああああああああぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッ‼‼‼ 次会ったらぜってぇブッ飛ばすからなあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ‼‼」
力の限り叫んだ。この声が届いているかは分からないが、叫ばずにはいられなかった。
「クソがッ! 初期装備がショボいどころか、真っ裸ってなんだよッ! ド〇クエでさえ最初は服着てんぞ! これじゃあ人助けするどころか、通報されて終わりだわ!」
叫び声が止んだ後、俺の荒い息遣いだけが聞こえる。空しいことに返事はもちろんない。
だが、溜まった不満を吐き出したことで、怒りで支配されていた頭の中がクリアになる。
「・・・・・ふう~~~ッ。やっぱりストレスはこまめに発散しておかないとな」
先ほどまでの怒りが、嘘みたいに気持ちを切り替える。
見方によっては、情緒不安定なヤバい奴に見えるかもしれない。だが、瞬時に気持ちを切り替えることができるという意味で自分の長所だと俺は捉えている。
それに、いつまでも文句を言っていても状況が変わるとは思えないしな。
「さて、どうしたものか・・・」
俺はセレナーテに転移したら、動かず迎えを待っていろと言われた。
でも、あいつは『座標をミスった』的なことを言っていたから、迎えが予定通り到着するとは考えられない。
迎えの者が来ず、最悪の場合俺はこの場所で餓死するという未来も十分考えられる。
それだったら自力でこの森から抜け出し、近くの町やら村まで行ったほうがいいのではないか。
今だったら体力の消費はほとんどないし空腹でもない。動けるうちに動いておいた方がいいだろう。動けなくなってからでは遅い。
それに来るかどうかもわからない、ましてや全く知らないやつを待ち続けるのは俺の性分に合わないしな。
「そうと決まれば、さっそく動くか・・・」
俺はゆっくりと立ち上がる・・・・・・・やっぱり落ち着かないな。
やはり外で全裸でいることに慣れない。残念ながら露出趣味は持ち合わせてないからな。
「とりあえずの目標はこの森を抜けだす事と、衣類的なものを見つける事か」
衣類などは最悪葉っぱなどで対応するとして、問題は森から抜け出す事だ。
当然ここらの地形に詳しくない俺は、太陽の位置から方角を割り出しても意味がない。
どの方向に町や村があるか分からないからだ。
そのため今まで本やテレビなどで学んだ、遭難した時の対処法はほとんど使えない。
だとしたら、頼れるのは自分の肉体ただ一つ!
「・・・登るか」
どの方向に進むべきか、適当にあたりをつけるため、木に登ることを決めた俺。
俺にかかれば、木登りなど子供の児戯に等しい。
とりあえず、正面に見えるひときわ高い木を目指し歩き出す。
木の本へと到着した俺は、登っても問題ないか目視で確認した。そして安全性を確かめた俺は、さっそく木に登り始める。大体二〇m位の高さであったが、難なく登りきることができた。
「おお~~、すっげぇなぁ・・・」
頂上から見た景色は、圧巻の一言に尽きるものであった。
————緑だ。
一定の高さからなる木々は俺の視界を緑に染める。ここから二kmほど先にデカい山が見える。目に届く範囲だが、この緑は山の麓まで続いているようだ。
「これ、出れんのかよ・・・」
軽く絶望をしながら周りを見渡すが、意外にも正面の山と反対側の方向を見ると、森の切れ目が確認できた。距離にしてここから300mほどだろうか。
幸いにも、ここは森に入ってからさほど深くはない場所に位置していたようだ。
正面の山と反対方向へ進めば大した時間は掛からず、この森を抜ける事ができるはずだ。
「さて、そうと分かれば早速森を出るか。近場に町とかあれば助かるんだけどな・・・」
俺は危なげなく木から降りると、森を抜けるために森へ入る道を探す。
人工的に作られた道は見つけられなかったが、幸いにも獣道の様なものは見つけられた。
「正直気は進まんが、道なき道を行くよりはマシか」
意を決して森の中へと足を踏み入れる。
靴が無いため足元に不安を覚えたが、幸いにも柔らかい土のようだ。雨が降ればかなりぬかるみそうだが、これなら何かを踏んで足に傷を負う可能性は低いだろう。
地面の高低差もほとんどない。比較的歩きやすい森のようだ。
安全性が確認できた俺は、なるべく周りに気を配り少しずつ前進し始める。
時間は少しかかるだろうが、森にどのような生き物がいるかわからない。仮にも異世界なのだ。もしかしたら熊なんかより恐ろしい生き物がいるかもしれないから、用心することに越したことはないだろう。
先ほど見た日の高さから推測するに、今は正午くらいだろうか。だが、森の中はそうとは思えない暗さだ。
「っと、危ねっ」
さっそく転びそうになった。
生き物もそうだが、暗さによる足元にまで気を配らなきゃいけないみたいだ。
「意外と神経をつかうな・・・」
周りを警戒しながら足元にも気を配る。しか、足元に気を配りすぎると、自分が進んでいる方向がわからなくなる。
思った以上に、深い森を歩くのは難しいようだ。
——だが、存外悪くはない。
歩くだけで疲れる作業であるが、不思議と俺の中には楽しんでいる自分がいた。
元の世界にいたら、こんな経験はできなかっただろうからな。
新たな経験や未知と遭遇する事は楽しい。
それらの経験が俺の成長につながり、一歩先へ導いてくれるから。
この経験がどう役に立つかわからないが、経験しといて損はないはずだ。
しばらくして、少し休憩をとるため足を止める。
それほど距離はないはずだが体力は温存しといたほうがいいだろう。
それにしてもどれくらい進んだだろうか。体感にして数分程だが、まだ出口の気配がない。
木に登って確認した時はすぐ出れると思っていたが、そう簡単にはいかないみたいだ。
「もう少しだと思うんだけどな」
そう思いなんとなく周りを見渡す————その時だった。
「GROOOOOOOOOOOO~~~~‼‼‼」
どこからともなく獣の雄たけびか、断末魔ともとれる咆哮が轟く。
「おわっ!」
届いた声の大きさから、ここよりはるか遠く距離なのは分かるが、それでも肝が冷えた。
「少し急いだほうがいいかもな」
もしかしたら、今鳴いた獣が近づいてくるかもしれない。
さっきの鳴き声は聞き覚えが無かった。おそらく俺のいた世界には存在しない生き物。この異世界限定の生き物だろう。そんな地雷臭がプンプンする生き物は、避けるが吉だ。
そう思った俺は、再び動き出すことを決めた。今度は少し急ぎ足で動き始める。
もう森の暗さや、歩き方には慣れた。小走り程度なら問題はないはずだ。
そして、しばらく森を進んだときだった。
森を走る俺の耳が、何かの声のようなものを捉えた。
声は、俺の進行方向にある少し開けた場所から聞こえてきた。
森を移動して気づいたことだが、この森には所々に焚火ができるようなスペースがある。おそらくこの森に入った人たちが、休憩をするために、木を伐採したりしたのだろう。
ともかく、前方に確認できる場所から声が聞こえる。それも一つではなく複数だ。
「もしかしたら、人がいるのかもしれないな」
そう思い、いったん足を止めた。さて、どうしたものか・・・。
人がいるなら当然助けを求めたいが、相手が必ずしも善人とは限らない。もしかしたら、ならず者たちで戦闘になるかもしれないし、善人であっても俺の今の恰好を見たら、変態扱いされ戦闘になるかもしれない。それに——
「そもそも言葉通じるのか分からねえしな・・・」
俺の知っている文字や言葉などで、異世界人とコミュニケーションをとれるのだろうか? コミュニケーションが取れない状態では情報を集めるのにも苦労しそうだ。
最悪文字は覚えるとしても、言葉から覚えるとなるといささか面倒だな。
「そこを含め、とりあえず様子を見てみるか・・・」
声の主の姿を確認するのはもちろん、知っている言語なのか確認する必要がある。
最悪ならず者たちだったら、音を立てずにエスケープしよう。
そう覚悟を決め、声がする方向へ進む。
徐々に、聞こえてくる声が大きくなってきた。もう目と鼻の先に声の主がいるはずだ。
俺は目の前の木の陰に隠れ、様子を窺うことにする。
残念ながら、近くで聞いた限り俺の知っている言語ではなさそうだ。
どちらかと唸り声のようなもので、やり取りをしている。
「コミュニケーションをとるのは、今のとこ諦めた方がいいな」
接触を断念することを決めた俺だったが、せっかくここまで来たのだ、異世界人がどのような格好をしているのか確かめることにした。
音をたてぬよう細心の注意を払い、木の陰から顔を出す。
そして——
「ファッ⁉」
先ほどまでの隠密行動を無に帰す程の、デカい声を出した。
当然声の主たちは、俺の存在に気づいたようだ。
だが待ってくれ。俺が声を漏らしてしまったのもしょうがないだろ。だって——
「犬じゃねーかッ!」
声の主は犬だった。
いや、正確に言うと犬の顔をした、人型の生き物だった。
なんだったっけ? RPGとかに居たよな。確か・・・そう、コボルドだ!
一応異世界にはそんな生き物がいるとは思っていたが、いざ目にするとやはり衝撃だ。
その『コボルド?』たちは、俺を見るや否や話を止め、腰を低くした。そして——
「「「GRUUUUU・・・BOW! BOW! WOW‼」」」
一斉に吠え始めた。威嚇だろう。
数にして三人・・・いや三匹か。背丈はそれほどデカくないようだ。目測で大体一五〇cmから一六〇cmくらいだろう。どれも片手に、木のこん棒やサビた剣のようなものを持っている———そして何より、ボロイが服のようなものを着ていた。
服・・・服・・・? 服だと・・・・・
「なんで犬っころが服を着て、人間の俺が裸なんだよッッ‼」
急に沸いた怒りにより、思わず叫んでしまった。
マズいと思い、とっさに自分の口を抑えたが遅かったみたいだ。
それを威嚇と捉えたのか、三匹のコボルドは一斉に駆け出してきた。
「ヤべッ!」
咄嗟に踵を返し俺も走り出す。先ほどまでのように慎重にではなく、もちろん全力疾走だ。
やばい、やばい、やばい、やばい。
入り組んだ森を走り抜ける。幸いなことに、普通の犬とは違いそこまで足は速くないのか、すぐに追いつかれることはなかった。
だがどうしても暗さや、木を避けることに気を取られ、思うように進めない。
そんな俺に、一つの足音が近づいてくる。
こん棒を持ったコボルドだ。
このコボルドは他の二匹より足が速いのか、ものすごいスピードで俺の迫ってくる。
追いつかれるのは時間の問題だ。だったら——
俺は足を止め、振り返る。すると、棍棒のコボルドは俺が観念したと思ったのか、飛び掛かり右手に持った棍棒を斜めに振り下ろした。
———くっ、意外と速ッ!
想像以上の速さに一瞬驚いたが、ダッキングで相手の外側に逃げ出し、躱す。
「ふんッ‼」
そして、力の限り棍棒のコボルドを殴りつけた。
「KYAI――――N‼」
俺の渾身の左を顔面に食らった棍棒のコボルドは、悲鳴を上げ大きく後ろへ下がる。
その隙を突き俺はまた走り出す。これでしばらくは追ってこないだろう。
時々木の根に足を取られ、転びそうになるが何とか堪える。
「クソッ、道がわからねえ!」
既にかすかに覚えていた道を通り過ぎ、知らない道のりを進んでいる。
逃げ延びたとしても、遭難する可能性が出てきた。
そんな俺に追い打ちをかけるように、また後ろから足音が迫る。
まさか、別の奴が負ってきたのか⁉
走りながら顔だけを後ろに向ける。
そこには信じられないことに、先ほどと同じ棍棒のコボルドが迫ってきていた。
「——はっ⁉ 効いてないのか⁉」
さっきのパンチは、相当な力を込めていたはずだ。それこそただの人間が食らったら、一発で沈むほどの・・・・だが、奴は平然と追いかけてきている。
「クソっ!」
俺は全力で走り続ける。
もう一度応戦しようと一瞬考えたが、こん棒コボルドのすぐ後ろに、サビた剣のコボルドが迫っている。さすがに二対一では、状況がどう転ぶかわからないし、最悪の場合もう一匹が合流して三対一になるかもしれない。
そうなることだけは避けねば。
俺はなるべくまっすぐ走るのではなく、木などを利用して滅茶苦茶なルートで走った。
もう後ろは振り返らない。
できるだけ複雑に走り、コボルドたちから距離を取ることだけ考える。
一瞬白と黒の何かを見た気がしたが、それでもただひたすらに走り抜けた。
どれくらい走っただろう。息が上がりそうになった頃だった。
「GYAN‼‼‼‼」
はるか後方の方で、コボルドの悲鳴らしきものが聞こえた。
「ハァ、ハァ、なんだ? ハァ、ハァ」
ここでようやく俺は後ろを向く。すると先ほどまで迫っていた、コボルドたちの姿がなくなっていた。
足を止め、呼吸を整えながらしばらく後ろの様子を窺う。
それでもコボルドたちが追ってくる様子はない。
「撒いた・・・のか・・?」
すぐ近くから音が聞こえないということは撒いたのだろう。
「ふぅ~~~~、疲れたぁ・・・」
ようやく一息を吐くことができる。そう安心したのも束の間、新たな問題が発生した。
「・・・・どこだここ?」
テキトーに走ったせいで、完全に迷子になってしまったのだ。
「樹海で迷子って、相当ヤバくないか・・・?」
思わず大きなため息を吐き、視線を下げてしまう。
まさか序盤の序盤でこんなに苦労するとは・・・。
これからのことを考えると更に、気持ちが沈んでしまう。
「マジで心が折れそうなんだけど・・・ん?」
そう悲観しそうになる俺だったがふと、景色に違和感を覚えた。違和感の正体は、森の明るさだ。景色が今までに比べて明るいのだ。ただ目が暗闇に慣れたというわけではない。これは、日光などによって生み出された類いのもの———
——とっさに視線を上げ、あたりを見渡す。
「・・・出口だ・・・」
見渡した景色の一部に、かすかに光が漏れ逆光を生み出している場所がある。
まるで、地獄にさした一つの希望のように。
俺はその場所を目指しひたすら歩く。そして——
「お・・・うおおお・・・すっげぇ・・・」
結果として俺は森から抜けられた。
しかし俺が感嘆の声を漏らした理由はそれではない。
——景色だ。
いま、俺の前には広大な平原続いている。
一面に広がる緑のカーペットに、所々にシミのような茶色い土。はるか遠くの地平線には、山脈が見える。その地点から伸びてきているのであろう川が、キラキラと反射し俺の目を刺激し、そしてその全てを飲み込むように、空の青が包み込んでいる。
一言で言ってしまえば、ザ・ファンタジー世界だ。
こんな景色は、元居た世界ではそうそう見られるものではない。
ぶっちゃけ先ほどまでのことで嫌気がさしていたが、この景色を見ただけですべてがどうでもよくなった。
しばらく景色に見とれていた俺だったが、気持ちを切り替える。
「森を出たはいいが、まずは人がいるところを見つけないとな」
森から出たところは、緩い斜面となっていたので下り始める。そして、しばらくもしないうちに、人工的に作られたであろう公道に出た。石畳とはいかないが、一応整理されていることが窺える。
「道が作られてるってことは、たどれば町や村があるってことだな」
わかり切ったことを口にしながら俺は考える。
「どっちに進めばいいんだ?」
どっちも人里につながっているのは確かだろうが、たどり着くのにどれくらいの時間がかかるのかわからない。
時間がかからないほうがいいのは確かだが、正面の方向はしばらく続いているのだが、やがて緩やかに曲がり俺の出てきた森の陰になってしまって先が見えない。反対側の道も同じだ。
今更ながら、俺は相当デカい森に迷い込んでいたみたいだ。
「どうしたものか・・・」
体力を無駄に消費したくないのはもちろんだが、片方は町まで数分だが、もう片方は数日もかかるなんて言われたらもう目も当てられない。
まさに運命の分かれ道だ。
「運はいいほうだと思っていたが、ここ最近の出来事を振り返ると、自信は無くなってくるな・・・」
そう俺が決断をできずに、立ち往生しているときだった。
俺の後方の道から、何やら音が聞こえてきた。なんとなく振り返ってみると、そこには複数の馬と、それにまたがる人影が見えた。
距離にして200m程。馬にまたがるほとんどの人間が、銀色に光り輝いている。中世にあるような甲冑を着ているからだ。
「うお~~、ファンタジーっぽいな」
のんきな感想を言う俺だったが、とっさに頭を切り替える。
まずは、コミュニケーションをとれるかどうか試さないと。
統一されている鎧を着ていることから、ならず者たちと言う線は消える。きっとどこかに所属している騎士団だろう。だからいきなり切り掛かってくる可能性は低いはずだ。
よしコミュニケーションが取れるなら町への行き方を教えてもらおう。
・・・・なにか大切なことを忘れている気がするが、まあいいだろう。
俺は近づいてくる者たちに向け大きな声で呼びかけた。
「おお~~~~~~~い! ちょっと聞きたいことがあるんですけど~~~~っ!」
俺の声に反応したのか、先頭を走っている者が手で合図をだし全体を制止させる。
おそらくこの集団のリーダー的な存在だろう。
「何者だ⁉」
リーダーが警戒心をあらわにして問いかけてくる。
——良かった。言葉はわかるようだ。
意思疎通が可能なことに安心し、つい力が抜けてしまいそうになる。
意外なことにリーダーは女の人だったみたいだ。甲冑を着ていてわからなかったが、声の高さでわかった。
「怪しい者じゃないですよ。少し道に迷ってしまって、道を尋ねたいんです」
俺は爽やかな笑みを浮かべ近づく。
相手が異性であれば都合がいい。俺の甘いマスクとイケボで簡単に落とせるはずだ。
——イケメンが嫌いな女の子はいないからなっ!
しかし、俺の思惑とは裏腹に、リーダーの後ろから悲鳴がいくつか聞こえてきた。
意外にも、この甲冑集団は女性率が高いみたいだ。
それにしても、俺がいくらイケメンだからって、テンションが上がりすぎじゃないか?
イケメンを見るだけで悲鳴を上げてしまうシャイな女の子たちに、爽やかな笑みを浮かべ近づいていく俺だったが、突如リーダーに馬上から細剣を向けられてしまう。
「へっ? いやいやちょっと待って、落ち着け! どういうつもりだ⁉」
いくら何でも、剣を向けるのはテンションがおかしい。
突然のことに混乱する俺だったが、目の前から俺以上に混乱した声が返ってきた。
「お、お、お前こそどういうつもりだッ! こ、この変態が~~~~っ‼」
兜のバイザー部分を上げながら、リーダーが叫ぶ。わずかに見えた顔は少し赤かった。
「変態?」
一瞬何のことかわからなかった俺だが、次の瞬間意味を理解し、自分の体に視線を向けた。
・・・・全裸だったの忘れてたぁぁーーーッ‼
今も俺のジュニアがターザンをしている。
だよね⁉ 全裸の男が急に笑みを浮かべながら近づいてきたら、それはもう変態だよね⁉
羞恥で顔が赤くなりそうな俺を置いて状況は進む。
「オイッ! 誰かこの変態を取り押さえろ!」
リーダーの指示に、女性の者たちは難色を示したが、他の男と思われる者たちが数人近づいてきて、頭を抱えている俺を取り押さえる。
「ぐえぇぇ‼」
あっという間に拘束され、自由を奪われた。
「お、おい! 誰かそいつに服を着せろ! いつまでも汚いものを見せるな!」
リーダーの指示のもと、ボロい服を着せられる。
そうして俺はまったく望んでいない形で、服を手に入れたのだった。
「ちょっと待ってくれ! 誤解なんだ!」
「知ったことかっ! 貴様は独房に放り込んできっちり仕置きしてやる!」
俺の弁明する機会を一蹴したリーダーは仲間に指示を出し、俺を縄で縛り馬に乗せた。
「だからちょっと待てって!」
「言い訳なら、牢屋で聞いてやる」
そう切り捨てると、走り出す。
俺の初めての乗馬体験が、こんなことになるとは・・・・。
「勘弁してくれぇええぇ~~~~~~~~~~~~~ッ‼」
やがて俺の叫びが、平原に響き渡った。
♢
キリヤが甲冑集団に捕まる少し前。巨大な魔獣の断末魔が森の中へ響き渡る。
「GROOOOOOOOOOOO~~~~‼‼‼」
魔獣の傍らには女の姿がある。この女こそが魔獣を討伐した張本人である。
女の姿は一言で言うと異様だった。
雪のような白くキレイな髪は後ろで束ねられ、ちょこんと短いしっぽのようにも見える。
そしてその顔は、ゾッとするほど美しかった。まるで神に作られたが如く。
キリヤであれば神に連なるものと勘違いしたであろう。
極め付きはその身を包む鎧だ。白と黒からできる鎧は見る人が見ればその価値に気づくはず。それほどに煌びやかで、何より価値のある物だった。
だがその鎧も、今は女の美しさを引き出す脇役と化している。
ゆえに女の姿は異様だった。美しいはずの森が、彼女の美しさにまったく追いついていないから。
「ふう、終わったな」
そう呟く女の声と同時に、剣を持っていたはずの右手からバキンと音がした。
「ふむ、またやってしまった」
慌てて持っていた剣を見る女だったが、そこには刀身が粉々に砕け散った後の柄が残っているだけだった。
「やはり手加減と言うものは難しいな・・・」
そう嘆息をする女だったが、気を取り直したかのように手帳のようなものを取り出す。
「まあいい。こうして討伐依頼も完了したわけだしな・・・もうじきかねてから予告されていた、『女神の騎士』とやらが出現する頃合いか」
この手帳のようなものは、「聖書」と言われるもの。神を信仰する者に必ず与えられるものだ。
進行する神によってデザインは違うが、用途は同じ。主に信仰する神のお告げや、教団に関わるニュースなどが見られるようになっているのだ。
「む?」
突如しまおうとした聖書の紋章が光った。これはお告げが更新された合図である。
「なに、女神の騎士が行方不明だと・・・?」
更新されたお告げを見て驚きの声を上げる。
「さて、どうしたものか・・・」
女は顎に手を当て考え込んでしまう。
それもそのはずだ。何を隠そうこの女こそが、主神であるセレナーテに『女神の騎士』つまりはキリヤの監視役に任命されているからだ。
本来のお告げ通りなら、キリヤはこの森の近くにある街に召喚されるはずだった。
しかし不慮の事故により、キリヤは女と同じ森に召喚されてしまっていたのだ。
「一度町に戻り準備を整えてから、女神の騎士を探すとするか」
そうとは知らない女は、一度町に戻ることにした。
そう決めた女は魔獣に近づくと、半開きになった口に手を突っ込み、小枝を折るが如く牙を折る。討伐の証拠だ。
牙を抜かれた魔獣の体は、瞬く間に灰となって消えてしまった。
それを見届けた女は、踵を返し町へ急ぐことにした。
薄暗い森の中を女は、迷いのない足取りで歩く。決して女はこの森を歩きなれているわけではない。むしろこの森に来るのは初めてと言ってもいい。
だが女の歩みには迷いが無い。それは単純にこの暗闇の中、女は見えているからだ。
足元、自分が進むべき方向がハッキリと。
それから進むこと数分。
「KYAI――――N‼」
突如聞こえた動物の悲鳴のようなものに、女は足を止める。
「意外と近いな」
声の大きさからして、距離的には数十メートルもない。女は目を閉じ耳を澄ました。
「・・・足音が三,いや四か。うち三が動物か魔物だろう。もう一つは・・・人に似ているが、妙だな。まるで裸足のような足音だ」
比較的この森は、足場が特別悪いわけではない。しかし、それでもはだしで歩くのには適さない場所だろう。
「ということは、追われているのか? 靴はその際脱げてしまったのかもしれないな」
人が襲われているとならば放っておけるわけもない。
女は剣を引き抜き参戦しようとしたが、肝心な剣が無いことに気づいた。
「そういえば壊してしまったのだったな・・・」
女は下を向く一方で、足音は徐々に近づいてくる。そして——
——肌色が女の目の前を駆け抜けた。
「へっ?」
肌色はすぐに木々の中に消えてゆき見えなくなったが。女は確実に正体を見た。
後ろ姿だけだったが、確実にあれは人間だった。それも男の。
だとすれば、一つだけ大きな疑問を抱かざるを得ない。
「・・・・何故裸なんだ・・・?」
この森に入るのに、まず裸ということはあり得ない。もし裸で入るものがいるとするならば、それはきっと生粋の変態だけだ。
ならばきっと追われているうちに服は脱げてしまったのかもしれない。
———と、普通ならまずそう考えるだろう。しかしこの女は。
「私は男の裸を見てしまったということだろうか・・・いやだがしかし、私が見たのは後ろ姿だけだったし・・・」
———どうでもいいことを考えていた。
そしてこの状況にふさわしくないことを考えていた女に、三つの足音が迫る。
「どうしたものか、教会で懺悔するべきなのか・・・」
なおもどうでもいい考えを続ける女に対し、ついに魔物が姿を見せる。人間のような二足歩行の体に犬の頭——コボルドだ。
「ふむ、コボルドか」
女は一旦考えるのを止め、ようやく目の前のことに集中した。態度は至って余裕である。
先ほどの裸男とは違い、コボルト三匹は女の存在に気づいたようだ。
裸の男を追いかけるのを止め、女に威嚇を始める。
「「「GURURURURUUUU・・・」」」
コボルトも3匹となれば威嚇だけでも、それなりの迫力である。だが女は余裕の態度を崩さず、ただ一言——
「すまんな。急ぎ考えなければならないことができた。あまり構ってやれそうにない」
と言うだけだった。
「「「BOW! BOW! WOW‼」」」
言葉が通じずとも舐められていることを悟ったのか、コボルドたちは一斉に吠え猛る。
「まったく・・・退けと言っているのがわからないのか。このまま森の奥に帰るというなら見逃そうというのに・・・」
額に手を当て、女は嘆息をする。
そんな女に向け、まず最初に仕掛けたのはサビた剣のコボルドだった。
剣を振り上げ、女の横から飛び掛かったのだ。
人間より小さい体躯のコボルドだが、その体からは考えられないほど、俊敏かつ力強い斬撃を放った。
コボルドの得物が狙うはただ一つ。ダメージを追えば致命傷になりかねない女の頭だ。
刃は女のすぐそばに迫っている。が、女は動かない。
勝利を確信したのか、コボルドの口角がわずかに上がったように見えた。
そしてそのまま無情にも時間が進む。
振り下ろされた殺意が女の頭蓋を砕く・・・かに思われた瞬間———
———コボルドの上半身が消え去った。
少し遅れドサリと音を立てて下半身が地面へ落下する。
その下半身もすぐに灰へと変わってしまった。
女は変わらず、ただ余裕な態度で立っている。ただ一つ、最初と違う点を挙げるとすれば、腕が横に伸びている点だけである。
「ふう・・・」
何が起こったのか解らず、残りのコボルドに動揺が走る。
剣を持たない女がしたことは、拳を横に突き出しただけ。ただそれだけの行動だ。
だが、ただそれだけの行為で、コボルドの上半身は消え失せてしまった。
断末魔さえ上げることなく・・・・。
「最近は剣より拳の方を振るっているようで悲しいぞ・・・一応騎士なのだがな」
そうぼやく女に、動揺から復活したこん棒のコボルドが飛び掛かる。
「BOW‼」
今度は正面から飛び掛かるコボルドだったが、攻撃パターンはサビた剣のコボルドと同じで振り下ろすだけだ。
「懲りないやつらだ・・・」
女は振り下ろされたこん棒を、腕ごとつかみ取った。そして棒を振り回すがごとくコボルドを回すと、近くの木に向けて叩きつける。
「ふんッ!」
「GYAN‼‼‼‼」
木に打ち付けられたコボルドは、短い断末魔を上げ灰へと変わった。
「さて、どうする。まだ続けるのか?」
残りのコボルドを見据える女。残りのコボルドはどうするか迷っていたようだったが、女に一睨みされると小さく悲鳴を上げ森の奥へと消えていった。
「ふむ、終わったようだな」
手についた血を払うと、女は一つ伸びをした。
「さて、先ほどの裸の輩は気になるが、今は女神の騎士を探すことが重要だな」
そういうと女は、女神の騎士ことキリヤを探すため森を後にするのだった。
♢
「ふう~~~、ようやく行ったわねあのハゲ・・・」
物置部屋から去っていく、自分たちの上司を見つめながらセレナーテとセテは安堵する。
「ああ、何とかバレずに済んだな。あと一応訂正しておくが、部長のあれはハゲじゃなくてスキンヘッドだからな。ちゃんと自分で剃っているらしいからな」
「どうでもいいわよ、そんなの。そんなことより早くキリヤの現在位置を特定して!」
「私がか?」
「何言ってんのよ、暇なのセテしかいないでしょ?」
目の前にいる暇人をブッ飛ばしたくなるセテだったが、何とか堪えたようだ。
「わたしなんかより神であるお前が探した方が効率がいいだろうが・・・」
「無理よ!」
「なんで・・・・ってそうか」
現在セレナーテが保有する異世界の支配領域は皆無である。だからもちろん最初にキリヤを送り込もうとした街も、セレナーテの支配領域ではない。
本来自分の支配領域以外の土地を勝手に覗いたりすれば、他の神とのトラブルになる可能性が高いのだ。
「今は極秘で動いているわけだから、なるべく問題は起こしたくないの」
「それもそうだが・・・地球の方の問題はどうするのだ? さすがにこれ以上キリヤの死の情報が広まれば、手の打ちようがないぞ」
「ああ~、そういえばそっちの問題もあったわね。う~ん・・・」
セレナーテが悩むこと数秒。
「わかった。あなたは引き続き地球での情報偽装をやっておいて!」
「わかった。だが、いいのか?」
「何が?」
「キリヤの現在位置のことだ。もしかしたら、身に危険が及んでいるのかもしれないだろ?」
確かにセテの言い分も正しい。転移のミスにより、魔物が生息する地域にいたら命の危険がある。
「まあ、大丈夫じゃない?」
だが、セレナーテは気楽にそう答えた。
「その根拠は?」
「転移がミスったといっても誤差の範囲だし。それに——」
「それに?」
「あいつには『アレ』があるしね~~」
セレナーテはどこかつまらなそうに呟く。
「アレのせいで、あいつを今回の計画に採用するかギリギリまで迷ったんだから」
「その『アレ』とはなんだ?」
疑問を投げかけるセテに対し、セレナーテはいたずらな笑みを浮かべる。
「ん~~そうねぇ。面白そうだから今はヒ・ミ・ツ!」
「・・・・・・・そうか」
「あ、あれ? セテさんちょっと顔が怖くない?」
セテの顔を覗き込んだセレナーテの表情は恐怖に染まる。だがセテは気にした様子もなく疑問をぶつけた。
「まあいい。それより気になるのが、なぜおまえは全く知らない土地に、キリヤを送り込んだんだ? お前が知っている土地ならまだやりようがあったろうに」
「ああそれはね。監視につけようと思ってた信者の子が、その土地にいたからよ」
「別に監視なら、ある程度戦闘ができる者ならだれでもよかったんじゃないか?」
「いや、今回の計画は絶対に失敗するわけにはいかないじゃない? だから信者の中で飛び切り最強の子に監視してもらおうかと思ってたのよ」
「そんなに強い奴がお前の信者にいたのか?」
「そうよぉ。もう信じられないくらい強いんだから! 自分で言うのもなんだけど、どうして私の信者やってるのかわからないぐらい優秀なのよぉ!」
「ふむ・・・そこまで優秀な子がいるならキリヤの捜索を任せても大丈夫か・・・」
「そうね・・・あ、そうだ、忘れないうちにその子にメッセージを送っておかないと」
そういうとセレナーテは、ウィンドウのようなものをいじりだした。
「ええっと、『かねてから、予告していた女神の騎士が行方不明となった。至急捜索されたし。前もって予告していた、町の付近にいる可能性が大』っと・・・」
「その、『女神の騎士』と言うのは一体何なんだ?」
「キリヤの事よ。いや~、こういう名前の方がカッコいいかなって」
思いのほか下らなかった名前の由来に若干呆れ気味のセテだったが、気を取り直した。
「まあいい、大丈夫そうなら私はさっそく私は仕事に戻るとしよう」
「そう、それじゃあ頑張ってね~~」
セテは、腕を一振りすると黒い魔法陣を発生させた。
「何かあったら呼び戻してくれ」
魔法陣の光に包まれたセテをセレナーテは笑顔で見送った。
「さてと、私は私でキリヤの捜索をしようかな!」
そう気合を入れ作業に取り掛かるセレナーテだったが、しばらくするとどこからかお菓子を取り出し、サボり始めたのだった。