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天才という名のバグ


「ちょっとセテぇ、もう始まっちゃうわよ~~~?」

 始まりの地、とある建物の物置・・・もといオフィスにセレナーテの声が響き渡る。

「ん、何が始まるのだ?」

「何って、このためにあのアマテラスん所にあんたを行かせたんでしょうがぁ。キリヤを覗き見するわよ」

「のぞき見って・・・それの何が面白いのだ?」

 首を傾げたセテに、セレナーテが憐みの目を向ける。

「そのムカつく顔をすぐ止めなければ、もう一緒にアニメを見てやらないぞ?」

「ああ~~! ごめんなさい! 謝るから機嫌を直してよセテぇ・・・」

 友達が皆無なセレナーテには、この手の脅しが一番効くのをセテは理解していた。

「それで、具体的にはキリヤの何を覗くのだ?」

「戦いだけど?」

「ほう、それは確かに面白そうだ。それで相手は? キリヤのレベルとなるとコボルドあたりか?」

「いや、ガロ・ポゥよ」

「ガロ・・・なんだって?」

「ガロ・ポゥよ。獣人集団のリーダーで、アビリティ持ちでレベル18の白虎族の奴」

「・・・ん? 私の聞き間違えか? 獣人集団のリーダーで、アビリティ持ちでレベル18の白虎族の奴と聞こえたのだが・・・?」

「あってるわよ? そいつとキリヤが今から命を懸けて戦うの。面白そうでしょ?」

「・・・ふむ・・・なるほど・・・そうか・・・・」

 納得したように頷くセテだったが次の瞬間——

「こォんのバカちんがぁぁぁぁぁぁあああああああああーーーーーーーーーーっッ!!」

 部屋の外にまで響き渡る大声をあげた。

「ど、どうしたのよ、いきなり大声をあげて」

「どうしたもこうしたもあるかっ! キリヤが死んでしまったら、貴様のしょうもない計画も台無しになってしまうのだぞ!? そうなれば私も・・・ああっ、お終いだ・・・!」

 死神界隈で期待の新人と言われていたセテも今や落ちこぼれ扱い(セレナーテの所為)

 今度こそ爪痕を残さなければ、セテの出世は一生無理と言っても過言ではないのだ。

「まあまあ落ち着い・・・・ん、今しょうもないって言わなかった?」

「黙れ。もういい、私は今からキリヤを助けに行く。何が何でも私は出世をするのだ!」

 部屋を飛び出そうとしたセテを、背後からセレナーテが抱き留める。

「ダメだから! 勝手に支配領域に侵入したら、出世どころか追放もあり得るから! お願い落ち着いて!」

「このままいってもどうせ計画失敗だろうが!! 私はキリヤを救い出すぞ! そして悪しき女神の計画から哀れな人間を救い出した死神として、他の神に売り込むのだ!」

「あんたそんな腹黒なこと考えてたの!? シンプルに恐ろしいんですけどっ!?」

「ええい、離せ!」

 そしていつものようにセテと、セレナーテの取っ組み合いが始まる。

 そしていつものように、根負けしたセテのあらい息が部屋に響き渡った。

「ぜえ・・・ぜえ・・・分かった・・・分かったから、離してくれ・・・」

「よし、大人しくなったわね。それじゃあ一緒に鑑賞会としゃれこもうじゃないの」

 息一つ乱さないセレナーテが手をかざすと、例のごとく空中にウィンドウのようなものが現れた。

「ちょっと待っててね~~・・・今映し出すから・・・」

 作業をするセレナーテを見つめながら、セテはふとした疑問をぶつける。

「——それで、根拠はなんだ?」

「ん、根拠って?」

「計画の失敗が確定するとなれば、いくらお前であろうと焦るはずだ」

 セレナーテは何も考えていないようで、実は意外と考えている神だ。そんなセレナーテが、ただ面白そうだからとキリヤを見殺しにするとはセテには思えなかった。

「お前、キリヤについて何か隠しているな?」

 セテの問いかけに、セレナーテは笑みを浮かべる。

「その通りよ・・・っと、映った映った」

 そういうと空中のウィンドウに、獣人と対峙しているキリヤの姿が映し出された。

「まあ、見てれば分かるわ」 

 何か言いたげな様子のセテだったが、大人しく鑑賞することに決めたようだ。

「おっ、キリヤの奴、挑発したみたいよ? あのイキり様だと、どうやら自信を取り戻したみたいね。これなら安心でしょ」

 そんなセレナーテの言葉に、セテはキリヤの事を見つめるが——

「・・・いや、どう見ても瞬殺されるだろコレ。相手は弱ってるみたいだが、ステータスの差が大きすぎるぞ・・・」

 セテの言う通り弱体したとは言え、ガロのステータスは依然高いままだ。

「本当に大丈夫なのだろうな?」

「んあ? 大丈夫、大丈夫・・・・・・・・・・・・多分?」

「多分とはなんだ!? クソッ、やはり今からでも私が——」

「お、始まった」

 セレナーテの言葉に視線を戻すと、ウィンドウに映し出されたガロが、キリヤを仕留めようと動き出したのが見えた。

 そして———

「———————— なんだこれは!?」

 セテは目に映った信じられない光景に、言葉を失った。

「ほらね。大丈夫でしょ?」

 セレナーテは、ガロの攻撃をかわしたキリヤを見て得意げな顔をする。

「何故だ? ステータスが低いキリヤにあの攻撃が躱せるはずがない・・・」

「キリヤのステータスが低い? よく見てみなさいよ」

 セレナーテの言う通りキリヤを注視するセテだったが、やはり変化はない。

「・・・いや、何も変わら——・・・なに?」

 それは、キリヤが再びガロの攻撃を回避した時だ。

 ガロが動き出す直前、キリヤのある一つのステータスが爆発的に変化した。

「——智のステータスがC50・・・!?」

 何故かキリヤが攻撃をかわす瞬間、智のステータスだけが驚異的に伸びているのだ。

「一体どういうことだ!?」

「まあまあ落ち着いて。気持ちはわかるけどさ・・・・まあ、付けた私たちが言うのもなんだけど、ステータスとかスキルの名前が、効果と一致して無いことが多いわよね・・・」

 ため息交じりのセレナーテは語り始める。

「つまり智のステータスは、単純に頭の良さを示しているわけではなくて、脳の処理速度の速さを示しているの。極端な話、このステータスが高ければ高いほど一瞬のうちに考えられる時間が延びるってことよ」

「ステータスについては私も知っている! 私が聞きたいのは、どうして智のステータスが瞬間的に上がるのかだ。こんなことはあり得ない!」

 アビリティ、スキルともにステータスを上昇させるものはキリヤは習得していない。

 だから、このようなケースは本来決して起こり得ないのだ。

 混乱をするセテをおいて、セレナーテはウィンドウに映るキリヤを見つめながら語りだす。

「・・・あいつはね、自分で神に選ばれた天才だなんて言ってるけど、実際はそんな大した人間じゃない。頭や運動神経は並外れていいみたいだけど、それぞれの分野で上には上がいるわ。何ならキリヤより高水準なオールラウンダーなんて五万といるしね」

「・・・・なんの話を——」

「——でもね。あいつにはたった一つだけ他の人間と違う点があった。まるで異常ともとれる一つの能力が」

「——・・・・・・まさかっ!」

 ただ一つセテには思い当たることがあった。

「———・・・『バグ』なのか?」

 セテの考察が正解と言わんばかりに、セレナーテは口角を吊り上げる。

「・・・流石セテね。その通り、キリヤは『バグ持ち』よ」

「そんなことが・・・」

「———私たち神の超劣化コピーとして生み出されたのが人間。そしてそのプロトタイプとなったのが一番最初に作られた地球人。だけど中には試作品ゆえの物なのか、神の因子が濃く受け継がれてしまった特別な個体が生まれることがある」

 それは絶世の美女と呼ばれる美しさを持つ者、異常ともとれる頭脳を持つ天才、そして超常な力を扱う者と様々だ。

 その異常が確認されたとき、神々はこぞって原因を探った。

 しかし結果としてその原因を突き止めた神は一柱といない。

「それらの者を私たちはいつからか、『バグ持ち』と呼ぶようになった・・・・・まあ、要するに地球人版のアビリティってことね」

 数こそ少ないが確かに存在するもの、それが『バグ』。

「まあ、これは試作品である地球人限定の物なんだけどね。現に改良バージョンの異世界人にバグは発見されてないし、アビリティほど強力じゃないから、それほど気にすることはないって話だし」

「能書きはいい。それよりキリヤのバグの効果は?」

 また勿体ぶろうとしたセレナーテだったが、セテの眼力に負け渋々答える。

「大体予想はついているとは思うけど、あいつのバグは脳の処理速度をほぼ意図的に向上させることができるのよ。つまりあいつは何らかのきっかけで、目の前の景色をスローで認識することができるの。それもタキサイキア現象や、ゾーン状態なんてちゃちなレベルじゃなくてね」

「それが智のステータスが急に上がった理由と、攻撃を躱せた理由か・・・」

 人間は鳥のように早く空を飛べたとしても、早すぎる景色に脳の処理が追い付かず、いずれどこかに激突してしまう。

 その様な事を避けるため、速のステータスと対なす智のステータスが作られたのだ。

「前に言ったでしょ? キリヤは中身はふさわしいけど、身体的にふさわしくないって」

「そういえばそんなことを言っていたな」

「実際どんなに優れた地球人でも、異世界に行けば一概に弱くなるわ。個体として異世界人の方が桁違いに優れているからね」

 それはバグに関しても同じだ。

「でもね。あいつだけは、キリヤだけは違うの。あいつのバグは異世界でも通用してしまう。だからテストの被験者として、身体的にふさわしくないの。異世界で通用するバグなんてイレギュラーすぎるもの・・・」

 セレナーテの言う通りいくらレベルを与えられようとも、あの低レベルで異世界の住人に通用している時点でおかしいのだ。

「そりゃあ喧嘩にも負けたことないはずだわ。だって攻撃が全部見えているんだもん。おまけに運動神経も悪くない。たちが悪すぎるわね」

「だがそのおかげで今、最悪なケースが避けられているのだろ? キリヤが死んでしまったらすべてが終わりだからな」

「まあね」

 そういうとセレナーテはウィンドウから視線を外す。

「ま、ダメだったら他の計画を考えるまでよ。代わりのオモチャはいくらでもいるしね」

 神らしい身勝手な発言に、内心ため息を吐きつつセテはただウィンドウに映し出された光景を見つめた。


    ♢


「くっ——」

 もう何度目なのか分からない・・・強烈な袈裟斬りを最小限の動きで避ける。

体感でもう一時間は経った気もするが、実際は数秒くらいかもしれない。そして——

 ——この攻防の中、俺は一度もガロに反撃ができていなかった。

「ちょこまかとッ! いい加減くたばれッ!」

 怒りの形相のガロに、散りそうになった集中を無理やり引き戻す。

「——ッ」

 改めて脳裏に浮かぶスイッチを押すと、俺を含めたあたりの時間が、急激に引き延ばされる。今この場で普段通りの速さを保っているのは俺の思考のみ。

 ———確か俺の姉が死んだ頃からだ。

 その頃を境に俺は、意識を集中させると目に映る景色を高速で処理できるようになっていた。

 この現象を俺は『超反応』と呼ぶことにしている。

 人間の脳は10%ほどしか使われてないというが、もしかしたらそれ以上を使えているという事なのか。いずれも原因は分からない。

 ただ一つわかっていることは、脳裏にスイッチをイメージしてそれを押すと、この状態に入りやすくなるという事だ。

 ——このように。

「——!!」

 返す刀で繰り出された攻撃を、屈んでやり過ごす。

 だが、ここで気を抜いてはいけない。攻撃はまだ終わっていないのだから。

「がぁッ!!」

 ガロの動きを一挙一動見逃してはいけない。

 それを一つでも見逃した瞬間こそ、俺が死ぬ時だからだ。

 ガロの上半身の動き、目線から次の動きを予測する。

 ——次は上段からの真向斬りだ。

 俺はガロが攻撃の構えが終わる前から動き出す。そうしないと攻撃を躱せないからだ。

 クソ、スローで捉えているはずなのにガロの動きが速い。

 周りはゆっくりなのに、ガロだけが普通に動いている感じだ。

 ——当たり前か。ガロのステータスは俺をはるかに凌駕している。

 それにこの能力は俺の意識だけが早くなるだけで、当然俺の動きは向上しないのだ。

「——っぶねッ!!」

 何とか半身を引くことで今の攻撃は躱せたが、今のは危なかった。

 徐々に俺がガロの動きについていけなくなっている証拠だろう。

「——痛ッ!?」

 突如ひどい頭痛が俺を襲う。 

 ——クソッ、使いすぎたか!?

 超反応の副作用だ。

 この能力は使いすぎるとひどい頭痛を引き起こす事がある。

「しつけぇぞッ!!」

「——うるせぇ!」

 次の攻撃もなんとか読み切って躱したが、このままじゃジリ貧だ。

 超反応も少し間を置かないと精度が落ちる。

 ——何とかスキを作らねぇと・・・。

 だがどうやって? 毒がまだ付着しているショートソードで攻撃すれば隙はできるだろうが、一番威力がある『不意打ち(バックスタブ)』でさえ大きなダメージを与えられなかった。

 となれば『強打(パワーブレイク)』を発動したとしても、傷すら与えられない可能性が高い。

 ——・・・・賭けに出るしかないな。

 どちらにしろ、あと一撃躱すくらいしか集中力はもたないだろう。

 やるしかない・・・・動き出すのは次の攻撃を躱した瞬間——

「———死ねッ!!」

 ——今ッ!!

 攻撃を躱すと同時に俺は脚に装着された投擲用ナイフを取り出す。

 盾と一緒にダガ―を握りこんでなくて正解だったな。

 俺はその投擲用ナイフを、ガロ目掛けてではなく、大きく上に投げた。

 ——するとどうだろう。ガロは面白いくらいにナイフに釣られ、大きく上を向いた。

 俺のアビリティの効果だ。

「——はあっ!?」

 ガロ自身自分の行動に驚いているようだったが、俺だって一応アビリティを所持しているのだ。舐めてもらっちゃ困る。

「くらえッ!」

 その隙を逃さず俺はレッグポーチに手を伸ばし、中から黒い球を取り出した。地面に叩きつけた。

 グシャの話が本当なら、この『煙幕の球』を使えばそれなりの時間稼ぎにはなるはずだ。

 軽い破裂音と共に、煙幕の球が破裂した。すると軽い刺激臭と共に黒煙が辺りを包む。

「ぐうッ! 煙幕か!? 小癪な!」

 ——思ったより煙の範囲が広い。

 直径でおよそ10m位に黒煙が広がった。一つでもそれなりの効果があるみたいだ。

「——リン!」

「・・・キリヤ・・・君・・・」

 ガロが煙に気を取られているうちに、俺はリンの元へ駆け寄る。

「ポーションだ。傷が癒え次第また煙幕を張るから、俺と一緒に奴を引き付けるぞ」

 本当は逃げ出したいというのが本音だが、追いつかれる可能性の方が高いし、何よりこのままガロが街へ乗り込むことだけは避けたい。

 何とかしてアルが来るまで持ちこたえねえと・・・。

 取り出した小瓶のふたを開け、抱き起したリンの横腹に惜しげもなくぶちまける。

 ——これで立ち回りが幾分か楽になるはず・・・。

「なっ——どうしてだよ!?」

 だが、そんな俺な淡い希望を打ち砕くかのように、傷は癒えなかった。

「・・・ううっ・・・!」

 苦しそうに呻くリンを前に愕然とする俺へ、煙の中から声が届く。

「——ポーションなんかが効くわけないだろう。それは『呪い』なんだよ」

効果が切れたのか、嘘みたいに一瞬で黒煙が晴れる。

「呪い・・・?」

「・・・多分・・・あいつが持っている剣の・・・効果だと思う・・・」

 腕の中のリンが、ガロの剣を見つめながら言う。

「・・・なるほど・・・魔剣の効果って訳か・・・」

 あの赤みがかった刀身、おそらくあれは魔剣だ。

 ——アルに聞いたことがある。魔剣にはステータス同様ランクと言うものがあって、C ランク以上の魔剣には特別な効果があるのだとか。

「ご名答。お前の言う通りこいつは魔剣でな、傷を回復不能にする呪いを授けるんだ」

「クソッ、なんだよその後付け設定は・・・!?」

 呪いは神官ギルドへ行かなければ解けない。つまりこの場での治療は不可能という事。

「希望が潰えたなぁ! 安心していいぞ? お前にはこの世で一番苦しい——」

「——ふんッ!」

 ガロの口上を遮り、俺は再び煙幕の球を地面に叩きつけた。それも一つではなく、握れるだけ多く握ったので、この開けた場所いっぱいに黒煙は広がる。

「退くぞ」

 そう言うと俺はリンを抱え森の中へ逃げこみ、走り続けた。

だがこのまま逃げるつもりは無い。というか逃げられないだろう。

「・・・聞いてくれ。このまま逃げてもどうせ捕まって終わりだ。だからリンはどこかに身を隠してくれ。流石に庇いながらだと一瞬で殺られかねない」

「・・・キリヤ君は・・・?」

「———・・・まあ、やれるだけやってやるさ」

 諦めるのは論外。可能性がある以上最後まで足掻いてやる。

「・・・あなただけでも——」

 その時、後方の方で物音がした。

 ——もう追いついてきやがった。

「——おい! こっちだッ!」

 俺はリンを木の陰に降ろすと、反対側へ走り出した。

「クソッ、走りにくい・・・」

 昨日の雨の所為か、日差しの届かない森の中は、ぬかるんでいた。

 ただでさえ機動力は向こうの方が上なのに、これじゃあ追いつかれるのも——

「————ッ!!」

 直感的に危機を感じ取った俺は、すぐ横の木の陰に飛び込んだ。

 ——それとほぼ同時に、背後でとてつもない音が響き渡る。

「ほう、勘がいいな」

 振り向くとそこには、膝をついているガロの姿があった。

「だがもう逃がさない。お前のちんけな命はここで終わる」

 相変わらずガロは俺に殺意マックスだが、そんなことはどうでもいい。

 今俺が気を引いているのは、ガロの足元に続く長い溝だ。

 ——格好といい、コイツもぬかるみに足を取られたのか?

 普通に考えてみればそうだ。ガロも同じ生き物なのだから足を取られない道理はない。

 ——それならまだ手はある。

「もうその手のセリフは聞き飽きたよ。口じゃなくて手を動かせ、手を」

「・・・・・・いいだろう————」

 頭痛ももう消えた。スイッチもすでに浮かんでいる———準備は万端だ。

「——オラァ!!」

 頭のスイッチを入れ超反応状態に。俺は回避行動に移る。 

 だが・・・。

 ———速いッ!?

 ガロの動きは、先ほどよりも一段と速かった。

 心なしか、体を薄く赤い光が覆っているようにも見える。

 ・・・そして剣が真上から振り下ろされた。

 ——まさか、これがアビリティスキルってやつかッ!?

 けして油断していたわけではない。だが甘かった。

—————この攻撃は躱せない。

「———くッ!?」

 即座に攻撃を躱せないと判断した俺は、左手のバックラーを動かし、ガロの剣と俺の間に割り込ませる。

 成功する確率はかなり低い。だが、やらなければどっち道死だ。

「——受け流し(スルー)ッ!」

 一か八か俺は『受け流し(スルー)』のスキルを発動させる。

 ——瞬間、左手にこの世のものとは思えない衝撃が走った。

「ぐッ・・・ああああああぁぁあ!」

 『受け流し(スルー)』とは、相手の攻撃を防具や武器で受け止める際に、微量な衝撃を武器の間に生み出し、攻撃を外に流すというスキルだ。

 使い方さえ完璧なら、それなりに使える防御スキルなのだが・・・。

 ———クソッ、角度が悪い!!

 ガロの剣と接触しているバックラーの面積が大きい。これじゃあ衝撃をうまく分散させることが困難だ。

 だが受け流さなければ俺が死ぬ。

「——ッソがあああぁ!」

 俺はなんとか無理やりに左手を動かし、結果攻撃を受け流すことに成功した。

 代償として、バックラーの半壊および左手の骨が逝ったかもしれないが・・・。

「なにッ!?」

「くっ・・・ああぁぁぁああッ!」

 動揺したガロのスキを突き、痛みに震える手で煙幕の球を地面に叩きつけた。

 そして黒煙が噴出すると同時に踵を返し、木を縫うようにして走り出す。

 遮蔽物を多く巻き込めば、足場の事もあり、それなりに時間を稼げるはずだ。

 そして少し距離を開けた俺は、また木の陰に身を隠しポーションを取り出す。

「チッ、残り4本か・・・」

 左手にポーションを振りかけながら、俺は考える。

 煙幕の球も残り5個。後はカンテラ用の油が一本と、解毒剤が二本。

毒の小瓶は使い切ってしまったので、ショートソードに塗り込んであるので全てだ。

「この調子で時間を稼ぐとしても、長時間は無理だな」

 せめてほかに何か道具があれば・・・。

「——いや待てよ、あるじゃねえかもう一つ・・・!」

 俺はレッグポーチではなく、懐の内ポケットに手を伸ばす。

「これをどう活かすかだが・・・」

 俺は手に握ったものを見つめ思案する。

「おい、何処に隠れやがったッ!!」

 近くでガロの声がした。

 ——このまま隠れていたら目標をリンに移すかもしれない。時間はかけられないな——

 少しして、息を整えた俺は木の陰から姿を現すと、ガロに向かって叫んだ。

「猫のくせに鼻が悪いなぁ! どこ見てやがる、こっちだボケッ!!」

 おそらく鼻が利かないのは、煙幕の臭いの所為だろう。思わぬ副作用に助けられた。

「——そこか!」

 俺を視認したガロは飛んでくるように、距離を詰める。

 俺は再び木の陰に身を隠すと、投擲用ナイフを取り出した。

 それと同時にガロは、泥をまき散らし、目と鼻の先に現れる。

「——ふッ!」

 瞬間俺は、ガロ目掛け投擲ナイフを投げた。

 狙いは目。どんなにレベルが高い者でも、目を狙われたらただじゃ済まない。それはあの猿獣人の時に実証済みだ。

 俺の手から放たれたナイフは、回転しながらガロの左目に向かって飛んでいく。

「ハッ!」

 自分に向かってくるナイフを見た途端、鼻で笑い飛ばすガロ。

 ガロから見たら俺はただの雑魚だ。いくら弱点を突いた攻撃だろうが、俺程度の攻撃は見てから余裕で躱せる。

 予想通りガロは上半身を振り、余裕でナイフを回避しようとした。

 だが、一つガロは忘れていることがある—————それは地面のぬかるみだ。

 ただでさえ考え無しの高速移動、当然足はとられるはず。

 それに加え、不安定な体制でナイフを避けたらどうだろうか。

「——ぬおおォッ!?」

 答えは見ての通り、ガロは完全に泥で滑り転倒した。

「・・・・・・ハッ!」

 見事に転倒したガロの姿を見て、俺も同じように鼻を鳴らす。

「ッッッ!! キサマああああぁああああああぁぁぁぁッッ!!」

 屈辱に顔を歪ませるガロは、咆哮しながら俺に飛び掛かってくる。

 振り下ろす剣は単調で、感情に任せた一撃だ。

 ———かかった。

 やはり表面上はどうあれ、ガロは頭に血が上りやすいタイプのようだ。

 技で来られたら流石に厳しいが、単調な攻撃ならまだ捌ける。

 俺は壊れたバックラーの代わりにダガ―を抜くと、二刀の構えを取った。

 そして振り下ろされる剣に対し、今度は右手の逆手に持ったショートソードを動かす。

 ——そしてスキルを発動させた。

「『受け流し(スルー)』ッ!」

 先ほども言った通り、『受け流し』のスキルは、武器がぶつかった瞬間に衝撃を生み出し攻撃を外に逃がす効果がある。 

 ——そのスキルの衝撃と、単純な剣を叩く衝撃が合わされば。

 存外強力な攻撃も、真横からの衝撃には弱かったりする。

 俺は振り降ろされた剣の側面を、『受け流し』スキルを発動させながら、強く叩いた。

「——ッし!」

 するとどうだろう、右手に走る衝撃は並の物じゃないが、今回は無傷で攻撃を流すことに成功した。

「クソがッ!」

 攻撃を流されたガロは、ただひたすらに俺を叩き切ろうと剣を振り回す。

「スーッ——」

 対する俺は呼吸を止め、ガロの動きをよく見る。そして剣線のルートをある程度予測すると、そのルートにちょうど剣先が当たるよう両手を動かす。

「——ッ! クッ! ツッ!」

 一撃、二撃、三撃、と振るわれる攻撃を二つの刃を使い最小限の動きで、最強に、最速で、最適に剣の横腹を叩く。

 そして体中の全神経を総動員させ、その強引に作ったスペースに体を滑り込ませる。まるで針に糸を通す様な作業だ。おまけに失敗すれば即死という最大級のプレッシャー付き。

 現に今にも脳が焼けきれそうだ。両の手も響き渡る衝撃に悲鳴を上げている。

 ——でもまだだ。まだいける。頭も手も痛いがまだスローで見える。手も折れてない。

 ——まだ死んでない。

 ・・・てめえがバテるまでいくらでも————

「———ッ!?」

 ————そう俺が内心で覚悟を決めようとした時だった。

「ガアアアアアッ!!」

 しびれを切らしたのか、ガロはついに剣だけではなく前蹴りを放った。

「———ッッグウッ!!」

 ——剣の攻撃だけに意識を配っていた俺は、無抵抗でその蹴りを腹に食らってしまった。

 ・・・車に撥ねられたような衝撃だ。

 蹴鞠のように吹き飛ばされた俺は、何度も転がりやがて木に激突して止まった。

「————げッ・・・カハ・・・ゴボッ!! ・・・ヒュー・・・!」

 何か熱いものがせりあがり、こらえきれず吐き出してしまう。

 ———血だ。吐血・・・まずい・・・内臓を損傷した可能性が高い。

 運が良かったのか、レベルの上昇により体が強化されたのか理由は不明だが、ショック死だけは避けられた。だがこのままだと死ぬことに変わりない。

「——ッ・・・・う・・・・」

 何度も意識を手放しそうになりながらも、なんとかポーションを取り出す。

 そしてなんとか腹にぶちまけると、幾分呼吸が楽になってきた。そしてもう一本ポーションの栓を開けると、今度はそれを一気に飲み干す。

 ファンタジー世界じゃなければこれで死んでいただろう。ともかく傷は完全に治った。

「くそっ・・・」

 だが、すぐ近くにガロが迫ってきている。

 俺に一撃を入れてだいぶ怒りが収まったのか、表情には余裕が表れている。

「いいザマだな。それが身の程をわきまえなかった奴の姿だ」

 咄嗟に立ち上がろうとしたが、多く血を吐き出した所為か、ふらついてしまう。

「何・・・言ってんだよ・・・どっからどう見ても元気だっての・・・眼科行け・・・」

 強がってはみたもののかなりまずい状況だ。

 ふらつきは何とかなるとしても、超反応はまだ使えないだろう。

 そうなれば俺なんか一瞬で叩き切られておしまいだ。

「ハッ! いいぜ認めてやるよ。お前は確かに大した奴だよ。俺でも驚くような口先だけで実力が伴ってない、とんだ勘違い野郎だ!」

 くそっ、好き放題言いやがって。

 何か手は残されてないか高速で案を絞り出す。だが、どれも有効な手段とは思えない。

 ——・・・万事休すか。

「———ハハッ!」

 一瞬諦めかけた自分を笑い飛ばす。

 レナにあれだけ説教じみたことを垂れといて、真っ先に俺が諦めてちゃダサすぎる。

 諦めるのは死んでからでも遅くない————いいぜ、悪あがきだろうがやってやるよ。

「気でも狂ったのか?」

 ガロと俺の距離はもう数メートルほどだ。

「哀れだな。今楽に——」

 ガロの攻撃圏内のちょっと外、完全に油断しているガロに向かって——

「ファイアーボールッッ!」

 俺はダガ―を手放すとファイアーボールの魔法を放った。

 この行動はただの悪あがきではなく、ちゃんとした理由がある。

 それはこの暗闇だ。この薄暗い闇に順応した目に急に光を当てたら眩むはずだ。

 いかにそれが小さい火の光だろうが、眼前で発動すれば効果はある。その隙を突ける。

「——クソッ!!」

 ——と思っていたのだが、俺の目論見は見事に失敗した。

 考えてみればそうだ。俺は詠唱をしていない。そんな魔法がどうして狙ったとこに行くのだろうか。そんな常識的なことを俺は発動してから気づいた。

 そして、火の玉は予想通り明後日の訪欧へ飛んでいく。

「——ッッ!?」

「———・・・は?」

 ——ただ一つ予想と違ったのは、ガロがその小さく出鱈目な方向に飛んでゆく火の玉に対し、大きく後退した事。

「なん・・・で?」

 あまりの事に一瞬理解が追い付かないが、無理矢理頭を回転させる。

 ——そういえば、あの場所に居た奴らは何故火を焚いていなかったんだ?

 毒で伸びている獣人たちがいた場所には、焚火をした跡がなかった。

 ただ火を起こすほど面倒だったとか、あの薄暗く光る植物の方が使い勝手がいいとか、色々理由はあるのかもしれない。

——だがもし、獣人の弱点が火だとしたら・・・!!

「——オーダー!! 彼のものを貫け———」

 そう直感したと同時に、俺は詠唱を開始する。すると手のひらから一つの小さな魔法陣が現れた。

「——ファイアーボールッ!!」

 詠唱を用いた魔法は、今度こそ真っすぐとガロへ飛んでいく。

「くっ———」

 俺の考察を裏付けるようにガロは更に大きく後退し、旋回し始めた———間違いない。

 火が弱点だと察した俺はファイアーボールをひたすら発動する作戦に切り替える。

 魔法の目的はあくまで牽制、威力は必要ない。重要なのは発動までの速度、つまり詠唱は必要最低限の軌道を制御するものだけでいい。

「——ッ!! クソがぁッ!」

 悪態をつきながらもガロは簡単に躱した。

「オーダー———!!」

 即座に次の詠唱を始め、次々とファイアーボールを放つが、その全てをガロは躱す。

 その間に落ち着きを取り戻したのか、再び俺に憎しみの視線を向け始めた。

 足場が悪いため旋回速度はそれ程ではないが、時々木に遮られるため、いつ襲い掛かってくるかわからない恐怖が俺を襲う。

「クソッ、なら———オーダーッ!! その道筋を惑わせよ、ファイアーボール!」

 その恐怖を振り払うよう、今度は魔法の軌道を曲げる詠唱を取り入れて放つ。

「ふん」

 だがガロは、俺の小細工などを見透かしたかのように、魔法を回避した。

「なんでだよッ!? ——オーダーッ!!」

 次々と魔法を放つが、ことごと軌道を読まれ避けられてしまう。

 ファイアーボールの魔法は威力が小さい代わりに、速度上昇の詠唱なしでもそれなりの速度がある。だからいくらガロのステータスが高かろうが、足場の悪いこの状況でここまで躱されるのは流石におかしいのだ。

 ——まさか!?

 曲線を描いた火の玉を躱したガロを見て俺は理解する。

 ガロは俺と同じように、魔法の軌道をあらかじめ予測して動いているのだ。

 ——詠唱か!

 ガロは俺の詠唱を盗み聞いて、軌道を予測しているんだ! 

「オーダーッ——」

 詠唱は口に出さないと効果が無い。例えどれほど声量を下げようと、奴のレベルなら俺の声を拾うだろう。

 弱点が火だと気づいたのはいいが、このままいたずらに魔法を放っても当たるとは思えない。だが、脳の処理速度を上げるのにももう少し時間が掛かるし、何よりこれ以外の有効手段が思いつかない。まさに八方塞がりだ。

 奴もそのことに気づいたのか、口元に笑みを浮かべている。

 ——何かないのか!? なんでもいい、あいつを一発で倒せる力なんて贅沢は言わない。ただ・・・ただこの詠唱があいつに分からないように・・・例えば、そう———詠唱を誤魔化せることさえできれば——

「万策尽きたようだな。雑魚が」

 ガロが俺に飛びついてくるのも時間の問題だろう。

 ・・・策なんぞ遠の昔に尽きている。

 だが一つだけ、この状況を打破できる可能性があるとする手があるとすれば、あれしかない。

 ———アビリティスキル。

 ガロの奴がいきなり強くなったのも、そのアビリティスキルとやらのおかげだろう。

 俺はアビリティスキルについては詳しく知らない。どんな状況で、どんな手段で、どの条件で発動するのか全くの謎だ。

 だが今はどれだけ薄い望みだろうと、どれだけのご都合主義だろうとそれにすがるしかない。

 ———俺のアビリティ・・・お前とは一ヶ月と決して長い付き合いではない。だけど・・・少しでも持ち主を守る気概があるなら———俺と一緒に消えたくないなら———

 ———何でもいいよ。何でもいいから・・・俺に力を与えやがれッッッ!!

「——ッッ!?」

 その時、突如寒気が俺のことを襲う。

 この寒気は・・・知っている・・・・これは——


『アビリティスキル「偽称(ぎしょう)詠唱(えいしょう)」を獲得した』


俺が直感すると同時に、脳裏にこの文字が浮かんだ。そして使い方も———

「おおおおッ!!」

 ガロは木に爪を立てると旋回を止め、俺へ一直線に向かってくる。勝負をかける気だ。

 対する俺はというと——

「彼の者を貫け・・・・ファイアーボール」

 そのまま詠唱を完成させ、魔法を放つ。ガロの口角が上がったのが分かる。

 それもそうだろう。俺の詠唱を聞いたガロは、魔法の軌道は簡単に読めるはずだ。

 つまりこの場合ガロは、体をひねるなりすれば簡単に避けることができるのだ。

 ——だがガロは、迷わず直進を選びそのまま火の玉を顔面で受けた。

「グッ・・・ギャウッ!?」

 ガロは顔を押さえ再び後退する。

「・・・なるほど、これがアビリティスキル・・・『偽称詠唱』ってわけか」

 ガロは俺の詠唱を一言一句逃さず聞いていたはずだ。魔法を直進させる詠唱を。

 ——なら何故ガロは、火を避けることができなかったのか。

 答えは簡単・・・ガロには俺の詠唱が魔法を曲げる詠唱に聞こえていたからである。

 魔法がカーブをすると読み、魔法を置き去りにするため直進した結果、直撃したのだ。

 ———これが『偽称詠唱』の効果。発動者を除く周囲の者は、発動者の詠唱を誤聴する。

 ——もしかしたらアビリティスキルというヤツは、その時の願いに反応して発現するのかもしれないな。じゃなければこんな限定的なモノが発現するとは思えない。

 だが要は使いようだ。このスキルさえあれば、もっと有利に立ち回れるはずだ。

「んじゃ・・・どんどん——」

 ——行こうか、という言葉は出てこなかった——倦怠感に俺の体がふらついたからだ。

「——ッ!? ・・・んだコレ・・・?」

 この倦怠感は、再び俺がスキルを発動させようとしたときに訪れた。という事は——

「・・・まさか・・・魔力が尽きかけているのか・・・!?」

 どうやら幸運はそう長く続かないらしい。

 思えば、『受け流し』や『ファイアーボール』を連発しすぎた。魔力切れを起こさない方がおかしい話だ。それともアビリティスキルが特別消費量が高いのか?

「——くッ!」

 とにかく俺はふらつく体に鞭を打ち、俺は煙幕の球をあるだけ地面に叩きつけた。

 そしてその煙幕に紛れ、再び距離を稼ぐ。

「——なんとか時間を——」

 ——後ろに気配が生まれる。

——まさかもう追いついてきたのか!?

 振り向くと煙幕の壁を抜け、俺を視界にとらえたガロの姿が見えた——と思うと同時に俺との距離を一瞬で詰め、首を掴み上げる。

「———かはっ・・・!?」

「おおおおおおらアッ!」

 そしてそのまま俺を振り回し、遠心力をつけて投げ飛ばす。

「づウッ——!?」

 長い浮遊感の後、背中に強い衝撃を受けた。どうやら木にぶつかったらしい。

「ごホッ、ゲホっ——」

 前回よりダメ―ジはないが、それでも痛い事には変わりない。

 そんなもがき苦しむ俺に、ガロはゆっくりと歩いて近づいてくる。

「——くっ」

 木に寄りかかりながら、なんとか体を起こした俺はレッグポーチに手を伸ばす。

「まだだ・・・くらえッ!」

 そして手に握ったものを先程と同じように、真上へ投げる。

 ——だが今回、 ガロが釣られて上を向くことはなかった。

 俺にそのまま近寄ると、今度は頭を掴み上げ木に押し付ける。

「もうその手には掛かるものかっ!!」

「——ぐっあああッ・・・!?」

 ——もう少しのはずだ。

「くだらん小細工はもういい。所詮貴様はこの程度だ」

 時間が無限に感じる。だが、それほど高くは投げてないはずだ。 

「汚らしい脳みそをぶちまけて死ねッ——!?」

「グッ・・・・あああああああああああッッッ!」

 そしてあたりには何かが砕けたような音が響き渡る。それは当然俺の頭蓋が砕けた音—————ではなく小瓶が砕けたような音だった。

「——ぬおっ、なんだコレはっ!?」

 突如自分の頭を湿らした液体にガロに動揺が走る。

 その隙を俺は見逃さない。俺はガロ声を頼りに顔面を握り返すと——

「ふぁいふぁーぼーう!!(ファイアーボール)」

 そしてゼロ距離かつ無詠唱で、ファイアーボールを放った。

「——ぎいいいいいああああああッ!?」

 その悲鳴と共に、ガロ頭部が炎に包まれた。そしてその火は簡単には消えない。なにせ油が使われているのだから——

 そう、俺が先ほど投げたのはナイフではなくカンテラ用の油だ。

 そしてそれに勘づかれないよう、アビリティの効果を俺自身の体に使った。

 結果、俺自身に釘付けになり、油に気づくことはなかったというわけだ。

「ッづっあああああああああっ!!」

 だが、その代償が俺にも訪れる。

 油が付着した手の表面が焼けたのはもちろんだが、魔法の発射口を塞いでいたせいか、魔力が逆流し腕の内部まで焼けているような痛みがする。

 火は何とか地面の泥に押し付けて消火したが、痛みがひどい。

 一方ガロはなりふり構わず、顔面を地面に擦りつけている。

「・・・残り一本・・・どうする・・・?」

 ポーションを使いながら頭も使う。物資は底をつきかけている。

 魔力はポーションの副作用なのか分からないが、若干回復しているみたいだ。だが、ファイアーボールを打てるほどではない。できて『受け流し(スルー)』数回分くらいだ。

 処理速度上昇は使えるが、『受け流し(スルー)』が連発できない今となっては効果が薄いだろう。

 となると、残された手は——

「———もうちょい休んでてもいいと思うんだけどな」

 泥と火傷でよく表情は分からない。だが先ほどとは明らかに様子が違う。

 静かなる殺意が灯る目でガロは俺のことを見つめると、ゆったりと立ち上がった。

「———・・・まさか貴様にここまで上手くやられるとはな・・・・・認識を改めよう。貴様は俺の敵になりえる相手だ」

「キャラがぶれてるぞ? さっきまでの安っぽいキャラは何処に行ったんだよ」

 何処でスイッチが入ったのか分からないが、雰囲気だけではなく口調までも変わっている。先ほどまでの雑な態度が本性だと思っていたがどうやら違うのか?

 まあ、普通に考えてあれが本性だとすればリーダーなんて務まらないか・・・。

「貴様の強さがどうあれ、こうして傷を負わされたのは事実だ。ならばいつまでも舐めた態度ではまた痛い目を見るのは明白だろう」

 コイツの本当に恐ろしいところは状況を客観的に判断し、切り替えることができるところかもしれないな。

 見通しが甘かったか・・・。ただの激情家ならまだ対処できたかもしれないが、今のように冷静になられると、どんな手も通用する気がしない。

「・・・まだなのか・・・アル・・・」

 そう呟いては見るが、アルが駆けつける気配は一向にない。

「・・・・やっぱ自分で何とかするしかないってことか・・・!」

 甘えた考えを振り払うように、ショートソードとダガ―を構えた。

「——行くぞ」

 初めてガロは構えを取る。霞の構えにも似たソレは、まるで隙が無い。

 ——なるほど、これが本気ってわけか・・・。

「・・・いいぜ・・・やってやるよッ!!」

 距離にして10メートル。逃げられないことを悟った俺は覚悟を決める。

 ———その時


「———待って・・・!!」


 弱々しくも力強い意志を感じさせる声が響く—————正体はアルじゃない。

「——ッ!! リン!? どうしてきた!? 隠れてろって言っただろうが!」

 そう、声の正体はリンだった。片手で傷を抑え、木に持たれながら立っていた。

「・・・もういいの・・・キリヤ君・・・あなたは逃げて・・・」

「まだそんなこと言ってやがったのか!? いいからお前は———」

「あなたはレナの事を助けてくれた・・・なら私も命を懸ける」

「聞いてなかったのかよ!? 俺は———ッ」

「私は十分に救われた・・・・だから・・・逃げて・・・」

 振り返ったリンの顔は、穏やかなものだった。

「リン、わかっているのか。お前が俺に挑めば必ず死ぬ事になるぞ?」

「ええ・・・でも・・・それはこのまま待っていても同じ事・・・なら私は・・・彼を生かすために残された時間を使う・・・! こんな状態でも彼が逃げる時間くらいなら稼げるはず」

「決意は固いようだな・・・いいだろう、お前は後回しの予定だったが、望み通り殺してやる——おい、その間にせいぜい逃げるんだな。必ず見つけ出して殺すが」

 リンが俺をかばうように立ちはだかる。

「最後のわがままを聞いてほしい・・・レナの事を・・・お願い・・・」

 その姿に俺は、シスター・ネールを思い出す。

 数分もあれば逃げられる可能性もあるだろう——だが、俺の答えはもう決まっている。

「あんな生意気な女の面倒なんて御免だぜ・・・やるならテメェでやるんだな」

 レナの肩を引いて下がらせる。

「・・・キリヤ君・・・?」

 ——もうあんなふうな約束は御免だ。

「リン、お前まだ俺が負けそうだとでも思ってるんだろ?」

「・・・え・・・?」

 もう決して、俺の生き方の邪魔はさせない。

「基本的に俺にできないことはないんだよ。良くそこで見とけ」

 俺は再びガロと対面する。

「大した奴だな」

「ああ、自分でもそう思う」

 ダガ―を仕舞うとショートソードの鞘を取り出した。そしてそれに剣を収める。

「何のつもりだ?」

「焦んな。今から俺が編み出した必殺技を見せてやるよ」

 そのまま剣を収めた状態で構えを取る。

「ハッタリ・・・と言い切れないのが貴様の恐ろしいところだな———いいぞ・・・こい」

 油断・・・ではない。今のガロはどんな攻撃でも対処ができるはずだ。

 おそらく本気の俺を討ち果たしたいのだろう。ガロなりの敵に対する敬意ってとこか。

「んじゃ、行くぜ———『剣ビーーーーーーーーーーーーーーーーー―――ムッ』!!」

 掛け声とともにショートソードを振り下ろす。

 留め具がされていない鞘は、遠心力によって飛び出した。

 これこそが俺が戦いのさなか生み出した奥義『剣ビーム』。

 拘束で飛び出した鞘は、回転しながらガロ目掛け一直線に飛んでいく。

 ———そしてガロに軽くぶつかると、カランッと乾いた音を立て地面に落ちた。

「あん?」

「・・・・・・・・・・・・・・は?」

 ガロどころかリンの口からも疑問の声が漏れた。

 当然だが、『剣ビーム』とは別にスキルでもなんでもないので、威力は皆無だ。

「・・・・どうやらハッタリの方だったようだな」

 ガロは呆れかえった様子で、一歩また一歩と俺に近づいてくる。

「・・・・ッ! キリヤ君!?」

 対する俺は動かない。ただガロの行動を目に移している。

 ———まだだ、あと少し・・・

 そしてガロが落ちている鞘を通り越した。次の瞬間——

「———『転移(ワープ)』ッ!!」

 ———俺は一つの魔法を発動した。バラムからもらった『転移(ワープ)』の魔法札である。

 俺の体は一瞬のうちに消える。

 そして次に現れた時にはガロの背後、あらかじめ魔法札を張り付けてあった鞘のもとに出現した。

 ——あの隠れていた時間で仕込んでおいて正解だったな。

 鞘に付いていた魔法札ははじけるように破れた。懐にある発動用の札も同様だ。

 でもこれで完全にガロの背後はとれた。

「なっ——!?」

 不意を突かれたガロは、背後に生まれた気配に振り返ろうとする。

 ——だが、俺の方が早い!!

「『不意打ち(バックスタブ)』ッッ!!」

 正真正銘最後の魔力を絞り出し、スキルを発動した。

 狙う所は決まっている———最初に付けた傷の場所だ。

 俺のショートソードは吸い込まれるように、傷口へ突き刺さった・・・今度は深い。

「ぐっッ!?」

 ショートソードにはまだ毒が付着しているはず、これでより一層ガロは動けなく———

「———ッ!? がああアアッ!!」

 ———突如ガロの肘が俺の横側を捉えた。

「ごはッ!?」

 その衝撃は凄まじく。軽く吹き飛ばされるほどだ。

「キリヤ君ッ!?・・・・痛ッ!」

 意識こそ失わなかったものの、魔力切れとダメージの影響でもう立てそうにない。

 吹き飛ばされたときにぶちまけたのか、レッグポーチから物資が散らばっている。

「ふう・・・ふう・・・」

 息切れが激しい様子のガロはふらつきながら、その落ちた物資に歩み寄る。

 そして解毒剤と、ポーションを拾い上げると自分に使った。

「やはり持っていると思ったぞ? 解毒剤」

 クソッ、最悪だ。今まで命がけで稼いだダメージがチャラにされた。

「・・・回復を使うボスキャラは嫌われるぞ・・・」

「それはお互い様だろう」

 そういいながらガロはゆっくりと、未だ横たわっている俺との距離を詰めてくる。

「それにしてもなぜだろうな。この俺がことごとく貴様の動きにつられたのは・・・・まさか貴様、アビリティ持ちか」

「・・・・さあな・・・・」

「・・・まあいい。こうして相手を見下ろしているのは俺———・・・俺の勝ちだ」

 くそ、まだだ・・・何か手を———

 ———そう最後まで悪あがきをしようとした時———

「———!?」

 俺の耳は、先ほど落とした鞘から、軽く何かがはじけたような音を捉えた。

「・・・・クククッ・・・ハハッ・・・!!」

 それを認識した時、俺の口から自然と笑い声が漏れた。

 ———ああ、聞こえる。

「・・・何がおかしい」

「いや間違ってるぜ、お前。この戦いは俺の勝ちだ」

「ハッ、何を言い出すかと思えば」

「俺がお前に敵わないなんて最初から知ってたよ。だが、俺の勝利条件はお前に勝つことじゃない。時間を稼ぐことだ」

「何を言って——」

「鼻だけじゃなくて、耳までイカレちまったのか? よく聞いてみろよ」

 その瞬間ガロは気づいたようだが、俺はもう少し前から聞こえている。

 ガシャリ、ガシャリと鉄の塊が地面を踏みしめる音が——

「悪いな。俺が持っていた『転移』の魔法札は2枚だ」

 ただ癪に障るだけだったこの音が今は福音の様に聞こえる。

 ———あの白と黒の鎧の音が。

 そして俺はただ一人の名前を呼んだ。

「————頼んだぜ、アル」


「———ああ、任せろ」


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