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異世界交渉術


「む、戻ったか」

 教会の中庭で腕組みをしていたアルが、俺たちに声をかける。

 どうやら、アルの方が早かったようだ。アルの後ろには白い布が掛けられた鎧が二着、荷台に乗っていた。

「おう。アルの方も無事、鎧を手に入れたようだな」

「ああ・・・・・・・・本当に私の分はいらなかったのか?」

「いらねぇって、どんだけ着たいんだよ」

「お、愚か者めッ! 別に着たくなんてないぞっ!」

 その割には鎧の方をガン見しているが・・・。仲間はずれが嫌なのかな?

「おいレナ。これに着替えろ」

「・・・・へっ、着替えろって・・・どこで?」

「んなもん、そこらへんでいいだろ」

「アンタ、デリカシーっていう機能無いの? 男の前で着替えられるわけないじゃん!」

 ふむ・・・そういうもんか?

「分かったよ。じゃあ俺は部屋で着替えてくる」

 そういうと俺は、荷台から鎧を担ぎ上げた——中々重い。

「・・・普通女の子の方が、部屋で着替えるものじゃない・・・?」

 レナが何かつぶやいたようだが、気にしなくていいだろう。


    ♢


「ねえ、アルさん」

 鎧を着替えている最中、私はアルさんに話しかける。

「ん、どうした?」

「あの・・・さ・・・キリヤの事なんだけど・・・」

「あいつがどうかしたのか?」

「いや・・・なんというか・・・」

 いろいろ聞きたいことがあるはずなのだ。例えばキリヤの素性とか、目的だとか

———さっきの事とか。

 でも私の口からは、続きの言葉が出てこない。

「む、もしかして奴に、人には言えないことをされたのか?」

「い、いや、そんなんじゃないよ!?」

「それではどうしたのだ?」

「それは・・・」

 再び開こうとした口を、私は閉じた——やっぱりやめておこう。

「ううん。やっぱり何でもない」

 さっきまでは懐疑的ではあったけど、少なくとも今はキリヤを信じると決めたのだ。

「そうか」

 アルさんは、深く聞いてくるようなことはしなかった。

 鎧は着たことが無かったので、しばらく手間取ったが、アルさんが助けてくれた。

 その際ふと、自分の腕に視線を向ける。

「・・・あれっ、腕の模様が無くなってる・・・」

 

    ♢


 着替えに若干手間取ったが、なんとか鎧を着た俺は、再び中庭へ戻った。

 デザインは、ソレスの部隊が着ていた物よりもシンプルな、プレートアーマーだ。

 欲を言えば、ソレス部隊のやつがよかったが、まあこれでも問題ないだろう。

 レナの方もすでに着替えを終え、子供たちと話し込んでいるようだ。

「・・・なんだか、鎧に着られている見たいだな。キリヤよ」

 鎧の重さで若干ふらつく俺に、アルはそんなことを言ってくる。

「・・・ほっとけ」

 別に俺だってこんな重い鎧好きじゃないし・・・・・ほんとだよ?

「遅いよ。着替えにどれだけ時間かけてんの?」

 カシャカシャ音を立て、レナが近づいてくる・・・中々様になっているようだ・・・。

「チッ、ボサッとしてねーでさっさと行くぞ」

「・・・なんでこの人不機嫌なの?」

 俺だってもうちょいレベルが上がれば、こんな鎧すぐに着こなせるはずだし。

「キリヤよ、行くというと、つまり——」

「ああ、場所が分かった。今から乗り込んで、すべて吐かせるぞ」

 そう息巻いた俺たちは、教会を後にした。

 そして街をしばらく移動すると、俺たちは西の区画にある一つのギルドの前に来ていた。

「・・・ここに来るまで、いろんな人に見られたね・・・」

 隣にレナが疲れたようにため息を吐く。

 まあヨロヨロと歩く奴に、一人だけド派手な鎧を着ているパーティーを見れば、誰でも振り向くだろう。

「とりあえず分かったのは鎧の音はうるさいってことだけだな・・・。さて——」

 愚痴も程々に、俺は改めて目の前の建物を見据えた。

 入り口には大きく、『行商協会ギルド』と書かれている。

 この『協会』というのが気になるが、アル曰く行商ギルドは既に存在しているため、このような名前になったのだとか。

 それらの事からわかる通り、このギルドは最近になって創設された弱小ギルドだ。

 まあ、普通に考えて大手のギルドが、獣人の取引に応じるとは考えにくいか。

 獣人と繋がるということは、大きなリスクを負うということ。

 そんな危ない橋を渡るのは、単純にアホしかいないギルドか、公にはできないことを行っているギルドだけだろう。

 仮に後者の方であっても、今はアルがいるため恐れることはない。

打ち合わせは、ここに来るまでに済ませてある。

 後は覚悟を決めるだけだ・・・主に俺の。

「そんじゃ、手はず通りに頼むぞ?」

「・・・本当にやるのか?」

「ああ。ほかに手はない」

「・・・わかった」

 アルにしてみれば思うところがあるだろうが、今は納得してもらうしかない。

「なんか緊張してきたかも」

 そういったレナは、兜で表情は見えないものの、確かに緊張しているようだった。

「いや、別にお前らが緊張する必要ないだろうが。お前らはただ俺の言ったことに『ああ』とだけ答えればいいだけなんだから」

 そう、今回情報を聞き出すのは、ほとんど俺が行う。

 まあ、レナは知らんが、アルはこういう事に関しては向いてなさそうだからな・・・。

「さて、行くぞ」

 二人が頷いたのを確認した俺は、ギルドの扉を勢いよく開けた。

 激しく響くドアの音に、ギルド内すべての人間が俺たちの方を見る。

 中には客も数人混じっているようだったが関係ない。むしろその客にも聞こえるように俺は声を張り上げた。

「我々は領主直属の執行部隊の者だ! このギルドには反逆罪の容疑が掛けられている! 全員その場を動くな!」

 その噓八百の宣言と共に、俺の股間には鋭い痛みが走る。

 ——覚悟を決めたとはいえ、なかなかキツイな

 早速心が折れそうになる俺だったが、堪える。——まだまだ始まったばかりだ。

「お、お客様っ!! 他のお客様の迷惑になるので、お話は奥でお伺いいたします!」

 血相を変えたギルドの役員数名が飛んできた。

 そのどれもが、武器屋の店主から聞いた人相と合致する。

 流石は弱小ギルド、メンバーも少ないみたいだ。こんなあっさりと見つかるとは。

 動くなと言った手前、こいつらについていくのもなんか言いくるめられたみたいで情けないが、あくまで目的は情報収集のため俺たちは大人しく後に続いた。

 案内された部屋は、片隅に積み荷が置いてあるものの、小綺麗な部屋だった。

 中心にあるテーブルを挟んでいるソファーへ、俺たちは腰を掛ける。

 そして向かいには目当ての人物である短めの金髪を持つ男が座った。

 足をテーブルに乗せ、態度が非常に悪い。その後ろには同じく目当ての茶髪の男、そして筋肉が発達した赤髪の男が威圧するように立っている。

「ボスが出掛けている間、責任者を負かされているグシャと言うものです」

 正面の金髪が名乗りを上げる。敬語だが、完全にこちらを見下しているしゃべり方だ。

 こんな奴を責任者にするとは、それだけでこのギルドの底が知れる。

「・・・それで、あなた方はどうゆう了見でウチに踏み入ったんですか?」

 自称責任者のグシャは、自称領主の使いである俺たちに対し、物怖じするどころか、まるで脅すような声を俺たちに向ける。

 なぜこれほど高圧的な態度でいられるのか気になったので、一応『能力(ステータス)鑑定(チェック)』を発動させた。結果、グシャと茶髪の男は珍しい『レベル無し』だと判明したが、ムキムキの赤毛男だけは、レベル10で力だけならEランクにも届くほどの強さを誇っている。

 こいつらが高圧的な態度を取れるのは、偏にコイツの強さがあるからだろう。

 まあその赤毛も、アルの方を見て驚きと恐怖が入り混じった表情で固まっているのだが。

 ・・・『能力(ステータス)鑑定(チェック)』でアルの事でも覗いたんだろうな・・・ご愁傷様。

「なんかいい加減なことを叫んでいたようですけど、ちゃんと確証があってあんなことを言ったんでしょうね? もし仮にそれが無いのだとしたら・・・わかりますね?」

 後ろで固まっている赤毛には気づかず、グシャは俺たちに脅しをかける。

 まあ戦闘職じゃないみたいだし、鑑定系のスキルをもってない様だから仕方がないか。

 心の中で赤髪を憐れみつつ、俺は会話を進める。

「残念ながら私たちも確証をもって、ここにきている」

 俺はグシャ達に、証拠となるべくものを話し始めた。

 ・・・確証と言っても、どれも状況証拠に近いものしかないのだが。

 ———まあ、証拠なんてものはほとんど必要ないんだけどな。

「——以上があなた方を捕らえるに至った理由だ」

 獣人集団がこの町で製造された武器を所持していた事、最近武器屋で買占めが起きた事、そしてその武器を買い占めたのがこいつ等だという事を俺は事細かく丁寧に説明した。

 説明を終えた俺は、目の前の奴らを観察する。

 茶髪は説明を理解していないのか首をかしげている。おそらくアホなのだろう。赤毛の方は落ち着きを取り戻しているようだったが、いまだアルの方を見続けている。そして肝心のグシャだが、俺の話を聞いている時から、薄ら笑いを浮かべていた。

「なるほど、あなた方の言いたいことは分かりました——でも、証拠というには些か弱いものばかりですねぇ」

 ・・・まあ、そうだよな。いくら武器を買い占めたといっても、それを獣人どもにんがした証拠はないし、武器を売った相手が獣人と知らなかったと言われればそれまでだ。

「というと?」

 俺はあえて気づかないふりをすると、ここぞとばかりにグシャが語り始める。

「そもそも武器を買い占めたからと言って——」

 ・・・とまあ、内容は俺が予想した通りのモノだったので割愛。

「つまりあなた方の言っていることは言いがかり以外の何物でもないのですよぉ! そんなものでは、私たちを裁くことはできない!!」

 俺が聞き流しているうちに、いつの間にかグシャの方もヒートアップしていたようだ。

「さて、この落とし前はどうつけていただけるのでしょう? 今回の件でお客様に不名誉なイメージを与えてしまいました。名誉棄損と言っても過言ではない!! 噂はたちまち広がり売り上げにも影響するでしょう。それもこれも全てあなた方の責任だ!」

 いや、そもそも客入りも少ないし、お前らのイメージも元から悪いし・・・。

「・・・ですが私たちもそこまで鬼ではない。あなた方の間違いも無理はないでしょう。何せ、この町が誕生して以来の被害を出したばかりですからねぇ。混乱で証拠を十分に集められなかったのでしょう。そのため今回のような冤罪を引き起こしてしまった。それは仕方のない事です・・・」

 その時、グシャの瞳が怪しく光る。

「こうしませんか? 今回予想される負債をあなた方が支払う。そうしてさえいただければ、私たちは何も騒ぎません」

 ——なるほど、これが狙いか。

 領主相手に金をせびろうとする心意気には感服するが、さすがにイライラしてきた。

 現に勝ち誇った顔をしているグシャの顔を見ると、無性に殴りたくなる。

 ——そろそろか。

「そうですねぇ。今回の負債は——」

 ——ガシャンッ!!

 グシャの言葉を、一つの騒音が遮る。

 音の発生源は俺の足。さらに言えば、俺が足を振り上げたことによって、破壊されたテーブルから発せられた音だ。

「なっ——!!」 

 正面の3人は、突如俺が行った暴挙に、驚きを隠せないようだ。

 何気なく隣の方を見てみると、アルも口を開いて驚いている。

 ——いや、お前には事前にこうするって言ってたよね?

 そんなアルを置いて俺は更に兜を脱ぎ去り、近くの積み荷へぶん投げた。

 そしてグシャがかわいく思えるほどの無礼な態度で、足を組む。

「・・・・ああ~~~・・・もうめんどくせェな」

 口調も崩し、明らかに空気が変わったことを相手に知らせる。

「いったい何を——!?」

「お前らは何か勘違いをしてないか?」

「勘違い?」

「俺らはお前らの発言を無視して、いつでも連行できるんだぜ?」

「ハッ、何を馬鹿なことを。そんなことすれば領主の信用が地に落ちますよ!?」

「もう落ちてんだよバカタレ。さっき自分で言ってただろ? 難攻不落の町とか謳っておいて、ふたを開けてみりゃ今回の襲撃で被害者を出す始末。領主の市民からの評価はダダ下がりだ。領主も大慌てだぜ」

「だったら尚更評価を下げるような真似をするべきじゃないでしょう!?」

「だからだよ」

「えっ?」

 ここまで言ったことは全て嘘だ。市民の不満なんて俺が知るわけが無い。

 無論、ここから言うことも全て嘘。ソレスが知ればブチギレるであろうレベルの。

 そして、俺の踏ん張りどころでもある。なにせもう顔は隠せない。

 ——いくら演出のためとはいえ、兜を投げ捨てたのは失敗だった。

制約のダメージをポーカーフェイスで耐えなきゃいけないとは、中々の地獄である。

「領主が必死になってやっていることは残党狩りじゃない——生贄探しだよ」

「・・・生贄?」

「ああ、要は言い訳が欲しいんだ。今回の襲撃で被害を出した要因は、獣人どもに情報と物資を横流しした奴がいたからだってな。そいつを吊るし上げることで、市民からの不満の矛先を変えさせようとしている・・・・・・だから俺たちはここに来たんだ」

「——っ! まさかっ——!?」

 グシャは俺の言いたいことが分かったのか、顔を青ざめさせる。

「そゆこと。おめでとう。お前たちは晴れてその生贄役に選ばれたってわけ。要するにお前らが白か黒かなんて、上はどうでも良いんだよ。裏切り者役を作り出し、処刑して『次はこの様なことが無いようにする』とかいえば、バカな市民どもは納得するだろうからな」

「そ、そんなふざけた話があるかっ!」

 思わずと言った感じで、茶髪が叫ぶ。

 ——確かに俺もそう思う。

「そんなことをして、俺たちのボスが黙っていると思いますか?」

「まあ、黙ってはいないだろうな。だがそれがどうした。お前たちのボスは今頃王都だろ? 果たしてお前らが処刑されるまでに間に合うかな? それにお前ら弱小ギルドの発言なんて、上はいつでも潰せんだよ。何ならお前らのボスごと処刑するかもな」

「そ、そんな馬鹿な——!」

 グシャは自分たちの未来を想像したのか、言葉を失っているようだった。

 ・・・腐ってもアビリティだな。俺の場合『虚言』アビリティを利用すれば、制約によるダメージを受けるが、それに見合った力がある——まさかこんなに上手くいくとは。

「くそっ・・・そうだ・・・そうだよ・・・!」

 追い詰められたグシャは、何やら呟き始めた。

「おい、ゴンズ!! こいつらは偽物だ!! きっと物取りかなんかが騎士に化けているだけなんだ! とっとと片付けちまえ!」

 ほう、なかなかどうしてその推理は半分当たっている。偽物という点だけだが。

 おそらくコイツの狙いは、俺たちを倒してその間に逃げ出す事だろう。

 ——だが、そんなことはさせない。そのためにアルがいるのだから。

「・・・む、無理だ、無理に決まっている。こんな化け物にかなうわけが無い・・・」

 赤髪のゴンズが恐怖に染まった声を上げる。あのサル獣人でさえ、アルのことを見て震えあがったのだ。ビビるなと言う方が無理だろう。

「言い忘れてた。そいつの正体についてだ———おい、アル」

「ああ」

 ここでトドメとばかりにアルに(パラ)騎士(ディン)の紋章を見せれば 、逃げられないことを悟るはずだ。それに何より俺たちが領主と協力関係にあるという事の信憑性が増す。

虎の威を借る狐とはまさにこのことだな。

 ——だがアルは、いつまでたっても紋章を取り出そうとしなかった。

「アル?」

「ああ」

 ・・・こいつまさか・・・

「・・・お前さ、まさか本当に『ああ』しか言わないつもり? えっ、アホなの?」

「お、お前が『ああ』しか言わないでいいと言ったのではないかっ!!」

「臨機応変って知らねえのか! いいから紋章を出せってんだよ!」

 しばらくブツブツと文句を言っていたアルだったが、大人しく紋章を出した。

「それは・・・(パラ)騎士(ディン)のエンブレムっ!?・・・という事は——」

「自己紹介が遅くなったな。(パラ)騎士(ディン)のアルレス・パーシヴァルだ。よろしく頼む」

「アルレス!? あの鋼鉄のアルレス・パーシヴァルかなぜこんなところに!?」

「・・・『鋼鉄』ってなんだ?」

 気になるワードが出てきたので、こっそりアルに聞いてみる。

「それは私の異名の内の一つだ。私自身全く気に入ってないが、時々そう呼ばれるぞ」

 あだ名が気に入らない気持ちは分からんでもないが、今は関係ないか。

「とにかく、コイツは正真正銘の(パラ)騎士(ディン)だ。つまりお前たちが俺たちを倒し、逃げられる可能性はゼロに近い。そしてなぜ(パラ)騎士(ディン)がこんなところにいるかというと、ズバリ、領主からの協力要請を受けたからと、俺個人に借りがあるからだ。まあ要するに、俺たちは本物の領主の使いって事・・・偽物が化けてるわけじゃないからね?」

 着実に、グシャ達の逃げ道を潰していく。そして——

「・・・なんだよ・・・話が違うじゃないか・・・本当に終わるのか・・・俺が・・?」

 遂に、リーダー格であるグシャが折れる。口調も変わり、今にも泣きだしそうな顔だ。

 拍子抜けだな。もう少し粘ると思っていたのだが・・・。まあいい、仕上げだ。

「——取引をしようぜ。場合によっちゃあアンタ等を見逃してやるかも」

 自分たちの行く末を想像し、絶望に暮れているグシャ達に、俺は希望の糸を垂らした。

「取引? 本当に俺たちを見逃してくれるということですか?」

 人は絶望に瀕した時、救いの手を差し伸べてくれる人をまるで神の如く錯覚する。

 それが疑似的に作り出されたものだとしても例外ではない。

 どちらにしても、もうこいつらは俺にすがる以外道はないのだが。

「ああ、考えてやるよ」

「わ、わかりました‼ 応じます・・・それで、取引というのは・・・?」

 恐る恐ると言った感じで、グシャは俺に問う。

「その前に確認したいんだが・・・実際のところ、お前たちは黒なんだろ?」

 とりあえず分かり切ってはいるが、そこら辺をハッキリとさせておこう。

「そ、それ・・・は・・・——」

「誤魔化さなくていい。俺たちはそれなりに確信をしてここまで来たわけだし、何よりそっちの方が俺たちにとって都合がいいしな」

「し、しかし・・・それは・・・」

 グシャはそこで口籠ってしまう。

 まあ、素直に認めてしまうのもそれなりにリスクがあるしな。

 しょうがない。ここは適当を言って、こいつ等を納得させるしかないか。

「そうだ、俺たちの目的について話してなかったな。俺たちは、手柄が欲しいんだよ」

「・・・手柄ですか・・・」

「端的に言うと、獣人どもの首魁ガロ・ポォの首が欲しい。そいつさえ打ち取れれば、俺たちは大出世間違いなしだろうからな」

 口元を歪ませ、あくまで欲望に忠実な者を演じる。

「お前たち如き小物を連行したところで、上からの評価は変わらねえ。だったらお前らを有効活用した方がよっぽど利口だろうよ」

「利用・・・ですか・・・あなた方は私たちに一体何を求めるのですか?」

「情報だ。俺たちは、獣人に関するすべての情報が欲しい。もちろん実際に獣人と繋がってなけりゃ、無理だろうがな」

「・・・っ!! わかりました・・・本当のことを・・・話します。あなたの言った通り、獣人たちに物資を流していたのは私たちです」

 ようやくだ。ここまで来るのにずいぶん長く感じたな。

「ああ、知ってたよ。それじゃあ早速質問だ。物資の受け渡しはどうやっていた?」

「私たちが直接馬車で出向いて、受け渡しをしていました」

「物資の中身は?」

「知っての通り武器の類と、食料や生活用品を」

「いつ頃からだ?」

「ちょうど三か月前からです」

 三カ月もの間、獣人どもは潜伏していたのか。確かにそれなら、食料などの提供が必要不可欠だろう。

「受け渡しの場所は?」

「南の森です」

 大方予想通りだ。だが、俺たちが求めているのはそれじゃない。

「・・・本当に南の森だけか?」

 俺がそう問いかけると、グシャは意外そうな顔を見せる。

「・・・詳しいですね。確かに三日ほど前に、魔獣の森にも物資を届けましたよ」

 ——ビンゴだ。

「その物資は何人分だ!?」

「そ、そうですね。武器や食料の数から考えて、十数人程でしょうか」

「・・・そうか」

 リンやガロ・ポゥの居場所は、ほぼ魔獣の森で確定だな。潜伏して数日だから誰も気づかなかったのだろう。

 だが、疑問が残るのも確かだ。

「・・・アル、森には魔物が無数にいるだろ? 長い間潜伏なんてできるもんなのか?」

 この町が鉄壁として知られているのは、高い壁と切り立った山、そしてその山の背後に広がる魔獣の森があるからだ。

 中には強力な魔物もいる魔獣の森へ、長期間潜伏できるとは思えないのだが・・・。

「ふむ、確かに奥へ行くほど魔物は強力になるからな。私はともかく、並大抵の者は不可能だ・・・おそらく『魔除けの粉』を使ったのだろう」

「魔除け?」

「使えば数日間魔物が寄ってこなくなる便利なものだ。もっとも、高級すぎて貴族しか使わないようなものだがな」

「・・・へぇ~~~」

 そういうと俺は、グシャ達の方へ視線を向ける。

「い、いえ・・・料金の方はいただいていたので・・・・すみません・・・」

「いやいい。それで物資の要請はもう無いのか?」

「そうですね、今夜食料の取引がありましたが・・・・もちろん中止しますよ?」

「当たり前だ」

 これで俺らが欲していた情報は手に入ったな。

 ふと、部屋を見渡すと。俺が兜をぶち当てた積み荷から、いろんなものが飛び出していた。見るからにヤバそうなドクロが書いてある小瓶、粉、黒い球etc・・・。

 ・・・きっと他にもヤバい事に手を出してんだろうな。

「さて、帰るとするか」

「えっ、もういいの?」

 レナはそう聞いてくるが、もうこの場所に用はない。居たくない。何より俺の股間が限界に近い。

「ほしい情報は手に入ったからな」

「それって・・・」

「ああ。お前の姉貴は魔獣の森だ」

「でも、なんだってそんなところに・・・」

 確かにその部分は気になるな。

俺はしばらく思考を巡らせる。すると一つの答えにたどり着いた。

「———おそらくガロの目的は、背後から街に侵入することだ」

「背後から?」

 騎士たちの目を南の森へ向かせてる間に、後方の山から町へ侵入する。それがガロ・ポゥの野郎の狙いだと俺は睨んだ。

「でもそんなこと可能なの? 山を登るって切り立った断崖みたいな道のりだよ?」

「それは・・・知らん。アル、お前ならいけそうか?」

「そうだな・・・私のステータスを持ってなら、おそらく可能だ」

「らしいぜ。人間でもできんだ。相手は獣人だろ? それにネコ科らしいじゃねーか。そんなら山ぐらい登れるだろう」

 いや・・・無理かな? 

 あと考えられるのは、リンが隠し道を知っている可能性だが・・・。

 まあ、この辺の事と目的については、リンを連れ戻したらハッキリするだろう。

「まあ、ともかくリンの場所は分かったんだ。後は行動するのみ。そうだろ?」

「——うん、そうだね」

 それじゃあ早速——

「あのう~~・・・・」

 ギルドを後にしようとした俺に、グシャは遠慮がちに声をかけてくる。

「なんだよ」

「それで・・・私たちのことは」

 そのことか・・・。

「わかってるよ。俺の口からお前らのことが漏れることはない」

「そ、そうですか! 安心しましたよ。ハハハハ」

 気持ちの悪い笑みを浮かべるグシャを残して、俺たちは今度こそギルドを後にした。


    ♢


「——てなわけでアル」

「ん、どうした?」

「今度ソレスに会う時に、グシャ達のことを報告しといてくれ。(パラ)騎士(ディン)のお前が言えば、すぐ動くだろ?」

 俺たちは教会へ戻り、子供たちと食事をした後、中庭で作戦会議を開いていた。

「キリヤよ。私の聞き間違えでなければ、あいつらを見逃すと言っていなかったか?」

「あん? そりゃあ聞き間違いだ。俺は一言も見逃してやると断言して無い」

 見逃してやるかもとか、考えるとは言ったけど。

「アルからソレスに伝われば、俺が漏らしたことにならないしな」

「キリヤよ。お前というヤツは・・・・」

 アルは言葉を失ったというような感じで、俺のことを見る。

「キリヤサイテー」

「レナまでなんだよ。てかアルはどうせ、俺が言わなくてもこっそり密告してたろ?」

「・・・・・」

 どうやら図星のようだ。まあ、罪を犯した者が裁かれるのは、当たり前なんだけどな。

「こういうのは騙された方が悪いんだよ。それよりもだ。討伐軍が動くのは三日後なんだろ? それまでにリンを連れ出す算段を立てようぜ」

「算段というと、具体的にはどうするのだ」

「アルに全部任せる。以上」

「何そのテキトーなの・・・」

 レナはそうぼやくが、結局こうした方が確実なのだ。

「常識的に考えて、俺たちが獣人どもに勝てるわけないだろ? この方が確実なんだよ」

「でも~・・・」

 レナは何やら不服そうだったが、リンを安全に連れ出すためと言ったら、納得した。

「でも、それだとアルさん一人に負担がかからない?」

「ん、別に気にすることはないぞ」

「そうだぜ。こいつは後で飯でも奢ってやれば喜んで手伝ってくれる奴だからな」

「・・・お前、私の事をそんな簡単な奴だと思っていたのか」

 いや、前にシスター・ネールのお菓子につられて、ウキウキでお使いに行ってたよな?

「・・・なんだか頼りっぱなしで申し訳ないな」

「いや、そんなことはないぞ」

「でも・・・」

「仲間が困っているのなら助ける。当たり前の事だ」

「えっ、な、仲間って・・・」

「出会って間もないが、少なくとも私はレナのことを仲間だと思っているぞ?」

「アルさんっ・・・!!」

 レナは感極まった様子でアルに抱き着く。

 流れで俺も両手を広げてみたが、人を殺すような目つきでレナに睨まれてしまった。

「と、ともかく、獣人どもな相手はアルがする。俺たちは後方支援だ」

「後方支援って?」

「それは・・・応援をしたり?」

「キリヤの応援とは気色が悪い。思わず手元が狂ってしまったらどうするのだ」

「失礼な奴だな! じゃあアルが傷を負ったらポーションを投げるとか?」

「ポーション!? そんな高価な物、買うお金あるの?」

 高価? ポーションってそんな高いのか? アルは普通に使ってたけど・・・。

「ポーションって、低級の物でも2000ゴルドはするよ?」

「えっ・・・?」

「ちなみに中級なら最低でも2万、上級は貴重過ぎて、家より高いって言われてるけど・・・」

 ・・・二万・・・・家より・・・高い・・・・?

「ア、ア、ア、アルゥ? この前俺に使ったポーションって・・・・」

「ん? あれは中級のポーションだぞ?」

 アルは何でもない事のように言う。

「そ、そんな貴重なものを・・・」

「フッ、気にするな。あれは(パラ)騎士(ディン)となった時、国から支給された物資の余りものだ。もともと私には不要なものだったしな。それでお前の傷が治ったのだ。安いもの———」

「———売れたじゃねーかっ!!」

「そっちか」

 くそっ、使わなければ金がガッポリ入ったものを!!

「まったく、お前に使った事を少し後悔してきたぞ・・・」

「クズだね。この男」

「うるせえ」

 だが、そうとなれば弱ったな。

「このままだとマジで俺らがやることなくなるぜ?」

 ポーションが使えないとなると、本当に応援係に回ることになる。

「お前に動き回れる方が心配だ。いっその事キリヤとレナはこの町に残って——」

「ヤだね」

「いやです!」

 俺とレナは同時に声を上げる。

 さすがに自分がやるといった手前、現場にすらいかないのはダサすぎる。

レナの場合は、自分でリンを助け出したい気持ちがあるのだろう。

「しかし、そうは言ってもだな——」

 食い下がろうとしたアルだったが、突如発せられた大声に遮られてしまう。

「アルレス殿!! アルレス殿はおられますか!?」

 声の主を探すと、そこには息を切らした鎧の人物が立っていた。

「ソレス殿の部下か。そんなに慌てて一体どうしたのだ?」

 いったん落ち着くよう声をかけるアルだったが、彼女は息を荒げたまま続ける。

「至急バーンズ様の元まで来ていただけませんか!? 獣人どもが——」

 獣人というワードを聞き、俺たちは一斉に最悪な予感を浮かべる。

「———獣人どもが動き出しました」

 それは想定する中で、最悪な部類の知らせだった。


    ♢


ソレスの部下には、すぐに向かうと言って一度戻ってもらった。

一応俺とレナも、普段クエストをこなす装備に着替えている。

「これは非常にまずいぞ」

 アルはそんなことを言うが、そんなのは分かり切っている。

「まずいってどういうこと!?」

「先手を打たれた。獣人どもが動き出したという事は、アルは身動きが取れなくなるってことだ」

 討伐軍の指揮を領主から直接任された訳だからな。そのアルが不在となれば、討伐軍に少なからず影響が出てしまうだろう。

「アル、獣人どもがこの町に攻めてきたとして、お前抜きで戦ったら被害はどれくらいになりそうだ?」

 うーむと唸りながらアルは考え込む。

「ソレス殿は強い。おそらく彼女の部隊一つで相手の全部隊を引き受けられるほどにな。だが今回は守るべき門は3つもあるのだ。そのうちの一つでも落とされたらある意味負けとなってしまう。それに加え戦闘系ギルドの主力もほとんど王都へ出向いてしまっている・・・となるといくらソレス殿でも、被害を出さずに勝つのは・・・難しいかもしれない」

 いくら個の力が強かろうが、このデカい町を守るのはさすがに無理がある。

 俺としては街に多少被害が出ても別に構わないのだが、シスター・ネールに借りがある以上、子供たちに被害が及ぶ可能性はゼロに抑えたい。

「・・・お前が残ったとしたら?」

「被害を出さずに勝てる可能性が高い」

 今度は迷いもせず、アルは答える。

「そうか・・・・・——じゃあお前は残れ」

「・・・それはリン殿を諦めるという事か?」

「——ッ!! そんなっ!?」

 アルの言葉を聞いて、レナは悲痛な声を上げる。

「・・・私は行くよ・・・たとえキリヤたちが来なくても——!!」

「あーもう、うっさいな、喚くなよ」

 考えることが多い中、隣で騒がれたら敵わない。

「俺が途中で投げ出すわけねーだろうが。リンは必ず連れ戻す」

「・・・キリヤ・・・」

 それはそうとして、肝心な作戦だが・・・。

「おそらく戦いが始まるのは今夜、完全に日が沈んでからだ」

「なんでそう言い切れるの?」

「グシャどもが言ってただろ? 今夜食料を届けるって。食料のみという事は、他の準備は整ってるってことだ。それは他の獣人どもが動き出したことが証拠づけている。おそらく決戦前の腹ごしらえでもしようってはらだろう・・・・・多分」

「食料を届けられた後、すぐ戦いが始まるってこと?」

「たぶん、おそらく、半々で確実にそうだ」

「どっちなんだ・・・だがそうだとしたら、尚更時間がないぞ」

 確かにもう日は沈みかけている。おそらく残り時間は、長くても一時間程度だろう。

 確かに、時間は残されていない。

「アルお前の見立てだと、今回の戦いはどれくらいの時間が掛かる?」

 俺の予想だと、最長でも30分くらいだと踏んでいる。前に見た『(レッ)(クウ)』とやらのスキルならば、長距離から広範囲で相手を殲滅できるだろう。ソレスからまた魔剣を借りて、スキルを連発していれば、それほど時間は掛からないはずだ。

 だが、アルの答えは俺の予想を裏切った。

「断言はできないが、おそらく2時間程だろう」

「2時間!? そんなにか? ソレスから魔剣をパクッてスキルを連発すればいいだろ?」

「お前ソレス殿に本気で怒られるぞ・・・理由は二つある。一つはお前が思っているような威力でスキルを放つことはできない」

「なんで?」

「あの時ソレス殿に借りた魔剣は、手持ちの中でも一番の強度を誇っていたらしい。事実、強度は魔剣のランクに似合わず相当なものだった。しかし、それでも私の魔力に耐えきれなかったのだ。もし他の魔剣であの威力のスキルを放とうものなら、魔剣が完全に壊れ、溜まった魔力が暴発するだろう。下手をすれば獣人どもに襲撃されるより甚大な被害が出るかもしれない」

「強すぎるのも考えもんだな・・・」

「もう一つは、先ほども言った通り相手が何手にも分かれたら、私でもカバーが難しい」

 ソレスの部下によると、獣人どもは街に存在するそれぞれの門目指し、三手に分かれて行動しているという話だ。

門と門の間の距離は、大体5キロくらいだから移動時間がそれなりにかかる。それに加え、遠距離のスキルが使えないとなると些か厳しそうだ。

だが、厳しいからと言って諦めるわけにはいかない。

「・・・確認だが、あの威力じゃなければスキルを使えるんだな?」

「まあ、調整は難しいが、威力や飛距離が低くなっていいのなら可能だ」

「そうか・・・」

 時間が掛かる要因が二つある。まずはスキルの問題だが、これは条件付きで解決できることが今分かった。

 問題はもう一つの方だ。いくら強力なスキルを持つアルでも、敵が纏まっていないと話にならない。

 ・・・だがそれは、裏を返せば獣人どもを一カ所に纏めさえ出来れば、どうにでもなるという事だ。

 アル、ソレスの部隊、討伐軍、そして街に存在する3つの門・・・・・。

「・・・なんとかいけるか・・・・?」

「何か思いついたの?」

「まぁな。要は相手を一箇所に集めればいいんだろ? それならやりようはある。だが、かなり賭けに近い。この一瞬で考えたものだからな。それにアルの動きが重要になる」

「私のことは気にすることはない。多少無茶でも何とかして見せよう」

「頼もしいこった——」 

 俺は、アルに思いついた作戦を話した。

「——・・・ふむ、なるほど。それならば大幅に時間を削ることができるだろう。しかし、そんなにうまく行くのだろうか?」

「だから言ってんだろ、賭けみたいなモンだって。でも、これを成功させない限り、リンを奪還するなんて無理な話だ」

「そうは言うがなぁ・・・私どころかソレス殿までに負担がかかるぞ、この作戦」

「ソレスに関しては、それが仕事なんだから気にしなくていいだろ・・・——それで、できそうか?」

俺の問いに対し、アルは小さくため息を吐きながら答える。

「・・・曲がりなりにも私は騎士(パラ)(ディン)だからな。何とかして見せよう」

 ほう、言い切るとは中々かっこいい。隣のレナも感激しているようだった。

 しかし——

「だが、一つ聞かせてほしい。肝心なことだ」

 これまでとは雰囲気を変えて、アルが真剣な目で俺を見つめてくる。

「・・・なんだよ?」

「私たちがこの町を防衛している間、キリヤたちはどうするのだ」

 ・・・いくら何でも、誤魔化しきれないか・・・。

「それは・・・まあ・・・いろいろだ」

「誤魔化すんじゃない。私の目を見て答えるんだ」

 こういう時のアルに隠し事はできない。俺は観念して答える。

「俺とレナは、一度商業ギルドへ戻った後・・・・魔獣の森へ向かい、お前が来るまでリン達の足止めする」

「なっ——!」

「商業ギルドには馬と馬車がある。それを使えば、すぐにたどり着けるはずだ」

「そういうことではないっ!!」

 これまでに聞いたことのない怒鳴り声で、アルは俺に詰め寄る。

「相手は獣人だぞ!? それもレベルも数も相手の方が格段に上。足止めなんて出来るはずがないだろ! 自殺しに行くようなものだ!」

 こうなりそうだから、アルにはあまり言いたくなかったのだが、流石に無理な話か。

「心配すんな。策はいろいろ考えてある」

 確かに真正面から戦えば、俺たちが勝てる可能性はゼロに近い・・・というかゼロだ。

 だが、足止めならまだやりようはいくつかある。

「策など通用する相手ではないと言っているのだ! キリヤ、お前の頭が多少切れることは認める。だが、わかっているのか? 貴様は自分の命だけではなく、レナの命まで懸けようとしているのだぞ?」

 俺には他人の命を背負う責任を、レナには自分の命を懸ける覚悟を。アルはその部分をるいてもう一度考えさせたいのだろう。だが、無駄だ。

「命の危険があろうと関係ない。私はお姉ちゃんを連れ戻しに行く」

 レナは静かに、だがハッキリと意思が伝わる声で言った。

「だが、レナ——」

「心配してくれてありがとう、アルさん。でもさ、これは私が決めたことだから。これが・・・・これだけが私の譲れないものだから」

 一度意思を固めた者を説得するのは難しい。大切な物に関わるのなら尚更だ。

 俺? 俺は端から他人の命の責任なんて気にする奴じゃない。ただ、自分の信念に基づいて生きて行ければそれでいいだけのクズ人間だ。

「だとよ。こりゃあ止めるのは無理だぜ?」

「しかし、危険なことには変わりがない。そんな見殺しにするような真似、私には・・・できない」

 アルはアルで意志が固いようだ。アルの性格から考えれば当然のことだが。

 そこで俺はポケットからあるものを取り出す。

 俺だって別に死にに行くつもりは毛頭無い。今回行くのだって勝算があるからだ。

「アル、これをお前に渡しておく。使い方は分かんだろ?」

「・・・これは・・・!」

 アルは俺の渡したものを見つめ、何か思いついたような声を出す。

「俺の考えてることは大体分かったか?」

「・・・ああ」

「そういうこった。お前はただ目の前のことを速やかに片づけろ。それが俺たちの生存率に繋がる」

 俺の言葉を最後に、深い沈黙が流れる。アルの様子から判断に迷っているようだ。

 だがその時間もすぐに終わり、アルが再び口を開く。

「・・・分かった。キリヤ、お前の策に乗ろう」

 その言葉を聞いて、俺の口から無意識のうちに深い息が漏れる。

柄にもなく緊張していたようだ。

「それじゃ決まりだな。ならさっそく行動だ。今は時間が惜しい」

「うん。私たちは商業ギルドだったよね。早く行こう」

 早速動こうと、同時に踵を返した俺とレナだったが、その肩にアルの手が置かれる。

「なんだよ?」

「一つ約束してほしい」

 アルの様子を窺おうとしても、俯いていて表情が読み取れない。

「・・・どうか・・・死なないで・・・」

 ——ようやく見えたアルの顔は、俺が知っているものではなかった。

 普段の傲慢、自身、強さを含んだ表情はそこにはなく、ただ何かに怯えたような普通の少女の顔があるだけだった。

 あまりの出来事に一瞬動揺してしまったが、俺は何食わぬ顔で返事を返す。

「・・・アホか。死ぬ気なんて毛ほどもねーっての。それに俺らの生死はお前にかかってんだぜ? 死なせたくないならさっさと片付けて来いよ。あと貴族街の奴らの避難も忘れんな。あそこが一番危険そうだからな」

「アルさんも気を付けてね」

「——ああ、任せるといい」

 俺とレナの言葉で気を取り直したのか、いつも通りの様子に戻ったようだ。

「そんじゃ、行きますか」

 

    ♢


「グシャ君、こんにちはっーー!!」

 初めての時同様、勢いよくギルドのドアを開けた俺は、元気よくあいさつした。

「キ、キリヤ様っ!!」

 グシャは俺たちに気づくと、一瞬顔を歪めた後、愛想笑いを浮かべて近づいてきた。

「こ、こちらへどうぞっ!」

 他の客の目も気になるのだろう、グシャは先ほどの応接室に俺たちを案内した。

「それで、一体どういったご用件で・・・?」

 グシャは俺の気が変わったとでも思っているのか、額に脂汗を浮かべている。

「さっき、獣人どもに食料を届けるとか言ってたよな?」

「は、はい・・・でも、その件は約束通り、中止にしましたよ・・・?」

「その話なんだが、やっぱり予定通り届けてほしい」

「と言いますと?」

「訳あって、今すぐにでも魔獣の森へ行かなきゃいけないことになったんだ。荷物を届けるついでに、俺たちもその馬車に乗せてほしいんだ」

「はあ、それは構いませんが・・・」

 そうは言うグシャだが、その声には疑問が含まれている。

「ねぇねぇキリヤ、なんで食料も一緒なの?」

 うむ、当然の疑問だな。グシャの疑問もおそらくこれだろう。

「なに、ちょっとした思い付きだよ」

 そういうと俺は、おもむろに部屋の隅にある積み上げられた箱に近づく。

 ふたを開けて中身を確認してみると———やはりあった。

「ほーう、流石行商ギルドを名乗るだけのことはある。なかなか良い物を揃えてんじゃねーか」

「ええ・・・どうも・・・」

「見せて!」

 俺の横から顔を出したレナは、顔を輝かせる。

「えっ、これって中級のポーションじゃない!? すごーい! 私初めて見たかも!」

 緑色の液体の入った小瓶を見て、レナはテンションをブチ上げているが、俺の目的はそれじゃない。

「ねえ、この黒い球は何なの?」

「それは『煙幕の球』ですね。それを地面にたたきつけると、煙が辺りに広がるというマジックアイテムです」

「へ~、すごいねっ。マジックアイテムなんて珍しい。この瓶は・・・油?」

 いまだ目を輝かせるレナを置いて、俺はドクロのマークが入った小瓶を弄ぶ。

「なかなか良い物を揃えているな」

「は、はあ・・・」

 俺の言葉の意図が分からなかったのか、グシャは首をかしげる。鈍い奴だ。

「・・・良い物を揃えているな」

「ええっと・・・その・・・・」

「良い物を揃えているな」

「よろしければ・・・どうぞッ・・・!」

 ようやく俺の意図が伝わったようだ。グシャは唇をかみしめ、唸るようにそういった。

 まあ、高級なものも含まれているから仕方がないか。

「悪いな」


    ♢


「さて、貴重な物資も快くいただいたところで、早速準備といきますか」

「・・・・・・強請じゃん・・・・」

 外へ出た俺の横でレナが何かつぶやいたが、とりあえず無視でいいだろう。

「荷造りが終わり次第出るからな。今のうちに気持ちでも作っておけよ」

「うん・・・それはもう大丈夫」

 レナの様子を見る限り嘘ではなさそうだ。

「ねぇキリヤ」

「なんだ?」

「お姉ちゃん・・・助けられるかな?」

 ——嘘ではないが、不安もやはり存在するのだろう。

「誰に物言ってんだよ。俺がやるんだぞ? 失敗するわけねーだろうが」

 ・・・正直、勝率は一割もない。だが今弱音を吐いて、レナのコンディションに影響を出すわけにはいかない。

「うん・・・そうだよね!」

 無理に明るく振舞っているのがもろバレだが、暗いよりはマシか。

 せめてもう少し人手があれば・・・。

「おや、レナさんとキリヤ君ではありませんか」

 ん? この声は——

 突如聞こえた声の方向に視線を向けると、そこには何故か騎士のような鎧を身に纏い、デカい盾と剣を装備するカルスの姿があった。

 ・・・いたな。

「久しぶりですね。こんなところで何をしているんですか?」

「あ・・・カルス君・・・久しぶリ! カルス君こそ、こんなところで何を?」

 意外な人物の登場に、レナはテンパりかけている。

「僕はこれからクエストに向かうところです」

「へ、へェ~~っ、そうなんダ!」

 見るからに挙動不審だなコイツ。きっと隠し事とかは苦手なタイプだ。

「それよりも聞きました?」

「へ、何を?」

「何でも獣人たちがこの町を包囲しかけているとかで。今、全ギルドの方で緊急クエストが出されたんですよ。間もなく警報とかも鳴るそうです。そしてここからが本題ですが、その獣人たちの討伐に参加すればなんと1000ゴルド、更に一体討伐するごとに100ゴルド追加で報酬がもらえるそうなんです!」

 ほう、それは確かに破格なクエストだ。俺も参加したい・・・。

「集合場所は中央広間らしいので、お二人も参加するなら急いだほうがいいですよ」

「それはいいクエストだネ! わ、私たちも行けたら行こうかな~~・・・なんて」

「その方がいいですよ。では、僕は一足先に向かっていますね」

 じゃあ、と立ち去るカルスの背を見つめ、レナは胸を撫でおろす。

 そんなレナには悪いが、俺はカルスの背中に声をかけた。

「カルス、頼みがある」

「え、キリヤ君が僕に頼みですか? 珍しいですね。一体どんな頼み事ですか?」

 流石にいやな顔をされると思ったのだが、カルスはすんなりと話を聞いてくれた。

「単刀直入に言うと、リンがピンチだ。手を貸してほしい」

「ちょ、キリヤ!?」

 レナは半ば怒ったような声を上げる。

 確かに、今後もリンとこの町で暮らしたいレナからすれば、今回の件を知っている人を増やすことは望ましくないだろう。

 だが、人手があれば成功率が上がるのも事実。背に腹は代えられない。

「それは一体——」

「すまんが説明は今はできない。それに命がけにもなるだろうし、俺たちが動くのは今からだから、当然クエストにも参加できない」

 自分でも言ってて、なかなかふざけた話だと思う。

「それでも構わないのなら、力を貸してほしい」

 ・・・流石に無理か?

 そう内心諦めかけた時、カルスの答えは意外なものだった。

「わかりました。手を貸しましょう」

 ———即断。カルスは考える時間を全くとらず、快諾した。

「え・・・カルス君・・・・いいの?」

 流石にレナも、驚いている様子だ。

「はい。旅芸人ギルドの掟その一『家族を決して見捨てない』ですよね。これでも旅芸人ギルドの端くれですからね」

 掟。そういえばそんなのあったな。掟なら心置きなくカルスの手を借りれる。

「それに仲間を見捨てるのは、僕の騎士道にも反します。どんな事情であれ、リンさんが困っているのなら僕は迷わず手を貸しましょう」

「イ、イケメンだ・・・」

「おいおい・・・俺とキャラが被るじゃないか・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・えっ?」

 まあ、旅芸人に騎士道はどうかと思うが。

「でもそっか・・・ありがと、カルス君っ!」

 カルスはレベル10と、俺たちの中では断トツに高い。これは使えるな。

「それで、僕は一体どこへ向かい、何をすればいいのですか?」

「そういえば私も何をすればいいのか聞いてなかったような・・・」

 そういえば作戦を伝えていなかったな。いい機会だから話しておくか。

「——なるほど、つまり魔獣の森へ向かい、潜伏していると思われる獣人達を僕たちが足止めをしておくというわけですね」

「ああ、援軍は後からくる。相手の数は十数人程度ってとこだ」

「うう~~っ、そう聞くとなんだか怖くなってきたかも・・・」

「獣人は素のステータスが人間より高いですからね。レベルで優っていても勝てるかどうか・・・。そんな集団に、僕たち三人となると、些か無謀かもしれませんよ、キリヤ君」

「正面から戦えば、そうだろうな」

 カルスが言ったことはもちろん織り込み済みだ。

「これを使う」

 俺は、ポケットから取り出したあるものを二人に見せる。

「それは・・・・なんですか?」

「・・・・・あっ! だからか!」

 カルスは合流したばかりでピンとこなかったようだが、レナは分かったようだ。

「なるほどね、それで・・・」

「作戦については今から話す」

 時間があまりないので、俺は簡潔に作戦を二人に伝える。

「・・・なるほど。それならば、僕たちでも対応できるかもしれませんね」

「なんかキリヤが考えたと思えない作戦だね。アルさんにでも考えてもらったの?」

「馬鹿を言うな。アルが作戦なんてもの考えられるわけないだろ? 敵を見つけるなり突撃するイノシシ女だぞ?」

 この前なんて、森で魔獣を見つけるなりいきなり飛び掛かって、引いたからね、俺。

「そんなこと言って・・・アルさんに言いつけちゃうからね」

 ・・・それは勘弁してください。

「コホンっ、それより上手く行くかは正直賭けだ。もし失敗しても俺を責めないように」

「まさか、しませんよそんなこと。いい作戦だと思いますし」

「うん、私も。それにキリヤを信じるって決めたのは私だしね」

 半分冗談で言った事なので、マジになって返されると俺も困ってしまう。

 だが、期待された以上答えるのが天才の役目だ。

「あの~~、キリヤさん。荷造りの方が完了しました。いつでも出せますよ」

 遠慮気味に発せられたグシャの声に、俺たちは意識を切り替える。

「・・・時間か・・・これに乗ったらもう引き返せねぇ。気合入れとけよ」

 二人が頷いたのを確認すると、俺たちは馬車へと乗り込んだ。


    ♢


 獣人襲来のため避難警報が出た後、町の中央は人でごった返していた。集まった人間のほとんどは、戦闘ギルドの者だ。

 皆が集まる理由は一つ、先ほどギルドから出された破格な報酬の緊急クエストを受けるためである。

 その数約1000人。そのうち三分の一程度は、街の防衛義務がある騎士ギルドの者だが、それ以外は全て、自分の意思で参加した者たちだ。

 現在どのギルドも、所要メンバーが王都へ繰り出している。そのため、駆け出しから中堅の者しかいないのだが、誰も不安な表情を浮かべていない。

 それもそのはず、今回指揮を執るのはソレスの部隊だと誰もが思っているからだ。

 ソレスと言えばこの町始まって以来、最速で騎士ギルドの幹部まで上り詰めた人物。

 齢21にして自分の部隊をもつ彼女は、次期聖(パラ)騎士(ディン)候補とさえ噂されている。

 そんな人物が指揮を執るのだ。相手が獣人だろうが恐れることはないと、その場の誰もが思っていた。

 だが、その群衆にどよめきが走る。

 誰もがソレスが立つ場所だと思っていた所に、別の人物が立ったからだ。

 雑に並ばされた列の正面に立ったのは、白と黒の鎧に身を包んだ女——アルだ。

 アルはおもむろに口を開くと、目の前の集団に向かい声を張り上げる。

「皆の者、注目してほしい。私は今回の指揮を任されることになった者だ」

 良く通る声が、群衆の隙間を駆け抜ける。すると広間はより一層騒がしくなった。

 その聞こえてくる声ほとんどが、否定的なモノだったのは言うまでもない。

 中には心無い罵声を浴びせる者もいる。

 だが次の瞬間、アルが発した言葉により、その場にいた者は言葉を失った。

「自己紹介が遅れた。私は(パラ)騎士(ディン)が一人、序列第7位のアルレス・パーシヴァルである」

 広間が静寂に包まれる。皆アルの言葉を理解できなかった。

 (パラ)騎士(ディン)というのは本来、このような小さな島国にいるような人材ではない。

 (パラ)騎士(ディン)と言えば、上級貴族と同等の権力を持っていて、中には領地を与えられ、領主として統治する者もいる。

 そんな(パラ)騎士(ディン)が、こんな辺境街にいるとは誰も信じられなかったのだ。

 だがその沈黙も一瞬で、誰かがアルの首から下げられた首飾りを指さすと、広間は徐々に元の騒がしさを取り戻す。

 今度は歓声に近い見事な掌返しのものだった。アルの後ろでずっと殺気を放っていたソレスが、その様子を見て満足そうに頷く。

 アルの首飾りは、聖騎士だけが持つことを許されているもの。そしてそれを所持している事こそが、聖騎士である何よりの証拠だった。

「戦いの前に、皆に言っておきたいことがある」

 アルの言葉を聞き逃さないよう、皆自然に静まり返る。

「私は今回の戦いで被害を出すつもりは無い。そしてその中には、ここにいる者たち全員が含まれている」

 完全勝利宣言。アルの発言はまさにそれだ。

 ここにいる者は、どれも戦闘ギルドの端くれ。確かに報酬に釣られた者や、都市最強格であるソレスが参加すると聞いて来た者もいる。

 それでも、奥底では命の危険については皆承知していた。

 ノーリスクで何かを得られるほどこの世界は甘くないのだ。

 だがアルの言葉には、その前提を覆す力がある。

 何故なら皆の目の前に立っているのは、都市どころか世界の最強格なのだから。

「これからここにいる者全員は、私の指示に必ず従ってもらう。その代わり、皆には完全勝利を約束しよう」

 だからこの場にいる者すべてが勝ちを確信してしまうのは、ある意味しょうがない事だった。

 場の盛り上がりが最高潮に達したと同時に、アルは舞台を降りる。

 広間にいる者のモチベーションはこの上ないほど高まっていた。

「超絶見事な演説でした! 私、感動してしまって涙が・・・」

「そ、そうか、ソレス殿にそう言ってもらえるのなら、私も嬉しい」

 大袈裟に褒め称えるソレスに若干戸惑ったが、気を取り直してアルは交渉を始める。

「それでソレス殿、先ほどの件なのだが・・・・・」

 アルがその話を持ち出すと、ソレスは途端に泣きそうな顔になった。

「はい・・・私の魔剣ちゃんの件ですよね・・・大丈夫です・・・先ほど別れの挨拶は済ませましたから・・・・」

「いや、私もできるだけ壊さないよう注意するので安心してほしい」

「・・・・本当ですか?」

 ソレスと目は合わせはしなかったが、アルは頷いた。

「わかりました・・・私の子たちをどうかよろしくお願いします」

 そういうとソレスはアイテムボックスの魔法を発動し、中から美しい魔剣を3本取り出すと、アルに預けた。

「ああ、確かに借り受けた」

 アルが魔剣を受け取るとほぼ同時に、魔獣接近を知らせる鐘が鳴る。

「いよいよだ——開戦と行こう」


    ♢


 日は完全に沈み、夜が訪れる。

 もともと薄暗かった此処、魔獣の森はもはや明かり失くしては進めない程の闇に包まれていた。

 その森の奥深く、開けた場所にぼんやりとした明かりが灯っている。

 そこには複数の人影があった。そのどれもが濃い体毛に追われており、動物のような顔を持っている———紛れもない、獣人だ。

 内の一人がしびれを切らしたように言う。

「おい、そろそろじゃねーカ?」

「ああ、もう少しすれば襲撃の合図が上がるはずだゼ」

「ちげーヨ。そろそろ食料が届く頃じゃねえのかって話だヨ」

 緊張感のない声に、飽きれつつも一人が指をさす。

「さあナ、予定通りならいつもの場所に運び込まれてるんじゃねーカ? まあ、こんな騒ぎの中、ここまで来れるかは疑問だけどナ」

「チクショウ、暴れる前にパーッと飲みたかったのにヨォ」

「お前なぁ、もう少し緊張感を持テ。聞いただロ? あのルゥーガンの野郎がやられちまったんだぞ? 敵も侮れるもんじゃナイ」

「ソレスの部隊にでも出くわしたんだろうナ。運の悪い奴ダ。だが、そのソレスも今頃は揺動部隊の対応に追われてるはずだゼ? 恐れる要素はねぇヨ」

「そうは言ってもナ——」

 その時、後方の方で物音がしたのを、獣人の耳は捉えた。

「お、噂をすればだナ。物資が来たみたいだゼ。お前も小言ばかり言ってないで、飲もうゼ!」

 そういうと、一人の獣人は森の中へ消えていく。そしてしばらくすると、荷馬車を軽々と引いて戻ってきた。

「いつもは物資だけ置いていくのに、今日は荷馬車ごとかヨ」

「まあいいじゃねえカ。それよりも飯ダ、飯!」

 その言葉を合図に皆、馬車の元へ殺到する。小言を言っていた獣人もなんだかんだ言って腹を空かせていたのか、食料を受け取った。

「それじゃあ、戦いの前に一杯やっとくカぁ!」

「おい、ガロを待たなくていいのカ?」

「ガロは、リンの奴と侵入経路の確認に行っちまったヨ。まったく、あんな裏切りモンに頼らねェでもいいのにヨォ」

「そんなん待ってらんねーヨ! さっさと乾杯しちまおうゼェ!」

 そうだなと、誰かが言った乾杯の言葉を合図に、各々酒や食べ物を口にし始めた。

「たまんねーなオイ!」

「あまり飲みすぎるなヨ・・・」

「そんなん言ってねぇデ、お前も飲めヨォ!」

「まったく・・・・」

 しぶしぶといった感じで、酒を口にした獣人が眉をひそめる。

「・・・おい、なんだかこの酒、クサくないカ?」

「ああん? お前はいつも味にうるさいんだヨ」

「いや・・・ングッ・・・やっぱりおかしいゾ・・・・」

 もう一口酒を含んだ獣人は、今度はハッキリと疑問を抱いた。

「ハハッ・・・グルメぶってんジャ・・ジャ・・・がが・・・ケッ・・・・」

 その時、隣で飲んでいた仲間が一人倒れる。

「ははっ・・・お前・・・これから一仕事やるのニ・・・飲みすぎ・・ぎ・・・ぎ・・・」

 気づくとほとんどの者は痙攣し、泡を吹いてその場に倒れていた。

「ま、まさカッ・・・⁉」

 もはや手遅れだ。疑問を抱いた獣人も徐々に体の自由がきかなくなり、倒れこむ。

「ど・・・毒ゥ・・・」

 先ほどまでの騒ぎが嘘みたいに静まり返ったあと、馬車の方から物音がした。

 そして、馬車の床の板がはじけ飛ぶと、3人の人影が露になる。

 レナ、カルス、そして俺だ。

「腰痛ってェ・・・」

「流石に狭かったね・・・」

「すいません。僕が無駄に大きいばかりに」

「デカいというか、鎧が邪魔なんだよ。なんで旅芸人なのに鎧を着てんの?」

「戦闘スタイルは自由ですからね、うちのギルドは。それより——」

 カルスが辺りを見渡すと、笑みを浮かべる。

「案外うまく行きましたね。流石ですキリヤ君」

「気づく奴もいるだろうと思っていたが、全員食い意地が張ったやつで助かったな」

 ずっと暗いところにいたため、目は慣れている。カルス同様あたりを見渡すと、全員酒に仕込んだ毒でダウンしているみたいだ。

 そして肝心のリンだが——

「お姉ちゃんが居ないっ!」

 レナが叫び声をあげる。レナの言った通り、倒れている奴の中にリンの姿はなかった。

 ・・・それに、ガロ・ポゥの姿も。

 ——まさか、読み間違えたのか・・・。

「どうしよう、キリヤ」

 この場所に居ないとなると流石に・・・・。

「ウウッ・・・」

 その時、足元からうめき声が聞こえた。

 視線を向けると、辛うじて意識を保った獣人が俺たちのことを睨みつけている。

「お、お前らハ・・・」

 俺はナイフをちらつかせながら、問いただす。

「おい、ここにリンって女がいただろ? そしてガロ・ポゥも。一体どこへ行った?」

 だが答える気は無いのか、獣人は固く口を閉ざす。

「答えて!! お姉ちゃんは何処にいるの!?」

 レナもヒステリックに問いただすが効果はない。

「分かった、じゃあこうしよう」

 俺はレッグポーチから、一つの小瓶を取り出すと獣人の目の前に置く。

「答えるなら、俺たちはお前のことを見逃す。ただし、答えなかったらこのままここに放置だ、もちろんこの小瓶もやらない。知ってるか? 毒で死ぬのは相当キツイらしいぞ」

 まぁ、飲んでも体が痺れるだけで。死にはしないんだけどね。

 獣人は迷っている様子だったが、流石に命が惜しいのか最終的には口を割った。

「この先の・・・山の・・・麓にいるはずダ・・・」

 その言葉を聞くと同時に、俺たち3人は麓の方向へ走り出す。

「いいのですか? 解毒剤を与えてしまえば、後ろから攻撃されるかもしれませんよ?」

「ん? 俺はあいつに解毒剤なんてやってねぇぞ?」

 確かにリンが毒を飲んでしまった場合に備えて、解毒剤は持っているが。それは今も俺のポーチの中にある。

「ではあれは・・・」

「ただの油だ。俺は一言も解毒剤なんて言ってないぜ? 飲んでも腹が下るくらいだろうよ」

「・・・ええ~・・・」

「気にしちゃダメだよカルス君。コイツ、そういう奴だから」

 なんか失礼な物言いだな、レナの奴・・・・。

「麓までそんなに距離はない。もうすぐたどり着くはずだ」

 直線にしてあと300もない。魔物に注意して走っても数分も掛からないだろう。

 その時、はるか遠くの方で雄叫びのようなものが聞こえた。

「この声は・・・」

「おそらく開戦の合図だろうな。時間が無ぇ・・・」

「そんな——っ! お姉ちゃん!」

 何を勘違いしたのか、レナがスピードを上げる。

「おい、あまり飛ばしすぎんな!」

 いくら魔よけの粉を纏っていても、魔物と遭遇してしまっては意味がない。

「クソッ、あの馬鹿!」

 レナの姿は、もう見えなくなりそうだ。

「カルス、レナを追ってくれ! お前なら追いつくだろ」

「キリヤ君は?」

「俺も警戒しながら後を追う。今はあいつに暴走される方が怖い」

「わかりました」

 そういうとカルスは、レナの後を追い見えなくなった。

「・・・中々怖いじゃないか・・・夜の森は・・・」

 俺は寒気を覚えながら、カルスたちの後を追うのだった。


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