動き出す陰謀
「ごめん。キリヤ君」
いつも通りアルとのクエストを終えた俺は、アジトに来ていたのだが、何故かリンに頭を下げられていた。
「ええ~と・・・、話が見えないんだが・・・」
「レナに聞いた。付きまとっていたのは誤解だったって。それなのに冷たい態度をとってしまってごめんなさい」
「お、おう、そのことか。別に誤解が解けたなら、俺は構わないぞ」
どうやら、レナの方がうまくやってくれたようだ。
「なにか聞きたいことはある?」
「ん? 聞きたいこと?」
まっすぐに俺の目を見つめてくるリン。
まさか、嗅ぎまわろうとしてることがバレているのか・・・!?
「カルス君が言ってた、君が私を探してよくアジトに顔を出してたって。旅芸人関連の事で、何か聞きたかったんじゃないの?」
「あ、あ~、そのことね・・・」
よかった。さすがにまだバレてないみたいだな。少し肝を冷やしたが・・・。
「一応誤解を解いておこうかと思って、探してたんだけど・・・」
「そう、それは悪い事をした。改めてごめん」
そういうとリンは再び頭下げた。
「お、おう」
「・・・・」
「・・・・」
お互いの間に気まずい空気が流れる。
何というかこの人・・・取っ付きにくいな。
「そ、そういえば、バラム達はいつ頃帰ってくるんだ?」
「後一月は帰ってこないはず・・・ボスに何か用でもあるの?」
「いや、別に大したことじゃないんだが、『投擲』の秘伝書はいつ手に入んのかなって」
「うーん。多分難しいと思う。ボスも言ってたと思うけど『投擲』の秘伝書は最近需要が多いみたいで、生産が間に合ってないみたいだから」
「そうか」
「投げナイフの練習とかすれば、いつかスキルが発生するかも」
「一応しているんだけどな、ナイフ投げがうまくなる一方で、発生する気配がまったくない」
『投擲』のうまみは、投げる物が回転せず、真っすぐ飛んでいく点と、命中率の増加にある。俺のスキルなしのナイフ投げだと、どうしても回転させる必要があるため、コントロールが難しいのだ。
最近になってそのことに気づき『投擲』の重要性を実感した俺だった。
「そう」
「ああ」
「・・・」
「・・・・・・」
・・・気まずっ! 何この人、全然会話が弾まないんだけど!
「・・・それじゃあ、私レナとお昼の約束があるから」
「行くのか?」
「ええ、早く合流しないとレナにちょっかいを出されちゃう。あの子可愛いから」
「お、おう」
リンは頬の傷を撫でながら少し笑った。その指にはリングが嵌められている。
「・・・いい指輪だな」
何気なく俺の口からそんな言葉が漏れる。するとリンが少し意外そうな顔を見せた。
「・・・えっ、あなたもそう思う?」
「デザインはシンプルだが、味がある。なかなかいいセンスをしていると思うぞ」
「・・・そう。これはレナがくれた物・・・・・私の一番の宝物」
リンは言葉通り柔らかい表情で指輪を眺める。その表情を見る限り、よっぽどレナのことが大切なのだろう。
「じゃあいくね」
リンは軽く手を振ると、その場を後にしよう動き出す。
「ああ。最近獣人がいるみたいだから気を付けろよ~」
俺も軽く挨拶をし、会話を切り上げようとした。
しかし、リンの気配が一向に消えない。
疑問に思った俺が振り返ると、リンが俺のことを見つめていた。
いや、睨んでいるといった表現の方が正しいかもしれない。
「・・・その話は、何処から?」
今までとは違う雰囲気を醸し出すリンに、若干違和感を覚えながらも俺は答える。
「いや、騎士ギルドの知り合いがそんなことを言ってたからな。良く知らんけど獣人からちょっかい受けてんだろ? この町」
俺の言葉を受け、リンは顎に手を当て、考え込むそぶりを見せた。
「・・・そう、忠告ありがとう。でも、大丈夫——」
そう言うとリンは踵を返し、再び出口へと向かう。
「私、家族は——レナだけは何があっても守るから」
その言葉は俺に向けてと言うより、自分に言い聞かせているように思えるものだった。
リンを見送ると、俺は小さくため息を吐く。
「あながち、レナの予想も外れてないかもな」
俺の横を通り過ぎる際に覗いたリンの顔は、れなが言ってたように、どこか追い詰められているように見えた。
「さて、俺も帰るとしますかね・・・」
——思えば、この時俺はもう少し、疑問を持つべきだったのかもしれない。
俺がリンの表情の意味を知ったのは、これから間もない事だった。
リンとのやり取りの五日後、休みの日にもかかわらず、俺は商店街に来ていた。
お目当ての物は、卵、牛乳、砂糖、小麦粉、果物といったもの。
察しのいい者ならわかるだろうが、これはケーキの材料だ。作るのはもちろん俺。
何故俺がお使いと、お菓子作りをすることになったかと言うと、約3時間前——
「おい、何やってんだ? こんなとこで・・・」
「あ・・・、キリヤお兄ちゃん!」
水浴びをしようと、教会裏にある井戸に来た俺は、陰の方に蹲っていたケインを見つけた。
「シスター・ネールがお前のことを探してたぞ?」
「・・・・うん・・・」
俺がシスター・ネールの名前を出した途端ケインの顔が曇る。
「いったいどうしたんだ?」
そう言いつつも、俺はケインの表情の意味を俺は知っていた。
さっきシスター・ネールに会った時に聞いたのだが、なんでもちょっとしたことでケインを叱ったところ、教会を飛び出してしまったのだとか。
シスター・ネールはケインを探しに行くと、街の方に出てしまったがまさか教会の裏にいるとは・・・灯台下暗しとはこのことだろう。
「シスター・ネールは、お前を探しにどっか行っちまったぞ」
「うん・・・知ってる・・・」
そういうと、ケインは再び俯いてしまう。
あー、めんどくさい・・・。
「細けぇことは知らねえけど、とりあえず謝って来いよ」
「そうしたいけど・・・多分無理だよ・・・」
「なんで?」
「だって僕、シスター・ネールにバカって言っちゃった・・・。悪いのは僕なのに・・・どうしようキリヤお兄ちゃん。シスター・ネール、きっと僕の事・・・嫌いに・・なっちゃったよ・・・」
そういうと、ケインは涙をこぼし、泣き始めてしまう。
「お前なぁ、嫌いになったとしたら、わざわざ探しに行くわけねぇだろうがよ」
「・・・そうかなぁ・・・?」
「ああ、そんなんでいちいち嫌いになってたら、孤児院なんてつづけられるわけないだろ? わかったら、さっさと謝ってこい。俺は水浴びをする」
そう言って、俺は服を脱ぎ始めようとしたのだが・・・。
「おい、いつまでここにいるんだよ・・・?」
さすがに近くに人がいると、俺でも恥ずかしいんだが・・・。
「ねえ、キリヤお兄ちゃん・・・。お願いがあるんだけど・・・?」
ケインが上目遣いで俺のことを見つめてくる。いやな予感が・・・。
「多分無理だから無理だ」
子供の願い事なんて面倒なことに決まってるからな、こういうのは無視に限る。
そう決め込んだ俺はケインから視線を外す。
すると——
「・・・グスッ・・」
「・・・えっ・・・?」
嫌な予感を感じ取り視線を戻すと、今にも泣きだしそうな顔をしたケインが・・・。
「お、おい! 泣くのはさすがに卑怯だろうが!」
「・・・ウェ~~——!」
「わかった! わかったから、聞くだけ聞いてやるから! まず泣くのを止めようか!」
まったく、これだから子供は嫌いなんだ!
「・・・・・うん、ありがとう! キリヤお兄ちゃん!」
俺の言葉を聞くと、先ほどまでの泣き顔は何処へやら、眩いばかりの笑顔を俺に向けるケイン。
まさか、嘘泣きじゃないだろうな・・・?
「それで、なんだよ・・・」
「あのね、シスター・ネールに謝るためにね、ケーキをあげたいんだ!」
「ええ~・・・・なんで・・・?」
「シスター・ネールはケーキが好きなんだ。ケーキをあげればきっとシスター・ネールも許してくれるはずだよ!」
多分そういうことじゃないと思うけどなぁ・・・。まあ、これも子供らしいと言えば、子供らしいんだろうけどさ。
「それにシスター・ネールはもうすぐ誕生日なんだ!」
「言いたいことは分かったが、ケーキか・・・金がなぁ・・・」
俺も甘いものを求めて、ケーキ屋を覗いたことがあるが、ケーキ一つでなんと500ゴルドもするのだ。
聞くところによると、この町では砂糖が貴重らしく、スイーツなどの相場が上がっているのだとか。
「うーむ、自分で作れば、なんとか200ゴルドに収められるか・・・?」
「え、キリヤお兄ちゃんってケーキ作れるの?」
まあ、ケーキくらいのレシピなら俺の頭に入ってるしな。
「舐めんなよ。基本的に俺にできないことはない」
「へえ~~! キリヤお兄ちゃんすげえ!!」
ちょっとカッコつけた俺に対し、ケインは目を輝かせ褒め称える。
なんだろう、アルに言おうものなら鼻で笑われそうなのに・・・めっちゃ気持ちいい・・・コイツちょっと好きだわ。
「あ、お金のことなら大丈夫! ちょっと待ってて!」
そう言い残すとケインは走りだす。そして、数分もしない内に元の場所へ戻ってきた。
手には小袋が握られている。
「はい、これ僕のお小遣い! これで材料を買ってきてよ。その間に僕はシスター・ネールを探しに行くからさ!」
俺は、受け取った小袋の中身を確認する。
・・・全然足りないんだが・・・。
「おい、金が——」
「じゃあよろしくね! キリヤお兄ちゃん。あ、ケーキ一緒に作ろうねー」
俺の言葉を待たずケインは再び走り出し、その場を後にした。
「はあ・・・あいつ絶対わざとやってるな・・・末恐ろしいガキだ・・・」
だが、これまでの宿代だと思えば安いものか・・・。
「まあ、俺も甘いものを食べたいと思ってたしな」
———そういったわけで、現在に至る。
道中、飯屋でバカ食いをしているアルを見かけたが、声はかけないでおいた。できる男の気遣いというやつだ。
アイツ、大食いってわけでもないのに、妙に食い意地が張ってんだよな・・・。
「それにしても、ケーキの材料だけで250ゴルドとはな・・・」
食料店で、ケーキの材料を物色する俺は深いため息を吐いた。
ケーキの材料はやはり、砂糖が高かった。小袋一つでなんと150ゴルドもしたのだ。
先ほど、ちらっと武器屋を覗いたのだが、俺のショートソードと同じような物が、二百ゴルドで売られていた。
「俺の武器より高いってどんだけだよ・・・」
それにしても、武器屋の品薄状態がいまだに続いていた。
今日こそは剣を買ってくるといって、わざわざ休日にしたのに、アルはツイてない。
・・・あ、そうか、だからやけ食いをしてたのか。
「しょうがねぇ・・・値切るか」
一応クエストで稼いだゴルドは。三等分して、俺とアルとパーティー用に分けてある。
今現在の俺のポケットマネーは、約二千五百ゴルドだ。
だから、250ゴルドの出費となると、さすがに懐が痛い。
最近装備の新調をしたいと考えてたところだし・・・。
「ん、あれは・・・・レナか?」
どう値切るか考えている途中、俺が何気なく通りの方へ視線を向けると、なんだか怪しい動きをしているレナを見つけた。
ちょうどいい、願い事の報酬としてケーキ代を出してもらおう!
「おお~~い! レナぁぁぁ!!」
妙案を思いついた俺は、大声でレナに呼び掛けた。
するとレナは、驚いた様子であたりを見渡し俺を発見すると、何やら慌てだした。
ジェスチャーでアタフタと何か伝えようとしているが、さすがに分からない。
「何言てっかわかんねえよ! それよりもレナにお願いが——」
「爆速ッ!」
変わらず俺が大声で呼びかけようとしたのに対し、レナはスキルを発動させ、俺との距離を一気に詰めた。そして——
「静かにしろって言ってんでしょうがッ!!」
「ゴアッ!」
何を思ったのか強烈なラリアットを俺にお見舞いした。
「てめっ、何すん——!」
「だからシィ~ッ・・・! お姉ちゃんにバレちゃうでしょうが・・・!」
「お姉ちゃん・・・?」
レナが指さす先に視線を向けると、フードを目深にかぶった人物が街角へ消えていく。
「んー、あれリンか・・・? いやー、人違いじゃねーの?」
「妹のわたしがそうだって言ってんの。合ってるに決まってんじゃん!」
ええー・・・あんま根拠になってない気がすんだけど・・・。
「ほら、行くよ」
そういうと、レナは俺の腕を引っ張る。
「はあ? 行くってどこに?」
「追いかけるに決まってんでしょ?」
「いや俺、今お使い中なんだけど。それに尾行なら一人の方がいいだろうが」
「一人だとなんというか・・・心細いでしょうが! ほら、行くよ!」
「あ、おい・・・!」
俺の制止も聞かず、レナは強引に俺を連れ出した。
リンが消えた街角へ向かうと、遠くの方にフードを被った者が見える。
夕方前の時間帯のため、人波もまばらで、すぐに見つけることができた。
「ほら、どう見てもお姉ちゃんでしょ?」
「いや、わかんねえって・・・」
そう言いつつも、俺は目を凝らしてよく見てみる。
元々俺は目が良い方だが、100mも離れた人物を判定できる程ではなかった。
しかし、この世界に来てレベルアップを重ねることで、ステータスと共に俺の視力も強化されたのだ。
今の俺なら、この距離程度はハッキリと見えるはず。
「ん~~~・・・・」
体格や歩き方は似てるが、やはり肝心な顔が見えなければ断定はできない。
「おっ!」
判断に困っていた俺だが、たまたま吹いた風により少しフードかめくれた。
俺の目は、フードのから覗いた頬に止まる。正確には頬にある傷にだが。
「あの傷は・・・確かにリンだな」
「でしょ! 私の目に狂いはないわけ。妹を舐めないでよね。あっ・・・曲がった」
レナの言った通り、リンは突き当りを左に曲がった。
「ほらッ! 急ぐよ」
「へいへい」
リンの姿が見えなくなると、俺たちは人目も気にせず全力疾走をして、尾行を続けた。
その後もそれを幾度となく繰り返し、俺が飽き始めた頃。
「・・・やっぱり西の区画に向かってるみたい」
レナの言葉にあたりを見渡してみると、確かに街の雰囲気が変わってきた。もちろん悪い方に。
「案外俺が言った通り、ろくでもない男に入れ込んで密会でもしてんじゃねーの?」
「だからそんなわけないでしょ!! お姉ちゃんには私がいるんだし、男なんて要らないの!! まったく、やめてよね、もう!」
「す、すんません・・・」
こりゃ、重症だな。
だが、そうなると益々リンの目的が分からない。用でもない限り、普通の者ならまず西の区画には近寄らないはずが・・・。
そうこう言っているうちに、完全に西の区画へ入ったみたいだ。
「おい、また曲がった。走るぞ」
同じようにリンが見えなくなると、走り出す俺達だったが、西の区画になると勝手が違った。
「え、え~・・・、まさかここを通るの?」
レナは微妙そうな顔をするが、気持ちもわからなくはない。何せ、リンが進んだ道には無数のゴミが散乱している。
流石は治安の悪い区画と言ったところだ。
「文句を言ってもしょうがないだろ? ホレ、リンを見失っちまうぞ」
俺の言葉を受け、レナは渋々と言った感じで進み始めたのだが、本当にひどいのはここからだった。
レナが進む道は、もはや道とは言えないようなものだったからだ。
時には屋根の上を通り、ときには橋の下を歩いたりなど、とにかく酷かった。
そして、行けるとこまで行き着き、最終的に俺達は、悪臭が漂う下水道にたどり着く。
「ねえ、本当にこんなところにお姉ちゃんがいるの?」
「お前も見てただろうが。この先にいるはずだ」
だが、レナが疑いたくなるのもわかる。
こんな息をするのもキツイ場所に、あのリンがいるのだろうか。
「とりあえず進むぞ」
「うええ~~・・・服に臭いがつきそう・・・」
そうぼやきつつも、俺たちは先を急ぐ。
思いのほか音が反響するので、無意識のうちに俺たちは音を立てず歩くようになった。
「シッ・・・! 止まれ・・・」
ある程度の距離を進んだとき、俺はレナに制止をかける。
「なに・・・? どうしたの・・・?」
「静かに・・・!」
俺は人差し指を口に当て、耳を澄ます——少し先から人の声がするようだ。
レナも、声に気づいたのか、俺の目を見て頷く。
「『忍び足』を使え・・・」
「う、うん・・・」
会話も最小限に、俺たちは『忍び足』を発動させ、慎重に歩みを進めた。
先からする声も、徐々に明確になってくる。
「そん——の、あ——まだ——って!」
この声はリンの声だ。話の内容は分からないが、ひどく興奮しているようだ。
「ソ——、ボ——ハ、オマ——信——」
リンの他にもう一人いるみたいだ。声からして男か・・・?
さらに、俺たちは慎重に進む。声は、すぐ先の曲がり角から響いてきてるみたいだ。
俺たちは、話を盗み聞くため曲がり角まで接近し、少しだけ顔を出してみる。
さすがにこれだけ暗い場所にいれば、目が慣れた。
そこにはリンと、背が高くフードを被った男らしき姿が見える。
それにしてもアイツは・・・。
「そんなの私は聞いてない!!」
リンが、フードの男を怒鳴りつける。どうやら二人は言い争いをしていたようだ。
「言ウ訳ナイダロ? 計画ヲ知レバ、オマエハ従ワナイ可能性ガ高イカラナァ」
男は活舌が余り良くないのか、言葉を聞き取るのが難しい。
「それならまだ——」
「ハハッ! モウ合図ハ送ッタ! 既ニ始マル頃合イダ! 誰ニモ止メル事ハ出来ナイッ!」
一体何の話をしてんだ?
そんな俺の疑問も置いてけぼりに、会話は更にヒートアップしていく。
「オマエハ、サッキ言ッタ通リニ行動シテ——」
「ふざけないで!!」
男の言葉に激昂したリンが、胸ぐらをつかみ、男を壁に強く押し付けた。
「グッ・・・!! ヘ、ヘッ・・・、怖イ怖イ・・・。流石ハ、ボスノオ気二入リダケノコトハアル・・・」
衝撃でフードが外れ、男の顔が露になる。
「———ッ」
思わず声をあげそうになったレナの口を、俺は咄嗟に塞ぐ。
男は壁に押し付けられながらも笑っている。その犬のような顔を歪ませて。
なんとなく体躯、姿勢から予想はついていた。
あれは————前に俺が遭遇した獣人だ。
「お気に入りなんて、気持ち悪い事を結うのは止めて。それよりも——」
「ソレヨリモ、コノ手ヲ放シテモラオウカ」
「話を——」
「放セト言ッテイル」
男の顔から表情が抜ける。先ほどのニヤケ顔とは正反対の顔だ。
「自分ノ立場ガ分カッテナイヨウダナ。俺達ハ、オマエノ大切ナ物ヲ、イツデモ壊ス事ガデキルンダゾ?」
男の言葉を受け、リンは憎々しげに睨みつつも、その手を離した。
「フン、ソレデイイ。所詮オマエハ俺達ノ道具デシカナインダカラ・・・ナアァァッ!」
そういうと、男はリンの顔を力強く殴りつけた。
「———ッ!!」
リンが殴られるのを目撃したレナが飛び出していこうとするが、俺がそれを許さない。
密かに『能力鑑定』を発動させていた俺は、リンと男のステータスを覗いていた。
リンが『UNKNOWN』なのに対し、男のステータスはほとんどがFランクで、速の項目が、かろうじてEランクと言ったところだ。
そんな格下相手に黙ってやられたということは、よほど『大切な物』とやらが大事なのだろう
そして、その大切な物と言うのはおそらく———
BA——DOOOOOOOOOOM!
突如、爆発音と思わしきものが響き、少しだが揺れた。
音の発信源は地上で、距離があると思われるが、それでも威力の高さがわかる。
「な、何!?」
「ハッ! 始マッタゾ。コレデ後ニハ引ケナクナッタゾ、リン?」
「くっ・・・!」
男の言葉を受け、リンは堪らずといった感じで、俺たちとは反対側へ走り出した。
男も笑いながらリンの後を追い、その場からいなくなった。
「・・・ふぅ~~~~~~~」
リンたちの気配が完全になくなったのを感じ、安堵のため息がこぼれた。
それにしても、今のは何だったんだ? 状況から判断するにリンが、獣人と繋がっていたとしか思えない様子だったんだが・・・。
「んん~~~ッ! ん~~ッ!!」
「おっと、悪い」
そういえば、レナの口を塞いだままだった。
慌てて手を離すと、レナは弾かれたように走り出そうとする。
「おい、どこ行くんだよ!?」
「どこって決まってるし!! お姉ちゃんを追うの!!」
「それは——」
もちろん危険だ。だが、先ほどの爆発音も気になるのも確かだ。
「——わかった。だが、覚悟はしておけよ?」
「・・・覚悟って?」
「お前の姉ちゃんが、獣人と通じてるかもしれないってことだ」
「そんなこと・・・・!」
無いと言いたいのだろうが、レナも先ほどの会話を聞いている。
否定したいが、頭では俺と同じ答えに結びついてしまうのだろう。
「・・・・わかった」
「急ぐぞ」
そう言うと、俺たちは動き出した。幸いにもリンが走り去った道は一本道だ。
迷うわけもなく俺たちは下水道を進み、そして外へと飛び出した。
そして俺たちは、その光景を目の当たりにすることになる。
「・・・なんだよこれ」
まず、飛び交う怒号が俺たちの耳に届いた。次には逃げ惑う住人達、次には町の所々から上がる黒煙。その一つ一つが、俺に最悪な想定をさせる。
——町は、何者かによって襲撃されていた