少年
「あ~最高だったわねぇ」
店を出ると、カトラさんが空を見上げた。
さっき食べたパスタの味を振り返っているんだろう。
僕は待ち望んでいた料理だったから、ようやく食べられたという想いも相まって、満足感が凄い。
パスタ初体験の2人も、瞬く間に完食していたし気に入ってくれたようだ。
良かった良かった。
心なしかテンションが高いリリーも、カトラさんに賛同する。
「うん、おいしかった……っ」
「また食べましょうね。濃いめの味なのに、1皿にまとめられているからツルツル食べられて! も〜衝撃だったわ。雰囲気的に、南の方から海を渡ってきた料理かしら?」
「……だと思う。この街で有名なスープも、そうだって聞いたから」
「ああ、そうよね。この辺りの国の料理だったら、もう少し薄い味付けの物が多いし」
へぇー、そうなんだ。
南からか……。
にしても僕からすると、パスタは家で作る以外にもファミレスや冷凍食品でも食べられるくらい身近なものだったからなぁ。
日本食でないとはいえ、慣れ親しんだ味だ。
今更もう、特別「異国の料理だ!」と思ったりはしない。
けれど2人にとっては違ったらしい。
その異色さというか、インパクトをかなり感じたみたいだ。
ふむふむと会話を聞きながら道を進んでいると、ふと建物の隙間から気になる物が見えた。
「わ、びっくりした……」
「ん? どうかした、トウヤ君」
「いえ。あ、あの……あれ、何ですか? あそこに見える巨大な」
思わず立ち止まり、カトラさんに尋ねる。
僕が指している物を見ると、カトラさんは「あー」と手を叩いた。
「あれは『ネメステッド像』よ。ちょうど宿の後ろの方向だから、今まで上手く見えなかったのね」
「ネメステッドって、神様のですか?」
「そうそう。この街を見守る、大切なものだそうよ。まあ今は、どちらかというと有名な観光地って印象だけれど」
建物の間から見えたのは、高台にある巨大な石像だった。
「な、なるほど……。しかし、凄い大きさですね」
元々高い場所にある上に、石像自体も合成なんじゃないかと思うくらいの規模感。
立ち姿の像なので、ここから見ると天にも届きそうだ。
たしかに、言われてみればフストの教会で見たネメステッド様の神像に似ている気が……。
うーん。
あんまりしないかも。
こんなに大きかったら、もしかしたらネメシリアに近づいてくる時にちらっと視界に入っていたのかも知れないな。
僕が気づけなかっただけで。
「少し距離があるから今日はやめておいて、明日か明後日、せっかくだし足下まで行ってみましょうか。知った風に言ってるけど、実は私も近くまで行ったことはないの」
「あっ、そうなんですか。カトラさんも。じゃあ、そうですね。ぜひ行ってみましょうか」
「ええ。リリーちゃんは……たしか、昔行ったって聞かせてくれたわよね」
「……あ、うん」
僕の腕の中にいるレイを指先で撫でていたリリーが、顔を上げて頷く。
「それじゃあ、案内してもらってもいいかな?」
「ん、わかった」
リリーが快く了承してくれたことで、ネメステッド像へは後日行くことに決まり、今日はこのまま宿があり今僕たちがいるネメシリア東部を探索してみることになった。
……と、いうことで。
「おお。やっぱり、近くに来ると潮の香りが強くなりますね」
まずは街を抜け、海岸沿いに来てみた。
さぁっと吹き付ける風が心地いい。
西側に見える港では、突堤に船着き場。
奥に灯台なんかが見える。
海辺の舗装された道の途中、のんびりと揺らめく海を眺めていると、リリーが肩を叩いてきた。
「トウヤ、あれ」
「うん? なに…………あっ」
リリーが見ていたのは、後ろにある開けた場所だった。
柵に囲まれたそこには、小さな建物が1つ。
それ以外の場所では、一面に黄色い果物か何かが天日干しにされている。
作業をしている年配の女性たちが数人いるが……。
そんな中に1人、僕とリリーが視線を向ける若い人物の姿があった。
カトラさんも彼に気がついたみたいだ。
「あら、昨日ロッカーズ大橋にいた子じゃない」
ふてくされた態度で、ダラダラと働いている少年。
そこには大橋を封鎖して腕試しをしようとしていたけれど、リリーによって一瞬で打ち負かされたダンドがいた。