はじまり
数時間後。
フストの南門付近にある馬車の停留所。
「トウヤさんっ。たくさんお世話になって、本当にありがとうございました! あのっ、お体には気をつけてくださいね!」
その端に停めた馬車の前で、わざわざ時間を作って来てくれたアンナさんが、僕の手を取って強く語りかけてきた。
あわあわと、いつもの調子だ。
「ありがとうございます。アンナさんもお元気で……アーズもね」
「うん! お土産、楽しみにしちゃおうかな~」
「了解了解」
しゃがんで、恋しそうにレイをモフってるアーズに親指を立てる。
「忘れないように気をつけておくよ」
「やった! ……あっ、安いやつでいいからね!? 今度トウヤたちが帰ってきたときに、話を聞かせてもらえるだけでも全然嬉しいし」
アーズはハッとしたように、両手をぶんぶん振る。
「そんな、遠慮しなくても良いのに」
まあアーズに合いそうな物を見つけたら買っておこう。
「じゃあ僕が帰ってきたら、代わりにアーズにあったことも聞かせてよ」
いずれ日曜冒険者(?)を始めることは、まだアンナさんに言っていないらしい。
だから顔を寄せて、こっそりと伝える。
「わかった。楽しみにしといて、ちゃんと日記にまとめておくからさ!」
ニシシと、いたずらっ子っぽい返事。
アンナさんは僕たちのやりとりを見て、首を傾げている。
横ではリリーが、ジャックとメアリさんと向き合っていた。
僕とカトラさんが家にお邪魔した初日、その後すぐにリリーはメアリさんと話し、旅立ちへの了解を得たそうだ。
今は普通にメアリさんも言葉をかけている。
「リリー。トウヤ君とカトラちゃんに迷惑をかけないようにね?」
「うん。パパとママも、また」
亀裂は無事、修復されたようで良かった。
「あぁ!! リリーが、リリーが行ってしまうだなんて!!」
そんな2人を、ジャックさんは目をうるうるとさせながらまとめて抱きしめている。
「ジャック……。この子も、前に私たちの下を離れて魔法を勉強しに行ったことがあったじゃない? そんなに悲しまなくても大丈夫よ」
「で、でも。それとこれは別だろう!?」
「ほら、落ち着いて。貴方と取引している方に見られるかも知れないわよ?」
じゃ、ジャックさん……。
メアリさんから宥められてるけど、もうどっちがリリーの旅立ちを後押ししてたのか、わからなくなってしまうなぁ。
「す、すごいね……」
アーズが引いちゃってるし。
アンナさんも口元に手を当て、「まぁ」と同じく困惑気味だ。
リリーたちのさらに向こうでは、カトラさんが屈んで車椅子の女性とハグしていた。
あの人が、幼馴染みの方らしい。
先ほど挨拶をさせてもらったけど、物腰が柔らかい人だった。
いつも大人びていると感じるカトラさんも、彼女との関係では妹っぽいのかもしれない。
今も、優しく頭をポンポンされている。
見送りには、エヴァンス夫妻も来てくれた。
アーズがカトラさんと話している間、エヴァンスさんは僕にリリーとカトラさんと仲良くするように言い、わざとらしく肩を回して見せた。
「ようやく、商会で俺のカリスマ性を活かすときが来たぜ」
「はは、頑張ってください! 巡り巡ってエヴァンスさんにもご迷惑をおかけすることになってしまって、申し訳ありません」
「なぁに気にすんな! 俺の負担を増やした元凶は、ジャックの野郎ただ1人だからな。あいつの命の恩人のトウヤと、リリーとカトラ。3人の旅立ちは目出度い、ただそれだけだ」
力強く背中を叩かれる。
「頑張れ……じゃねえな。楽しんでこい!」
「はい!」
そう、エヴァンスさんには結果的に負担を強いることになってしまったのだ。
原因はジャックさんから僕たちに持ちかけられた、1つの提案。
僕たちが出発した約1週間後、目下の仕事を片付けたジャックさんとメアリさんも、ネメシリアを目指してフストを出るというものだった。
フストからネメシリアへの道のりは1週間弱。
つまり僕たちがネメシリアに到着してから、1週間もすればジャックさんたちも街に来るという話だ。
公国の港町ネメシリアにも、フィンダー商会ではないが実質ジャックさんたちの商会が、また別にあるらしい。
だから形式上は、その商会の視察へ来るんだとか。
まあ本当は、移動や他の街での生活に対し、リリーがどうだったか確認するためにだろうけど。
さすがにマジックブックを持たせるだけで、娘を旅へ出すわけにはいかない。
……なので、と。
まず最初のネメシリアは、お試し期間のようなものになったみたいだ。
と、いうわけで最低でも2週間。
たぶん3、4週間くらいは、フィンダー商会をエヴァンスさんが回すことになった。
負担とはそういうことだ。
何もなければジャックさんたちにはまたすぐに会える。
そのためリリーも両親と離れることに特別寂しがる様子を見せず、僕と同じようにアーズたちとの挨拶を重点的にしていた。
皆が言葉を交わし終えた頃。
ゴゥオーン……ゴゥオーン……。
遠くから、朝2つ目の鐘の音が聞こえてきた。
時間だ。
「それじゃあ、行きましょうか」
軽い身のこなしでカトラさんが御者台に飛び乗る。
「はい。それでは皆さん、行ってきます」
馬車の荷台にレイを乗せ、最後の挨拶をする。
アーズが少し、涙目のような気がした。
リリーと一緒に僕たちも荷台へ。
「トウヤ君、カトラちゃん!」
ジャックさんが大きな声で呼びかけてきたとき、カトラさんの合図でユードリッドが歩き出した。
馬車が動き出す。
出発に関しては計画通りに、と僕たちは話し合っていた。
事前に決めた時間、手順を変更しない。
だから、1度動き出したら馬車はもう止まらない。
「リリーを頼んだよっ!」
ジャックさんが叫ぶ。
「任せてくださーい!!」
僕は返事をして、大きく手を振ってくれているみんなに、同じくらい大きく手を振り返した。
アンナさんが、アーズの肩に手を添えているのが見えた。
停留所を出たら、すぐに南門だ。
みんなの姿が見えなくなり、門で街を出る手続きを済ませる。
さぁ、ようやく出発だ。
この世界での旅が始まる。
高鳴る胸。
門を抜ける、その時だった。
隣にいるリリーに肩を叩かれる。
見ると、彼女は後方を指さしていた。
なんだろうと後ろに視線を向ける。
すると、門のぎりぎりの場所まで全力で走ってきている、赤い髪の少女が目に入った。
「アーズ!」
彼女は立ち止まると、すぅっと息を吸っている。
「みんなぁー!! どうか! どうか……!!」
馬車が門を通過して、街の外へ出る。
最後にフストから届いたのは、アーズからの言葉だった。
「――いい旅をっ!!」
アーズは彼女らしい太陽のような笑顔を浮かべ、年相応の涙を流していた。
馬車は止まらない。
アーズがどんどん小さくなっていく。
カトラさんが言っていた通りだと、僕は思った。
『たとえ何度経験したとしても、故郷から旅に出るのは大変よ。だから、計画通りに動きましょう。居心地の良い場所から旅へ行くには、つい長居してしまいそうになる自分を立ち止まらせない必要があるから』
僕でさえ何だか寂しくなっているんだ。
街に家族がいるリリー、そして1番にグランさんを置いて旅に出ることにしたカトラさんは、より強く後ろ髪を引かれる思いがあることだろう。
それでも、旅に出る。
2人とも理由は違えど、結果として僕の旅の仲間になった。
これから僕は、レンティア様の使徒として異世界を旅する。
馬車は止まらない。
まずは港町ネメシリアを目指して。
青く澄んだ空の下、やがてフストの街は小さくなっていった。
これにて『1章・フスト編』完結となります。
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