馬
僕がジャックさん宅の豪邸っぷりに驚いていると、門の向こうから男性が1人やって来た。
「お待ちしておりました」
腰を曲げ、挨拶される。
どうやらマヤさんのようにフィンダー家に仕えている方みたいだ。
年齢は50代後半。
真っ直ぐと伸びた背筋から、The・執事といった服装に包まれた体が、しっかりと鍛えられていることを感じる。
この人も……戦えるのだろうか?
僕たちが来るのを待ってくれていたらしい。
「こちらへどうぞ」
すぐに門を開け、中へと案内してくれた。
広い庭園を横切り、敷地の左手奥へ進む。
晴れ空の下、働く庭師の姿。
こんなにも広いのに、管理の手が隅々まで行き届いている。
改めてだけど……自分にこんな場所に住む知り合いができていたのかと、日本にいた頃とのギャップを感じるな。
まるで映画に出てくる資産家の家って感じだし。
少し高くなった場所に建つ屋敷を見上げながら、案内をしてくれる男性の後に続いていると、1台の馬車の前で彼が止まった。
「旦那様、お連れいたしました」
「ん? ……おぉ、ご苦労」
その声に反応して、馬車の陰からジャックさんが顔を出した。
こちらへ来る。
「カトラちゃん、トウヤ君。今日はわざわざ足を運んでもらってすまないね」
「いえ、私たちが……というか私がだったわね。ジャックさんからプレゼントを貰うんだから、このくらい当たり前じゃない。感謝の気持ちでいっぱいよ」
カトラさんが下手に出ると、ジャックさんは可笑しそうに笑った。
「ははっ、それは助かるよ」
それより……ジャックさん、今日は服装がいつもと違うな。
つなぎを着ていて、首からはタオルを掛けている。
それこそ知らない人が見たら、この豪邸の主人だとは思わないような格好だ。
僕の視線に気付いたのか、ジャックさんは幌が張った荷台型の馬車を叩いて口を開いた。
「馬車をあげるなら、馬がいないと意味がないだろう? だから今日は朝から、離れた場所にある厩舎へ行って、馬を一頭連れてきたんだ。それで最後に、別れる前に体を洗ってあげていてね」
馬を……。
だから作業着だったのか。
自分で洗ってあげるほどだ。
相当可愛がっているのだろう。
「大切にされているのに、譲っていただいてもよろしいんですか……?」
だからこそ、本当に良いのかと不安になる。
だがジャックさんは微笑んで馬車の向こうに足を向けた。
「ああ、もちろんさ。私の相棒でもあったが、トウヤ君――の旅に同行するカトラちゃんに見てもらうんだ。何しろ君のことを気に入っていたようだから、ぴったりだと思ってね」
僕たちもそちらへ行くと、陰になった場所で縄に繋がれた1頭の馬がいた。
体は乾いているが、話にあったように足下の地面は濡れている。
ジャックさんの言い方でまさかと思っていたけれど……やっぱりか。
あれ以来会っていなかったが、すぐにわかった。
美しい黒毛に、引き締まった筋肉。
「ユードリッド!」
ワイバーンに襲われていたジャックさんを助けたときに、同じく僕が治癒の生活魔法をかけた馬だ。
僕に気がつくと、ユードリッドは顔を寄せてくる。
腕の中にいるレイは顔を上げユードリッドを見たが、すぐに興味が失せたように脱力した。
「あら、知ってる子?」
カトラさんが首を傾げる。
「はい。僕がジャックさんと出会ったときに……」
「ああなるほど。そう、この子だったのね」
カトラさんも挨拶をするように、「よろしくね」と声をかけている。
ジャックさんはユードリッドの体に優しく手を添えると、僕たちを見た。
「こいつは体力もあるし、旅には向いてると思う。賢いから何かあったときに逃がしても、できる限り主人を探してくれるはずだ」
少し寂しそうな気もしたが、すぐに数歩、彼は屋敷の方へ行く。
「2人にはユードリッドとこの馬車をあげるとして、とりあえず家の中へいこうか。諸々の説明と……1つ、しっかりと話し合いたいことがあるからね」
きっとリリーのことについてだろう。
家に招かれた時点で、今日のうちに返答が聞けるとは思っていた。