プレゼント
調べによると、魔物は味が濃い物を食べても問題ないらしい。
それでもレイは、シンプルな味を好むようだ。
今日もグランさんに味付けせずに焼いてもらったホーンラビットのお肉と、食後に木の実を食べ、食堂の端で寝たり歩き回ったりしている。
僕たちはというと、乾杯してから料理をいただくことになった。
もちろん乾杯は、僕も自然な流れで他の子供たち同様に果実水でだ。
大人たちはワインを呑んでいる。
僕も久しぶり呑みたかったけど……。
この体だし、仕方がない。
ちなみに王国だけでなく、この近辺の多くの国で15歳ぐらいからお酒を呑み始めるのだそうだ。
法律でというより、子供のことを考えて風習的にそうなっているらしい。
元から頻繁に飲酒する方ではなかったし、本当に気になるお酒があった時だけこっそり呑めばいいか。
……。
1時間ほど経つと、カトラさんが自分も旅に同行することを皆さんに報告した。
「まあっ。カトラちゃん、冒険者に戻るのね」
メアリさんが口元に手を添え、目を丸くしている。
ジャックさんも驚いた様子だ。
「それはめでたい。君がトウヤ君と旅に出るというなら、心配は無用だね。……そうだ、門出に馬車をプレゼントしよう。たしか馬の扱いは……」
「ええ、私ができるわよ。でも本当にいいの?」
ん?
ジャックさんの突然の発言に、カトラさんも落ち着いて対応してるけど。
「いやいやっ貰えませんよ! 馬車なんて」
「え、ど、どうしてだい?」
僕が慌てて立ち上がると、ジャックさんは本気で戸惑いながら首を傾げた。
眠ってしまった息子さんたちを見ていたビスさんと、デザートを作りに厨房に入ったグランさんも、何事かと顔を覗かせてこっちを見ている。
「だってそんな、さすがに高価すぎますし……頂いたとしても、お返しできる物も……」
「なんだ、そういうことかい。なら心配はいらないよ。何も対価は求めないからね。これはトウヤ君とカトラちゃんだからプレゼントしたいんだ」
「で、ですけど……」
遠慮を超えて、本当にここまでしてもらっても良いのか心配になる。
ジャックさんにいらぬ負担に掛けてしまっているんじゃ?
向かいに座るカトラさんに助けを求める。
僕とレイだけでなく、カトラさんも魔法を使えば足が速い。
だから長距離でも走ればなんとかなるだろう。
なとど思っていたのだけど……。
「有り難いじゃない。旅人という性質上、馬車があった方が色んな所で警戒されにくくなるのよ? お金があればすぐにでも買うべきなくらいだから……ね?」
馬車には、そんな利点もあったらしい。
「まあ、あれだな」
僕がわたわたしていると、エヴァンスさんが肘をついて切り出した。
「馬車はカトラへの贈り物ってことにしたらいいだろ? あんなに小っちゃかった妹分が、もう1回冒険に出るって言ってんだ」
「そうだね。じゃあ、馬車はカトラちゃんへのプレゼントだ。これでいいかい、トウヤ君?」
すでに顔が赤いジャックさんは、グビッとまたワインを飲み干す。
決して酔った勢いで言っているわけではなさそうだが……って。
「わかりました。カトラさんへの贈り物だというなら、僕に何かを言う権利はありませんから。そ、それよりも皆さん、そんなに昔からお知り合いだったんですか?」
「ええ。ジャックとエヴァンスが商会を大きくするときに知り合ったの」
お2人と同じくらい呑んでいるのに、顔色ひとつ変わらないメアリさんが答えてくれる。
「当時、面倒な騒動があってね。もう引退していたのだけど、元Sランク冒険者のグランさんに解決してもらって……」
遠い過去を見ているような目だ。
しかし、フィンダー商会の面々の表情は明るくない。
い、いろいろと大変なことがあったのかな?
空気を変えるように、カトラさんが咳払いをした。
「ごほんっ。まあ、ジャックさんたちと出会えたおかげで助かったこともたくさんあったわ。ほら、私の双剣だって商会の伝手で名匠に打ってもらえたんだから。……あ、デザートが出来たようね」
そうこうしていると、お皿を持ったグランさんが厨房から出てきた。
「ほい、できたぞ。って、どうしたんだ?」
薄く焼いた生地に生クリーム。
ベリーと、それを使ったソース。
クレープが乗ったお皿を1人1つずつ出しながらグランさんが訊くと、ジャックさんが元の表情に戻って答えた。
「グラン、なんで教えてくれなかったんだ? カトラちゃんも旅に出ること、聞いたよ。だから門出に馬車をプレゼントしようとね」
「そりゃお前、俺の口から言うことじゃないだろ。にしても馬車か……。だったらアーズ、お前さんも行ってみたらどうだ?」
「えっ。あ、あたし……!?」
旅の話だからと、リリーと2人で残った料理を摘まみながら話していたアーズが、いきなり声をかけられてビクリと跳ねる。
大所帯になるのは大変だけど、アーズも旅のことや他の街のことを興味ありげにしていたしなぁ。
それに、カトラさんもいなくなることを寂しがってたって聞いたし。
グランさんは僕の顔色をちらっと窺ってから、もう一度アーズに問いかける。
「馬車があれば移動もラクになるだろ。最初は体力がなくても負担にはならない。宿や俺のことは気にするな。だから……どうだ?」
ここは僕も、アーズの返答を聞いてから対応を考えよう。
みんなの視線が彼女に集まる。
俯いたアーズは、しばらくしてから顔を上げ、にっこり笑った。
「ありがと、おやっさん」
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