心配ご無用
翌日。
珍しく2度寝をして、起きるのが遅くなった。
グランさんと話し終わったらパパッと体を洗って、早く眠りに就いたんだけど。
薬草採取やピクニックでの疲れはそこまでなかったから、魔力の枯渇がよほど響いたのかもしれない。
それに喉がイガイガする。
風邪気味だ。
咳払いをしながら身支度を調え、食堂に行くと、もう食事をしている客は誰もいなかった。
朝食の提供時間を過ぎちゃったか。
そのままフロントで呼び鈴を鳴らし、グランさんに鍵を預けようと思ったが……。
「おっ、起きたか」
「あ、おはようございます」
「いつものやつ残してるが食ってくか?」
ちょうどこちらに顔を覗かせたグランさんが声を掛けてくれた。
「ありがとうございます! ぜひ頂きます」
「はいよ」
食堂のカウンターでホットドッグとブラックコーヒーを受け取る。
わざわざ僕の分を残しておいてくれたみたいだ。
ホットドッグは温かく、できたての状態で渡してくれた。
完食し、宿を出る。
いつも以上に遅い時間帯のため太陽は高く昇り、ギルドに向かう道中、立ち話をする主婦の姿が多かった気がする。
閑散としたギルド内。
昨晩ぶりのカトラさんに挨拶をして、依頼を受ける前に生活魔法を披露することになった。
こうやって見ると、昨日の私服姿とギルドでの制服姿で結構印象が違うんだなぁ。
などと思いながらギルド裏の空きスペースに連れて行かれる。
建物に囲まれていて、日が差し入ってくる高空亭の裏庭みたいな場所だけど、広さはその3倍くらいありそうだ。
「こんなとこがあったんですね……」
「今はないけど、いつもはギルドや酒場、買取所で使う物を干したりするのに使っているのよ。ここは基本的に職員しか出入りしないから、誰かに見られる心配もないわ」
ぐるりと周囲を見回す。
ここを囲む建物にある窓からも人の気配はしない。
どうやら物置部屋が多いみたいだ。
「それじゃあ早速始めますね」
「ええ、お願いするわ」
風邪気味だが、魔力は問題なく回復している。
念のためカトラさんから距離を取り、僕は生活魔法を使用した。
水を球状にして浮かせ、凍らしたり熱したりする。
風を使って炎を2mくらい先に飛ばし、続いて同じ場所に水を飛ばす。
しっかりと実力を確認してもらうことが目的なので、今までの練習の成果を発表するように、僕は量だけでなく質も意識して一通り披露した。
そして。
「ど、どうでしたか……?」
恐る恐る尋ねる。
カトラさんから返ってきた第一声は「こ、これが全部、生活魔法だなんて言われても誰も信じないわね……」だった。
「え?」
「ああっ、トウヤ君が生活魔法だけでスライムを凍らせたことも納得できたわ。でも、これだったら他の人に遠目で見られたとしても、詠唱部分を聞かれさえしなかったら誰も生活魔法だとは思わないってことよ」
一見、生活魔法って分からないくらいのレベルになってたんだ……僕のって。
けどたしかに。
今までジャックさんとかにも、治癒の生活魔法を回復魔法と勘違いされたりしていたもんな。
「まあ、その歳でそこまでの腕前だったら、優秀な魔法使いの弟子だとか変な噂が流れかねないから、なるべく隠した方が良いとは思うけれどね」
「わ、わかりました。依頼なんかで使わざるを得ない時も、可能な限り詠唱を聞かれないようにしますね」
「うん。それと、やっぱり君は魔力の量と操作センスが考えられないくらい恵まれてるようだから、一般魔法も練習したらすぐに習得できると思うわ」
「っ! ほ、本当ですかっ!? 僕、前々から他の魔法の勉強もできるならしてみたいと思ってたんです」
「え、ええ……本当よ。けどね、トウヤ君。魔法の幅が広がったからと言って決して危険を冒さないと誓ってくれるかしら?」
カトラさんは心の底から心配そうに、僕と目の高さを合わせて訊いてくる。
新しい魔法が使えるようになった僕が、調子に乗って危ない目に遭わないよう気に掛けてくれてるのだろう。
ここまで親身になってくれて本当に有り難い。
でも、心配はご無用だ。
何しろ……。
「もちろんです! 僕は戦ったりするためじゃなくて、ただ単純に魔法を楽しみたいだけなので」
魔物と対峙する勇気など僕にはまだない。
あのワイバーンの冷たい目を思い出すだけでゾッとするくらいだ。
嘘偽りなく気持ちを伝えると、カトラさんは優しくクスッと笑った。
「わかったわ。じゃあ資料室での勉強以外に、時間があるときは私が一般魔法を教えてあげるわね。こう見えてもそこそこ得意なのよ? 特に、風魔法には自信があるわ」