スゴイ扱い
ギルド内はガランとしていた。
魔物討伐系の依頼は、移動にも結構時間がかかるみたいだもんなあ。
冒険者は何気に拘束時間が長い仕事だ。
その代わり、いつ働くか自分で決められる仕事でもある。
併設されている酒場では、まだ昼間だというのに数人の男たちが呑んでいた。
応対する冒険者がおらず暇そうな受付へ行く。
3席のうち1つは空席だったが、カトラさんの姿はあった。
隣の席の女性と話している。
良かった。
色々と事情を知ってくれているカトラさんの方が、話が早いからな。
彼女の下へ向かい孤児院での依頼の進み具合や、地下室から繋がった水路に大量のスライムがいたことを話す。
カトラさんは最後まで話を聞くと、顎に指を当てて口先を尖らせた。
「うーん、そうねぇ……。豪雨でいろんな物が流れたから、スライムが増殖しちゃったのかしら」
あれ?
なんか思ったよりも落ち着いてるけど……。
「あのー、危険だったりはしないんですか?」
「ん? えっーと……危険って、スライムが?」
「はい」
だってスライムとはいえ街の中にあんなに魔物がいたんだ。
危ないだろう。
僕は本気でそう思って言ったんだけど、カトラさんは目をパチパチさせている。
そして、ブフッと吹き出した。
「もう何言ってるのよ、トウヤ君。そんな真面目な顔でいきなり変なこと言わないでちょうだい。ダンジョンで出るのとは違って普通のスライムが危険なわけないじゃない」
冗談と捉えられたのか、めちゃくちゃ笑ってる。
これは……何か僕が決定的な勘違いをしてるのかも。
目尻に浮かんだ涙を拭うカトラさんだけでなく、隣の席の受付嬢さんも必死に笑いを堪えているくらいだし。
それとなく探ってみるか。
あくまで変に思われないように気をつけて。
……。
話を続けていくと、衝撃の事実が判明した。
「それじゃあスライムを顔に近づけないようにだけ気をつけて、倒しておいてくれるかしら。核の魔石に衝撃を与えるのよ? 丁寧にやれば、小さいけれどギルドで買い取ることもできるから」
「あー。い、一応、その話をお受けするか考えてもいいですか? お断りすることになったら、今日中にまた来て伝えますので」
そう。
とりあえず今は僕があのスライムたちを対処する感じになっているのは置いておくとして……。
衝撃の事実は2つある。
1つ。
普通のスライムは特に危険な生き物ではないらしい。
口や鼻に入って呼吸ができなくなると危ないが、魔物だけど魔物ではない、それくらいの扱いをされてる。
まるで動く大きな餅くらいの扱われ方だ。
2つ。
スライムは街中に案外いるんだとか。
汚れやゴミを食べて溶かしてくれるので、少しいる分には逆に都合がいいそうだ。
ただ増えすぎると困るので、時々こうして間引きする必要があるらしい。
ダンジョン内で産まれる特殊なスライムは普通に脅威みたいだけど、まさかノーマルがこんな風に認識されてるとは。
初心者用の敵ですらないのか……。
同じスライムとはいえ、認識上はもう違う生物なんだろうな。
毒蜘蛛と、他の虫を食べてくれる小さい蜘蛛みたいに。
グランさんとの約束があるので僕が保留を伝えると、カトラさんは不思議そうにしながらも頷いてくれた。
「……? 分かったわ。問題がないようだったら、そのまま明日よろしく頼むわね」
「はい。それでは失礼します」
「あれっ、今日はこれだけ? 他に何か用事があったから来たんじゃ……」
「あ、あははは……。こ、これだけです」
結果として冗談を言いに来ただけみたいになったけど、仕方がないだろう。
1人で勝手に「大事件が発生してるんじゃ」と思ってたなんて言えない。
変な空気を苦笑いで誤魔化し、ギルドから退散する。
さて、あとはグランさんに許可を貰っておこう。
高空亭に戻り、裏庭で短剣を振って体を動かす。
グランさんの休憩時間にアドバイスをもらいながら、スライムの件を話すと返ってきたのはまた呆気ない言葉だった。
「スライムだぁ? そんなもん魔物じゃねえんだから、あの約束にはノーカンだ。鳥や野犬の方が恐ろしいんだからよ。坊主、ここはバシッと働いてこい」
「わ、わかりました」
この世界でのスライムの扱い、ある意味でスゴイなぁ……。