工房見学
ノルーシャさんは滞りなく話を進められたようだ。
無事にフレッグさんと詳細な契約を結んだことを、マジックブックでジャックさんに報告していた。
「皆様には大変お世話になりました。明日、工房へ最後の挨拶に向かうのですが、ご一緒にどうですか? フレッグ様も是非にと」
ペンを置くと、そんな提案があった。
「……最後? ノルーシャ、もうすぐ帰るの?」
リリーが尋ねると、頷くノルーシャさん。
「はい。私の仕事はひとまずこれで終わりですので。あとはフレッグ様が開発、生産の作業に入っていただく形になります。都度、必要な作業は部下が派遣される形になると思います」
仕事って大変だ。
ネメシリアに帰ってしまうのは悲しいが、こればかりは仕方がない。
リリーが黙りこくってしまったので僕が繋ぐ。
「そうですか……。それは、寂しくなりますね」
「私としてもまだ滞在していたいのですが、もう十分にダンジョールでの生活を楽しみましたので。これ以上ネメシリアを離れていますと、クーシーズ商会が心配です。ですのでお嬢様、どうぞ笑顔で」
ノルーシャさんは微笑んで、リリーの手を優しく取る。
それで迷惑をかけてはいけないと思ったのか。
まだ納得のいっていない様子だったけど、リリーはこくりと頷いた。
「それじゃあ明日、私たちもご一緒させてもらいましょうか」
カトラさんが、そんなリリーの背中に手を添えて言う。
というわけで、次の日。
僕たちはノルーシャさんに引き連れられて、フレッグさんの工房を見学させてもらうことになった。
昼過ぎからの約束だったので、ついでにみんなで前に行った露天温泉に寄ってから行く。
……ふぅ。
まだ明るい時間帯に入る露天温泉も最高だ。
服を着てもポカポカと湯気が上がる僕たちは、前回は坂の下からしか見なかった工房へと向かった。
『工房 泉の道』
格好いい字体で削られた木の看板が、寺を思わせる大きな門にかけられている。
「おう、来たか」
門の前で待っていたフレッグさんが案内してくれるらしい。
門の先には広々とした庭園が広がっている。
その先に平屋建ての横に長い母屋と、これまた大きな離れがある。
庭園で実験をしているお弟子さんたちに挨拶をして、僕たちは離れの方に案内された。
ちなみにお弟子さんたちは、つなぎを着ていることが多いようだ。
離れに入った一室でも、つなぎ姿のお弟子さんたちが黙々と製図をしている。
ペンを動かして線を引いたり、何かの計算をしたり。
建築家のような一面があると思ったら、研究者みたいな感じもするな。
僕が知っている職業に綺麗に当てはめることはできない、完全に初めて出会った職業だ。
フレッグさんが現れると、出会う人がみんな目を輝かせながら深くお辞儀をして挨拶する。
とんでもない尊敬を集めている人物だと、今更ながらに実感させられた。
ただの一見気難しそうで、お酒が大好きな人ではなかったみたいだ。
製図をしていた部屋の一番奥では、前に僕たちを販売店で案内してくれたバートンさんがいた。
「お久しぶりです。いやー良かった。親方を仕事する気にしてくださってありがとうございます」
さすが一番弟子兼、義理の息子さん。
「お前な……なんだそれは」
口を歪め睨まれているが、「すんません」と形だけ軽く頭を下げて流している。
「それよりもほら、来てますよ」
「ん? ……おおっ」
バートンさんが後ろを見ると、そこには何かのおもちゃで遊んでいる二歳児くらいの女の子がいた。
フレッグさんが声を上げると、こちらを向いて笑顔になる。
「じぃじー!」
「おおう、遊びに来ていたのかぁ……! ほれ、抱っこしてやろう」
駆け寄ってきた少女をフレッグさんは嬉しそうに抱き上げ、頬と頬をくっつけ合っている。
お孫さんか。
今やフレッグさんの顔は優しく垂れ目になり、もう別人みたいだ。
あんなに威厳を感じさせる人も、やはり可愛い孫の前では無力。
一瞬だけびっくりしてしまった僕たちも、温かな光景を前に次第に顔が緩んでいった。




