完飲完食
「ローレンスさんはこのお店、よく来られるんですか?」
注文を終えると、一番奥に座っているカトラさんが前傾姿勢になって尋ねた。
「ここはサムに教えてもらってね。すっかりハマって、近くに来たら必ず足を運んでしまってるよ。まあ、この味ともそろそろお別れだけどね」
寂しそうにラーメンを見つめるローレンスさん。
その手に持ったフォークで器用にコーンを掬い食べている。
いくらラーメンといっても、お箸は見当たらない。
本来は箸立てとして使われる筒には、びっしりとフォークが入れられていた。
前に、あと少しでダンジョールを去ると言っていたからな。
ここにいられる時間も、もうあまり残されていないのだろう。
そういえば……。
「探されていた物は見つかりました?」
「いいや、それがさっぱりだったよ。いろんな人に話を聞いてみたり、どうにかして手に入れられないか粘ってみたが……なかなか難しいみたいでね。この街にだったらあるかもしれないと思ったけど、僕が求めている物はそう簡単にお目にかかれなかったようだ」
はぁ、とローレンスさんは溜息を吐いている。
探し物って、そんなに希少なものだったんだ。
長らく滞在していたみたいなのに、それは確かに残念だろうな。
「あと、どれくらいいる?」
水を飲んでいたリリーが訊く。
「うーん一週間くらいかな? もう少しだけ幸運を願ってみることにするよ。これでダメだったら大人しく帰ろう」
ローレンスさんのテンションがいつもより低い。
あと一週間では、あまり可能性がないと心の底では思ってしまっているのかもしれない。
最近は食事時なんかに宿で会っても口数が少なかったのも、これが原因だったのかな。
「へい、お待ち! ミィソのバター載せ三つだね」
話していると、僕たちの分ができたようだ。
大将がカウンターに器を置いてくれる。
立ち上る湯気の向こうには……うん、やっぱり間違いなく味噌ラーメンだ。
脂が輝く厚切りのチャーシューに、たっぷりのコーン。
ふんわりと載せられた白髪ネギの上で、バターが今にも溶けていっている。
竹は見ないからな。
残念ながらメンマはないけど、仕方がない。
思わず口の中に溜まっていく唾をごくりと飲み込む。
「じゃあ、いただきましょうか」
カトラさんの言葉で僕たちも筒からフォークを取り、食べ始める。
食欲を刺激する味噌とバターの香りは、こっちの世界の人々をも魅了するらしい。
カトラさんとリリーは、待ちきれないとばかりに麺を持ち上げている。
しかし、ここは一つあくまで冷静に、僕は僕なりに頂くとしよう。
「いただきます」
両手を合わせてつぶやき、まずは器についてきたレンゲでスープを口に運ぶ。
その瞬間、雷に打たれたような衝撃を受けた。
これだ!
お、美味しすぎる。
わずかに溶け出したバターが混ざったスープ。
味は日本で食べていたものと同等……いや、洗練されていて日本の有名店とも張り合えるくらいだ。
濃すぎず、薄すぎず。
万人受けする完璧なバランスかもしれない。
久しぶりの味噌が、僕の日本人として『美味しい』という感覚を強烈に呼び覚ます。
もう一口だけスープを飲んで、やっと麺を啜ると何かが弾けたような気がした。
それからのことは、よく覚えていない。
気がつくと満足感に包まれ、目の前には空になった器があった。
まさかスープを全部飲み干してしまうとは。
あとで喉が渇いて仕方がないだろうけど、これに抗えられる人はいないはずだ。
案の定、カトラさんとリリーも汗を掻きながら綺麗に飲み干していた。




