味噌ラーメン
「はー、楽しかったわねぇー」
スキーを楽しみ、僕たちは街の中に戻ってきた。
カトラさんだけでなくリリーも満足してくれたようだ。
「魔法スキー、さいこーだった」
スキップでもし出しそうな勢いで前を歩いている。
というか「魔法スキー」って、元からあったものみたいに言ってるけど。
スキー板なんかはアイテムボックスに入れたので、手ぶらで行き来できる。
それにスキーができる斜面も街からすぐ近く。
実は今の環境、普通では考えられないくらいスキーに行きやすい環境だったのでは?
滑り終わったあとも魔法があるから、毎回頑張って斜面を登る必要もないのだし。
なんにせよ、楽しい時間を過ごせた。
二人も喜んでくれたみたいだし、レイも雪の中を走れて満足そうだ。
良かった良かった。
「ん? この匂い……」
道を歩いていると、ふと良い香りが漂ってきた。
来る時は近道を通ってまっすぐに山に向かったので、この辺りは通らなかったからな。
気になる。
久しく感じていなかったけれど、なんだか懐かしいような……。
「ああ、あそこのお店ね。古くからある人気店よ」
「へぇ。何のお店なんですか?」
カトラさんが指をさした店を見る。
小さな窓の向こうには、カウンター席が奥に伸びていた。
「ふふっ、ミィソっていうオリジナル料理よ。私は前に来た時に食べたのだけれど、そういえばスープパスタに似ていたわね」
「ミィソ、聞いたことがある」
店の前まで来て足を止めると、リリーが目を見開いた。
「昔の、有名な冒険者が考案した料理だって。ダンジョールに行ったら、絶対に食べるべきってパパが言ってた」
なるほど。
かなり有名らしい。
この匂い絶対に知ってるはずなんだけどなぁ。
なんだったっけ?
程よく疲れもあって、お腹はぺこぺこ。
夜までは時間もあるし、ぜひ食べていきたいところだ。
「寄っていく?」
二人が乗り気か様子を窺いながら訊いてみる。
「うん」
「そうね。せっかくだし入っちゃいましょうか」
おーやった。
食い気味に返事をしてくれたリリーなんか、もうお店の扉に手をかけている。
レイには申し訳ないけど、流石にギルドの酒場とは違って普通の飲食店には入れないだろう。
店の外で待っておいてもらうことにする。
無力化した姿は犬っぽいので、これまでも何度か外で待ってもらう場面もあったが今のところ問題はおきていない。
僕たちだけご飯を食べに行くと、明らかにレイが拗ねている気もするけど。
おやつに果物をあげたら、一応理解はしてくれた雰囲気ではあった。
「……あ」
店内に入ると、リリーが声を漏らした。
続けてカトラさんも、手前のカウンター席にいた人物に眉を上げる。
「あら、ローレンスさん」
「ずずー……ん? やあ、君たちか」
手を挙げて挨拶してくれたのは、雪妖精のかまくらに滞在中の高等遊民さん。
頭にタオルを巻いた店主の男性が「らっしゃい」とローレンスさんの奥の席に案内してくれる。
って、それよりもだ。
この店内の雰囲気。
そして今ローレンスさんが、ずずーと音を立てながら啜っていたものって……。
僕はローレンスさんの隣に座ることになったので、こっそりと彼の前に置かれている器を見た。
「やっぱり!」
「ん、どうかしたかい?」
小声で言ったつもりだったけど、どうやら聞こえてしまっていたらしい。
口元をハンカチで上品に拭き、コップを持ち上げながら首を傾げられる。
「あ、いえ。な、なんでもないです」
「……?」
不思議がられているが、今は関係ない。
そこにあったのはラーメン、それも味噌バターラーメンだったのだ!
え、じゃあミィソって味噌ってことだったの?
なんて直球な。
それにしても店の外でした匂いの正体が、まさかバターと混じった味噌ラーメンの匂いだったなんて。
気づいてみれば、それ以外には考えられないあの匂いだ。
でも、なんで味噌ラーメンなんてものが古くからの人気店としてここにあるのだろうか。
リリーによると、昔に冒険者が考案したそうだけど。
もしかして、その人も僕と同じような転生者だったとか?
考えられることは色々とある。
……ま、だけど今はいいや。
何しろラーメン、本当に食べたかったんだよねー。
時々夢に出てくるレベルで。
久々の再会に心が躍るというものだ。
だから何故ラーメンがあるかなどの話は後にして、興奮を察せられないように平静を装うことにする。
カトラさんに何を注文するか聞かれたので、僕もみんなと同じこの店の一番人気だというバターを載せた味噌ラーメンにしておいた。




