二階層
ダンジョン二階層『巨木の森』。
太さ十メートルくらいの背の高い木々が並び、木漏れ日に照らされている静かな場所だ。
そこまで起伏もなく、移動の難易度は一階層と同じくらい。
むしろ広さに至っては少し狭いくらいなので、流れで三階層まで進む冒険者がほとんどなのだとか。
しかし、二階層からは複数の魔物が出てくる。
グリーンスライムだけだった一階層とは違う。
現れる魔物の強さも上がるので、僕たちが二階層に進出する今日は『飛竜』の面々が同行してくれていた。
「問題なさそうだな。これでこの階層に湧く魔物は全部だが、何か気になる点はないか?」
フスト近郊にもいたホーンラビットを僕が魔法で倒すと、サムさんが訊いてくる。
「いえ、大丈夫そうです。リリーは……」
「わたしも、問題ない」
「そうか。まあ二人の実力的にも不安はないだろうし、カトラがいるからな。このくらいは平気だろう」
出現するという四種類の魔物を倒して回ってみたけど、たしかに実力的に心配はいらないだろう。
初めて見る魔物の動きを把握することも、サムさんたちがいてくれたので安心してできた。
「助かったわ。みんなも気をつけて」
一つ頷き、カトラさんが言う。
「ああ。それじゃあ、俺たちも行くか」
「また宿でね」
サムさんが振り向くと、後ろで待機していたモクルさんが手を振ってくれる。
全員、今日はフル装備だ。
しっかりと武器を持ち、防具なんかも着けている。
ダンジョールへの帰還途中に出会った時と同じ格好だった。
彼らは僕たちが二階層でも問題ないか見てくれたあと、今日はそのまま深い階層で活動する予定なのだそうだ。
と言っても日帰りできるくらいの階層で、腕を鈍らせないために魔物と戦うだけらしい。
だから、今晩も宿では一緒に食事をする約束になっている。
せっかくだからS級パーティの戦いを見てみたい気もするけど、一気に数階層も下に行くのは怖いからな。
なくなく諦めた。
手を振ってサムさんたちを見送ると、カトラさんが伸びをしてから僕たちを見た。
「よしっ、私たちもそろそろいきましょうか。探索し尽くされた階層だけれど、決して危険じゃないわけではないわよ。気を抜かずに」
人差し指を振って確認される。
「はい!」
怪我をしたりするのはご免だ。
しっかりと集中して、今日もレベルアップを目指して頑張ろう。
カトラさんを先頭に、僕とリリーとレイが付いていく。
そういえばここの景色ってどこかに似てるなぁとは思っていたけど、神域だ。
祠を出て、フストに行くために走り抜けた森に似ている。
数十メートルの間隔で並ぶ巨大な木々に木漏れ日、この穏やかな風。
あの場所から、そっくりそのまま持ってきたみたいだ。
このダンジョンもアヴァロン様が造られたそうだし神様のセンスってやつなのだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると、木の陰から赤い目をしたキツネの魔物が出てきた。
【 フォレストフォックス 】
世界各地の森林地帯に生息する魔物。敵を見つけると仲間を呼び、群れで襲う。
サムさんたちがいる時に鑑定した情報によると、ホーンラビットよりも少し強いくらいだった。
でも仲間を呼ぶって書いているし、数が増えたら厄介度は比べものにならないはずだ。
「……さっきはトウヤが倒したから、次はわたし」
リリーが一歩前に出る。
キリッとした横顔だ。
僕よりもレベルが高いリリーは、グリーンスライムではレベルアップしにくくなっていたからなぁ。
今日ようやく二階層に来れて、普段よりも気合いが入っているのかもしれない。
「じゃあ僕たちはここで見ておきましょうか」
「そうね。リリーちゃん、手伝いが必要だった言うのよ?」
「……うん、わかった。だから言うまでは、手助けなしで」
リリーはそれだけ言うと、魔法の詠唱に入る。
フォレストフォックスは睨みをきかせて、その鋭い爪で地面をガリッと引っ掻いた。
距離は十五メートルくらい。
そんなに近くはないから遠距離魔法が得意なリリーが有利だろうけど……あ、あれ?
詠唱を終えてあとは魔法名を口にするだけでいいのに、何故か魔法を放とうとしない。
「リリー、大丈夫?」
「まさか……」
心配になって僕は声をかけたが、横のカトラさんは呆れたように目を細めるだけ。
あ。
そうこうしていると、フォレストフォックスが遠吠えをした。
その声に反応して、新たに遠くから四体も駆けつけてくる。
「大変ですよ! カトラさん、僕たちも手伝いましょう」
「いや、多分わざとよ」
「え?」
「ほら。リリーちゃん、わざとフォレストフォックスを呼び寄せたのよ」
カトラさんが言い終わると同時に、リリーが呟いた。
「……『アイス・カッター』」
高濃度の魔力が放出され、氷の刃となって飛んでいく。
シュギンッ!
回転しながら飛んでいったそれは、鋭い音を響かせながら線を描き次々とフォレストフォックス五体の首を刎ねた。
「…………」
思わず、言葉を失ってしまう。
僕が固まっていると、振り返ったリリーが「ぶいっ」とピースしてくる。
「こっちのほうが、効率的」
倒したフォレストフォックスたちが淡い光になって消えていく。
本気で心配したのに、なんだか損した気分だ。
「もう、リリーちゃん……?」
カトラさんが咎めるような視線を向ける。
だけど僕には、引き攣った笑みを浮かべることしかできなかった。
「あ、あはは……確かに……効率的かも」




