オチ
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長らく在庫切れ、品薄状態が続いていたコミカライズ1巻が、補充されているかと思います!
書店でご購入予定の方は、今のうちに行っていただけると発見しやすいかと。
ネット通販にも在庫がありますので、そちらからもぜひ。
今週末のお供に、何卒よろしくお願いいたします!
勝負は七杯目へと入っていた。
「たしかに、みなさん本当にお強いですね」
ノルーシャさんも、カトラさんに劣らない酒豪だったようだ。
真っ直ぐに伸びた姿勢のまま、今もグイッとショットを空にしている。
「……でも、親方も全然酔ってない。カトラちゃんたちの二倍呑んでるのに」
僕の言葉を聞いて、リリーがテーブルに肘をついた。
「これは強敵だねっ」
ジャスミンさんも、掛けてもいないメガネをクイっとさせたりしているし。
さっきまで僕の膝の上で寝ていたレイも、テーブルに前足を乗せて戦況を見守り始めた。
……みんな、実況者のつもりなのかな。
「さぁ、どうなるんだー!?」
ジャスミンさんの声が食堂内に響く。
リリーが言う通り、フレッグさんは二倍呑んでいるのにな。
カトラさんたちと同じく、まだまだ平気そうだ。
戦況に変化があったのは九杯目、ノルーシャさんが五杯目のショットを呑んだ時だった。
「……うぷっ。も、申し訳ありらせん。私は、もう……メそうで、す」
突然そう言うと、両手をダラリと垂らして脱力してしまった。
さっきまで平気そうだったのに……。
我慢していたのか、今や目の焦点が合っていない。
でも背筋は必ずピンと伸びているから凄い人だ、本当に。
「大丈夫ですかノルーシャさん。お水、飲んでください」
僕がカップに注いでおいた水を渡すと、彼女はゆっくりと口をつける。
「ありがとう……ございます」
「いえいえ。あの、もう十分酌み交わしたんじゃ……?」
やっぱり呑みくらべなんて、健康的にもよろしくないだろう。
そう訴えるが、フレッグさんがギロリとこっちを見た。
こ、怖いなぁ、もう。
「俺ァまだまだ旨く呑めてるんだがな。ノルーシャの嬢ちゃんが脱落したが、もう一人の嬢ちゃんもここらで止めにするか?」
フレッグさんはニヤリ、と挑発的な笑みを浮かべる。
彼は九杯も一人で呑んでいる。
最初の頃とは違って流石に声が大きくなっている。
ただ、変化はそれだけだ。
パッと見ただけでは素面かと思ってしまうかもしれない。
この世界のお酒でも、ショットで呑むくらいだから度数は結構あるとはおもんだけど。
みんな凄いが、フレッグさんは正直化け物級だ。
「いえ、私もまだいけますよ」
挑発に乗ったカトラさんが言う。
「やるじゃねえか。ここからはテンポを上げていこうぜ。俺も久々に楽しくなってきちまった」
「ええ。そちらがダウンしないのなら」
「ふっ、言ってくれるじゃねえか」
ば、バチバチだな。
自分の戦いを急遽参戦することになったカトラさんに任せることになってしまい、ノルーシャさんは悔しそうだ。
「申し訳、ございませんカトラ様……」
「気にしないでください。私も久しぶりに燃えてきましたから」
カトラさんの横顔は、死地へ向かう騎士のように逞しい。
ただ好きなお酒をたらふく呑めて、どうせ幸せなだけなんだろうけど。
やれやれ。
まったく困ったものだ。
止めても止めそうにないし。
僕たちにはゴクリ、と喉を鳴らせて静観することしかできない。
「ほれ、じゃあ次いくぞ」
ゴーヴァルさんの掛け声で休む暇もなく戦いは再開した。
……そして、その結果はというと。
当初の予定では一本で終わるはずだったんだろう。
しかし二人のあまりの呑みっぷりに、急遽開けられることになった二本目のボトル。
それも半分くらいまで減ったその横に、カンッと二つのグラスが叩きつけられた。
「ふぅ、美味しかったわね。でも、もうお腹タプンタプン」
「俺も腹が限界だ。だがまあ、楽しかったから勝負はどうでもいいかっ!」
両者酔いよりも先に、お腹の苦しさが来て引き分けで終わった。
フレッグさんがガハハと豪快に笑う。
「いい呑みっぷりだったぜ、嬢ちゃん。ここまで俺に付いてこれた奴はゴーヴァル以来じゃねえか?」
「まあ嬉しいわ。フレッグさんも最高だったわよ」
「おう。これで、俺たちァはもう仲間だ」
酩酊してないとはいえ、しっかり酔ってはいるみたいだ。
二人は気分良さそうに立ち上がると、力強い握手を交わす。
今にでも肩を組みそうな勢いだな。
ど、どんなオチなんだ……これ。
若干呆れ気味の僕とは違って、他のみんなは盛り上がっている。
「カトラちゃん、ないす」
「二人とも、気持ちがいい呑みっぷりじゃったわ。儂もようやく好きなだけ呑める。ムルさんや、いつものを一杯頼む」
「いやー熱かったねっ! なんか、私も呑みたくなってきた」
戦いを讃え、ジャスミンさんが拍手を上げていたりもするし。
「あ、あの……。それで、商談の方は結局?」
結局どうなるのか、訊かないわけにはいかない。
盛り上がりに水を差すようで申し訳ないが、僕が手を上げて質問するとフレッグさんが重々しく頷いた。
「ノルーシャの嬢ちゃんも悪くなかったしな。それに何よりだ。カトラの嬢ちゃんもいてだが、結局勝負は引き分け。俺ァ勝ってねえ」
だから、と続く。
「ちと悩んじまったが、引き受けさせてもらおう」
最後にニコリと笑うフレッグさん。
ずっとダウンしていたノルーシャさんも、顔を上げて薄らと開いた目を向けている。
「ほ、本当ですか……っ!?」
「ああ。工房にも、そろそろ金が足りなくなってきてたところだ」
「あ、ありがとうございましゅ。カトラ様も……うぷっ」
商談成立を喜び、立ちあがろうとしたノルーシャさんは、テーブルに手をつき俯いたまま固まってしまった。
だ、大丈夫だろうか。
気持ちが悪いのかな。
トイレに行った方が……と心配していると、彼女の肩が震え始めた。
ん?
しくっしくっ、と鼻を啜る音が聞こえてくる。
その時、リリーがノルーシャさんの背中に手を置いた。
「グッジョブ、ノルーシャ。おつかれさま」
「……ぐっ。お、お嬢様……っ」
顔を上げたノルーシャさんは、鼻水を垂らしながら泣いていた。
商談の緊張が解け、そこにさらにリリーの言葉が追い討ちをしたのだろうか。
いつもあんなにしっかりしているのに、ノルーシャさんは子供みたいに泣きながらリリーに抱きつく。
「うぇーんっ。よ、よがったです……!」
い、意外だな。
実は泣き上戸だったらしい。