ウサギ耳の少女
【お知らせ】
在庫切れ、品薄状態が続いていたコミカライズ1巻の重版分が、順次流通していきそうです。
書店でご購入予定の方は、そろそろ発見できるかと思います。
ネット通販にも在庫がありますので、そちらからもぜひ。
何卒よろしくお願いいたします!
カトラさんの呼びかけに、気恥ずかしそうにしていた少女が顔を上げる。
「カトラお姉ちゃん! 久しぶりっ!」
リスタちゃんと呼ばれた少女は、勢いよくカトラさんの胸に飛び込んだ。
「まあ、こんなに素敵な女性になって。一瞬誰だかわからなかったわ!」
それをカトラさんが受け止めると、しばらく二人は強く抱きしめ合っていた。
……。
食堂に移り、僕たちは蜂蜜ジュースを片手にテーブルを囲むことになった。
食堂で読書中だったゴーヴァルさんの向かいにジャスミンさんが座り、残りの六人がその近くの長テーブルにつく形だ。
レイはユードリッドと並んで寝ていたので厩舎に置いてきている。
リスタちゃんは、以前にカトラさんが冒険者としてこの街を訪れていた際に出会った少女だそうだ。
現在十五歳。
前に会った時は十一歳だったらしい。
この間、成長を見てきたサムさんたちとは違って、久しぶりに再会したカトラさんには一瞬誰だかわからなくても不思議ではないだろう。
身長も雰囲気も、以前とはかなり変わったそうだし。
「へぇー。リスタって昔はそんなおてんば娘だったんだ」
「もうジャスミンさん、やめてくださいー」
かつての姿を知らないジャスミンさんにからかわれ、リスタちゃんは顔を赤くしてジュースに目を落としている。
ウサギ耳がピーンと立っているので、心情がわかりやすい。
「もうほんと、やんちゃでいっぱいだったのに。今はもう働いているのね」
「カトラお姉ちゃんまで……。うん、今年からギルドの酒場でね」
「今じゃ、すっかり酒場の看板娘じゃわ」
分厚い本を横に置いているゴーヴァルさんが言う。
「へぇー凄いじゃない! 今度遊びに行くわね」
「うん! 絶対、約束だからね」
カトラさんの言葉に、リスタちゃんは胸の前で拳を合わせて喜んでいる。
今日までリスタちゃんが酒場で働いていることをカトラさんに隠していた理由は、モクルさんが説明してくれた。
「みんなでダンジョンに行った時に再会させてあげられたらなって思ったんだけどね。あの日は休みだったみたいで。せっかくだから時間がある時に、サプライズにしてみようかってなったんだ」
あの日、集合時間にみなさんが少し遅れて来たのは、リスタちゃんが酒場にいるか見に行っていたからなのかな。
「このサプライズはサムの提案なんだよ。珍しいでしょっ。もうほんと、年に似合わずこういう可愛いところがあるんだから。カトラを喜ばせてあげたかったんだろうねぇ」
「ジャスミン? 今日は随分とからかってくれるじゃないか」
「うーん? いや、別にいつものことだけどー?」
ジャスミンさんとサムさんは楽しそうに言葉を交わしている。
良い雰囲気で、僕とリリーもリスタちゃんと挨拶をして、カトラさんとの過去の話を聞かせてもらったりした。
幼馴染さんとパーティを組んでいた当時のカトラさんが、猛烈な勢いでダンジョンを踏破していき今では伝説になっていると聞いた時は、凄すぎてちょっと笑ってしまったが。
「リスタちゃん、ご両親は元気?」
「うん、二人とも相変わらずだよ。今度また、カトラお姉ちゃんも会ってあげて」
「そうね。あの時はヴァネッサ二人でたくさんお世話になったから。今度リスタちゃんがお休みの時にお邪魔するわ」
「あの、そういえばヴァネッサお姉ちゃんは? 今はトウヤくんたちと旅をしてるってことは、もうパーティは解消したの?」
そうか。
冒険者として現役だった頃だから、彼女はカトラさんと幼馴染さん……ヴァネッサさんがその後に辿った道を知らないのか。
何気ない質問に、カトラさんの表情が少し曇ったことに気がついたのだろう。
リスタちゃんは「しまった」といった表情を浮かべる。
だけどカトラさんはすぐに、いつも通りの調子で答えた。
ダンジョールを去った後に、相棒だった幼馴染のヴァネッサさんが怪我を機に冒険者を引退したこと。
そして、それからギルド受付嬢を経て、この旅に同行することにしたこと。
「そうだったんだ……。また、ヴァネッサお姉ちゃんにも会いたいな。教えてもらった裁縫も、わたし結構できるようになったんだよ」
ゆっくりと、事実を受け止めるように頷いたリスタちゃんは、そう言ってからジュースを飲んだ。
耳がぺたりと下がっている。
「ヴァネッサもフストにいるから、いつか会いにきたらいいじゃない。大丈夫。私たちも旅をしてきたんだから、距離は案外近いわよ?」
「……そう、だね」
カトラさんが励まし、優しく微笑みかける。
すると、まだ曇りのある表情だったが彼女は笑ってみせた。
ちょっと無理をしている、そうわかるくらいの笑みだ。
だけど昔のおてんばさが窺える、奥底にある明るさが強さとして垣間見えた気がした。
「わたしも絶対に、フストに行く」
「ええ、待ってるわ。それに私も神王国を回ってフストに戻るから、ヴァネッサへの手紙があったら預かっておくわよ」
「本当!? ありがとう、お姉ちゃん」
リスタちゃんは、カトラさんに預ける手紙を書いておくと言い、耳を小さく動かす。
よく動いて見ていて飽きない耳だ。
積もる話は他にもたくさんあるだろう。
今晩はリスタちゃんもここの食堂で食事をとって帰るつもりらしい。
僕たちは日が沈む頃まで話を続け、夜ご飯を食べながらまた会話に花を咲かせることになった。