オリジナル魔法
「よしっ、じゃあよく見ててね」
二日後。
宿の裏手にある厩舎の前で、自身の杖を掲げたジャスミンさんが声をかけてきた。
続けて、ぶつぶつと短めの詠唱。
木製の杖を地面につくと、踏み固められた雪に少し刺さって音が鳴る。
「『インスタント・リフレッシュ』」
呟きとともに、彼女の周りに浮かんだのはキラキラとした星のようなものだった。
多分、魔力が実体化したものだ。
……あ、あれ?
でも特に何か起こるわけでもなく、それは次第に薄くなって消えていってしまった。
「どう? 私のオリジナル魔法っ」
しかし、自信ありげに胸を張って訊いてくる。
「「「……」」」
スッと言葉が出てこない。
一緒に様子を見ていたリリーやカトラさんも同じみたいだ。
まぁリフレッシュって言っていたし、疲れが取れる魔法とかなんだろうけど。
目に見えた効果が薄すぎてなんとも……。
「あっ! 今、絶対に三人とも興味が薄くなったでしょっ? こ、これ、一応かなり画期的な魔法なんだからね! 私が頭を悩ませに悩ませて、よーうやく発明した」
「違うんです、いや違うくはないかもですけど。その、いまいちどういった効果だったのかわからなくて」
ガビーンと落ち込むジャスミンさんに、慌てて声をかける。
「ご、ごめんなさい。私も……」
「効果、聞きたい」
カトラさんとリリーの言葉も受け、なんとかジャスミンさんは持ち直した。
「あ、そ、そっか。ごめんね。魔法を教えるの、昔っから下手って言われてて。パーティにも魔法の話できる人がいないから。よしっ、だったら一から説明しよう。わからないことがあったら何でも質問してくれたまえ、生徒諸君っ」
気持ちを切り替え、人差し指を立てて彼女は説明を始める。
僕たちはこの昼下がり、出会った時に約束した通り、ジャスミンさんからオリジナル魔法を伝授してもらうことになった。
レイは今、比較的暖かい厩舎の中でユードリッドといる。
ゴーヴァルさんは食堂で本を呼んでいて、サムさんとモクルさんはどこかへ出かけていってしまった。
「この魔法はいくつかの生活魔法と、火と水と風の一般魔法を組み合わせたものなのです。魔法陣にして保存しているから、簡単に伝授はできるはず。どっちかと言うと頭で理解するというより、体に馴染ませて覚えるって方針だね。効果は身体の浄化と疲労回復、おまけに良い匂いがつくことで……あ、そういえばこの魔法はそもそも私が学園時代にお風呂が面倒で作ったんだよね。エルフはあんまりお風呂に入らないから、学園で周りに合わせるのがしんどくて……あ、これを教えたのは同級生の数人と、これまでに知り合った冒険者二人だけで──」
こ、これは長くなりそうだ。
説明を始めると、ジャスミンさんは色々な方向を見ながら、忙しなく表情を変えてつらつらと話し続けている。
「あの時食べたパンは美味しかったなぁ……。特別な魔法を使ってるらしくて、私も弟子入りして短期間だけだけど学んでね。だけどやっぱり、これが師匠の味には敵わないんだよね」
今なんか、完全に別の話題になっちゃってるし。
一人の世界に入って楽しそうに早口で捲し立てている。
まあ、とにかく魔法に関する話がしたかったという気持ちは伝わるが。
「──で、これが私のオリジナル魔法を構成している魔法陣。一人ずつ触って魔力を流してみようか!」
あまりに楽しそうに話していたので止めることもできず聞いていると、そこそこ時間が経ってからジャスミンさんが本題に戻ってきてくれた。
ようやく終わった……。
僕がホッと息を吐くと、ポカンとした表情をしながらもマジックボックスから取り出した本を開いて見せてくれる。
「……? じゃあ、トウヤからいってみようか」
「あ、僕からですか? この魔法陣っていうのを見たのが初めてで……」
今まで見てきた魔法書は詠唱の内容や、イメージの作り方を説明した物だけだ。
けれど今ジャスミンさんが見せてくれているのは、自身のノートに描かれた複雑の模様のみ。
魔法陣と呼ばれているこれは初めて見るタイプだ。
魔力を流すって、触ったらいいのかな?
初めての経験に戸惑いつつ言うと、隣ではカトラさんが感嘆したように前のめりになっていた。
「凄い……こんなに複雑な魔法陣をご自身で? 専門的に魔法を勉強した方でも、ここまで複雑な魔法陣を一から構築するだなんて、なかなかできることじゃ……」
「えへっ、そうかな? そこまで言われると、なんか照れちゃうなっ」
照れくさそうに、ジャスミンさんは頬を掻いている。




