魔道具
「え、あれ……」
今度は、空中に浮かんだ布巾が頭の上に飛んできた。
僕の言葉が終わるよりも先に、それは周囲の魔道具の上に降り、手際よく流れるように拭き上げていく。
「これは店内を自動で掃除してくれる魔道具です。親方が若い頃に作ったもので、今ので確か改良を加えて四作目だったかな? 水洗いもできるんですよ」
「……お嫁さん、さっき清掃の仕事があるって」
みんなで空中を飛び回る布巾を目で追っていると、説明してくれたバートンさんにリリーが首を傾げる。
「き、聞こえてましたか……。あれは、その魔道具を起動させて、あとはレジのあたりでゆっくりしとくって意味だと思いますね。まったくあいつは」
やれやれと息を吐くバートンさんだが、その顔は案外嫌そうじゃない。
「と、まあ。俺もみなさんに魔道具の説明をする仕事を与えられたんで、気になることがあったら何でも訊いてください。後ろに続きますんで」
すんなりと僕たちへの仕事を引き受けてくれ、一緒に店内を回ることになった。
キュッキュッと掃除をしている布巾は一つだけでなく、全部で三つある。
空中を飛び回って掃除している。
お店が怪しい人物を外に出してしまうように、ここは魔法が詰まっているように思える。
食堂などで用いられているというコンロなど街でも見る魔道具の他、冒険者が使える物もたくさんあった。
履いたら足が速くなったり、ジャンプ力が上がる靴。
それにマジックバッグを応用して作られた、簡単野営セットなんかもだ。
お弁当箱くらいの大きさで、上にあるボタンを押すと自動で開き、閉じられていた状態からは考えられないくらい大きく展開する。
そこに焚き火台や調理場所、テントまであるのでかなり便利だと思う。
複数人で使うのは流石に狭いと思うけど、一人だったらこれで完結できるはずだ。
ボタンを押してカッコよく展開していくところを見ていると、男のロマンを刺激され欲しくなってしまった。
まあ……普通に高価だったので諦めざるを得なかったが。
また二階に上がるのには階段ではなく、何もないスペースに入るだけだった。
なんとそのスペースに入った物体に浮遊の魔法を付与して、二階にふわりと勝手に移動させてくれるのだ。
もちろん一階に下りる時も、思い切って空中に足を出せばゆっくりと降下していける。
これが短い時間とはいえ、空を飛んでいるみたいで一番興奮させられた。
他にも魔道具と一言で言ってもバッジ型の物で、普通の物に取り付けることで魔法効果を与えられるタイプもあった。
いろんな魔道具があるんだな、と認識を改めるきっかけにもなった。
入り口でリリーがポケットに入れた石も、その類だったらしい。
結局僕たちは二時間くらい滞在することになってしまった。
しかしバートンさんは最後まで嫌な顔ひとつせず、質問をすると情熱的に語りながら付き合ってくれたのだった。
「すみません、こんなに長く」
店を出てカトラさんが頭を下げる。
「いやっ、気にしないでください! 俺も魔道具の話を聞いてもらえて楽しかったですから」
にこやかに首を振るバートンさんは、続いてポンと手を打つ。
「そうだ。露天温泉には行かれましたか?」
「お、温泉……!? あるんですかっ?」
想像もしていなかった単語だ。
突然の温泉情報に僕が食いつくと、バートンさんは嬉しそうに続ける。
「ここから少し行った所にあるんですよ。昔から利用されてたんですが、数年前から俺たちが作った魔道具でより快適にしてですね。水着があれば入れるんでぜひ行ってみてください。気持ちいいですよ! ……あ、この時季のダンジョールでも、温泉で水着は売ってますんで」
「か、カトラさん。リリー。行こうっ!!」
雪景色を見ながらの露天温泉なんて、聞いたからには行かないわけにはいかない。
「トウヤ君、そんなに温泉が好きなの? たしかに私が前に来ていた時にも話は聞いていたけれど、冬場は狭い範囲しか温かくないからって断念したのよねぇ」
「なら、今からいこう」
目を輝かせながらガッツポーズで呼びかけると、リリーが賛同してくれた。
カトラさんも以前ダンジョールを訪れた際に入ってはないらしい。
「ここを下って最初の角を右に曲がって……」
と、バートンさんが道のりを教えてくれる。
店に買い物をしに来たわけでもない僕たちにここまでしてくれるなんて、有り難い。
「色々と説明していただけて楽しかったです。ありがとうございました」
「魔道具をお求めの際は、ぜひうちに。ノルーシャさんにもよろしくお伝えください」
最後にカトラさんやリリーに続いて僕も感謝を述べると、彼は冗談っぽく売り込んでから、深くお辞儀してくれる。
そして僕たちの姿が見えなくなるまで、店の前で見送ってくれたのだった。
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