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一振り

 高空亭に戻ると、グランさんが食堂の掃除をしていた。


 テキパキと凄いなぁ。


 他にもかなり仕事があるだろうに。


 いつ見ても働いている気がする。


 見習いたいけど僕には絶対にできそうにない。


「お、坊主。思ったよりも早かったな。ギルドに行ってたんじゃねえのか?」


「初めてだったので試しに1つだけ依頼をこなして、今日はもう終わりにしました」


「っかあー、そしたら待たせた方が手っ取り早かったかもしれないな……」


 フロントに来て鍵を渡してくれるグランさんが、自身の額に手を当てる。


「どうかしたんですか?」


「いや。ちょうどさっき、ジャックのやつが顔を見せてな。お前さんがいないって伝えると、また明日ってことになっちまったんだよ」


「ジャックさんが……」


 わざわざ来てくれていたのか。


 昨日の今日だというのに。


 仕方がないとはいえ、申し訳ないことをしたな。


「つうわけで、明日の朝はあいつが来るまでうちにいてくれるか?」


「わかりました」


 鍵を受け取る。


 要件は何なんだろう?


「あっ……そういえば」


 部屋に戻ろうとして、グランさんに訊きたいたいことがあることを思い出した。


「あの、グランさん。この辺りで短剣を振る動作確認をできたりする場所ってないですか?」


「ん? おおう、その腰に下げてるやつのことか。お前さん、魔法だけじゃなくて剣術も心得てるのか」


「ああいえっ。これに関しては全くの素人でして」


「そうか、なるほどな……。んじゃあ休憩時間だけにはなるが、俺が裏庭で見てやろうか? 一応東にそこそこ行けば森林公園があるが、遠いだろ」


「え。い、いいんですかっ?」


「ああ。魔法はからっきしだが、これでも武器の扱いに関しちゃあ人並み以上の自信はあるんでな」


「では、ぜひ初めのうちだけでもお願いします!」


 短剣の振り方。


 体の使い方。


 無知にもほどがあるくらいのレベルなので、一言二言もらえるだけでも有り難い。


 あまり時間を取らせないようにしないとな。


 グランさんはお忙しいだろうから気をつけよう。


「おし! だったら早速、今から振ってみるか。少しだけだが時間に余裕もあるしな。坊主のセンスを見て、最初のアドバイスをやるぜ」


 今からっ?


 食堂の掃除中に見えたんだけど、本当にいいのかな。


 グランさんが裏庭の方に向かっていく。


 ……まあ。


 本人が良いと言うのなら問題はないのだろう。


 アドバイスを貰って、今度さっき言っていた森林公園に行って反復練習かな。


 走り続ければ時間はかからない。


 ただし、街の中なのでスピードを調整して。


 僕も裏庭に出て、短剣を抜く。


 暖かな日差しに気持ちいい風。


 昨日はなかった洗濯物が、端の方で大量に干され風になびいていた。


「じゃあそうだな。とりあえず適当に……」


 少し離れた場所に立つグランさんの言葉がそこで止まった。


 ん、誰か来た?


 気になって僕も視線の先を見ると、裏庭に少女が1人やって来たところだった。


「おやっさん、食堂の掃除まだ終わってないよー」


「後でするからいいんだよ! にしても、今日はえらく早いじゃねえか」


「ふふんっ。商隊の人たちにまとめて売れてね。あっという間に完売だよ……ん? その子……」


「昨日からうちに泊まってるトウヤだ。でトウヤ、こいつがうちで雇ってるアーズだ」


 今の僕のほんのちょっと年上に見える。


 赤みがかった髪の毛を後ろでまとめた、快活そうな少女。


 グランさんに紹介され、互いに挨拶をする。


「よろしく、トウヤ。まだ小さいのに立派だね」


「よろしく。アーズちゃ……さん」


「アーズでいいよ。あたし、敬語で話されるの慣れてないから」


「わかった。じゃあよろしくね、アーズ」


 この子が洗濯とかをしている従業員さんなのか。


 目線が同じくらいの高さとはいえ、つい子供だと思って接してしまう。


 外見は僕も子供だけど。


 立派だなぁ……と言葉を返したい気持ちでいっぱいだ。


 アーズはグランさんに頼まれ、昼はいつも大きな馬車の停留所で弁当を売ってきているらしい。


 今はその仕事を終えてきたところだそうだ。


「停留所は遠いけど弁当を売るのは楽しいよ。いろんな人に会えるし、おやっさんの料理は美味しいからどんどん売れてね。……で、2人はここで何してるの?」


 グランさんが事情を説明すると、アーズまで僕が短剣を振るのを見学することになった。


 緊張するなあ。


 ただ振るだけなのに、2人に見られるなんて。


「じゃあ、いきますね……?」


「おう! ひとまず自由に動き回ってくれ。初めてなんだから気負わずにな」


「はい……」


 腰を低くして唾を飲み込む。


 …………。


 短剣を握った右手を挙げ、足を踏み出した。


 なるべく力を入れて剣を振り下ろすと――



 ビュンッ!!



「……はあ?」


「……えぇ?」


 鋭い音が鳴り響いた。


 自分でも想像以上の一振り。


 文字通り、目にもとまらぬ速さだった。


 僕までびっくりして2人を見ると、グランさんとアーズは顔を見合わせていた。



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