案内
昼頃、僕たちは宿を出て工房に向うことになった。
あまり大人数で押しかけても迷惑なので、ノルーシャさんが工房を訪れる際は護衛の方々は基本的に自由行動にしているそうだ。
今日もノルーシャさん一人の案内で、ダンジョールの南の方へ行っている。
「それにしてもゴーヴァルさんが親方と知り合いだったなんて、本当に凄い偶然よね」
今は雪が降ってはいないけれど、また晩のうちに積もった新雪でギシギシと足音が鳴る。
カトラさんが今朝の出来事を振り返るように白い息を吐いた。
「ノルーシャさんと部屋が隣だったこともだけれど、奇跡って連続で起きるものなのかしら」
「でも良かったですよね。ゴーヴァルさんに紹介状を書いていただけて。あとは上手く商談が進めば……」
防寒具で着膨れした肩や、帽子を被った頭の上にレイを乗せるのは難しい。
なので抱きながら僕が言うと、先頭のノルーシャさんが立ち止まった。
高級そうな黒い革製の手袋とコートを身につけているので、白い雪の中でよく目立つ。
彼女は振り返ると、こちらに頭を下げた。
「ゴーヴァル様にお願いしていただき、誠にありがとうございました。皆様のおかげで、もしや、期待できるかもしれません……っ!」
「そんな、頭を下げないでください」
通行人からも見られてしまっている。
すでに感謝の言葉は伝えてもらったし、と僕が慌てて制すると彼女は顔を上げて姿勢を伸ばした。
「も、申し訳ございません。では、参りましょうか」
「ノルーシャ。お仕事がんばって」
「もちろんでございます、お嬢様」
リリーに激励されたノルーシャさんは、晴れやかな表情で歩き出す。
ゴーヴァルさんが親方と友人だと知った僕たちは、かくかくしかじかとノルーシャさんが置かれている事情を説明した。
僭越ながら助太刀を願えないかと僕が尋ねてみると、なんと快く親方への紹介状を一筆書いてもらうことができたのだ。
親方をよく知っているという『飛竜』の皆さんによると、ゴーヴァルさんからの話だったら親方の気分も変わるのではないかとのことだった。
だから、だろう。
紹介状を持ったノルーシャさんの足取りは軽い。
ダンジョールの南地区には、東から西に流れている川がある。
そこにかけられた、雪で滑りやすくなった石造りの橋を渡っていく。
「……まっしろ」
「あっ、ほんとだ」
リリーの声に釣られて見ると、川が綺麗に凍って雪で一面が白くなっていた。
雪が川を隠してしまってるみたいだ。
そのせいもあってか、より広々として感じる。
向こうのほうには小さめの橋が、中州のような地形に作られた区画に繋がっているのが見えた。
橋を渡り終え、南地区を進んでいく。
緩やかな坂に差し当たり、しばらく行くと販売店に到着したらしい。
「こちらが泉の道が経営されているお店になります」
ノルーシャさんが前で足を止めたのは、二階建てのお店だ。
外観は近所と変わらずレンガで、幅も狭くて普通の家屋にも見える。
控えめな看板がかけられているだけだし、面した通りも決して広くはない。
用がある人だけが来るからかな。
わざわざ街の中心地に店を構える必要がないのは。
「ノルーシャさんが行かれる工房はどちらにあるんですか?」
「私は、あちらへ」
周りに工房らしき場所がなかったので訊くと、彼女は坂道の先に顔を向けた。
「え、もしかしてあそこですか? 突き当たりにある」
「はい。あちらの門が工房の入り口になります」
道の先にあったのは、大きな門だ。
「……すごい、大きい」
実家が豪邸のリリーさえ驚いているくらいだ。
あの先に工房があると思うと、どんなサイズなのか気になるなぁ。
「あっ」
そんなことを思っているとノルーシャさんが声を出し、それっきり固まってしまった。
どうしたのだろう?
僕たちが顔を見ていると、坂の上からきた男性がこちらに話しかけてきた。
「こんにちは」
「どうも、お世話になっております」
ノルーシャさんが真面目な表情で、丁寧にお辞儀をする。
「今日も行かれますか?」
「はい。本日はフレッグ様にお渡ししたい物がありまして」
「そうですか……。頑張ってください! 俺はぜひとも頑張りたいと思ってますんで。本当に何の力にもなれず、すんません。親方を説得できれば良かったんですが……」
短めの赤毛に、細い眉毛。
ノルーシャさんと言葉を交わした男性は、続いて僕たちに目を向ける。
「それで、こちらの方々は?」
「私の知人で、販売店にご案内しに参りました」
「ほーそうですか! 俺は上の工房で魔道具を作ってるバートンって言います。俺もちょうど販売店の様子を見に来たところだったんで、ぜひともゆっくり見ていってください」
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