凄い偶然
ノルーシャさんの言葉に嘘はなかったようで、残されていた料理はみるみるうちになくなっていった。
魔法でも使っているのかと疑いたくなるくらいの早食い。
喉を詰まらせないか心配になる僕をよそに、彼女は器用に「ご心配には及びません」と途中で答えながら、フードファイターかのような勢いのままペロリと完食してしまった。
細身で、スタイルも良く見えるのになぁ。
本当に食べたものはどこへ消えていっているのやら。
とまあ、ある意味で楽しい観戦を終えて、ノルーシャさんを連れて食堂を後にする。
ローレンスさんはまだ呑み続けるらしい。
声をかけたが、溜息まじりに小さく「おやすみ」と応えただけだった。
「私が一人で考え事をしたかった都合上、今晩は外で食事を楽しむことにしてくれましたが、今回は同行している四人の護衛はこの二部屋に二人ずつ。そしてこちらの部屋を、私が使っていたのですが……」
階段を上がり、廊下を進んでいるとノルーシャさんが自分たちの部屋の場所を教えてくれた。
四人の護衛とネメシリアから来ていたのか。
って、それよりもだ。
「凄い偶然ですね。まさか僕たちが泊まることにした宿、それも隣の部屋がノルーシャさんだったなんて」
僕たちの部屋の前まで来て、背後のノルーシャさんに顔を向ける。
「はい。正直、私も驚いております。昨夜も壁ひとつ挟んだ向こうで皆様が眠っていらっしゃったとは。バタバタしていてすれ違いになっていましたが……本当に、凄い偶然ですね」
驚きつつ、その驚きのあまりに僅かな興奮が垣間見える。
それも仕方のない話だ。
廊下の突き当たりにある僕たちの部屋、その一つ手前がノルーシャさんの部屋だったのだから。
決して狭くはないダンジョールで、偶々決めた宿の隣室に知り合いが泊まっていたなんて。
一体どんな確率なんだろう。
これは……カトラさんたちもびっくりするはずだぞ。
我ながら子供じみてるとは思うが、わくわくしながら鍵を開けドアノブに手をかける。
「戻りましたー」
「おかえりー。トウヤ君、遅かったわね。サウナ気に入った?」
部屋に入ると、カトラさんの声が返ってきた。
しかし姿は見えない。
いや、ソファーからはみ出した足が見えるから、あそこで寝転がったまま声だけで迎え入れてくれたみたいだ。
「サウナ、さいこー」
リリーも、ベッドの上にうつ伏せで脱力してるし。
隣にレイを従わせて、綺麗に横並びになっている。
ダラ~ン、という音が部屋中から聞こえてきそうなダラシなさだ。
多分ダンジョンで結構歩いたから疲れているんだろうけど。
よりにもよってノルーシャさんを連れてきたタイミングで、こんな感じだなんて。
気まずくて、いつもこういうわけじゃないんですと訴えかけるようにノルーシャさんを見てしまう。
彼女は見てはいけないものを見てしまったような顔で、視線を逸らし眼鏡をクイッと上げていた。
もう、仕方がない。
「あのー」
「ん? どうしたの…………って、わぁっ!?」
声をかけると、体を起こしたカトラさんが目を丸くする。
ノルーシャさんの姿を見て固まっている。
なかなか次の言葉を発さないので不思議に思ったのか、リリーもごろんと横に転がって、上体だけを起こす。
そして結局、カトラさんよりも先に声を出した。
「……あ、ノルーシャ」
「……お嬢様、お久しぶりです」
ちょっとだけ眉を上げたリリーに、美しいお辞儀で応えるノルーシャさん。
カトラさんは未だ固まり続けている。
伸びをして、長い欠伸をしたレイが「何事だ」と僕に顔を向けてきた。
……。
ベッドの端に僕とリリーとレイが、ソファーにノルーシャさんとカトラさんが座って話をすることになった。
僕がさっき食堂でノルーシャさんに会い、ここに連れてきた経緯を説明する。
同じ宿、それも隣室に泊まっていたという偶然に、二人も一頻り驚いた後、まず初めにカトラさんが軽く頭を下げた。
「恥ずかしい姿をお見せしてしまって……。それとネメシリアでは、大変お世話になりました。ノルーシャさんが出発される前に、最後のご挨拶ができていなかったので」
「あっ。僕からも、本当にありがとうございました! 遅くなってすみません」
そうだそうだ。
驚きにかき消されて忘れていた。
ネメシリアで宿代を一部支払ってくれたりしたお礼を、再会できたら最初に言おうと思っていたのに。
慌てて腰を上げ、頭を下げる。
「いえ。私のわがままでしたので、ご迷惑ではなくお喜びいただけたのでしたら良かったです」
ノルーシャさんは微笑みながら、深くお辞儀を返してくれた。
コミカライズ第1巻が絶賛発売中です!
書店や各種通販サイトでお手にとっていただけると嬉しいです。
何卒よろしくお願いいたします!




