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憧れのフェンリル

「やっぱり、そうだったのか……。いろんな従魔を見てきたが、フェンリルは珍しいなんてレベルじゃないな」


「大きさ的に考えて、まだ子供だよね。彼とはどこで?」


「フストの近郊です。怪我をしているところを見かけて、助けてあげたら付いて来まして。あ、フェンリルと言っても結構のんびりしている性格ですし、人を傷つけたりしたことはないですので。安心していただければと」


「ああ。警戒して距離を置くなんてないさ。俺たちが一度だけフェンリルの姿を見た時も、複数の魔物に囲まれたところを、偶然通りかかったフェンリルに助けられたんだ」


 サムさんが昔を思い出すように腕を組む。


「あの時は二人パーティになったばかりで、本当に危なかったよね」


「幸運だった。見たこともない魔物だったから一瞬敵が増えたのかと思ったがな。駆け出しの頃に先輩冒険者に聞いた特徴と一致したからフェンリルだと気づいて、次の瞬間には俺たちを助けて、消えていったんだ」


 憧れを感じさせる喋り方だ。


 もしかするとサムさんは、その時にフェンリルに心を捕らえられていたのかもしれない。


「だから俺とモクルはレイを見て驚いたというのもあったが、どちらかと言うと正直嬉しかったんだ。またフェンリルにお目にかかれたとね」


 本当に、フェンリルかどうかだけ確証が得たかっただけらしい。


 その後もしばらく話したが、サウナを出てシャワーを浴び、部屋に戻るため脱衣所を出ると、さっぱりした表情のサムさんが軽く手を挙げた。


「ずっと他のメンバーがいない三人だけになれるタイミングを探っていたんだが……サウナで長話をしてしまってすまない」


「いえいえ。僕も、他にも昔のお話を聞かせていただけましたし。楽しかったので、ありがとうございました」


 脱衣所を出ると、廊下を進んで食堂の側を通り、階段を上って部屋に向かうルートになっている。


 今日はカトラさんたちは先にシャワーに向かい、僕は留守番を兼ねてレイと部屋で待っていたからな。


 カトラさんとリリーは、レイと一緒に部屋で待ってくれているはずだ。


 ちょっと遅くなっちゃったけど、ま、まさか先に寝てたりはしてないよね?


 食堂の側を通ろうとすると、カウンター席にローレンスさんの姿があった。


「ローレンス、あんまり呑みすぎるなよ」


 サムさんが声をかけると、頬を赤らめたローレンスさんがこっちを見る。


「やあやあ。サムにモクル、それに……昨日の子じゃないか」


「こんばんは」


 近くで立ち止まって、僕も会釈する。


 名前、まだ覚えられてないのかな。


 酔っ払ってるから出てこなかっただけだと思いたいけど……。


 ローレンスさんは木製ジョッキを傾け、グビッと喉を鳴らす。


「あらら、これはすでに呑みすぎてるみたいだね……」


 眉を下げ、苦笑いをするモクルさん。


 僕がサウナに行く時はいなかったんだけどなぁ。


 ローレンスさん、短時間でかなり呑んだのかもしれない。


 昨日の晩はちゃんとコントロールしながらお酒を楽しんでいたのに、今日はどうしたのだろうか。


「あ~、私のことは気にしないでくれっ。今日はとにかく……とにかく呑みたい気分なんだ」


「だったら俺たちはもう行くが、ムル婆たちにあんまり迷惑をかけるなよ?」


「ああ、わかってる……。わかってるから、じゃあまたっ」


 サムさんの言葉に体を揺らしながらローレンスさんは応えると、小皿に置かれたチーズをポイっと口に入れ、咀嚼しながらジョッキをまた傾ける。


「おやすみ」


「おやすみなさい」


 モクルさんと僕も挨拶をして、階段に向かおうと踵を返す。


「……なんで、手に入らないんだぁ」


 最後に、ローレンスさんのそんな小さな独り言が耳に届いた。


 ふむ。


 何か欲しいものが手に入らなかったみたいだ。


 それで落ち込んでいるのかな?


 元気になってほしいけど。


 どうか、ローレンスさんが欲しいものが手に入りますように。


 振り向いて、俯いている彼の姿にそう願う。


 そして一歩前に出して……あっ、と気づいた。


 角度的に一番手前のテーブル席だったから隠れていて見逃していた。


 だけど食堂には他にもお客さんがいたみたいだ。


 あの人が……商人の一団の方なんだろう。


 こちらに背を向けて座っているので顔は見えないけど、女性のようだ。


 他の方は見当たらない。

 ピンと伸びた姿勢で黙々と一人で食事をしている。


「あれ?」


 後ろで大きくまとめられたミルキーブロンドの髪。


 特徴的で、上品さがあるあの髪型って……。


 自分の記憶の中にある姿と、目の前にある後ろ姿が綺麗に重なる。


 進行方向を変えて、もしかしてと思いながら足を進める。


 モクルさんが「トウヤくん……?」と不思議そうに後ろから声をかけてきたが、もう立ち止まることはできなかった。


 食事中の彼女のもとへ向かって、一応少し距離をとった場所から覗き込んでみる。


 その横顔に眼鏡を発見した時、僕は自分でも驚くほど大きな声で名前を呼んでいた。


「──ノルーシャさんっ!?」


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