ホクホク
程よく温かい物が唇に当たる。つんつんと優しく当てられる。
……なんだろう、これ?
半ば自然に口を開き、食べてみる。
程よい温かさでホクホクだ。
一瞬パサついてるように感じたけど、しょっぱい液体が広がって潤う。
バターかな?
美味しい。
目を瞑ったままモグモグとゆっくり口を動かす。
うーん。
これ、じゃがバターだ。
多分間違いない。
でもなんで食べてるんだろう。
まあ、いいか。
空腹感はなかったはずなのに、重さも感じず無限に食べられそうだし。
「うへへっ、幸せ……」
思ったことが、そのまま口から出る。
口に入っていた分を飲み込むと、また唇にじゃがバターが当たった。
あと少し、あともう少しだけ食べ続け……って、あれ?
僕、さっき寝たはずじゃなかったっけ。
いや、うん。
たしかにベッドで就寝したはずだ。
つまりここは夢の中。
現実ではない。
にしても夜ご飯であんなに食べたのに、夢の中でまでご飯を食べてるなんて。
他人に知られたら恥ずかしいな。
……幸せだから、まあいいけれど。
そんなことを考えながら口元にあるじゃがバターを食べる。
もうこれが夢だとは認識している。
だけど瞼が重いから、仕方ないんだ。
目が覚めるまで、この幸福を噛み締めよう。
「……ぷっ」
咀嚼しながらニヤニヤしてると、突然顔の前から異音が聞こえてきた。
なんだ?
疑問に思うが目を開けるのも面倒くさい。
だからそのままじゃがバターを堪能していると、またしても同じ音がした。
「……ぷぷっ」
今度はさっきよりも大きい音だ。
僕は今横になっているから、顔の前ってことは上に何かがあるということだろう。
億劫だ。
でも放置しておくのも怖い。
二度も聞こえたのだから、さすがに気力を振り絞って目を開けないわけにもいかなかった。
「…………へ?」
そして、目と目が合った。
僕の顔を覗き込んでいる人の顔が視界いっぱいに広がっている。
何が何だかわからなくて、間抜けな声が出てしまった。
脳処理がようやく追いついてきて、目と鼻の先にいる人物が真っ赤な髪が垂らしていること、褐色の肌にオレンジがかった瞳をしていることを理解する。
「……って、うわぁああっ!?」
体を起こしながら手を使って、僕は滑るように後退った。
「れ、レンティア様っ? え、ちょっと、なんで……っ?」
眉尻を下げ今にも吹き出しそうになっていた彼女は、移動した僕を見てもう限界とばかり笑い出す。
「あはははっ、最高のリアクションだね、アンタ! なんだい、そんな間抜けな顔して。いーひひっ。ダメだ、涙出てきたよ」
「いやっ。えーっと……あれっ?」
レンティア様は目元に浮かんだ涙を指で払っている。
もう片方の手には、器に入った一口サイズのじゃがいもにバターを加えたものと箸。
「あ、それ!」
「ああ、アンタが前にくれたものだよ。本当に幸せそうに食べてたね。ニヤニヤしながら『うへへっ、幸せ……』って口に出しちゃってさ」
「き、聞いてたんですか!?」
「そりゃもちろん。呼び出したら珍しく眠ったままここに来たから、からかってやろうと思ったんだがね。まさかアタシが食べてたじゃがバターを口元に出したら食べるとは。ははっ、アンタも可愛いとこあるじゃないか」
もう嫌だ……。
経緯はなんとなくわかったけど恥ずかしすぎる。
単なる夢の中だと思って口に出してしまった一言を、すぐ目の前でレンティア様に聞かれていたなんて。
あー耳が熱くなってきた。
レンティア様は一口じゃがバターを食べてから、この見慣れた真っ白な空間に椅子を出した。
今日は向かい合ってソファーが二つだ。
同時に手からじゃがバターが消えている。
ちなみこのホクホクで美味しい一品は、僕が二週間くらい前に立ち寄った街で買い、貢物として送ったものだ。
神様は保存期間が無限なのか、時々こうして以前に送ったものを食べている。
「まあそう顔を赤くしてないで。アンタも座りなよ」
「…………はい」
寝転がってレンティア様に餌付けされているような絵面になっていたのか……。
恥ずかしすぎる。
羞恥心を覚えながら、僕はソファーに移動することにした。




