他の宿泊客
…………。
コンコンコンッと扉が叩かれる音で、目が覚めた。
「トウヤ、食堂に行くって」
目の前に立っているリリーが顔を覗き込んできている。
「あれ、僕寝てた……?」
「うん。少しの間だけど」
「……そっか、いつの間に。ありがとう、わかった」
気付かないうちにソファーで眠ってしまっていたらしい。
自分で思っていたよりもダンジョールに着いて、ずいぶんと気が抜けて疲れが押し寄せてきていたのかな。
起きた今も自分が寝ていたと信じられないくらい綺麗に寝落ちしていた。
さっき聞こえた扉を叩く音はサムさんだったようだ。
カトラさんが扉を開け、防具などの装備を脱いでこちらも薄着になったサムさんと話している。
「モクルたちは先に食堂へ行って待ってる。七人分ともなるとかなりの量だからな、ここはダイン爺が一人で作るから時間がかかるんだ。順番に注文を済ませてるはずだ」
「じゃあ……トウヤ君も起きたところだし、私たちも行きましょうか。あまり待たせちゃ悪いからね」
こちらを向いたカトラさんに「すみません……」と軽く返事をしつつ、僕も立ち上がって廊下に出る。
レイは絨毯の上で仰向けになって寝ていたので帰ってきてからご飯をあげることにした。
警戒心ゼロの姿で寝ていたけど、フェンリルとしてはあれでいいんだろうか?
一応、神に近い神聖な存在のはずなんだけどな……。
「そうだ。マジックブックの返事、来た?」
話しているカトラさんとサムさんの後ろを、僕とリリーがついていく。
ジャックさんたちがどんな様子だったか気になって訊いてみたけど、リリーは首を横に振った。
「まだ来てない」
「あ、そうなんだ。まあ、予定とは違う日だしね。いつもとは時間帯も違うし」
「うん、でもたぶん今日中に返事はあるはず。パパのことだから、毎日チェックしてるって本当のことだと思う」
「たしかに」
ジャックさんたちがフストに戻ったという報告があった日のことだ。
メアリさんから「ネメシリアでリリーと別れてからジャックが毎日マジックブックを確認している」とメッセージがあったのだ。
僕も間違いない、と口角が上がるのを感じながら頷く。
階段を下りると、奥に暖炉がある食堂でモクルさんたちがテーブル席について待っていた。
「あっ、来た!」
ジャスミンさんが手招きして「こっちこっち」と僕たちを呼ぶ。
当然だけどみんな武器も持っていないしラフな格好だから、どこにでもいる一般人に見える。
最初にこっちの姿で出会っていたら、Sランク冒険者だと知った時すんなりと信じられなかったかもしれないなぁ。
「お待たせしました」
眠っていたこともあり、そう言いながらテーブルに向かう。
四人掛けのテーブルが二つ並んでいるので、僕とリリー、カトラさんは空いている方に座る。
サムさんが奥の席に回ろうとしていると、
「やあ、サム。おかえり」
他に唯一食堂にいた男性客が、カウンター席から身を捻って顔をこっちに向けた。
「思ったよりも早く帰ってきたじゃないか。僕としてはもう少し、この宿を一人で広々と使いたかったんだけどね」
「なんだ、ローレンス。お前の方こそまだいたのか」
ツヤのある金髪を掻き上げおでこを出した髪型の彼は、ローレンスさんというらしい。
シンプルな薄手ながら一目で質が良いとわかる服を着ている。
隠しきれない育ちの良さが漂っている……気がする。
椅子に座ったサムさんとは軽口を叩き合う間柄のようだ。
互いにニヤリと笑うと、サムさんが言った。
「ただいま。でも俺たちがいない間に、他の宿泊客も来たんだろ?」
「まあね。ただ僕とは違ってお忙しい方々のようで、いつも朝から夜遅くまで街に出ているんだ。おかげで食後はここで紅茶でも飲みながら、ゆっくりと読書したりできたんだけどなぁ」
「儂らがいると酒を呑まんといかんくなるからの」
すでに片手に持っていた木製のジョッキを、ゴーヴァルさんが掲げる。
その時、厨房からダイン爺と呼ばれている宿の主人が出てきて、ローレンスさんの前に同じジョッキを置いた。
「ありがとうございます。もちろん、そうだとも」
感謝を伝えて受け取ると、ローレンスさんも控えめながら掲げて微笑む。
「どんなかは知らないけど本当に羨ましいよねっ。サムが来るまで話してたんだけどね、まだ休暇を続けるんだって」
ジャスミンさんが言うと、ローレンスさんは肩をすくめて見せた。
「まあ、それでもあと二ヶ月くらいが限度だろうけどね。僕だって、一生自分の街に帰らないわけにはいかないさ。……と、そちらは今日から宿に仲間入りしたサムたちの知人だったね。僕はローレンスだ、よろしく」
僕たちに挨拶をしてくれたので、こちらも自己紹介をしておく。
「トウヤです。よろしくお願いします」
リリーとカトラさんも名乗ると、続けてモクルさんが僕たちが冒険者で旅をしてることなどを、軽く伝えてくれた。




