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ひと息

 奥にある階段の前で、みんなは待ってくれていた。


 すでに部屋の鍵はカトラさんが受け取ってくれている。


 僕たちはギーギーと軋む階段を上って、二階で一度別れることになった。


「俺たちの部屋はこっちの端から四つ、それぞれ一部屋ずつ使っている。何かあったら呼びにきてくれ。あと少しで夕食の時間だが……俺がカトラたちの部屋に声をかけて行って一緒に食べるのはどうだろうか?」


 サムさんたちの部屋は廊下を右手に進んだ先にあるらしい。


 彼がしてくれた夕食の提案をお受けしてから、僕たちは自分の部屋がある左手に進んだ。


 幅一メートルほどの廊下には、小さめの窓が広い間隔で並んでいる。


 薄暗くて冷たい光が差し込む廊下は、壁に設置されたランタンが優しく照らしていた。


 床にはふかふかの絨毯が敷かれている。


 木目が目立つ壁や扉に沿って進むと、突き当たりにある部屋に到着した。


「ここね」


 カトラさんが扉につけられた番号と鍵を見比べる。


 そして鍵を差し込み、扉を開けてくれる。


「これは……」


 彼女がそう言っている間に、リリーと僕の肩から飛び降りたレイが横を縫って駆け込んでいく。


「また素敵な部屋ね。角部屋だし、広々としていてのんびりできそう」


「かなり豪華ですね、そこまで高くなかったのに……」


 カトラさんが先に僕を入れてくれたので、部屋をぐるりと見回しながら感想を口にする。


 本当にいい部屋だ。


 いくつかの絨毯が重なりつつ床の大半を覆い、リリーが今深く沈んでいる厚いソファーには触り心地の良さそうなクッションがたくさんある。


 一部斜めになった天井の下、壁際に巨大なベッドが置かれていた。


「こんなに大きなベッド、初めて見たわ! まるで王族が使う物みたい」


 興奮気味にカトラさんが近づいていく。


 ワイドキングサイズって言うんだったっけな?


 三人が並んでもかなり余裕がありそうなベッドだ。


 馬車の荷台が二つあるくらいの広さなので、一段高くなった生活スペースに思えてしまうくらいのサイズだ。


 そこにはこれまた暖かそうな毛布などの掛け布団がある。


「寒くなくて、さいこー」


 リリーがむふんっ、と満足げに発した言葉に僕も続く。


「外で雪が降ってるなんて信じられないなぁ。説明通り部屋は暖かいから、窓辺に寄ったりしなければ薄着でも問題なさそうだね」


 扉と反対側にある窓からは、ダンジョールの北側の街が見える。


 近づいたら足元へとひんやりとした空気が流れてきていて肌寒いけど、ベッドやソファーにいたら問題はない。


 少し長めのカーテンも寒さを遮るためなのかな。


 夜になったら閉めればいいだろう。


 そもそも建物が断熱性の高いレンガを主に建てられているのも、この地の気候ゆえなんだと思う。


 日が隠れ出し、窓の外で暗くなり始めたダンジョールの街に見える建物は、やっぱりすべて同じくレンガ造りだった。


 強くなった雪が、次々と風に流されながら落ちていく。


 角度をつけて右の方を覗くと、人の往来が多い中心部が見えた。


 街頭にも、優しい光が灯り始めている。


「暖かい部屋の中から雪を見るのもいいわねぇ。白くなった山も、こんなに近くで見られるだなんて……」


 全員が上着やらを脱ぎ、長旅の疲れを感じながらぼうっとしていると、カトラさんが小さく欠伸をしてから言った。


「私は二度目だけど、この景色がずっと忘れられなかったから。こうしてまた来れて良かったわ。どう? トウヤ君とリリーちゃんは、この街の印象」


「僕は気に入りましたよ。まだまだ街の中心部もダンジョンも行ってないですけど、雪のある景色はそれだけで特別で、綺麗でわくわくしますね」


「わたしも、嫌いじゃない。宿も静かな場所にあっていい。……でも寒いのはびっくりするから、あたたかい服、買わないと」


「ふふっ、そうね。明日にでもお店に行ってみることにして、ダンジョンへはその後にまずは覗きに行ってみる感じにしましょうか。ノルーシャさんにもお会いしたいから、今後の予定を立てつつ探して……」


「……そうだ。ノルーシャ」


 カトラさんに言われて思い出したのだろう。


 というか、そもそも忘れていたんだ……。


 今ハッと思い出したといった感じでリリーがゆっくりと顔を上げる。


 ノルーシャさんは港町ネメシリアで出会った、ジャックさんたちが営む商会グループの一つ、クーシーズ商会のトップを担っているキャリアウーマンだ。


 ジャックさんの冷凍による食品流通網の拡大案。


 その実現に向け、ここダンジョールにいる魔道具の職人さんたちと取引をするため、僕たちに先立ってこの街へ到着しているはずだ。


「まさか、リリーちゃんったら忘れてたんじゃないわよね?」


「…………黙秘」


 そう言って目を逸らすリリーに、僕とカトラさんは思わず吹き出してしまう。


「まっ、まあとりあえず」


 ベッドの端に腰を下ろすカトラさんが、両手を合わせる。


「ひとまずはそんな感じでいきましょうか。何にせよ、二人もダンジョールを気に入ったみたいだから、これから目一杯楽しみましょう。以前に短い間だけ滞在していた私でも案内したい場所がたくさんあるくらいだから。じっくりと時間をかけてね」


「はい。ダンジョンだけじゃなく、せっかくなので観光も楽しみたいですもんね」


 あと、僕としてはレンティア様への貢物を集めるミッションもある。


 他にもすぐに思いつくことだけでもしておきたいことは山盛りだ。


「あ、そうだリリー。到着したし、ジャックさんたちにマジックブックで報告しておいたら?」


 僕が提案すると、カトラさんも「そうね」と頷く。


「元々報告する日ではないけれど、今日くらいはしておきましょう。なるべく早く伝えてあげられたら、ジャックさんとメアリさんも安心なさると思うわ」


「わかった。じゃあ今から、書いておく」


 リリーは膝の上にいたレイを横に降ろすと、座っていたソファーから立ち上がってこちらに来る。


 魔道具であるマジックブックは貴重品だ。


 移動中は僕のアイテムボックスに入れている。


 だから、取り出して……。


「はい」


「ん、ありがと」


 渡してあげると、リリーはそう言って絨毯の上に座り込んだ。


 ソファーの前にある低めの机を使うみたいだ。


 窓の外は思ったよりも早く暗くなってしまった。


 山々に囲まれてる地形だから、日の光が入ってくる時間が短いのかもしれない。


 まだ夕方くらいだと思うんだけどなぁ。


 リリーが動かし始めたペンの音を聞きながら、僕たちはぼうっとし始める。


 夜ご飯の時間になってサムさんが呼びにきてくれるまで、今はひと息つくことにしよう。


来週1月12日ごろに、書籍4巻が発売となります。

さんざん宣伝していますが、内容としては現在進行しているダンジョール編の続きになります。

書籍を買ってくださっている方は、ぜひ予約していただけますと幸いです。

まだの方も3、4巻、セットでいかがでしょうか? 何卒何卒……。

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