隠す必要性
それにしてもジャスミンさん、リリーの質問に至って普通に答えてるけど。
包み隠したりしないんだな。
「私のは中くらいの容量だけどね。いくつかの私物とお金、冒険に必須のアイテムを入れたら一杯なんだ」
「おかげで野営用の道具で嵩張ることもないし、かなり助かっているよ」
ジャスミンさんの後ろから、モクルさんが付け足す。
「……Sランクだから、隠す必要がない」
困惑気味の僕に説明するように、リリーが呟く。
そうか。
僕の場合は面倒に巻き込まれたりしないようにアイテムボックスのことを隠している。
でも実力を備えたSランク冒険者だったら隠す必要性がないのか。
万が一面倒ごとが起きたとしても、実力行使でなんとでもなるんだろうし。
「その様子だと、トウヤがアイテムボックス持ちなのか?」
……ん?
サムさんに尋ねられて、ドキリとする。
な、なんで?
なんとか反応には出さずにはいられたけれど、心の内では一気に戸惑いが広がる。
「サム、困らせてはいかんぞ」
「そうだな。いや、すまない。そんなに警戒しないでくれ」
ゴーヴァルさんに言われ、サムさんは頭を掻きながら苦笑した。
表情に出さなかったのに、結局僕の感情を見抜かれていたみたいだ。
これ以上無言でいるのはアイテムボックスを持っていると白状するのと同じようなものだろう。
もう誤魔化せそうにはない。
カトラさんも信頼している方々で、僕としても印象は悪くない。
それに何しろメンバーにアイテムボックス持ちがすでにいるS級パーティだ。
「あの、なんでわかったんですか?」
だから打ち明けても危険に晒されたりはしないだろうと信じて、質問してみる。
「えっ。それはもちろんあれよ」
気がつかれてないとでも思ったの、とでも言うようにジャスミンさんが答えてくれる。
「だってみんなの馬車、長旅にしては明らかに積んでいる荷物が少なかったからね。カトラは帯剣してるけど、他に持ち物も見当たらないし」
「あー……そ、そういえば」
たしかに、僕たちの馬車の中を見たら一発で誰かがアイテムボックスを持っていると推測されても仕方がないかもしれない。
ダメだ。
注意が足りていなかったな。
僕が反省していると、カトラさんがホッと息を吐いた。
「ジャスミンさんたちには見られちゃっていたのね。でも良かったわ。他の理由で気がつかれてしまったわけじゃなくて。普段はなるべく馬車の中を全体的に見られないように気をつけていたのだけど、サムさんたちに会えて気が抜けてしまっていたわ」
彼女は僕を真っ直ぐと見る。
「ごめんなさいね、トウヤ君。この旅の間、二人のことは私が大人として守るって決めていたのだけど」
なんだ、今までカトラさんがそんなことまで気を配ってくれていたのか。
僕以上に僕のことを真剣に考えてくれていたらしい。
自分の落ち度だと自身に落胆するカトラさんを前に、ふと言葉が口をついて出た。
「そんな顔しないでください。グランさんにも『守られるだけじゃなく、仲間として守り合えるように』って出発前に言われてますから。これは考えが及んでいなかった僕の責任ですし……それにほら、気付かれたのがサムさんたちで良かったじゃないですか。おかげで今後どうするかも考えられます」
カトラさんは僕のことを案じてくれていた。
だというのに僕自身が、アイテムボックスのことを結局は軽く考えてしまっていたのだ。
「グランも良いこと言うね」
モクルさんが僕とカトラさんの肩に手を置く。
「カトラちゃんも大人って言っても、まだまだ若いんだからさ。そんなに肩肘張らなくてもいいんじゃないかな? 出会ったばかりの僕が言うのもなんだけど、トウヤくんもしっかりしてるし」
「そうじゃな。儂らから見たら、嬢ちゃんも同じく大人とやらになるための道の途中よ」
「ねえってば! 儂らって、毎回一括りにしないでくれる!? ま、まあ、たしかにカトラくらいの年齢だったらエルフだとまだまだ子供だけどね?」
ゴーヴァルさんとジャスミンさんも続けて言うと、カトラさんは俯きかけた顔を上げた。
「ありがとう」
明るい表情だ。
若い頃から山も谷も経験してきたからか、カトラさんには長々と悩んだりはしない強さがある。
だけど、それに甘えてばかりいたらダメだ。
僕とリリーが十歳の子供だからと、つい一人で背負い込んでしまいがちな彼女をもっと気遣ってあげられるようにならないと。
「そろそろ中に入ろう。雪も強くなってきたみたいだ」
サムさんがみんなに声をかける。
いつの間にか、少しずつ降る雪の量が増えてきている。
「あ、じゃあ僕はユードリッドのエサを置いてから行きますね。アイテムボックスのこと隠そうと思ってたんですけど、もう大丈夫になったので。みなさんは先に中に入っていてください」
そう言って踵を返す前、ジャスミンさんが本を渡してくれた。
「それじゃあ今のうちに」
「ありがとうございます」
受け取ってアイテムボックスに収納する。
目が合うと、さっきまで隠していたのにと可笑しくなって互いに目尻が下がった。
厩舎に戻り、ユードリッドの食事を用意して宿に駆け足で向かう。
さっき僕たちがいた場所で、レイを連れたリリーが待ってくれていた。
「あれ、待ってくれてたんだ」
「うん。レイもいるから」
「ありがとう。ごめんね、寒いのに。じゃあ入ろっか」
ぐいっと抱えていたレイを差し出されたので、受け取って僕の肩に乗せる。
「……トウヤもジャスミンみたいに強くなれば、カトラちゃんも心配しなくなるはず」
宿の扉を開ける前、リリーが振り返って言った。
「だから、一緒にがんばろ。わたしも心配されないように強くなるから。ダンジョンで、レベル上げて」
リリーもカトラさんが思ってくれいることを考えて、僕と同じように心に決めていたのかな。
しっかりと頷いて、僕は扉を開けたリリーに続いた。
「うん、一緒に頑張ろう」