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厩舎

 一度外に出る。


 少しの間とはいえ暖かい場所に一回いたから、さっきまでよりも寒く感じるな。


 無意識に体に力が入ってしまう。


 まだパラパラと降り続けている雪。


 この宿に決めたと伝えるとモクルさんたちは喜んでくれた。


「やったっ」


 中でもジャスミンさんは、拳を作って前後に振っている。


 ゴールを決めたサッカー選手のパフォーマンスみたいだ。


「これで、いつでも魔法を教えてあげられちゃうね。みんなにだったら包み隠さず私の知識を与えちゃうよ、信頼できそうだし。……あっ、も、もちろん都合がいい時に気になったら聞いて! ウザくならないように気をつけるからっ」


 馬車を裏手に移動させる間、スキップで並走しながらそう言ってくれる。


「すまんの。儂らは魔法の話ができんから、魔法使いの友人ができて興奮してるようじゃ」


 ゴーヴァルさんがジャスミンさんをちらりと見た。


「ちょ、ちょっと!」


「ははっ。楽しくなりそうで良かったの」


 気恥ずかしそうにしながら、ジャスミンさんはジト目で睨んでいる。


「面倒くさいとか、全然そんなこと気にしないでください」


 カトラさんが停めた馬車の横で、僕が手を振るとジャスミンさんの顔が明るくなった。


「本当……っ!?」


「はい。僕も魔法をはじめとしたいろんなことをダンジョンがあるこの街で学びたいと思ってましたから。リリーも魔法の勉強は、せっかくだししたいよね?」


 隣で無力化状態のレイを抱いているリリーにも訊く。


「うん、魔法は気になる。フストに帰ったあと、魔法学校に入る予定だから」


 いつものように真顔のまま、こくりと頷くリリー。


 対照的に表情が豊かなジャスミンさんは、さらにパァっと目を輝かせ笑った。


「わかったよ。じゃあ本当になんでも聞いてね、私が答えられることならなんでも答えるからっ。嬉しいな、みんなも魔法が好きで」


「あ、私も仲間はずれにしないでくださいね」


 ユードリッドを荷台から外し終えたカトラさんが、離れた場所から声をかけてくる。

 除け者にしないで、といった風にわざとらしく少しむくれている。


「もちろん、当ったり前でしょ!」


 サムズアップを送るジャスミンさんの笑顔が眩しい。


 ゴーヴァルさんがさっき僕たちのことを、ジャスミンさんは「魔法使いの『友達』」ができて嬉しいのだと言ってくれていた。


 そのことを否定はせず、ただ気恥ずかしそうにしている彼女を見て僕は嬉しくなっていたらしい。


 まだ出会ってばかりだけど、ジャスミンさんを筆頭に『飛竜』のみなさんとダンジョールでの毎日を共にできると思うと、自然とこちらまで笑みがこぼれた。


「この厩舎だと、ユードリッドもくつろげそうね」


 腰に手を当てたカトラさんは目の前にあるスペースを見ている。


 厩舎には他にも馬がすでに三頭いたが、幅も広くそれぞれが離れて過ごせそうだ。


「そうですね。屋根なんかの造りもしっかりしていて、これから雪が本格的になっても安心ですね。説明していただいた通りほんのり暖かいですし」


 屋内と比べると、もちろん寒いのは寒い。


 ただここは足元がほんのりと暖かった。


 この地面の下にも、言っていた熱水を循環させる魔道具が埋められているのかな?


 気温も十度近くはありそうだ。


 ここまでの長い移動で、ユードリッドには頑張ってもらった。


 馬だから寒さには強いはずだろうけど、なるべく快適な環境で休ませてあげたい。


「お疲れさま、ユードリッド」


「本当に助かったわ。頑張ってくれたおかげで、ここまで順調に来れたのだから。さすがジャックさんに大切に育てられてきた子ね」


 僕とカトラさんが優しく撫でると、ユードリッドは気持ちよさそうに筋肉質の体を動かした。


「……おつかれ」


 リリーもそう言って微笑みかけている。


 そうだ。


 水と食事を置いてから行きたいところだけど、サムさんたちの前でアイテムボックスを使ってもいいものだろうか。


 うーん……。


 悩みつつ、水は厩舎の端に水瓶が置かれていたので、それを同じく用意されていた桶に移して対応する。


 エサは、他の馬の近くに袋に入ったものがあった。


 だけど多分、これはこの馬たちの所有者の物だろう。


 勝手に拝借するわけにはいかない。


 まぁ、また後で戻ってきてアイテムボックスから出してあげればいいか。


 カトラさんと目があったので、そんなふうに決めて歩き出す。


 念の為、心の中でユードリッドには「すぐに戻ってくるから、ごめん」と言い訳をしておいた。


 厩舎を出て宿の入り口に戻っていると、


「そうだ。オリジナルの魔法は今度教えるとして、エルフに伝わる魔法にまつわる英雄譚の本を持ってるんだけど気にならない?」


 ジャスミンさんが不意に訊いてきた。


「英雄譚、ですか?」


「うん。昔の魔法についての記述もあって面白いよ。ちょっとは勉強にもなるだろうし」


「あ、じゃあ……いいですか? 大切に扱うので」


「ははっ、別に雑に扱っても大丈夫だよ。かなり古びちゃってるから。……えーっと。あ、これこれ」


 魔法にまつわる英雄譚。


 それもエルフに伝わる物となると、どんな話なのかと興味が湧かないはずがない。


 僕がお願いすると、彼女は嬉しそうにしながら本を取り出した。


「えっ」


「はい……って、どうしかしたトウヤ?」


 ジャスミンさんは本を差し出してくれたけど、僕は彼女の行動に驚いて思わず足を止めてしまった。


 先頭を進んでいたから、後ろにいたカトラさんやサムさんたちも止まる形になる。


「あの……」


 確認したいことはシンプルだ。


 でも、なかなか続く言葉が出ずにいると、隣にいたリリーが先に口を開いた。


「アイテムボックス、持ち?」


「ん? ああ、そうだよ」


 ジャスミンさんは今、何もないところから本を出現させたのだ。


 それは、僕がアイテムボックスを使う時と同じような光景だった。


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