暖かな宿
街の入り口には小屋があって男性が一人立っていたけれど、ギルド章の提示などは求められなかった。
不思議に思ったが、怪しい人物がいないか見ているだけらしい。
「ここは冒険者が集う街じゃからの。馬鹿な奴がおらんとは言わんが、力ある者たちがわんさかおってそう簡単に悪さはできん。まあ、そういうのは他の街でやっとれ、ちゅうわけじゃな」
話を訊くと、ゴーヴァルさんがそう教えてくれた。
同じ公国内でもネメシリアとはかなり違うみたいだ。
そういえば三日前くらいにカトラさんと話していたときも、ダンジョールでは公国貨幣しか使えないって聞いたのだった。
冒険者ギルドなんかでも、いろんな場所からやってきた人のため様々な通貨と交換できる制度があるらしい。
やっぱりダンジョンがあるということもあって公国もこの街を重視して、何かと力を入れているみたいだ。
ある種の特区のような扱いなのかな。
さっきの高い台から見た感じだと街は相当広い。
まだ人出が多い夕方頃とはいえ、サムさんたちの先導で進む街の外れはパラパラと人がいるだけだ。
全体的に平坦な道。
優しく降る雪の中をしばらく行くと、少しだけなだらかな坂に入った。
紹介してくれるという宿屋へは、そこからすぐに着いた。
「ここが俺たちが世話になっている『雪妖精のかまくら』だ」
敷地内に入りながらサムさんが言う。
棚田のように段々になった区画。
ここまで来る道中で見た家々はすべてレンガ造りだった。
この宿屋もそれは同じで、二階建てで奥に伸びるような形で建っている。
手前にある扉の上には、可愛らしい妖精とかまくらが描かれた看板があった。
左手に奥に続く道があって、馬車置き場なんかが見える。
カトラさんは一度宿の前で馬車を止めてから、雰囲気を確かめるように宿を見上げた。
「静かで良い場所にあるわね。なんだか高空亭みたい」
「……高空亭って?」
近くにいたジャスミンさんが首を傾げるのを見て、サムさんが説明する。
「グランがやってる宿屋だ」
「えー!? 聞いてないわよっ。『伐採』って今は宿をやってるの?」
「まあ聞かれてないからな。だけど、たしかに言われてみると」
顎に手を当てて、サムさんが続ける。
「グランのやつの宿と、立地的な意味合いでは似てるかもしれないな。どうだ、静かで落ち着くだろ?」
「ええ。トウヤ君もフストではうちに停まっていたのよ。リリーちゃんもよく遊びに来てくれていたし」
「おっ、そうか。だったら三人とも気に入ると思うぞ」
「グランの料理の腕もメキメキ上がってて驚いたけど、それに劣らないくらいここも美味しいからね」
モクルさんのそんな言葉を聞きながら、僕たちは中を見てみることにした。
代表して一緒にサムさんがついてきてくれる。
前に停めている馬車は残りの三人が見ていてくれることになった。
石を積んだ段差を二つ上って、サムさんが木製の扉を開けると呼び鈴が鳴った。
寒い地域だからだろう。
扉が厚い。
「まあっ、素敵ね……!」
入って直ぐにカトラさんが手を合わせて言った。
僕たちを見てくる目が輝いている。
これはもう、彼女は気に入ったみたいだ。
「これまでの宿とはまた雰囲気が違いますね」
「……たしかに」
僕も左から右に視線を動かしながら返事をすると、隣でリリーも同意見だと続いた。
最初の印象としては、あまり宿っぽくない。
いや、どちらかというと民宿っていうのかな?
個人宅のような雰囲気で、ラグが敷かれていたりソファーなんかが置かれている。
屋内は深い茶色の木が基調とされていた。
天井には同じ色の木の梁が露出していて、窮屈さは感じないけどどこかこぢんまりとした感じだ。
もちろん食堂だと思う机が並んだ一角にはカウンター席があったりと、設備は整えられているから宿には違いないのだけど。
広々としたり、整然としている訳ではないということだ。
「でも、暖かくていい」
リリーが続けた言葉に、今度は僕が頷く。
外が寒くて鼻や耳が冷たくなっていたから、室内の暖かさが心地良い。
体の表面からじんわりと温まっていく。
「あそこに暖炉があるからな。それぞれの部屋や厩舎にも、熱水が通った金属管が通っているから寒さの心配はいらないだろう」
サムさんが指した食堂エリアの奥の方には、橙色の光を漏らす暖炉があった。
ガラスの向こうで、くべられた薪が赤々と燃えている。
本当に宿の名前の通り、妖精が作ったかまくらにでもいる気分になるな……。
ほんのり暗い室内を暖炉や照明の温かな光が照らしている。
呼び鈴に反応して、奥からお婆さんが出てきた。
「いらっしゃ……まあサムさんじゃないかい。もうお帰りになったのかい?」
「ただいま。今回は思ったりよりも早く片付いてな」
にこやかに微笑むお婆さんに、サムさんが軽く手を挙げる。
「それはよかった。それで……そちらの方々は?」
「ああ、俺の知人でね。道中で久々に再会してここを紹介したんだが、部屋は空いてるだろうか」
「三人一部屋で良いなら空いてますよ。個室は商人の方の一行が来られてね。ごめんなさいね」
「そうか……」
サムさんが僕たちに目を向ける。
「と、いうことらしいんだが、どうだろうか? 料金表はここに」
トンと指で叩かれた横の壁に、料金表が書かれた木板がかけられている。
朝晩の食事を含むその料金を僕たち全員が確認すると、カトラさんはリリーと僕の表情をちらりと見た。
「では、三人部屋でお願いします。馬車が一台あるので、その料金も一緒に」
三人とも前向きな表情だ。
カトラさんは途中の街で交換していた公国貨幣の量も踏まえて、結局三泊分と馬車代を出した。
引き続きお世話になると決めたら、あとはギルドでの貨幣の交換を済ませてから支払うことになるだろう。
「はい、ではちょうど。こちらが部屋の鍵になります」
お婆さんから鍵を受け取り、諸々の説明を聞く。
「馬車は裏手の好きな場所に停めていいですからね。お馬さんも厩舎の中は寒すぎることもなくしていますから、そちらにどうぞ」
全ての説明を終えると、お婆さんは奥に向かって声をかけた。
「お父さ~ん、サムさんたちがお帰りになりましたよ」
少しして、細身のお爺さんが顔を覗かせる。
「おおう、おけぇり」
「ただいま」
真顔で一つ手を挙げるとすっこんでしまったが、サムさんもぺこりと会釈している。
「ふふっ。また、照れちゃってごめんなさいね」
お婆さんが謝りながらも微笑むと、サムさんも「わかっている」といったふうに優しく笑った。




