次の街へ
朝起きる。
空は晴れ模様。
絶好の出立日和だ。
最後に忘れ物がないか確認したり、チェックアウトを済ませたり。
はじめは薄暗かった空も段々明るくなってきた。
この様子だと天気が崩れる心配はいらないだろう。
いくつか浮かんでいる雲のおかげで、燦々と太陽が照りつけるということもなさそうだし。
銀の海亭の女将であるブレンダさんは、最後の挨拶をすると拳大のパンを一人二つずつくれた。
「また街に来たときには、ぜひうちを利用してちょうだいよ。じゃ、みなさん元気でね!」
宿泊客へのプレゼントで、本来は一人一つパンを渡しているらしい。
僕たちは長く泊まったから、おまけしてもらえたようだ。
水分を飛ばした硬めのパン。
日持ちもするから、旅の途中で小腹が空いたときに食べられる。
有り難い贈り物だ。
宿を出たら、最後にユードリッドと荷台の車輪などの調子を確認する。
ジャックさんとメアリさんも来たので、朝の挨拶をしてから言葉を交わす。
といっても、今回ばかりはリリーと二人の長い別れだ。
僕とカトラさんは確認作業などを率先してやり、リリーが話せるよう時間を作ることにした。
「こっちは問題なさそうね。ユードリッドの体調も万全そうだし、バッチリよ」
「荷台にも不備はなさそうでした。荷物はほとんど僕のアイテムボックスに入ってますし、あとは何か……」
「うん。だったら、見落としはないみたいね」
念のため全て指さし確認をしたが、大丈夫だったみたいだ。
カトラさんと二重でチェックして、問題がないということなのでリリーたちのところへ行く。
急かすつもりはないので、僕たちは後ろに並んで立って待つことにした。
「リリー、体にだけは気をつけるんだよ。これから行くダンジョールは寒いから、対策はしっかりとするように。また今度ノルーシャに会ったときにどうだったか聞きたいから、あっちでは彼女に顔を見せてくれ」
「そうね……週に一度の連絡は忘れずに。トウヤ君とカトラちゃんと仲良くするのよ? あなたなら大丈夫だってママもパパも信じてるから。一度っきりの人生、その瞬間は今しかないんだから思いっきり楽しんできなさい」
今日は、ジャックさんもオーバーなリアクションで叫んだりはしてないようだ。
ジャックさんもメアリさんも、それぞれが伝えたいことを伝えると、順々にリリーを抱きしめている。
「……うん、わかった。パパ、ママ。いってきます」
リリーもひとしきり抱きしめられ終わり、力強く頷いている。
娘からの真っ直ぐな言葉を受け止めると、ジャックさんは僕とカトラさんを見た。
「トウヤ君、カトラちゃん。また会おう。再会できるときを楽しみに待ってるからね、三人で良い旅を」
ここまで来たら心配はもうないのか。
今までとは少し違った感じで、背中を押し送り出してくれてるような感覚があった。
「ありがとうございます。ジャックさんとメアリさんもお元気で」
「行ってきます。また会いましょうね」
ジャックさんたちには、ここまで散々お世話になった。
深い感謝の念が浮かぶ。
僕たちが挨拶をすると、メアリさんも声をかけてくれた。
「行ってらっしゃい。私たちも、フストで帰ってくるのを待ってるからね」
「はい、それではまた」
二人と握手をしてから、馬車に乗り込む。
僕とリリー、レイは荷台に。
カトラさんは御者台に。
ジャックさんたちとはここでお別れする話になっていた。
「それじゃあ、出発するわね」
手筈が整うと、カトラさんが振り返って言った。
僕とリリーが顔を後方部分の幌がない場所から出すと、並んでレイも同じようにする。
ジャックさんとメアリさんは、目が合うと一つ頷き、笑顔で手を振ってくれた。
ユードリッドが歩き出し、馬車が進み始める。
「「いってきます!」」
僕とリリーの声が自然と揃い、手を振り返す。
銀の海亭の敷地を出て、道に出る。
ジャックさんたちも後を追って道に出てきてくれたけど、馬車が緩やかな坂をゆっくりと下り始めると、すぐに姿は見えなくなってしまった。
丘を下りきり、街の中央を通過する頃。
「二人とも、いたわよ」
カトラさんに呼ばれて前方を見てみると、昨夜にした約束通りの場所にアルヴァンさんたちがいた。
ダンドとセナ、それとニグ婆。
さらに呼んでくれたのか、氷造機の件で出会いクラクの調理もしてくれた細マッチョさんことサージさんの姿もあった。
この時間帯は台数は多くないとはいえだ。
後ろにも他の馬車がいるので、元から停まる予定はなかった。
その旨は伝えてある。
「みんなっ、わざわざありがとうございます!」
だから、近づいてきた段階で腕を振りながら声をかける。
僕たちに気付くと、あちらも手を挙げて応えてくれた。
「元気でな!!」
「バイバーイ!」
「いってらっしゃいっ!」
それぞれから声をかけられる。
一晩経っても、ダンドの表情は以前よりも良くなっている気がする。
そんな彼は馬車がみんなが立っている場所を通り過ぎ、離れていく段階でようやく叫んだ。
「また会おうぜー! 俺もちゃんとやっから、姉御たちも元気でなー!!」
ニシシと笑うダンドは、晴れやかな表情だ。
最後まで姉御と呼ばれたリリーも、嫌な顔をしていたが、今までとは違ってすぐにわざとだとわかる早さで微笑みに表情を変えている。
果たして、ダンドはどういった道を選ぶつもりなのか。
またいつか知れたらいいな。
手を振りながら、彼らの影も後続の馬車や建物の間に消えていってしまった。
あとは最後に、事前に場所を確認していたネメシリアの冒険者ギルドだ。
ネメシリア支部は、本当にフストにあったギルドとは比べものにならないほど小さくて、前に行った資料館と同じ小屋くらいのサイズだった。
アイテムボックスに入れていた常設依頼用の薬草と、クラクの魔石を売り払う。
これでEランクの僕でも、活動実績が更新されてギルドへの登録が消えないようになった。
1ヶ月は持つ。
よし。
じゃあ、これで準備は完了だ。
潮風香るネメシリアを出て、進路を東にとって平野を進む。
迷宮都市ダンジョールはフスト以上に距離がある。
途中の街に寄りつつ、山々を越え、山岳地帯にある次なる目的地を目指すことになるはずだ。
さぁ、行こう。
ここからの道のりは長いぞ。
これにて、第2章・ネメシリア編完結となります。
お読みいただきありがとうございました!
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もちろん全巻揃えたい方は、1巻から手に取っていただけますと幸いです……!
それでは、また3章でお会いしましょう。
明日からも、ひとまず4巻発売の1月12日ごろまでは毎日更新を継続する予定です!




