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行動

 アルヴァンさんがいつもの調子で追い打ちをかけるように怒ってしまい、空気が悪くならないかと心配する。


「ダンド、ちょっといいか」


「んあ? なんだよ、後にしてくれねえか。オレだって別に、雰囲気を壊してぇわけじゃねえんだよ……くそっ」


 自分の感情とは裏腹に、理性的な部分もある様子のダンド。


 しかしアルヴァンさんが続けて放った言葉は、予想に反して優しいものだった。


「いや、そういうことを言いたいんじゃないんだよ。ただ、セナを追ってやれって伝えたくてな」


「……?」


 ダンドは拍子抜けして、怪訝そうに父親の顔をジロリと見上げている。


 やっぱり意外に思ったのは僕だけじゃなかったらしい。


 驚いたような顔でアルヴァンさんを見ていたカトラさんと目が合う。


「お前が何度も意地張って、その度にあとで自分に腹を立てて後悔してることくらいだったら、俺みたいなダメな親父でもわかってるに決まってるだろ」


 アルヴァンさんは照れくさそうに、後頭部を掻きながら視線を逸らす。


 何度か言葉に詰まったりしているが、今日は真っ正面から、最後まで自分の思いをダンドに伝えようとしているのが伝わってくる。


 問題は親子関係にもあるようだった。


 まずはその状況を変えようと、アルヴァンさんが先に親として成長しようとしているのだろう。


「……なんだよ、それ」


「まあ、だからなんだ。悔いてるのは自分なんだからよ、まずは『自分に素直に、追え』ってことだ。セナが見捨てずに隣にいてくれてる意味や、その有り難さも、お前くらいの年になったらもう痛いほどわかるだろ」


 これまで照れくささもあり、息子と向き合うことを避けてしまっていたアルヴァンさんだったが、今はどこか覚悟のようなものが感じられる。


 それはまさに、今のダンドに足りていないように思えたものだった。


 お酒のせいなのか、それともまた別の理由なのか。


 アルヴァンさんは耳の先を赤くしながらも、言葉を止めない。


「将来設計とかな、そんな大それたものを今すぐ決めろとは俺も言わない。何しろ、俺だってそこまでしっかりした人間じゃないしな」


 だがな、と言って膝を曲げ目線を下げる。


「一歩ずつでもいいから、自分の大切なものは自分で守れる男になれよ」


「…………」


 ダンドは無言のまま、目の前に来たアルヴァンさんの目をちらっと見る。


 すぐに目は逸らしたようだが、伏し目がちなまましばらく何やら考えているようだ。


 僕たちが見守っていると、不意にダンドが立ち上がった。


 少し口を開き、何かを言おうとしている。


 目が泳ぎ、言うべき言葉を探しているみたいだったが、結局何も出てこないまま口は閉じられてしまう。


「……なんだ?」


「…………別に。なんでもねえよ」


 アルヴァンさんの問いにも、最終的に短く返すだけだった。


 だが、それだけ言葉を残すと、ダンドはテラスの出口まで進んだ。


 まさか本当に行動に移すとは。そんな表情で、アルヴァンさんも息子の背中を見ている。


 響いたのかはわからないけれど、自分の言葉が届いたことが嬉しかったのか。


 驚きと相変わらずの照れくささ、それとちょっとの喜びが表情に浮かんでいる。


 だけど……そのまま外へ続くように見えたダンドの足取りは、ぴたりと止まってしまった。


 父親から影響を受け浮上しかけた覚悟が、また沈みかけているんだろうか。


 下を向くと、踵を少しだけ下げてしまっている。


 しばらく待ったけど、アルヴァンさんがもう一度声をかける雰囲気はない。


 あと少し。


 ダンドの背中から、あとほんの少しだけ背中を押してあげたらセナのもとまで行けそうに感じるのにな。


 みんながダンドの様子を見ている。


 これからどうなるのかと思っていたが、気がついたら自分がダンドの方へと歩み出ていた。


 見守り続けるだけのつもりだったのに何故こんなことをしているのか。


 色々と考えてみてもよくわからない。


 単に最後の一押しを誰もしそうにないから、代わりにやろうというだけなのかもしれない。


 それか、前世では僕もいい大人だったからな。


 最終的には悩める少年を自分の手でも応援してあげたくなったのだろうか。


 後ろから、ダンドの肩を叩く。


 いつもとは違う、不安げな表情がこちらを向いた。


 どんな言葉をかけよう。


 さっきから考えていたけれど、何がベストなのかは最後までわからなかった。


 むしろ、ダンドにとってはアルヴァンさんの言葉が大切なものとして心に残っていると思う。


 だから、僕からは何も言う必要はない気がする。


 あと少し、ほんの少しだけ背中を押してあげるのが、僕が今すべきことだ。


 目が合ったダンドに向かって、一つ頷く。


 僕の気持ちは、それで十分に伝わったらしい。


 ダンドは目を見開いて固まったかと思うと、次に僅かにだけ頷き返してくれ、足を前に出して外に出て行った。


 セナのもとに駆けて行く。


「珍しいこともあったもんだね……」


 ニグ婆は、息子であるアルヴァンさんの成長だけでなく、孫が普段からは考えられない行動をとったことにシンプルに驚いている様子だった。


 ダンドは外で、セナに声をかけている。


 その様子を見ているアルヴァンさんの瞳は、いつもの少年っぽさがなりを潜め、一人の父親として子への愛情に満ちた温かなものに感じられた。


「会話を止めてしまって、すまない。あとは若者二人に任させてやってくれ」


 状況を見守っていた僕たちに、アルヴァンさんはそう言ってから自分の席に戻る。


 最後に彼は、僕に向かって「ありがとな」と真剣な表情で言ってくれた。


 ジャックさんやメアリさんも、同じ子供の親として一連の会話に感じる物があったらしい。


 信頼に足る人間だという思いが強くなったのか。ジャックさんも一段と腹を割った様子で、アルヴァンさんとの会話を再開している。


「嬉しそうね?」


 ふと気付くと、横に立っていたカトラさんに声をかけられた。


 どうやらアルヴァンさんとダンド。そしてダンドとセナの関係にも、良い風が吹き始めたところを見れて、僕は思わず口角が上がってしまっていたらしい。


 カトラさんだけでなくリリーも、同じように頬には笑みを浮かべている。


 その後、しばらく経って戻ってきたダンドとセナは、互いに言いたいことを言い合えたようで、すっきりとした顔つきをしていた。


 話した内容は、僕たちが知るところではない。


 とにかく、二人の仲にひびが入ったりはしなかったようなので良かった。


 食事会はその後も楽しく続き、やがて解散となった。


 明日の出発時間を伝えると、ダンドやセナの家から近くの街の中央辺りで、道ばたで馬車が通るのを待ってくれると言ってくれた。


 ジャックさんたちは朝方から、僕たちが出発する銀の海亭に来てくれることになっている。


 ネメシリアで過ごす最後の一晩。


 今日からは久しぶりにリリーもこちらで一緒に眠る。


 そのため波の音だけが聞こえる暗くて静かな道を、月の明かりを頼りに僕とカトラさん、リリーの三人で上っていく。


 わいわいと明るかったテラスでの食事会からの反動でか、風がいつもより冷たくて寂しく感じる。


 だけど三人で話していると、それもまた良く感じてくるから不思議だ。


「さっきの食事会、どうだった?」


 カトラさんが訊くと、珍しくリリーが速いテンポで答えた。


「……楽しかった」


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