関係性
店頭に戻り階段を下ると、1階にノルーシャさんの姿があった。
挨拶したいけど、誰かと話してる。
って、あれって……。
後ろ姿しか見えないが、ノルーシャさんの話し相手には見覚えがあった。
「あら」
カトラさんも気付いたようで、その人物を見ながら眉を上げている。
このまま商会の外に出て行くのも、あれだしなぁ。
なんてことを考えていると、ノルーシャさんも僕らに気付いた様子で、頭を下げてくれる。
続いて、その話し相手も……。
「あれ、偶然ですね。みなさんは買い物ですかい?」
遅れて僕たちが目に入り、驚きながらもそう話しかけてきたのは、ニグ婆だった。
ノルーシャさんも、僕たちとニグ婆が知り合いだったことを不思議に思ったのだろう。
「お知り合いだったんですか?」
「うん。漁に連れて行ってくれた組合長のお母さんだから」
あまり答えになっていない気もするが、リリーが答えると「は、はぁ……」と一応納得してくれたみたいだ。
多分。
しかし、その答えで一番僕たちとニグ婆の関係性を理解できたのは先ほどジャックさんと一緒に話を聞いていたメアリさんだったようだ。
「まあ、組合長さんのお母様だったんですね」
彼女は美しい所作でお辞儀をすると、感謝の言葉を述べる。
「娘たちがお世話になったようで、ありがとうございました」
聞き取りやすく、周りの全員を安心させるような声色だ。
ジャックさんもだけど、やっぱりふと瞬間に隠しきれないほどの出来る人の雰囲気を感じるんだよな。
その度に毎回、自然と背筋が伸びる。
「娘たち……。ああ、リリーちゃんのお母さんですか?」
ニグ婆も、リリーとそっくりなメアリさんの髪色を見て気付いたのだろう。
「これはこれは。むしろうちの孫がご迷惑をおかけして、大変申し訳ございませんでした。それで……ノルーシャ会長も、こちらの皆さんとお知り合いで?」
「こちらはフィンダー商会、会長の奥様ですので」
「……は? そ、それは……つまり……」
クーシーズ商会にカンバのオイル漬けを卸しているから、フィンダー商会のことについても知っているのか。
ニグ婆の頭の中で、メアリさんがフィンダー商会の会長の奥さん→その娘であるリリーも会長の令嬢、と辿り着くのが目に見えてわかった。
今まで接していたリリーの正体を知り、ニグ婆はかなりびっくりしている。
「こ、これは驚いた……。すみませんね、フィンダー商会のご令嬢だとはつゆ知らず」
畏まった様子で腰を低くするニグ婆に、リリーは首を振った。
「ううん。今まで通りで、大丈夫」
「ですが……」
まあ、そうは言われても困ってしまうのは仕方がないだろう。
ニグ婆はどうしたら良いのかと、僕たちの顔を見てくる。
「気にせず、これまで通りに接していただけるとこの子も喜ぶと思うので」
けれど、メアリさんがそう言ったことで、ひとまず考えはまとまったのかな。
「では、お言葉に甘えて……。リリーちゃん、これからもよろしくね」
「うん」
良かった良かった。
クーシーズ商会とリリーの関係は、何だかんだで伝えずにいたからな。
こんなタイミングで知られることになるとは思わなかったけど、すんなり済んで助かった。
そういえば……。
「お婆さんは、どうしてここに?」
気になったので質問してみる。
考えられるとしたら、カンバのオイル漬けの在庫確認に来たとかだろうか。
「旦那様のご到着に合わせて、私を含めた三人でお話しする席を設けさせていただいたんです」
僕の質問に答えてくれたのは、ノルーシャさんだった。
「あっ、ジャックさんのお仕事ってそのことだったんですね」
なるほど。
リリーを心配してるだけで、ネメシリアにクーシーズ商会の視察に来るというのは適当につくった目的なのかと思っていたけど、どうやらそうでもなかったらしい。
さすがは商人。
しっかりと前もって予定を入れていたようだ。
「旦那様から聞かれていましたか。それでは、そろそろ約束のお時間ですので、私たちはこれで」
ノルーシャさんは最後に深くお辞儀をし、ニグ婆を奥へと案内していく。
「こちらへどうぞ」
「それではみなさん、また」
ニグ婆もそう言って去って行くのを見送ってから、僕たちは商会の外に出た。
民族衣装が売っているお店の場所はメアリさんが知っているらしいので、後ろをついて行く。
「あの方をはじめとした、日持ちする物を作られている方を中心に今回は挨拶するそうよ」
道中、メアリさんがこれからジャックさんが会うことになっている方々について教えてくれる。
「日持ちする物ですか?」
気になった様子でカトラさんが聞き返す。
「フストやその他の街でも、もっと大規模に展開できないかと考えているそうでね」
はぁー、それは凄い。
あんなにラフな感じだったけど、これから結構大切な商談が繰り広げられるのだろうか。
「上手くいって、フストでもカンバのオイル漬けが食べられるようになったら嬉しいですね」
僕が正直な気持ちを言うと、隣でリリーも深く頷いていた。




