港町の商会
2日後。
昨日はゆっくりと休んだ僕たちは、昼頃に銀の海亭を出てネメシリアの中心街に来ていた。
ちなみに食事会の後、捌いてもらったクラクは漁師組合と分け、20kg弱はある自分の分は帰り道にアイテムボックスへと収納した。
生のものだけでなく一部調理したものまで、たっぷり入れることができたので今後も好きなときに食べられるだろう。
ちょっとずつストックしている食材も増えてきた。
「この辺りは特に人が多いわね」
街を進んでいると、後ろからカトラさんの声が聞こえてくる。
「本当ですね、はぐれないように気をつけないと」
3m幅の道の左右には店が並び、立ち止まって商品を見ている人もいる。
その上、僕たちみたいに行き来する人がたくさんいるから、ゆっくりしたペースで互いに何とかぶつからないようにすれ違っていく人々で道は埋め尽くされていた。
今のカトラさんへの返事だって、先頭を行くリリーの背中を見たまま言ったくらいだ。
振り返ることすら容易には出来ない。
ネメシリアに入った日以来、この人が一番多いエリアは来てなかったからなぁ。
すでに1週間は滞在しているとはいえ、まだまだ新鮮に感じる。
「リリー、この辺りなんだよね?」
「うん、こっち」
レイを抱っこしてくれてるリリーが、先ほどの僕のように前を向いたままこくりと頷く。
一列になって曲がり角を曲がっていくと、リリーは道の端に寄っていった。
「ついた、ここ」
「おお!」
紹介された建物を見上げて、思わず声を漏らす。
「街の中心地にあるのに、こんなに大きいなんて凄いわね……」
遅れて人混みから出てきたカトラさんも、ほーっと驚いている。
今もお客さんが出入りしているここが、ジャックさんたちが営むフィンダー商会……その傘下であるクーシーズ商会らしい。
周りを見ても、一番大きいお店なんじゃないかな?
白い外壁は周囲の建物と同じで、階数こそ2階建てだけど敷地面積が広いのだ。
こんな繁華街にあるのに凄いな。
フストだけでなく、ネメシリアでもここまでの勢力を誇っているとは。
さすがジャックさんだ。
そして今日、僕たちはなぜここに来たのか。
それはもちろん、何を隠そうジャックさんたちと落ち合うためだ。
昨晩のリリーとのマジックブックの連絡によると、ジャックさんとメアリさんは今日の昼前にはネメシリアに到着するとのことだった。
「じゃあ入りましょうか」
約束の時間はそろそろのはず。
先に来て待っていると伝えられているので、カトラさんに言われて商会の中に入る。
……あ、なんか涼しい。
中は窓や扉が開放されているからか風通しが良かったけど、それだけじゃなく外よりも少し気温が低い気がした。
魔道具とかかな?
快適な気温だ。
目立つ位置には、前にニグ婆から貰ったカンバの瓶漬けが陳列されているのも見える。
やっぱり、結構売れる商品なんだろう。
部外者にも程があるけど、自分の舌が間違ってなかった気がしてちょっと誇らしい。
「お待ちしておりました」
そんなことを思っていると、不意に入り口から入って直ぐ横の場所から声をかけられた。
「……あっ」
リリーが、そこにいた女性を見てほんの少し笑顔になる。
「リリーお嬢様、お久しぶりです。それにカトラ様、トウヤ様もようこそおいでくださいました。私、当商会の会長を務めておりますノルーシャと申します」
おへその前辺りで手を重ね、綺麗なお辞儀をしてくれる女性。
この街の人にしては日焼けもあまりしておらず、フォーマルな服装や、後ろでまとめられたミルキーブロンドの髪が上品さを感じさせる人だ。
そして何より、この世界では数が少ない眼鏡をしている人という事もあってか真面目な印象を受ける。
キャリアウーマンって雰囲気だ。
「これはご丁寧に。はじめまして」
カトラさんが受け答えしてくれたので、それに合わせて僕も頭を下げておく。
ノルーシャさんは美しく口端を上げると、奥へ案内するように手のひらを動かした。
「フィンダーご夫妻がお待ちです。こちらへどうぞ」
どうやら、商会長自ら案内のために僕たちを待ってくれていたらしい。
彼女の後ろに続き、ひとまず2階へと続く階段を上がっていくことになった。