魔法で獲る
「アルヴァンさん、刺さりやしたぜっ!!」
「おう! 今日はトウヤ君たちがいるからな、縄は固定するんじゃないぞっ!!」
「へいっ!」
銛を放った男性と、アルヴァンさんの間で会話が交わされる。
クラクらしき吸盤を持った触手は、銛を嫌がったのか大きく振られた後に海面を叩いた。
ガラガラガラッと、まだ先から煙が上がっている銛の砲台から音が聞こえてくる。
なるほど。
あの銛はめちゃくちゃ長い縄……というより綱で、船と繋がっているみたいだ。
びっくりするほどの勢いで、何重にも巻かれた綱が船外へと飛び出していっている。
「立派な魔法使い様がいると助かるぜ。普段は魔石を燃料に、この船でクラクの野郎を引き回す持久戦になるんだがな」
揺れる船の上でも、アルヴァンさんは気にした風もなくそう言っている。
いくら大きな船とはいえ、この下にあんなに巨大な生き物がいると思うと僕は怖くて仕方がないんだけどな。
どうか無事に終わりますように。
てか、この船って魔石を使って動くこともできたんだ。
そんなことを思っていると、またしてもアルヴァンさんが叫ぶ。
「次、来たぞ! 反対側から2本だ!!」
言葉の途中から船が傾く。
高くなった側を見上げると、アルヴァンさんが言ったとおり今度は2本の触手が現れていた。
振り下ろされ、船を叩いてこようとする触手に次も銛が放たれる。
2つともミスすることなく、綺麗に刺さった。
繋がった縄が飛んでいく音がする。
「……すごい、わかってる」
珍しくリリーが感心したように呟いている。
その視線の先にはアルヴァンさん。
きっと、彼がクラクの動きを先んじて的確に読んでいることを言っているのだろう。
たしかに、凄いことだ。
経験やセンスから来るものなのか。
完璧に言い当ててる。
ふと、向こうの方にいるダンドとセナが目に入った。
ダンドはリリーの魔法を見るために、閉じられた扉の奥にいながらも、アルヴァンさんの仕事っぷりは真っ直ぐと見られないようだ。
居心地が悪そうに、薄らと目を伏している。
セナはそんなダンドに、あわあわとテンパりながら必死にしがみついているけど。
だ、大丈夫かな……。
「よしっ、こっちからヤツが顔を出すぞ。俺の合図で目と目の間、眉間を狙って魔法を叩き込んでくれ」
アルヴァンさんに肩を叩かれ、呼ばれる。
2本の触手が銛に貫かれ、海中に戻されている側に行くようだ。
「は、はいっ!」
波打ち揺れる船。
空中に舞った海水が、きらりと輝く虹を作っている。
アルヴァンさんにリリーと一緒について行こうとすると、カトラさんが僕に言ってきた。
「2人なら問題ないと思うけど、念のため私も手伝うわ」
「わかりました。助かります!」
甲板の端まで辿り着き、手すりにつかまる。
僕とリリー、カトラさんの3人で魔法を決める。
しっかりと一発で決めないとな。
「何度もチャンスはあるからな。俺からのストップの合図で魔法を止め、船の中央に移動。相手の様子を窺って次を狙う」
アルヴァンさんは優しいから、こう言ってくれてるけど。
あんまり長く海上戦を続けるのも怖いし、早く終わらせたいのが正直なところだ。
「来るぞ……」
僕たちの前に手を出し、アルヴァンさんは「待て」と示す。
その時、今回も完璧な読みで海水が山のように盛り上がった。
海を割くように巨大な影が現れる。
お、大きすぎる……!
今まで見た中で、一番大きい生き物かもしれない。
いや、確実に一番だ。
赤黒い体なんかの見た目は確かにタコみたいだけど、ここまでサイズが違うと別の生き物だ。
って、なんか小ぶりな口の中にサメのような鋭い歯が見えた気が……。
それに魔力も感じる。
これ、魔物だ。
いや、フストでも森オークを食べてたから、そもそも魔物が食材になるのはおかしな話でもないのか。
ぐるぐると頭が回るが、クラクが完全に体を海上に現した。
4、5本の触手がゆらりと浮かんでいる。
「いけっ、今だ!!」
クラクの目がこちらを捉えたと感じた瞬間、アルヴァンさんが手を下ろし合図
が出た。
隣に立つリリーとカトラさんは、僕がうかうかしている間に魔力を練り終わっていたみたいだ。
高速で遅れを取り戻し、準備を終える。
無言だけど、3人で意思疎通をしてタイミングを合わせる。
腕を突き出しながら詠唱。
あまり傷つけずに倒すという目標がある。
自分が使える一般魔法の中から、僕は最初から何を使うのか決めていた。
準備は完了だ。
僕とリリー、カトラさんがそれぞれ呟く。
「ウォーター・ボール!」
「……アイス・ナックル」
「ウィンド・ショック」
全力で込めた魔力は、巨大な水の玉を生む。
急激に膨らんだそれは、2人の氷の拳と風の衝撃波とともに、クラクの眉間を目指して一直線に飛んでいった。
その速さに、相手は反応することもできない。
直撃し、今日一番の音が辺り一面に鳴り響く。
クラクは勢いのままに体全体を水上に露わにして、後ろに倒れるように少しだけ吹っ飛ぶと、海面に打ち付けれた。
触手だけの時とは何倍も違う量の水飛沫が上がる。
大きな虹がかかり、またしてもぐわんぐわんと揺れる船。
そのまま沈んでいたクラクは、一拍おいてプカリと浮いてきた。
だけど、動く気配は一切しない。
ダラーンと伸びている。
「す、スゲぇ…………」
互いを称えるように、横並びに立つ僕たちが視線を合わせながらニコリとしていると、背後から来たアルヴァンさんが手すりから身を乗り出した。
波に揺れるクラクを凝視しながら笑っている。
「まさか一撃とはな。信じられないが、こうも目の前で見せつけられちまうと……」
振り返り、僕たちの顔を順に見てくる。
そして力強くガッツポーズをしたかと思うと、それを突き上げ、アルヴァンさんは少年のように眩しい歓喜の雄叫びを上げた。
「やったぞーッ!! 成功だ!!」
船のあらゆる所から、ぽかんとした表情でクラクを見ていたみんなからも、遅れて喜びの声が聞こえてくる。
中には「マジかよ、マジかよっ!」と興奮しすぎて震えてる人もいたので、思わず笑ってしまった。
その後、他のクラクが寄ってくる前に急いで海域を離れるとのことで、わいわいとしながらも素早く船は動き始めた。
倒したクラクは、突き刺した銛の縄で引っ張ってきている。
途中で網で上げるらしいけど、帰りはクラクが悪くならないように、魔石を使って船の動力にするから行きよりも早く着くそうだ。




