乗船者
……。
「ほら。あそこの島、見えるか?」
これまでも何度か声をかけてくれていたけど、空を見上げているとアルヴァンさんが近づいきてそう言った。
船の端に肘をついて遠くを見ている。
「島ですか……?」
僕たちも立ち上がって彼が見ている方向に目を凝らしてみる。
「あっ、あそこの」
まだかなり遠いけど、だだっ広い海にぽつんとある島が一つ見えた。
「おう、そうだ。おふたりさんも見えたか?」
僕が指さした場所を確認して、アルヴァンさんは後ろにいるカトラさんとリリーにも訊く。
どうやら、2人もしっかり目視できていたらしい。
同時に頷く彼女たちだったが、それを見てアルヴァンさんは感心したように口を開いた。
「全員、かなりいい目をしてるみたいだな……」
「……あの島が、目的地?」
そんな様子も気にせず、リリーが質問する。
さ、さすがのマイペースっぷりだ。
僕とカトラさんはいったん次の言葉を待っていたから、話を進めてくれて助かりはするけど。
「ん。お、おお、そうだ。あそこがここらで一番のクラクの住処なんだよ。奥に行ったら同じような場所がいくつかあるんだが、その海域に入るのは危険なだけだからな」
「なるほど……。では、今回は比較的安全に獲れるんですか?」
カトラさんが訊くと、アルヴァンさんは頷く。
「ああ。もちろん手間はかかるだろうが、心配することはないぜ。それに、だな」
アルヴァンさんは、僕とリリーの肩に手を置いた。
「今日は、俺たちにはこの魔法使い様方もいることだしな」
期待を多分に含んだ目を向けられる。
手伝うことは前に伝えられてたけど……。
一体どんな魔法を使えばいいんだろうか。
そ、それに。
魔法を期待されるって、本当にクラクって一体どんな生き物なんだ?
「あはは……」
そんなことを考えながら苦笑いで流そうとしていると、突然唸るようなレイの声が聞こえてきた。
こちらに近づきながら言っているようなので見てみる。
すると、そこには……。
「べ、別に逃げたりしねえよっ」
前へ歩くように急かすレイに悪態をつく、ダンドの姿があった。
後ろには初めて見る少女もいるが、な、なんで彼がいるんだ?
ここまでの間、船に乗っている様子は一切なかったんだけどな。
「アルヴァンさん――」
今日はダンドも来てたんですか?
そう質問しようとして、隣に顔を向ける。
しかし、当のアルヴァンさんも、僕やリリー、カトラさんと全く同じ驚きの面持ちでダンドを見ていた。
「お、おまっ……なんでいんだ……?」
アルヴァンさんの小さな声が、波の音に消えていく。
「ご、ごめんなさいっ、おじさん。あたしは止めたんだけどダンドが……」
「おまっ、黙ってろって!」
ダンドの後ろから、少女が気まずそうに頭を下げる。
肌はアルヴァンさんたちとは違って、浅黒くなくこんがり焼けた小麦色。
両耳にかけた茶髪のボブに、腰から白い布を巻いた涼しげな格好だ。
彼女の言葉を慌てて制しようとするダンドに、アルヴァンさんが待ったをかける。
「おい。セナはこう言ってるが、どうなんだ」
「…………」
「ダンド、なんとか言え」
「……ちっ、別にいいだろう。どうでも」
ダンドは目線を逸らして、聞こえるギリギリの声量で話す。
この2人が喋ってるのを初めて見たけど、親子といえど相手は年頃の息子。
かなり難しい距離感のようだ。
僕は隣に戻ってきたレイを撫でながら、思春期ってこうだったよなぁと、子供の頃に友達が親と話していた姿を思い出す。
「はぁ……」
セナと呼ばれた少女が、そんなダンドを見て腰に手を当てながらやれやれと息を吐いている。
「ほんっと、おじさんの前だと威勢がなくなるわよね、あんたってば」
「う、うっせぇなっ」
「もういいわ。あたしから説明するから」
さっきアルヴァンさんに教えてもらった目的地の島までは、まだ時間がある。
船の操縦は乗組員の皆さんが担当してくれているので、まあついでに僕も話に参加しておこう。
気になるのは、リリーたちも同じみたいだし。